4 勝手に話を進めるシスコン兄達
次の日、早速私は1人で王宮へ来ていた。
案内された部屋には、2人分の席しか用意されていない。
私はケーキやお菓子が並んだテーブルをじっと見つめながら、陛下を待っている。
えーーーーと、これは一体どういう状況?
このテーブルだけ見たら御令嬢のお茶会みたいなんだけど、まさか陛下とお茶会でもするの? ……まさかね。
というか、席が2つしかないんだけど……これはルイード皇子は来ないということ?
執事に「先に召し上がっていてください」なんて言われたが、食べられるわけがない。
陛下と2人で会うことに緊張してドキドキしていると、にこやかに微笑んだ陛下が「遅れてすまない」と言ってやってきた。
慌てて立ち上がり挨拶をすると、すぐに座るよう促される。
「突然呼び出してすまなかったな。
今日ならルイードがいないから、君を呼び出しても気づかれないと思ったのだ」
そう朗らかに言いながら、空いた席に座る陛下。
……それって、ルイード様がいたらできない話ってこと?
い、一体なんなの!?
私の顔が強張ったのがわかったのか、陛下がははっと爽やかに笑う。
優しい目元がルイード皇子にそっくりだ。
「そんなに怖い話ではないから安心しなさい。
君とルイードの婚約の話なんだが、君はまだこの婚約を解消したいと考えているのか?」
「!」
やっぱり婚約の話だった!
陛下、私が前に言ったことを覚えていてくれたのね……と嬉しくなる反面、どこまで正直に話していいのか迷う。
私のためにあんなに裁判をがんばってくれたルイード様。
そんなルイード様を拒否するようなことを、言ってもいいのかな?
お前、何様だよ! って感じにならない?
「え、と……あの……」
「うん、そうか。気持ちは変わっていないようだな」
あっさりとバレた!!
さすが陛下ね。少しモジモジしただけで考えていることがわかるなんて、すごい!
陛下は特に怒った様子はなく、どこか残念そうな顔をしている。
「本音を言えば、君にはぜひルイードと結婚してもらいたいと思っている。
君はこの国の巫女だし、申し分ない。だが、君の願いを叶えるという約束もあるから、それを無理に強制させたくもない」
「陛下……」
「なので、しばらくはこの婚約はなかったことにしようと思う。
数年様子を見て、それでもルイードがリディア嬢を望むのであれば……その時に君に相応しい相手がいなかった場合は、もう1度婚約を申し込ませてもらおう」
陛下は優しく微笑みながら言った。
この国の王であるお方が、こんな1人の令嬢の意見を尊重してくれていることに胸が熱くなる。
なんていい人なの……!
さすがルイード様のお父様だわ!!
「わかりました。
陛下、私の願いを聞き入れてくださり、心から感謝いたします」
「ああ。……ところで、この話はまだルイードには内密に頼む。
時期をみて、私から話すつもりだ」
「? はい、わかりました」
心なしか、陛下の顔が少し青ざめて見えた。
時期をみて……なんて、そんなかしこまらなくても、優しいルイード皇子ならすぐに承諾してくれると思うのに。
でも陛下なりの考えがあるんだと思い、そのまま納得した。
とにかく、数年間は私は自由ってことだよね?
婚約者がいるとなると色々遠慮しちゃうこともあるけど、恋愛が自由にできる!
ずっと処刑エンド回避のことばかり考えてきたんだもの。
これからは、楽しいことも考えていきたいわ!
ワクワクしてくる気持ちを抱えながら、私は王宮を後にした。
*
「婚約を解消した? ……できたのか?」
夕食の席で話すと、エリックが食事の手を止めて顔を上げた。
カイザはリスのように頬を膨らませながら、視線だけ私に向ける。
ジェイクはパンを食べながら、興味津々といった顔で私達を見ている。
エリックと打ち合わせをするためにうちに来たジェイクも、今日は一緒に食事をとっている。
「とりあえず数年間は婚約をなかったことにするって、言ってくださいました。
もし数年後に私に相手がいなくて、ルイード様が望めばまた婚約を申し込む……とも言われましたが、まぁそんなことにはならないと思いますし」
「それは、数年の間にお前に相手ができるということか?」
私の話を聞いたエリックが、薄いグリーンの瞳をギロリと光らせ睨むように私を見る。
「えっ? いえ、そっちではなくて、数年後にルイード様が私を妻に望むわけない……って意味です」
「…………」
「…………」
「…………」
ん!? 何?
エリックとカイザが呆れたような目で見てくるんですけど!
ジェイクは不自然な半笑いをしてるし!
……って、イクスまで!? なんなのその目は!!
私の後ろに立っているイクスを振り返ると、兄達と全く同じ目で私を見ていた。
みんな言葉には出さないけれど、どう見ても『お前はバカか?』と言っている顔だ。
気まずくなり、コホンと咳払いをしてから話を続ける。
「それで、この話はまだルイード様はご存知ないらしいので、皆様も口外しないようよろしくお願いしますね!」
「ルイード様は知らないのか!?」
何故か顔が青くなるエリック。
めずらしく動揺しているのがわかるほど、顔が強張っている。
「え……はい。陛下が、時期をみて話すって言ってました」
「あの皇子にそんな話ができる時期なんて、絶対こねぇだろ」
「そうですね。納得するはずないですから」
「暴れて王宮を破壊しちゃうかもね〜」
カイザとイクスが何故か顔に冷や汗をかいている。
ジェイクだけは少し楽しそうにふざけているが、兄もイクスも相手にしていない。
ちょっと……陛下といい、この4人といい、一体ルイード皇子をなんだと思ってるの?
あの可愛い皇子が、まるで暴君扱いじゃない。
「まさか、そんな……。
ルイード様は、いざとなったら私の意思を尊重してくれる方ですよ」
「それはそうだが、婚約解消については……。
いや、まぁ、陛下がそう言うなら任せるしかないだろうが」
エリックは片手で頭を抱えながら、ため息をついた。
何か面倒なことが起きるとでも思っているような、すでに疲れた顔をしている。
なんなの?
確かに、当事者でもあるルイード様に内緒で話を進めるのは悪いとは思うけど、あの皇子はそんなことで怒ったりはしないでしょ。
「リディ。本当に王宮に嫁ぎたくないのなら、早く新しい相手を探したほうがいいと思うよ!
またすぐに婚約させられるかもしれないからね!」
ジェイクがヘラヘラした笑顔でそう言うと、エリックがギロッと彼を睨みつけた。
「無理に相手を見つける必要はない」
「でも、今度また婚約されたらもう二度と離してもらえないかもしれないよ?」
「だからって、すぐに探す必要はないだろ!
コイツはまだ15歳のガキじゃねぇか!」
ガキと言われたことにカチンときたので、カイザをジロッと睨む。
「もうすぐ16歳になるし、リディなら黙っててもすぐに求婚の連絡がくるでしょ」
早く相手を探したほうがいいと言うジェイクと、まだ早いと言う兄達が言い争いをしている。
当の本人である私を差し置いて、何を勝手に話し合っているのか。
ルイード様がまた私に婚約を申し込むかどうかはわからないけど、だからっていきなり婚活みたいなことするのもちょっとね。
これからグリモールに行くわけだし、そんなことできる?
私だって、恋愛したいといえばしたいけど……。
「リディだって、恋したいんじゃないかい?」
「え!?」
今まさにそんなことを考えていた時に、ジェイクに問いかけられた。
心の中を見られていたような気恥ずかしさで、ボッと顔が赤くなってしまう。
ここにいるみんなの視線が、一気に私に注がれた。
「そっ……それは、あの、ま、まぁできるなら……してみたい……けど」
無性に恥ずかしくて、声が尻すぼみになってしまった。
みんなの顔を見ることができない。
うううっ! 恥ずかしい!
なんで兄の前でこんなこと言わなきゃいけないのよ!
……って、別にバカ正直に答えなくてよかったのかも!?
今さら言い直すこともできずに困っていると、普段より低い声になったみんなの声が聞こえてきた。
ジェイクだけは明るい声だ。
「ほら! こんなに可愛いんだから、すぐに相手ができてもおかしくないよ。
変な男に狙われる前に、ちゃんとした相手を見つけた方がいいんじゃないかい?」
「確かに、身の程知らずな奴らが寄ってくる可能性もあるな」
「そんな男がやってきたら、俺がすぐに追い返してやるよ!」
ジェイクの提案に、エリックが少し揺れている。
まさか、もう次の婚約者を作る気でいるのか……と、不安になった。
ちょ、ちょっと待って!
貴族令嬢だけど、できれば恋愛結婚がしたいんですけど!!
そんなすぐに、次の相手なんていらないわ!
というか、なんでジェイクはこんなに新しい相手を勧めてくるの?
……なんか、おかしい。
「ジェイク、何を企んでいるの?」
私が目を細めて胡散臭そうにそう聞くと、ジェイクが「えっ」と一瞬ビクッと反応した。
「別に何も企んでなんかいないさ!
グリモールに行ったら、リディがモテモテになって大変かな〜と思っただけさ!
婚約者がいない令嬢は、狙われやすいだろ?」
「本当にそれだけ?」
「もちろんだとも!
ちなみに僕のオススメは、クールだけど一途な男の騎士く……」
「言われてみればそうだな!!」
ジェイクの言葉を途中で遮って、カイザが大声を出した。
同時にテーブルをバン! と叩いていたので、ここにいる全員の視線が集中している。
「婚約者がいないってなると、近づいてくるバカが増えるじゃねぇか!」
何故か興奮気味のカイザは、エリックに向かって怒鳴った。
テーブルが激しく揺れたために倒れたワイングラスを直しながら、『バカはお前だ』とでも言いたげな顔でカイザを睨みつけるエリック。
「だから、なんだ?
またルイード様と婚約させろとでも言う気か?」
「それは……さすがに無理だろ」
「なら、どうするんだ」
エリックに冷たく問いかけられたカイザは、うーーん……と唸りながら目の前に座るジェイクを見た。
何故かジロジロと凝視している。
さすがにジェイクも苦笑いをしながら「な、何?」と言っている。
「そうだ! お前が婚約者のフリすればいいじゃねーか!」
「はい?」
カイザは、まるでナイスアイデアを閃いたと言わんばかりの顔で叫んだ。
ジェイクを始めとする全員が、ポカンとカイザを見つめる。
……え? この人、今なんて言いました?
「ジェイクが婚約者だと周りに言っておけば、変な男も寄ってこないだろ!」
「いやいや。だったら僕よりも騎士くんの方が……」
ジェイクの言葉を遮り、エリックがカイザに問いかける。
「皇子との婚約解消したばかりで、すぐ新しい婚約者がいるのはおかしいだろ」
「いえ、だからね、僕じゃなくて騎士く……」
「だったら、ただの恋人ってことにすればいいんじゃねーか?」
「いや。あの……」
「まぁ、それなら。いい案かもしれないな」
ジェイクが何か言おうとしているが、カイザとエリックは勝手に2人で話を進めている。
イクスはどこかソワソワしている様子だけど、何も口を出さないようにしているらしい。
……って、恋人のフリ? ジェイクが?
相変わらずこの2人、私の話を聞く気もなさそうなんですけど!?
困った顔でジェイクを見ると、ジェイクも同じような顔で私を見た。
その後に、ジェイクはどこか気まずそうにイクスをチラッと見ている。
話し合いが終わったエリックとカイザが、堂々とした態度で私とジェイクに向き直った。
「と、いうことで、グリモールにいる間、お前たちは恋人のフリをするんだ」
「え、ええぇ……!?」
私とジェイクの声がハモったが、兄達はその戸惑いには気づいていないようだった。
明日はジェイク視点です✩︎⡱