18 想い
アマンダ令嬢がくれたプレゼントは、私とイクスでお揃いになっているらしい。
得意げな彼女の顔を見る限り、やっぱり私達のことを恋人同士だと勘違いしているに違いない。
「あ、あの、アマンダ様。私とイクスはそういう関係では……」
「わかってますわ、リディア様。
護衛騎士様と……ってなると、色々大変ですわよね。
私、誰にも言わないので安心してくださいね」
全てを悟っているかのように言うアマンダ令嬢。
彼女の中では、私達は周りに秘密で付き合っているカップルらしい。
だから違うってばーー!!
でももう思い込んでいるみたいだし、これ以上否定しても信じてもらえなそう……。
今さらわざわざ『私はジェイクと恋人同士なんです』って言うのもなぁ。
それもウソと言えばウソだし……。
「えーーと、じゃあケーキとか食べましょうか」
「はいっ」
とりあえず話をそらして、この時間を楽しむことにした。
お互いの好きな物や昔の話など、話題はなくなる事なくどんどん会話は弾んでいく。
私がカイザのアホ話をして2人で笑い合ったあと、遠慮気味にアマンダ令嬢が言った。
「……あの、ジェイク様は本日はいらっしゃらないのですか?」
「えっ? あーー……えっと……」
ニコニコ楽しそうに話していた顔から一転、頬を赤く染め、恥ずかしそうに私を見つめてくる。
ぐはっ!! かっわい!! え、可愛すぎない? 大丈夫?
女同士だというのに、思わずキュンとしてしまった。
男だったら間違いなく恋に落ちているレベルの可愛さだ。
「このお屋敷にいることはいるんだけど、その、仕事がちょっと忙しいみたいで……。
でも少しは時間を作ると言っていたので、そのうち来ると思いますよ」
「そうですか……!」
パァッと顔を輝かせるアマンダ令嬢を見て、私の心は逆に暗くなっていく。
素直すぎるのか、令嬢からジェイクへの好意が溢れ出ていて私の胸はざわめいていた。
まだ素敵な人だという段階?
それとも、もう好きになってる……?
コンコンコン
「!」
噂をすれば……なのか、丁度そのタイミングでジェイクがメイドに案内されてやってきた。
入口で一度立ち止まり、私に視線を向けてくる。
「入ってもいいかな?」
「どうぞ」と返事をすると、ジェイクは爽やかな笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。
アマンダ令嬢の顔が一気に真っ赤になり、ガタガタッと勢いよく席を立った。
かなり動揺しているのか、足が椅子にぶつかっていたように見えるが本人は全く痛がっている様子もない。
え……足は大丈夫!?
緊張しすぎていて痛みを感じてないとか!?
「あ、あの、ご挨拶が遅れてしまいまして……その、こ、この前は、助けていただきありがとうございました。あの、これ、お、お礼と言いますか、その……」
震えた声でモダモダと話しているアマンダ令嬢を、ジェイクは急かすこともなくにこやかに見守っている。
差し出された贈り物の箱を受け取ると、「ありがとうございます」とお礼を言っていた。
アマンダ令嬢は、顔が真っ赤で今にも倒れてしまいそうだ。
私が言えたことじゃないのかもしれないけど、なんてわかりやすいのアマンダ令嬢……!!
ここまで堂々と好意を向けられているにもかかわらず、ジェイクは全く動揺した様子もなくケロッとした表情で箱を開けている。
そして中から私と色違いのストラップのようなお守りを取り出した。
あっ、赤い! 私のは薄いブルーだったけど、ジェイクのは赤なのね!
もしかして、瞳の色に合わせてくれたのかしら?
カチコチに固まっていたアマンダ令嬢が、恥ずかしそうに説明を始める。
「あ、あの、そちら他国の品で、や、厄災のお守りなんです。
ジェイク様だけお色が違うのですが、リディア様とイクス様にも同じ物を……」
「そうなんだ。キラキラしてて綺麗だね……って、僕だけ違う色?」
「はい。リディア様とイクス様はお揃いにさせていただ……あっ、ええと、イクス様の瞳のお色がわからなかったので、その……」
「へぇ〜……」
嬉しそうに話していたアマンダ令嬢が、途中で顔を青くして慌てだす。
おそらく、私とイクスの関係がバレないように気を遣ってくれてるのだろうが、無用な心配だ。
ジェイクは私とイクスがそういう関係じゃないことも、アマンダ令嬢が誤解しているのも知ってるから、そんな慌てなくて大丈夫よ〜と言いたい……。
一瞬真顔になっていたジェイクは、テーブルの上に置いてあったイクスの贈り物にチラッと視線を向けた。
そしてそれを手に取ると、ニコッと少し不自然な笑顔をアマンダ令嬢に向ける。
「せっかく用意してくれた物だけど、リディとイクス卿がお揃いなのはちょっと困るなぁ〜」
「えっ? あ、ジェ、ジェイク様も同じお色が良かったですか?」
「ううん、そうじゃなくて。
リディは僕の大切な恋人だから、他の男とお揃いの物を持ってたらいい気はしないでしょ?」
「…………え?」
私とアマンダ令嬢の声が重なる。
ポカンとした私達の前で、ジェイクは至極爽やかな顔で笑っている。
え? あれ? 今、ジェイクなんて言った?
私のこと、恋人って言っちゃった!?
ええええ!? な、なんで言っちゃうの!?
アマンダ令嬢は私のことを見ることなく、ずっとジェイクを見つめたままだ。
今のは聞き間違い? とでも言いたげな顔で、戸惑っているのが伝わってくる。
「こ、恋人ですか? え? リディア様の恋人は……だって……ジェイク様には、お相手はいないって……」
ぐるぐるとした彼女の思考回路がそのまま口から出てきているらしい。
混乱しているアマンダ令嬢に、ジェイクは遠慮した様子もなくキッパリと言葉を続ける。
「恋人になったのは、昨日の話だからね。
僕が我慢できなくなって彼女に想いを伝えたら、受け入れてもらえたのさ。
だからイクス卿と彼女はただの護衛騎士っていう関係だけだから、誤解しないでもらえると嬉しいんだけど」
「き、昨日……。ジェイク様から……」
呆然とした顔でジェイクの言葉を反芻しているアマンダ令嬢。
でも当事者の私だって、同じくらい呆気にとられた顔をしていたに違いない。
何その話!!! 昨日恋人になったって!?
なんでそんな嘘を……!?
ずっとジェイクに向けられていたアマンダ令嬢の目が、ゆっくりと私に移る。
その瞳に怒りや悲しみはなく、ただただ混乱しているようだった。
「リディア様……。そうだったのですね。
私、勘違いをしてしまいまして、その、すみませんでした」
「アマンダ様……」
うううっ! む、胸が痛い!!
ハッキリとアマンダ令嬢からジェイクが好きと聞いてたわけじゃないけど、なんだか裏切ってしまったような気分だわ!!
チラリと隣に立つジェイクを見ると、完全に令嬢の気持ちには気づかないフリを決め込んだ様子で堂々としている。
ただ、何故か私と目を合わせないようにしているらしく、全くこっちを見ない。
アマンダ令嬢はイクスに渡すはずだった箱をジェイクから受け取ると、急に口早に話し出した。
「あっ、あの、私、今日は早く帰ってくるように言われておりまして……!
だから、そのっ、し、失礼いたしますっ!」
「えっ!?」
そう言うなり、とてもドレスを着ているとは思えない速さで走り出したアマンダ令嬢。
部屋に待機していたメイド達が、慌てて彼女のあとを追っていく。
私がガタッと立ち上がった時には、すでに彼女は部屋から出て行ってしまっていた。
「……こういう場合、追いかけない方がいいんじゃない?」
「…………」
ジェイクがコソッと他人事のように言うので、私はジロッと彼を睨みつけた。
「もう! なんでいきなりあんなこと言ったの!?」
「あんなこと?」
「恋人だってことよ!
彼女には、ジェイクに相手はいないって言ってあったのよ!?」
「それを聞いていたから、昨日からってことにしたのさ!
リディがアマンダ令嬢に話した時は本当にいなかったんだって事になるでしょ?」
ジェイクがニッと得意げに笑う。
昨日からと言ったのは、私がアマンダ令嬢に嘘は言ってない……ってことにしたかったから?
そこまで考えてくれてたの? ……じゃなくて!!
「だからって、なんでいきなり?
そんな会話の流れだったわけでもないのに!」
「彼女からの好意をひしひしと感じたからさ!」
ジェイクの返答に、私はギョッと目を丸くした。
アマンダ令嬢の好意ある態度に気づいたから、恋人がいると言った……?
ジェイクの行動原理が理解できない。
何故わざわざ彼女を傷つける必要があったのか。
「なんで? それを知ってて、なんで私と恋人だなんて……」
「なんでって……彼女の気持ちには応えられないからさ!
早いうちに諦めてもらった方が、お互いのためになるでしょ?」
ズキッ
ジェイクの言葉が、私の胸にも突き刺さる。
気持ちに応えられないから、諦めてもらう? 少しの可能性すらも考えてもらえないの?
アマンダ令嬢と自分を重ねてしまい、胸が苦しくなる。
「でも、これから色々知っていくうちに何か変わるかもしれないじゃない!
こんな……すぐにキッパリ決めちゃうなんて、おかしいよ」
「そうかな? でも、そういう相手って最初から何か感じたりするものなんじゃない?
僕は彼女になんの興味もないし、きっとこれからも変わらないよ」
あっさりと言うジェイクに、自分のことを言われたわけでもないのに胸が痛む。
アマンダ令嬢のことを話しているのはわかっているけど、まるで私自身に言われているみたいだ。
「最初から……? 最初から何も感じない相手なら、もう好きになることはないってこと?」
「そう……いうこと、かな?」
「じゃあ、ジェイクのことを好きになった人は、どうがんばってももう絶対振り向いてもらえないってことなの?」
「そう……っていうか、リディ、どうしちゃったの?
もしかして、僕とアマンダ令嬢にうまくいって欲しかったの?」
「そうじゃなくて……」
アマンダ令嬢のために追及してるわけじゃない。
私は今、私のために言ってるだけだ。
まるでジェイクから『君のことも好きになることはない』と言われているみたいで、苦しい。
そんなことないよって、がんばれば可能性はあるって言って欲しくて……。
ダメなの?
ジェイクに好きになってもらうことはないの?
急に責めてきた私を、ジェイクは驚いた顔で見ている。
何故私がこんな必死になっているのか、全く理解できていないような顔だ。
「大丈夫かい? なんだか顔色が良くないよ。
君と恋人だと言ってしまったことが、迷惑になっちゃったのかな?
ちゃんと君に確認するべきだったね。ごめん」
私の切羽詰まった顔を、心配そうに覗き込んでくるジェイク。
赤い瞳が真っ直ぐに私を見つめていて、ズキズキと痛む中でもドキッと心を動かされてしまう。
私を心配してくれる優しいジェイク……。
このまま好きでいても、何も変わらないの?
付き合いの長い私なら、少しくらいは考えてくれる……?
「…………好き」
「え?」
自分でもやっと聞こえたくらいの小さな声。
緊張から一気に喉がカラカラになってしまった。うまく声が出せない。
手は震えているし、鼓動はうるさいくらいに早鐘を打っている。
苦しい。こわい。泣きたい。
でも、言わないと。
ジェイクとの未来に少しでも期待したいなら、このまま黙っていたらダメだ。
「ジェイクのことが……好きなの。
私とも、そういう風には……考えてもらえないの……?」
まだ声が掠れているけど、さっきよりは聞こえるくらいの声量は出せたはずだ。
うつむいてしまったのでジェイクの顔を見ることができない。
ちゃんと聞こえた? ちゃんと伝わった?
今、どんな顔してるの?
こわくて顔を上げることができない。
目をギュッと瞑ってジェイクの答えを待つ。
まるで死刑宣告を受ける気分だ。
期待よりも不安が大きすぎて、胸が潰れてしましまいそう。
少しでも……。少しでも考えて欲しい……!
「あ、あの、返事はすぐじゃなくて……」
そこまで言った時、ジェイクの低い声が耳に届いた。
「…………ごめん」
「……!」
『ごめん』という言葉に、さっきまでカッカしていた身体が急速に冷えていくのがわかった。
全身から血の気が引いていく。
ドッドッドッと速かった鼓動が、今はドクンドクンと不穏な音色に変わっていた。
「リディのことは、多分……今の僕の中では1番大切な存在かもしれない。
でも、それはエリック様やカイザ様と同じ気持ちなんだ」
「…………」
「君は僕にとっても妹みたいな存在で、恋人のフリをして変な男から君を守りたいのも……全部妹のように大事に思ってるから」
「……でも、私はジェイクの妹じゃないわ」
「そうだね。でも、僕の中では君は妹であって……女性としては見てないんだ」
「……!」
ずっとうつむいていた顔をパッと上げてジェイクを見ると、彼は少し苦しそうな顔で私を見ていた。
真剣に言った言葉なのだということが、痛いほど伝わってくる。
「……今は妹でも、これからはそういう目で見て欲しい。
それも叶わないの?」
「…………ごめん」
「そ……っか」
妹……。ジェイクにとって、私は妹だったんだ。
今まで優しくしてくれたのも、他の人より少し特別にされてる気がしてたのも、妹だったから。
それは、これからも変わらない。
そうハッキリ言われてしまった。
「…………っ!」
ボロッと涙が頬を伝ったのがわかり、慌てて手で拭う。
それでもどんどん出てくる涙を止めることができなくて、私はその場から走り出した。
「リ……っ!」
ジェイクが私の名前を呼びかけて止めたのが、かすかに聞こえた。




