16 イクスに気づかれた!?
ドキドキドキドキ
胸の激しい鼓動がおさまりそうにない。
私は自分の胸元に手を当てながら、ジェイクの部屋から自分の部屋へ向かった。
廊下の窓から見える空はまだ少し薄暗く、なんだか朝帰りをしているような気恥ずかしい気分になる。
部屋に到着するなり、私はベッドに飛び込んで布団を被った。
幸いここまで誰にも会わなかったので、私のお泊まりはバレずに済みそうである。
そこは安心だけど、私はまだ興奮状態のままだった。
あああ、まさか私もあのまま寝ちゃうなんて!!
ジェイクの手が温かくて、つい眠気が……!!
目が覚めて目の前にジェイクの顔があった時、心臓が止まるかと思った。
黒髪の隙間から覗く真っ赤な瞳。温かく優しい笑顔で私を見つめていたジェイクの顔が、頭から離れない。
もう!! 昨日の夜からずっとドキドキしてて、苦しいんですけど!
風邪ひいてるジェイクはヤバかった!!!
なんなの、あの可愛さは!!
ボーーッとしてるのも、赤い瞳が潤んでるのも、弱ってるのも、全部全部可愛くてずっとキュンキュンときめいていた。
スマホを持ってたら、間違いなく写真と動画を撮りまくってるレベルだ。
極めつけは、あのセリフ!!
『一緒にいて欲しい』って!! あのジェイクが!!
うああああ、何それ何それ可愛すぎかよ!!
もう!! 好き!!
うつ伏せ状態の私は、布団の中で足をバタバタと激しく動かす。
身体を動かしていないと、心が爆発してしまうんじゃないかと思うくらい興奮している。
一度好きだと認めてから、どんどんとその気持ちが大きくなっていくのがわかる。
これ以上好きになって大丈夫なのかと心配になる程だ。
メイにはすぐに気づかれていたし、ジェイク本人に気づかれるのも時間の問題かもしれない……。
*
朝食を食べ終わり、私は散歩がてら一昨日来ていた噴水近くのテラスに立ち寄った。
早朝の興奮状態も今ではすっかり落ち着いている。
ちょっと1人で考え事したくて来ちゃったけど、今日はジェイクは来ないわよね……?
来て欲しいような来て欲しくないような、どちらの気持ちも抱えたままテラスの椅子に腰掛ける。
ふぅ……と一息ついて、私は持っていた手紙を見つめた。
一昨日ジェイクに渡された、アマンダ令嬢からの手紙だ。
この手紙を読んだのは一昨日だけど、そこからずっと私は頭を悩ませている。
アマンダ令嬢から届いた手紙ーーそこには、ジェイクと私にお礼がしたいから、子爵家へ伺ってもよろしいですか? という内容だった。
「はぁ……せっかくのお友達からの手紙なのに……」
異世界で初めてできたお友達。赤い髪の美人で大人っぽくて優しい、とても素敵なご令嬢。
その友達が私に会うためうちに来たいと言ってくれているというのに、私の心は複雑だった。
嬉しいような……不安なような……。
アマンダ令嬢に会いたくないわけではない。むしろ会いたいし、もっとたくさんお喋りだってしたい。
けど、ジェイクとアマンダ令嬢が会うのは……嫌だって思ってる。
こんな心の狭すぎる自分に、自分で引いてしまう。
私って、こんなに独占欲が強くてヤキモチ妬きだったのね。
「はぁ……。どうしようかなぁ……」
「どうしたんですか?」
「うわっ!! イクス! いつの間に!?」
気づけばすぐ後ろにイクスが立っていた。
この場所へ行く事はメイに伝えてあったので、彼女から聞いて来たのだろう。足音や気配を全く感じなかったので、かなり驚いてしまった。
「訓練、もう終わったの?」
「はい。今日は短かったので」
騎士の訓練を終えた後だというのに、疲れた様子もなく爽やかな顔をしているイクス。
私の手元にある手紙をジッと見つめて、淡々とした様子で尋ねてきた。
「それ、アマンダ令嬢からの手紙ですか?」
「ええ……そうなの。今度こちらに来たいって」
「そうですか。……で、リディア様は何を悩んでいらっしゃるのですか?」
「え!? な、なんでわかったの!?」
何も言ってないし態度にも出してないはずなのに、当然のように私の今の状態がバレている。
イクスは驚いた私を見て、「え……」と引き気味の顔をした。
「もしかして隠してるつもりだったんですか?
すみません。あまりにもわかりやすくて、つい聞いてしまいました」
くっ……!
なんだか最近よくわかりやすいって言われてる気がするわ!
そんなにわかりやすい!?
確かにイクスとかは何考えてるのか全くわからないけど!
……そんなクールなイクスも、ヤキモチとか妬くことあるのかしら?
前にルイード様はイクスに妬いてる、なんて言ってたことがあったけど、イクスはどうなんだろう? 聞いてみようか。
「別にいいわよ。それより、イクスに聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「イクスって嫉妬したりすることあるの?」
「…………はい?」
このクールな騎士の嫉妬話が聞けるかもしれない、と目をキラキラ輝かせてイクスを見つめる私。
イクスは目を細めて怪しそうに私を見ている。
「なんですか、それ?」
「例えばね、イクスに好きな人がいるとして、他にもその人のことが好きな男性がいるとして。
その2人が会ってるのを見るのとかって、どうなのかな?」
あ、あれ? なんかうまく説明できなかったけど、わかったかな?
イクスはそんな場面を想像しているのか、険しい顔で斜め上を見上げている。
腕を組んだ状態で、少し経ってからボソッと答えた。
「……それは、おもしろくないですね」
「!! だ、だよね!?
もしそんな状態になるとしたら、イクスならどうする?
おとなしく隣で見守る? それとも、その、そんな事にならないように邪魔する……?」
「邪魔できるものなら邪魔したいですが、できないなら……俺はそんな場面見たくないので、違う場所に行くかもしれないですね」
えええ!? そこまで!?
た、確かに小説のイクスは一途で愛が重かったイメージあるけど、このイクスからは想像できないわ……。
でも、その場から離れるって事は、2人きりにさせるって事よね?
それはちょっと……。
イクスの返答を聞き、うーーんと悩みだした私を見て、イクスがまた疑わしそうに目を細める。
「もしかして、リディア様……好きなお相手ができたのですか?」
「えっ!?!?」
「…………」
あっ!! しまった!!
わかりやすいって言われたばかりなのに、つい大袈裟に反応しちゃった!!
慌ててパッと手で口元を隠すが、きっともう遅い。
イクスの訝しそうな顔が、全てを悟ったのだという事を意味している。
あああ。絶対気づかれた!! 好きな人ができたってバレた!!
でも、だからってなんでこんな真顔で凝視されてるの!?
なんか怖いんだけど!?
さすがに、その相手がジェイクだってことにはまだ気づかれてないよね?
私から視線を外さないイクスは、少し青ざめた顔で小さく口を開いた。
「誰に……まさか……」
「!!」
ダメッ!! それ以上は言わないで!!
「ジェ……もごっ」
「違うから! 誤解だから!」
急いで椅子から立ち上がり、イクスの口を手でおさえる。
今、彼の口から出そうになっていた名前が見事に当たっていた事で、私の顔は赤くなってしまったんじゃないかと不安になる。
でも、もうこんなのYESって言ってるようなものだよね……。
それでも今は口に出して欲しくない。ハッキリと言われる事に、まだ耐えられそうにない。
そんな私の気持ちを察してくれたのか、イクスのずっと眉間に寄っていたシワがなくなり、普段のクールな顔に戻った。
クールな顔というより、落ち込んだような暗い顔だ。
あっ、わかってくれたのかな?
そう思ってホッとした瞬間、イクスが私の手を握り、ゆっくりと自分の口元から離す。
「……苦しいです」
「あっ! ごめん!」
「いえ……」
「…………」
「…………」
……ん? あれ? 手を離さない……?
もう口を覆っていないというのに、私の手はまだイクスに握られたままだ。
離されるどころか、さっきよりもギュッと強く握られた気がする。
え? なんで手を離さないんだろう?
するりと自然に手を離してみようと試みたが、ガチッと掴まれていて全然抜けない。
私が手を動かしている事に気づいているはずのイクスは、無表情のまま視線を横に向けている。
「イクス? ……どうしたの?」
直接そう聞いてみると、不機嫌そうな顔でイクスがこちらを向いた。
真っ直ぐなその深い緑の瞳と目が合い、ドキッとしてしまう。
こんなに真剣なイクス、久々に見た気がする。
「……イクス?」
「あの、俺……」
「あれっ? 君達、何してるんだい?」
「!」
イクスが何か言い出した時、ジェイクの声がそれを遮る。
ハッとして私達が声のした方を振り返ると、少し離れた場所にニコニコしながら立っているジェイクがいた。
その姿を見るなり、イクスは小さな声で「なんでもないです」とだけ言った。
なんでもないって……。
あんな真剣な顔で、何かちゃんと言いたいことでもあったんじゃないの?
そう問い詰めたかったけど、ジェイクの前で話すはずはないと思い聞くのはやめておいた。
私達の微妙な空気に気づいているのかいないのか、ジェイクはすぐ近くにまでやってきて不思議そうに聞いてきた。
「君達……なんで手をつないでるんだい?」
「え? ……あっ!」
まだ手を握られたままだった事に気づき、パッと勢いよく手を離す。
焦っている私とは違い、イクスは動揺する様子もなく無表情のままだ。
いつもクールなイクスだけど、今はなんだかやけに冷え切った空気を醸し出している。
「な、なんでもないの」
「……そうかい? なんか邪魔しちゃったかな?」
ジェイクがそう言いながら意味深な顔でイクスを見た。
ずっと黙っていたイクスは、ジェイクをジロッと睨みつけるなり言いがかりをつける。
「お前、少し前からいたよな? わざとこのタイミングで来ただろ?」
「え?」
「え〜? なんのこと〜?」
ジェイクはヘラヘラした笑顔でイクスの質問を軽く受け流している。
「わざとじゃないのか?」
「なんの事だかわからないけど?」
あくまで誤魔化すような返事しかしないジェイクに、イクスがイライラしているのが見てわかる。
イクスを怒らせるのが趣味みたいなジェイクも、今日はあまり楽しんでいる様子もない。
な、何この喧嘩みたいな空気!?
イクスはさらにギロッと強くジェイクを睨みつけると、急に「すみません、リディア様」と言って早足で背を向けたまま行ってしまった。
ええ!? どうしたイクス!?
ジェイクもいつもと違ってなんか変だし!!
ほんと、一体なんなのよ……。




