14 罰にならない罰
「はぁ……」
もう何度目のため息だろうか。
わかってる。ため息をついたからって、心が軽くならないことくらい。
それでもため息をつきたくなるくらい、私は落ち込んでいた。
この異世界で初めて人を好きになったのに……。
やっとそれを自覚したばかりだっていうのに、こんなにすぐライバルが登場するなんて。
しかもその相手があのアマンダ令嬢だなんて、神様を恨まずにはいられない。
頭の中には、妖艶という言葉の似合う素敵な令嬢の姿が浮かんでいる。
……私とは正反対。
大人っぽくて、女性らしくて、でも中身は可愛くて……なんて、レベル高すぎじゃない!?
アマンダ令嬢は18歳だと言っていた。
私はもうすぐ16歳で、ジェイクは20歳。年もアマンダ令嬢の方がジェイクに近い。
絶対に、ジェイクは子どもっぽい女性よりも大人っぽい女性の方が好きなはず!!
アマンダ令嬢のような女性に好かれて、嫌がる男なんていないわ!!
「はあぁぁぁ」
「またすごい大きなため息だねぇ。どうしたんだい?」
「!!」
今日1番の大きなため息をついた瞬間、ジェイクに声をかけられた。
驚いて振り返ると、ニコニコといつも通りの笑顔を浮かべているジェイクがこちらに向かって歩いてきていた。
なんで、ここがわかったの!?
今、私は自分の部屋とは離れた場所のテラスに来ていた。
ジェイクに会いたくなかったというのもあり、この場所にいることはメイしか知らない。
「ジェイク、なんでここに……?」
「ん? 執事がリディ宛ての手紙を持って君を探してたから、僕が代わりに預かって来ただけさ」
そう言うなり、私に手紙を渡してくる。
「そうじゃなくて、なんで私がここにいるってわかったの?」
「前に言っただろ? 僕は探し物がうまいんだ!」
……確かに、私が別棟で行方不明になった時にも見つけてくれたわね。
ってことは、ジェイクから隠れるって無理なの!?
軽い絶望感に襲われながらも、受け取った手紙に目を通す。
送り主がアマンダ令嬢だとわかり、さらに複雑な気持ちになる。
「……アマンダ令嬢からだわ」
「へぇ。仲良くなったんだねぇ。
こっちで新しい友達ができて、良かったじゃないか」
「……そうね」
何もわかっていない、いつものように軽く明るいジェイクの態度に、ついイラッとしてしまう。
こっちは簡単に良かったと思える精神状態じゃないのよーー! と、八つ当たりしてしまいそうだ。
ジェイクは空いた椅子に腰かけて、近くにある噴水を眺めている。
色々な物に興味があるようで、なんにも興味のなさそうな不思議な人。
アマンダ令嬢には、興味あるの……?
何か聞きたそうな顔でもしていたのか、私の顔を見るなりジェイクが問いかけてきた。
「どうしたんだい? リディ。
なんだか悩んでいるようだけど、僕でよかったら聞くよ?」
「なんでも答えてくれるの?」
「もちろんだとも!
僕ほど正直でウソをつかない人間はいないからね!」
……今まさにウソをついてるじゃない。
というツッコミは心の中で止めて、私はジェイクに質問をした。
答えを聞いてしまったらもっと悩むかもしれないけど、やっぱり聞かないと落ち着かない。
「ジェイクは……その、どんな女性が好きなの?」
私の質問が意外だったのか、ジェイクが目を丸くしている。
「どんな女性? もちろん、リディのように可愛くておもしろい人かな!」
「そういう冗談じゃなくて、本気で聞いてるんですけど」
「やだな〜。僕はいつだって本気だよ?」
「…………」
ダメだ。まともに会話にならないわ。
でも、よく考えたらジェイクがここで私と正反対のタイプを言うはずはないわね。
優しいから、私を傷つけるようなことは言わないはず。
でも、可愛いはともかくおもしろいって何!?
……私が知りたいのは、ジェイクはアマンダ令嬢のような人が好きなのかって事なんだけど。
もっと詳しく聞いてみるか……。
「だから、私に遠慮しないで正直に答えて欲しいの!
やっぱり……その……スタイルが良くて大人っぽい、そんな女性らしい人が好き?」
「……それ、アマンダ令嬢のこと言ってる?」
う……!! 気づかれた!!
ジェイクはキョトンとした顔で見つめてくる。
そして何かを考え込んだ様子でしばらく黙った後、ニコッと笑った。
「その聞き方だと、まるで『スタイルが良くて大人っぽい人』が女性らしい人だって言ってるみたいだね!」
「……? そう言ってるんだけど?」
「え? なんで?」
なんでって……。
私のような子ども体型で、好奇心に負けて自分が監禁されてた場所に1人で行っちゃうような女よりも、胸が大きくて落ち着いてて儚げな、アマンダ令嬢のような人の方が女性らしいわよね?
ジェイクの質問の意味がわからず、困った顔になってしまった私。
そんな私を見て、ジェイクはフッと柔らかく微笑んだ。
「君の中には不思議な『女性像』があるんだね!
僕の中の女性らしさとは、要するに魅力を感じるかどうかさ!」
「魅力……?」
「そうさ! 僕の心をドキッとさせるくらいの魅力がある人が、僕にとっての女性らしい人って感じかな!」
堂々とした様子で話すジェイクを、疑うような目つきで見てしまう。
このお調子者のジェイクがドキッとすることなんてあるのか。
まったく想像できない。
「そんな人、いないんじゃない?」
「……さあ。どうだろうね?」
やけに意味深な顔でニヤッと笑うジェイク。
エリックの無表情とは真逆なのに、ジェイクの考えてることも同じくらいわからない。
でも、ジェイクをドキッとさせることができたら……少しはそういう対象として意識してもらえるってこと?
今すぐ胸を大きくして色気を出す努力するよりは簡単かも?
いや、逆にめちゃくちゃ難しい?
そんな事を考えていると、椅子の背もたれに寄りかかっていたジェイクが急に前のめりな姿勢になった。
一気に距離が縮まり、思わずビクッと反応してしまう。
真っ赤な瞳は楽しそうに私の瞳を覗きこんでいる。
「何考えてるんだい?」
「べ、別に」
「もしかして、僕をドキッとさせてみたいとか思ってる?」
「!!」
そう言いながら、何故かどんどんとジェイクの顔が近づいてくる。
ジェイクの意図がわからず、私の頭はパニック状態だ。
な、何!? なになになに!?!?
近いっ!!! これじゃ私の方がドキドキさせられてるんですけど!!
ジェイクはニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながら、ある提案をしてきた。
「じゃあどっちが先にドキッとさせられるか、勝負する?」
「ええ!?」
勝負!? てゆーか、すでに私はドキッを通り越してドッドッドッてうるさいくらいなんですけど!?
もう私の負けじゃん!
あああ。それよりもなんとか離れてもらわないと、心臓もたない!!
至近距離で赤く優しい瞳と目が合い、心臓が驚くほどに大きく跳ねた。
ジェイクの手が私の頬に向かって伸びてくる。
何か話して誤魔化さなきゃ……という焦りから、思わず口から出てしまった。
「この前、アマンダ令嬢に『イクスと恋人同士なの?』って聞かれたの!」
ジェイクはピタリと動きを止めて、一瞬真顔になった。
でもすぐに作ったような笑顔になり、私から離れてまた椅子に座り直す。
「あーーそうなんだ……。
まぁあの時の君達、変な行動してたしね。恋人に見えなくもないかもね!
……で、なんて答えたんだい?」
ジェイクが離れてくれて安心したものの、まだ鼓動は速いままだ。
私はいまいち自分が何を言っているのか理解してない状態で話を続ける。
「違うって答えたんだけど、アマンダ令嬢は信じていないみたいだったわ」
「へぇ……」
「そ、それで、今度は『ジェイク様にはお相手がいるの?』って聞かれたの」
そこまで言って、私は「あっ」と口をつぐんだ。
アマンダ令嬢からそんな質問が出たということは、彼女がジェイクを気に入ってると言ってるようなものだ。
ジェイクが、彼女を意識して見るようになってしまうかもしれない。
それに、勝手に私の口からそんなことを言ってしまった事に対する罪悪感もある。
どうしよう。アマンダ令嬢の気持ちに気づいちゃった!?
ジェイクの顔が赤くなってたり、照れて戸惑った様子だったらどうしよう……! という不安を抱えながら彼の顔を見ると、特に焦ったり動揺したりはしていなかった。
どちらかというと、むしろ少し冷静になっているような?
いつもの軽い調子ではなく、貼り付けたような笑顔でジェイクが続きを促してくる。
「……で? 君はなんて答えたんだい?」
「え? えっと、相手はいないって答えたわ」
「へぇ〜。相手はいない……かぁ〜」
何故か背筋にゾクッと悪寒が走る。
ジェイクの顔はうっすらと笑ってはいるものの、目が笑っていない。
どこか不機嫌そうな声に、違和感を覚える。
お、怒ってる? あのジェイクが? でも、なんで?
「ねぇ、リディ?」
「は、はい?」
なんだか異様な空気を感じて、思わず敬語で答えてしまう。
ジェイクは不自然ににっこりと微笑みながら、普段よりも低く圧のある声で聞いてきた。
「僕達は一応、恋人って事になってるんじゃなかったっけ?
なんで相手はいないなんて答えたんだい?」
……え。なに。なんなの。こ、怖いんだけど。
口調は普段通りなのに、いつもの軽い雰囲気が全くないわ!!
「そ、それは、もしジェイクがアマンダ令嬢の事を気に入ってたら、相手がいるなんて言わない方がいいのかと思って……」
「なるほどね。それで、さっきあんな質問をしてきたんだ」
顔が怒っているわけでもないのに、何故怒っているように感じるのか。
ジェイクは私から視線を外して、また先ほどの噴水を見ている。
でも今度は全く興味を示していないのがよくわかるほど、その目に輝きはない。
ジェイクは噴水から目を離さないまま、話を続けた。
「……で、君は僕がアマンダ令嬢のような女性が好きだと答えていたら、どうしていたんだい?」
「え?」
ジェイクが……アマンダ令嬢のような女性が好きと言っていたら……?
ズキッ
例え話だというのに、胸に痛みを感じる。
この異様な空気が相まってか、余計に不安が広がっていく。
ジェイクがそう答えていたら、私はどうしていたんだろう?
自分で自分がどうするのかわからない……。
泣いてた? なんでもないフリした? 応援した?
「……わからないわ」
そう正直に答えると、しばらく私をジーーッと見つめていたジェイクが突然立ち上がった。
驚いて見上げると、そこにはいつも通りの笑顔を浮かべているジェイクがいた。
もう怖いオーラは感じない。
「……ジェイク?」
「そろそろ戻らないと。ワムルが僕を探しているかも」
「そ、そう」
見送ろうと思い、私も立ち上がる。
この話はここで終わり……? そう不思議に思いながら椅子から少し離れると、不意にジェイクに腕を引かれた。
「わっ……!?」
引き寄せられ、一瞬抱きしめられるのかと思うほど身体が近づくと、彼の顔が私の目の前にあった。
その口が私の耳元に寄せられると、小さな声で囁かれる。
「お兄さんにはナイショだよ」
「えっ? 何……を……」
そう返事した時には、チュッと頬に軽いキスをされていた。
!?!?
何が起きたのかわからず、頭の中が思考停止状態になっている時、ニヤリと笑うジェイクと目が合った。
な……な……何!? 今、何が起きたの!?
ま、まさか、私……ジェイクにキスされた!?
ボッと顔が一気に熱くなる。
私はキスされた左の頬を手でおさえて、震える口をなんとかがんばって動かした。
「ジェ、ジェイク! 今、な、何を……」
「約束を破った罰さ!」
「ば、罰?」
「そうだよ。だって、グリモールでは僕と恋人のフリするって約束だったのに、僕に相手はいないと答えるなんて。ひどい話だろ?」
「え? え?」
ジェイクが何を言っているのか、頭の中がぐるぐるしていて今の私には理解できない。
「だからウソをついた罰を与えたのさ!」
「で、でもそれは……」
「僕が気にいるかもしれないとか、そんなのは関係ないんだよ、リディ。
僕はここでは君の恋人! これからは必ずそう答えること! いいかい?」
「……わかったわ」
納得はしていなかったけど、なんとなくジェイクの圧を感じてついそう答えてしまった。
ジェイクは満足したように微笑むと、そのままテラスから出ていった。
「はぁーー……」
ジェイクの姿が見えなくなってから、力なく椅子に寄りかかる。
ドキドキと激しい鼓動がうるさい。足に力が入らない。
一体さっきのはなんだったの……?
罰って何? だからって、なんでキス……!?
左頬には、まだ柔らかな感触が残っている。
……ってゆーか、これ私にとったら全然罰になってないんだけど!!
そんな叫びたい気持ちをこらえて、私は鼓動が落ち着くのを待った。




