17 勘違い
ギロリとジェイクを睨みつけ、私に謝るなりこの場からいなくなってしまったイクス。
え? え? なんだったの?
て、いうか……。
チラッと横に立つジェイクを見上げる。
私の視線に気づいたジェイクは、「ん?」と優しい笑顔を向けてくれる。
少し前からいたって何!? いつから!?
好きな人ができたって話は聞いてないよね!?
「……少し前からいたの?」
「え〜? ほんの少しだけだよ」
ほんの少しってどれくらい!?
あああ。ジェイクが普段通りすぎて、全くわからない!!
ジェイクはすでに小さくなったイクスの後ろ姿を見送りながら、少し遠慮がちに質問してきた。
「彼と何を話していたの?」
「あ……えっと、アマンダ令嬢の手紙の件でちょっと」
「そうなんだ。彼女、なんて?」
「…………」
どうしよう。まだどう返事するのか決めてないのに、本人に聞かれちゃった。
とりあえず言うしかないか……。
「今度、うちにお礼に来たいって。その、ジェイクにも同席してもらいたいって」
「ふーーん……?」
手紙の内容を伝えたというのに、ジェイクはどこか興味なさそうだ。自分で聞いてきたくせに。
私の持っている手紙には見向きもせず、細かい内容を聞いてはこない。
……でも、嬉しそうな反応をしなくて良かった……なんてね。
アマンダ令嬢に申し訳なく思うけど、どこかホッとしている自分がいる。
ジェイクは少し考えた後、悪びれた様子もない笑みで問いかけてきた。
「それは、僕も参加しなきゃダメかい?」
「え?」
「お礼ならリディに伝えてくれればそれでいいし。
令嬢達のおしゃべりに男は不要ってね!」
ええ!? さ、参加しないとかアリなの!?
ジェイクとアマンダ令嬢が会わないのは正直嬉しいけど、ジェイクに会えることを期待してるアマンダ令嬢のことを考えると胸が痛む!
ああ、もう!!
自分でも自分がどうしたいのかよくわからない!!
「……じゃ、じゃあ、少し顔を出すだけでも」
「うーーん。まぁ、ちょっと顔出すくらいなら……」
仕方ないか、とでも言うような態度で答えるジェイク。
顔を少し出すだけなのに、それを渋っている様子のジェイクに違和感を覚える。
ここまで会わないようにするなんて、なんだかおかしくない?
「ジェイク……もしかして、アマンダ令嬢を避けてる?」
そう質問を投げかけると、ジェイクは目を少し見開いて気まずそうに私を見た。
まるで『バレた?』とでも言っているような顔だ。わかりやす過ぎる。
「え、本当に避けてるの? なんで?」
「別にアマンダ令嬢を避けてるわけじゃないよ。
僕は変な誤解をされることから逃げてるだけさ!」
「変な誤解?」
私が眉根を寄せてそう聞き返すと、ジェイクはニヤリと意地悪そうに口角を上げた。
私に少しだけ顔を近づけて、ピンと人差し指を立てる。
そして赤い瞳をキラリと輝かせて、被害者のような口調で話し出した。
「そうさ、リディ!
僕はこの前、言われのない誤解をされてしまったんだ!
ただ一度会っただけだというのに、僕がその女性のことを気に入るんじゃないかって思われてしまったのさ!」
…………ん? それって……。
「それ、私のことでしょ!」
「そうさ。だから、今回も令嬢と会った後に同じ誤解をされる可能性があるだろ?
アマンダ令嬢は、君にとって『女性らしく魅力的な人』らしいからねぇ」
「そ、れは……否定できないけど」
前回、アマンダ令嬢とジェイクはほぼ会話をしていなかった。
もしちゃんと話をすれば、アマンダ令嬢の少女のように可愛らしい一面を見てときめいてしまうかもしれない……という不安はある。
ジェイクはほらね、とでも言いたげなドヤ顔になった。
なんだかちょっぴりイラッとする。
「この際ハッキリ言っておくけど、僕がアマンダ令嬢に揺れることはない。
それなのに、リディにそんな誤解をされるのは勘弁なんだよね! だからできるだけ会いたくないのさ」
「え……?」
ジェイクの一言で、一気に鼓動が速くなる。
『リディにそんな誤解をされるのは勘弁』?
そ、それって……私にだけは誤解されたくないってこと?
えええ!? その意味って……もしかして……!?
変な期待でどんどん速くなる心臓の音。
ドキドキドキドキ……
まさか……まさか……ジェイクも私のこと……!?
「わ、私に誤解されたくないって、な、なんで……?」
「……え?」
思いきって聞いてみると、ジェイクは赤い瞳を丸くして私を見つめた。
自分がすごく緊張しているのがわかる。グッと握った拳が震えている。
ドキドキドキドキ……
ジェイクが何かを考えるように少し上を見上げる。
どんな答えを言ってくれるのか、ドキドキしすぎて胸がはち切れそうだ。
どうしよう……!! もし、もし両想いだったらどうしよう……!!
答えが決まったのか、ジェイクの視線が私に戻る。
目が合った瞬間、ドクンと大きく心臓が跳ねた。
「あの……」
「なんでだろう?」
「…………え?」
「考えてみたけど、わかんないや!
……誤解されるのはなんかおもしろくないから? かな」
笑顔でケロッと答えるジェイク。
激しかった私の鼓動も、ピタッと速い動きをやめたようだ。
えええ!? 何それ!?
ただ誤解されたくないだけ!?
リディに……って言ってくれた言葉に、特に意味はないの!?
あまりにもガッカリしてしまい、ズーーンと目に見えて落ち込んでしまった私。
「あっ、リディそんなに落ち込まないで!?
別に誤解してた君を本気で責めてるわけじゃないからっ!」
そんな私を見て、見当違いなことで焦っているジェイク。
違う、落ち込んでいる理由はそれじゃない。
少しは意識してもらえる対象になったのかと思ってたけど、違ったみたい……はぁ……。
ガッカリした気持ちのまま、私は部屋に戻るなりアマンダ令嬢に手紙の返事を書いた。
*
「今日はアマンダ令嬢がいらっしゃる日ですね」
返事の手紙を送ってから数日後。私の髪を結いながら、どこか嬉しそうにメイが言った。
リディアに女の友達ができたことを一番に喜んでくれたのは、間違いなくメイだと思う。
ただ友達が来るだけだというのに、まだ袖を通していない新作のワンピースや靴を用意し、いつも以上に時間をかけて髪型をセットしてくれている。
「料理長が張り切ってお菓子をたくさん作ってますよ!
エディブルフラワーも仕入れて、お茶の準備も万端です!」
「この小説、エディブルフラワーがあるんだ……」
「え? 小説?」
「あっ、なんでもない……」
危ない、危ない。つい無意識に言っちゃったわ。
それにしても、たくさん令嬢を呼んでのお茶会ってわけでもないのに、張り切りすぎじゃない?
リディアがお友達呼ぶのが、そんなに嬉しいのかしら……。
本人以上にテンションの高いメイが可愛くて、ふふっと笑ってしまう。
着替えも済み、部屋にイクスがやって来た。
忘れないうちに……と、言わなきゃいけないことを伝える。
「あっ、イクス! アマンダ令嬢のいる部屋には男性の使用人は近づけさせないようにしてね!
イクスも部屋の中には入ってこないように」
「わかりました」
「ジェイクだけは大丈夫だから、彼は通してあげて」
「……はい」
それだけ言うと、イクスは少し離れた場所に立った。
なんとなく暗く気まずい空気が私の部屋を漂っている。
メイが不思議そうな顔で私とイクスを交互に見ているが、今は何も答えられない。
実は、あの日からイクスに避けられてる……気がするのよね。
私の部屋に来てもこうやってやけに離れた場所に立ってたり、顔もいつも険しく暗いオーラが漂っていて、前みたいに気軽に話しかけにくいし。
さっきはがんばって話しかけたけど、ここ最近は挨拶くらいしかしていない気がするわ。
ジーーッとイクスを睨むように見つめると、パチッと目が合った。
しかしその瞬間、勢いよく目をそらされる。
気がする……じゃなくて、絶対避けられてる!!!
この前、イクスの話をちゃんと聞いてあげられなかったからかな?
近々時間を作って話さなきゃ!
そう心の中で決心すると、私はアマンダ令嬢を迎えるために用意された部屋へと向かった。
しばらくしてサイヴァス男爵家の馬車が到着し、アマンダ令嬢がメイドに案内されてやってきた。
「リディア様、本日はお招きいただきありがとうございます」
赤い髪をふわっと揺らし、ロングワンピースを着たアマンダ令嬢が満面の笑みで挨拶をしてくれる。
襟元のピッシリとしたデザインの服は、彼女のコンプレックスである胸元をできるだけ強調させないように工夫されていた。
……それでも十分大きいってわかるけどね。
ほんと、私からしたら羨ましい限りなのに……。
「アマンダ様、またお会いできて嬉しいわ。どうぞこちらへ」
「まぁ……素敵!」
案内したテーブルセットは、アンティーク調の真っ白な猫脚デザインで、椅子の背面にはリボンの彫りが施してあり、とても可愛い。
その上には、料理長が見た目にも拘った可愛らしいお菓子や綺麗な花が並べられている。
私達が席に着くと、メイが先程言っていたフラワーティーを運んできた。
紅茶の上に浮かぶ花びらを見て、アマンダ令嬢が歓喜の声を上げて興奮している。
「わぁっ! 可愛いっ! 花びらが浮かんでいるなんて、とっても素敵ですね!」
色っぽくて大人っぽい見た目のアマンダ令嬢だけど、やっぱり中身は少女のように可愛い。
……なんだかめっちゃ女子会って感じ!!!
こんな可愛い女子会、前世でもやったことないわ!!
少しムズムズとした感覚が慣れなくて、何故か照れてしまう。
改めて、久々にできた『友達』という存在に感動している。
これでジェイクの件がなければ、もっと純粋に楽しめたのに……という気持ちは拭えないけど。
「あっ、私ったら、最初にお渡ししようと思っていたのに……!」
ハッと何かを思い出したアマンダ令嬢は、付き添いの方に指示を出して小さな箱を差し出してきた。
リボンでラッピングされた、3つの薄い箱だ。
「この前は、本当にありがとうございました。こちら、リディア様とジェイク様と、騎士様にご用意させていただきました。受け取っていただけますか?」
「騎士様って……イクスにもですか?」
「はい。付き添っていただきましたので」
にっこりと優しく微笑むアマンダ令嬢。
まさかイクスの分もあるとは思わなかったので意外だったけど、せっかくの気持ちなので有り難く受け取ることにした。
「ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」
「もちろんです!」
箱を開けると、綺麗なストラップのような物が入っていた。
大小様々な大きさの水晶のようなガラスが光に当たるとキラキラ輝いて、まるでサンキャッチャーみたいだ。
「わぁ……! 綺麗ですね!」
「異国の物なのですが、厄災から身を守ってくれるお守りみたいなものなんです」
「素敵です! ありがとうございます」
そう素直にお礼を伝えると、アマンダ令嬢は口元をおさえながらニヤッと怪しく笑い、私に顔を近づけて囁いた。
「実は、リディア様と騎士様……イクス様のは同じ色でお揃いなんです」
「え……」
うふっと意味深に笑うアマンダ令嬢を見て、やっぱりイクスとのことを誤解されたままなんだと確信した。




