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3 困った顔をさせたい女vs困った顔をさせたい男


お互いが『様付け』で名前を呼び合い、ダメージを負っていたジェイクとイクス。

そんな2人の様子を見て、笑いをこらえている私。

同じく、少しだけ肩が震えているメイ。



なんだこの空間。

イケメン2人が悶えてる姿が、たまらなくおもしろいわ!!



疲れた顔をしたジェイクが、私に助けを求めるような視線を向けてくる。



「リディ……。君も聞いてただろ?

僕達が名前で呼び合うのは、逆効果な気がするんだけど。

お互い、今の呼び名が愛称で気に入っているのさ」


「そうです、リディア様。

これでは名前を呼ぶだけで、心のダメージが大きすぎます」



そんな大袈裟な!



ふざけてるのかと思ったけど、どうやら2人は真剣らしい。

それがわかってるのに、そんな困った2人の姿をもっと見たいと思ってしまう。



「じゃあ、様をつけなければいいんじゃない?

はい、イクス。ちょっと呼んでみて」



完全に楽しむモードになってしまった私。

イクスが断れないのをわかっていて、わざと無茶振りを言ってみる。



「なんで、そんなに楽しそうなのさ……」



ジェイクが呆れたような声を出す。

その後、イクスと顔を合わせてお互いが瀕死の顔で見つめ合っていた。


言う方も言われる方も、何かの覚悟が必要らしい。


しかし気持ちを切り替えて開き直ったのか、急にジェイクはいつものニヤニヤ顔に戻った。

余裕ぶった口調で、イクスを煽る。



「さぁ! どうぞ、呼んでいいよ!」



イクスは「くっ」と悔しそうな声を出すと、拳を震わせながら口を開いた。



「ジェ、ジェ、ジェ……ジェイク」


「う……! な、なるほど。

見事なほどのスピードで、背中にゾワッと悪寒が走り抜けていったよ」



ジェイクが冷静を装いながら、カッコつけてそう言った。

すかさずに、そんなジェイクを急かす私。



「はい! 次はジェイクの番よ」


「わかってるとも。

ただ名前を呼ぶだけなんて、こんな簡単なことはないさ」



イクスが何かを覚悟したように、ゴクリと唾を飲み込んだ。



「…………」


「…………」


「…………早く呼べよ」



笑顔のまま固まったジェイクに、イクスがツッコんでいる。

ジェイクはふぅ……と一息つくなり、真っ直ぐにイクスを見つめて呟いた。



「……イクス」



やけに大人っぽい声と顔に、私は一瞬ドキッとしてしまった。

対して、イクスの顔は一気に真っ青になる。



「ぐっ!!

ちょ……ちょっと、気分の悪さが限界に……!」



つわり中の妊婦のように、口を押さえた状態で部屋から飛び出していくイクス。

ただ名前を呼ばれただけだというのに、一体どれほどの精神的ダメージを受けたというのか。



「ぶふっ!!

……ふふっ、あはははは……!!」



だめ!! もう我慢の限界!!

この2人、おもしろすぎる!!



こらえきれなくなった私は、思わず吹き出してしまった。

メイも我慢の限界だったのか、肩を大きく震わせながらイクスのあとに続いて部屋から出ていくのが見えた。



やば……笑いすぎて涙が出てきたわ!



ジェイクが少し照れたような顔で、爆笑中の私を見ている。



「リディがこんなに意地悪だとは思わなかったよ」


「ごめんなさ……。

だって、困ってるジェイクを見るのがおもしろくて……あははっ」


「君もマリの仲間かい? 女ってみんな謎だよね」



マリさんにも何かされたのかな? そう聞こうと思った瞬間、突然目の前にジェイクの顔が近づいてきた。

真っ赤なウサギのような瞳と、至近距離で目が合う。



わっ!! 近っ!! な、何!?



ジェイクの手が私の頬に触れる。

温かく大きな手の感触に、心臓がドキッと跳ねた。



な、な、何!?



ジェイクの真っ赤な瞳から目が離せない。

彼は戸惑っている私とは違い、いつもと変わらない顔でニヤッと笑った。



「リディ……」


「な、なな何……?」


「美少女の涙って、高く売れると思わないかい?」


「へ!?」



ジェイクはそう言うなり、笑いすぎて涙目になっていた私の目元を優しく拭った。

そして、親指についた涙をジーーッと真剣な顔で見つめている。



「ねぇ、どう思う?

これを瓶に入れて売ったら、マニアに高く売れると思うんだけど」



なんだそれ!!! 美少女の涙を集めるマニアとかいる!?

っていうか、そのためにわざわざあんなに顔を近づけてきたの!?



恥ずかしさと怒りでかなりブスッとした顔になっていたのか、私の顔を見て今度はジェイクが吹き出した。




「ぶはっ!! なんて顔してるのさ! あははは」


「もう! 誰のせいだと思ってるのよ!」


「あはは……ごめん、ごめん」



ポン、とジェイクの手が私の頭にのせられる。

まるでエリックから頭を撫でられた時のような、不思議な安心感に包まれた。


ジェイクはまだ不機嫌そうな顔をしている私に、優しい笑顔を向ける。



「うん。僕はやっぱり、困った顔させられるよりも、させる方が好きみたいだ。

赤くなったリディも可愛いね」


「!!」



また『可愛い』って言った!

もう! こんな面と向かって言われたら照れるんだってば!

というか、顔が赤い? 私が?



「???」



思わず両手で頬を隠すと、ジェイクが「ははっ」と笑い、さらに笑顔になった。

明るくて可愛らしい笑顔に、何故かドキッとしてしまう。



さすが、この小説の登場人物だったジェイク。

たとえ主人公のハーレムメンバーじゃなかったといっても、それなりに整った顔をしているのよね。


絶対に、この小説の作者さんはイケメン好きだったんだわ!


こんなイケメンに顔を近づけられたら、誰だって赤くなるわよ……!



「……私も困った顔を見る方が好きだから、今後もイクスにはあなたのことを『ジェイク』もしくは『ジェイク様』って呼ぶように言っておくわ」



なんだか悔しくなったので、わざと意地悪を言ってみる。

ジェイクは先ほどの地獄のシーンを思い出したのか、笑顔のまま青ざめた。



「あ。それはもう本当に、ご遠慮願いたいというか、勘弁してほしいっていうか、ホントにヤメテ……」


「ふふふっ」



いつも軽口ばかりのジェイクだけど、彼との会話は楽しい。

貴族特有の堅苦しさもないし、冗談を言ったり、ふざけあったり……いつでも気軽に話せる相手だ。



私も元々平民だったようなものだから、こんな普通の会話が楽に感じるのかな?

それとも、ジェイクがいつもニコニコしてて優しいから安心しちゃってるのかも……。



突然のグリモールへの移動話に驚いたけど、彼と一緒なら楽しく過ごせるかもしれない。

そんな期待が胸に込み上がっていた。







「俺も行く!!!」


「カイザお兄様はこちらに残ってください」


「なんだよ! 俺に一緒に行ってほしくないのか!?」


「はい」


「おい!!!」



夕食の席でエリックがグリモールの件を話すと、何故かカイザが騒ぎ出した。

自分も行くと言い出したが、カイザがいたらのんびりできなそうなので断固反対している真っ最中だ。



カイザはさっぱりしてるくせに、実は根に持つのよね。

あの場所に行ったら、誘拐の事件を思い出してイライラするに決まってるわ!



エリックは、我関せずな顔で静かに食事を続けている。

今の状態のカイザに何言っても聞かないぞ、という目で、たまに私に視線を送ってくる。



わかってるけど!!

でもここで私まで黙ってたら、今夜にでも旅立つ準備しちゃいそうなんだもの! この人!



「カイザお兄様は王宮でのお仕事もあるんでしょ?

遠いグリモールに暮らすのは無理ですよ」


「大丈夫だ!」



何が!? 全然大丈夫じゃないよね!?

いきなり王宮に呼ばれたらどうするわけ!?

ああもう! 話にならない!



「はぁ……。もう、好きにしてください……」



私が諦めたようにそう言うと、カイザは悪巧みが成功した悪党のようにニカッと笑った。





これはカイザも行くことになりそうだな……と思った翌日、カイザからグリモールに一緒に行けなくなったと言われた。



「王宮騎士団の選抜試験の試験監督をすることになった。

ったく! 昨日まではそんなこと言ってなかったのに、急になんなんだよ……!」



ブツブツ文句を言いながら、カイザは夕食のお肉をガツガツ食べている。

相当イライラしているようだ。



怒ってるカイザには申し訳ないけど、ナイスタイミングだわ!!

誰かわからないけど、カイザに任命した人を褒め称えたいっ!



そんな喜びの気持ちを隠しながら、食事を続ける。

ふとエリックを見ると、ワインを飲みながら意味深にニヤリ……と笑っていた。



……まさか。エリックの差し金?

だから昨日は何も言わずに黙ってたのかしら。



直接言わずに裏から手を回すなんて、頭がいいというか狡猾というか、性格が悪いというか……。

我が兄ながら、呆れてしまう。



でも、さすが氷の侯爵様ね。ありがとう! エリック!



カイザに知られたらもっと面倒なことになるので、そのことには気づかないフリをしよう。


カイザのブツブツ言っていた声が落ち着いてきた時、エリックが私に話しかけてきた。



「リディア。明日、王宮に来てほしいと要請があったぞ」


「明日ですか? ルイード様が?」



いきなり明日来てほしいだなんて、急ね。

ルイード様らしくないけど、何かあったのかしら?



「いや。ルイード様ではなく、陛下からだ」


「えっ!? 陛下!?」



陛下ですって!? 私になんの用が!?



眉間にシワを寄せて食事をしていたカイザが、顔を上げて私達の会話に入ってきた。

怒りはどこかにいったらしく、もう苛立ってはいないようだ。



「陛下がリディアになんの用があるんだ?」


「さあな。わからないが、おそらくルイード様との婚約の件じゃないのか?」


「婚約の件……」


「ああ。そういえばお前、ルイード様との婚約を解消させてほしいって言ってたな」



エリックとカイザの視線が、私に集中する。

後ろにいるイクスやメイも、私を見ているのがなんとなく気配で感じる。



そういえば、あの話もあれ以来してなかったわね。

でも、何故このタイミングで急に呼ばれたのかしら?



「リディアは、今でもルイード様と婚約解消したいと思ってるのか?」



真面目な顔でエリックが問いかけてくる。



「それは……」



ルイード様はとても素敵で優しくて、申し分ないお相手だ。

誘拐された時も、裁判の時も、ずっと私を支えてくれて、私のためにがんばってくれていた。


ルイード様のことは大好きだし、とても大切な存在……だけど。



「……はい。婚約、解消したいと思っています」


「そうか」



エリックの表情は変わらない。

私の答えを聞いて、カイザはまたパクパクと食事を始めた。



「お前が決めたことなら、それでいいんじゃねぇか?」



とだけ、ボソッと言っていた。



私が決めたことなら……か。

どうして、こんなにあっさりと婚約解消する方向で気持ちが決まってるのか、自分でもよくわからない。



もしかしたら、今後ルイード様のことを好きになるかもしれないというのに。


食事が終わった私は、何故かやけに機嫌の良さそうなイクスと、複雑そうな顔をしたメイと一緒に部屋に戻った。


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