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20 ジェイク視点


好き、と言われた。


妹にしか見てない、と答えた。



「……はぁーー」



その日の夜、僕はまた1人でそんなに好きではないワインを飲んでいる。

風邪をひかないように、バルコニーではなく自分の部屋だ。



……もしまた僕が風邪をひいたとしても、もうリディは看病には来てくれないだろうね。



そんなことを考えて、チクッと胸が痛む。


今夜の食事に彼女は来なかった。

あれから姿を見かけないから、部屋から出ていないのかもしれない。



まぁ、会いたくはないよね。僕に。



最後に見た彼女の涙が頭をよぎる。

もしかしたら、まだ泣いてるのかもしれない。


部屋で1人で泣くリディの姿を想像すると、今すぐに彼女の部屋に行きたくなってくる。



大丈夫かな?

頭を撫でて慰めてあげたいけど、原因は僕なんだよね……。



「んんーー……」



あれで良かったのか、今でも正解がわからない。


好きと言われて、めずらしく頭が真っ白になってしまった。

最初は冗談かと思ったけど、彼女の様子で本気なのだとわかった。



なんで僕? なんで? 本気で?



そんな疑問ばかりが浮かんで、リディのことをどう思ってるのか考えて、それで……妹だと答えた。


正直、リディのことを妹だと思ったことはない。

でも彼女は間違いなく僕にとって特別で大事な存在だ。


その感情はなんなのか?

そう考えた時に、当てはまるのがエリック様と同じ『妹』という感情だった。



だって、それしかないし。

騎士くんや皇子のように、彼女を女として見ているはずがない。


自慢じゃないけど、僕は()()()()()()()人を好きになったことがないんだ。

きっと、どこか感情が欠落しているんだと思う。


そんな僕を好きになったって、幸せになんかなれるわけないのに……。



グイッと一気に飲み干したグラスをテーブルに置くと、静かな部屋にコンという音だけが響いた。


そもそも自分がこんな広い部屋にいることが間違っている。

僕は元々平民で、最初からリディの相手には相応しくない。



何も考えなくていい。これで良かったんだ。

リディも今は辛いかもしれないけど、きっと将来もっといい男と結婚して幸せになれるさ。



「ふぅ……」



そう一息つくと、僕はベッドに横になった。





次の日になっても、リディは部屋から出てこなかった。

使用人の話によると体調不良らしいが、メイ以外の使用人は彼女に会っていないので本当のところはわからない。



もしかして、まだ泣いてる……?



彼女のことは気になるが、部屋を訪ねるわけにはいかないし。

そう迷いながらも、気づけばリディの部屋の近くに来てしまっていた。



ちょっと様子が見たいんだけど、やっぱりダメだよね?

どうしようかな。メイに様子を聞いてみて……。



そんなことを考えていると、リディの部屋の扉が開いた。

ドキッと一瞬の緊張感が走った後、中から出てきた人物と目が合う。



「……騎士くん!?」


「……!」



騎士くんは顔が真っ赤になっていて、僕に気づくなりバッと勢いよく顔を背けた。

そのまま歩き出すこともなく、ただ立ち尽くしている。



なんで騎士くんがリディの部屋から出てくるわけ?

昨日からメイしか入れてないって話はなんだったの?


というか、なんで彼はこんなに顔が赤くなってんの?



……モヤ。


よくわからないけど、胸あたりがモヤモヤする。

最近、たまに騎士くんを見るとこんな症状になることがある。



「……少し話がある」



騎士くんはこっちを見ないままボソッと低い声で言った。

彼から話があるなんて言われたのは初めてかもしれない。



「わかった。その先の部屋、空き部屋だからそこでいいかい?」


「ああ」



無言のまま部屋まで移動し、静かに扉を閉める。

一応テーブルや椅子の置いてある部屋だったが、騎士くんが座る気配がないので僕もそのまま扉の前に立っている。



「で、話ってなんだい?」



明るく普段通りに尋ねると、騎士くんは冷めた目でこちらを振り返った。

赤かった顔はもういつものクールな顔に戻っている。



「……お前、リディア様を振ったらしいな」


「う、えぇ!?」



思いも寄らない質問に、口から変な声が出てしまった。

騎士くんは笑うこともなくジッと睨みつけるように僕を見つめたままだ。



なんで知ってんの!?

まさかリディが? いや、わざわざ言ったりしないよね?



……騎士くんが何故そのことを知ってるのかは気になるが、ここは嘘を吐いても意味はないだろう。



「……そうだけど」


「俺は、お前もリディア様のことを気に入ってるんだと思ってた」


「え?」



僕が?

……それは、君がリディのことが好きだから勝手に僕をライバル視しちゃっただけなんじゃないかなぁ。


なんて言えないけど。



僕は心の声をこっそり隠し、笑顔で話を続けた。



「まさか。リディのことはそんな目で見たことないよ」


「……本当にいいのか?」


「なんだよ。うまくいって欲しかったのかい?

こうなった方が、君にとってはいいはずだけど」



そう言うと、騎士くんは顔色を変えずに真剣な目で僕を見てくる。

まるで本音を探ろうとしているみたいだけど、僕の本音はそう簡単には見えないはずだよ?


ニコニコと笑ってる僕が何を考えてるのかなんて、誰にもわからないさ。



「まぁ、これからがんばりなよ! 騎士くん」



にっこりと微笑みながらそう言うと、騎士くんが小さく口を開いた。



「がんばっていいのか?」


「…………え?」


「もう後に引けなくなるけど、いいんだな?」


「…………」



なんだよ、それ。

リディと騎士くんがうまくいくように僕はずっと応援していたんだから、いいに決まってる。


決まってる……のに、なんで「うん」って言えないんだ?



無言になってしまった僕を見て、騎士くんはしばらく黙った後に大きなため息をついた。

眉間にシワを寄せて、何故かひどく軽蔑した目を向けてくる。



「…………お前さ、前から思ってたけどそれ以上に……」


「え? なに?」


「……バカだよな」


「ええぇ!? 何それ!? ひどくない?

その暗いテンションが、やけに本気で言ってるみたいで傷つくんだけど!?」


「本気で言ってるからな」



そう言い捨てるように言うと、騎士くんは僕に向かってスタスタと近づいてくる。

何か言われるのかと身構えたが、彼は僕のすぐ後ろにある扉を開けて出て行ってしまった。



「騎士くん!?」



廊下に顔を出し、何も言わず去ろうとしている彼に声をかけると、彼はピタリと足を止めた。

そしてゆっくり振り返ると、小さな声で……でもハッキリと聞こえるくらいの声で言った。



「俺はお前にリディア様を渡すつもりはない」


「はい!?」



それだけ言うと、彼はすぐに僕に背を向けて歩いていってしまった。



「……なんだよ、それ」



僕に渡すつもりはないって、僕はもう自分からその役目を降りたんですけど?

全く。騎士くんは何を言ってるんだか。



「…………」



1人取り残された部屋の中で、僕は腕を組んで目をつぶった。

自分の頭の中と心の中のテンションが全然違うことに、自分で違和感を感じている。



……なんで、僕の心はこんなにイライラしてるんだ?



頭では騎士くんを応援したい、リディとうまくいって欲しいって思ってるのに。

実際、騎士くんにああいうこと言われるとムッとしてしまう。


この矛盾はなんだ?



「まるでヤキモチ妬いてるみたいじゃないか……」



ボソッと呟いた自分の一言に、自分で驚く。



え? ヤキモチ? 誰が? 僕が?

まさか。騎士くんや皇子じゃあるまいし……。


僕は、生まれてこの方一度も何かに執着なんてしたことないんだよ?

そんな僕が嫉妬なんてするわけない。



僕はふぅ……と一息つくなり、部屋から出て執務室に向かった。


約束の時間を過ぎていたのか、執務室に入るとワムルがすでに大量の書類を持ち運んだ後だった。

僕の机の上だけでは足らず、他のテーブルの上にもファイルが積み重なっている。



「あっ! どこに行ってたんですか?」



ワムルは僕の姿を見るなり、書類から目を離して声をかけてきた。



「ちょっとね。遅れてごめんよ。

それより……この大量のファイルはなんだい?」


「また不正の書類が大量に出てきちゃったんですよ。

不正というか、数も金額も全然合っていないのに無理矢理合わせてる謎の書類が……」


「……はぁ。一体どれだけ仕事ができないヤツだったのさ」



この屋敷にいた元ドグラス子爵は、仕事のできる父親を早くに亡くしてしまったためか、引き継いだもののほとんどを管理できずにいた。


それでも人を雇わずに適当にやっていた形跡が大量に発見されて、今その修正に時間を取られている。



「ナイタ港湾の方は平気なのかい?」


「はい。エリックが人員を増やしてくれたので。

こっちにも人員を……と言ったのですが、お前とジェイクがいれば問題ないだろうと一蹴されてしまいました」


「さすが氷の侯爵様……」



ブッとワムルが吹き出したのに気づかないフリをして、積み上げられた1番上のファイルを手に取って中を確認する。


父親が残した港町の店舗を売却した時の書類だが、素人の僕にでもわかるくらいに金額がおかしい。



こんなに安く売るはずがない。

絶対にもっと高く売ってて、差額をそのまま懐に入れたな。

街の管理費を少なくするためだろうが、こんなに安過ぎたらさすがにおかしすぎる。


……本当にバカなヤツだったんだな。



「はぁ。もう、見ててこっちが恥ずかしくなってくるね」


「そうですね。この辺は全て港町に関係するものになっているので、サイヴァス男爵と一緒に書類を確認した方が良さそうですね。

それで元子爵の不正が明らかになるでしょう」



サイヴァス男爵……アマンダ令嬢の家か。



「明日、丁度サイヴァス男爵と港湾のことで会う約束をしているんです。

その時にこの件も伝えておきますね」


「よろしくね」



これで、しばらくサイヴァス男爵と会うことが増えそうだな。

別にアマンダ令嬢と会うわけじゃないけど、リディに誤解されないようにしないと……って、もうそんな心配もいらないのか?


ん? そもそも、なんで僕はリディに誤解されたくなかったんだ?



自分の考えや行動がよくわからない。

最近は、身体が勝手に動いたりすることが増えていた。



こんなこと初めてなんだけど、みんなもこんな事あるのかな?



本当にちゃんと読んでるのか、と聞きたくなるようなスピードで書類をパラパラとめくっているワムルに、聞いてみることにした。



「ねぇ、あのさ。頭と心の感情がバラバラになることないかい?」


「……はい? それってどういう……?」



ワムルは書類から目を離し、眼鏡をかけ直す仕草をしながら聞き返してきた。



「頭では全然平気! って思ってるのに、心はイライラして落ち着かなかったりとか」


「……? 人前で平気と言ってるのではなくて、自分の頭の中と心が違うってことですか?」


「そうさ」


「うーーん。無自覚……ってことですかね?」



ワムルは顎に手を当てて、真面目に考えてくれている。

だが僕はその答えに違和感を覚えた。



無自覚だって?



「それって、頭で考えてることが間違ってて心の感情が正しいってことかい?」


「それはそうだと思いますよ」


「……なんでそう言い切れるのさ」


「だって、頭の中は嘘がつけますが心は嘘がつけませんから」



さも当然かのように、ワムルはにっこり笑いながら答えた。



頭の中は嘘がつける? 心は嘘がつけない?



「……それじゃ、心がイライラしてたら、それが本当の僕の気持ちだってことかな?」


「そう、だと思いますが?」


「……そっか、ありがとう。仕事の邪魔してごめんね」


「いえ……??」



笑顔でそうお礼を言うと、ワムルは不思議そうな顔をしながらまた書類の確認に取り掛かった。

僕も自分のファイルに目を通し、おかしい部分に全てチェックを入れていく。


機械的な動きをしながら、頭の片隅ではある疑問が生まれていた。



心の感情を優先させるのなら、騎士くんとリディがうまくいくのを僕はまっっっっったく応援をしてないってことになるんだけど。


それで合ってる?


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[一言] ここはイクスに頑張ってもらわねば! そしてあわよくばイクスの萌えシーンを♡
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