13 ケンカ売ってる?
庭園に戻る途中で、私は気になっていたことをジェイクに尋ねた。
「ねぇ、ジェイク。
どうして彼女の男性が苦手な理由にすぐ気づいたの?」
「えっ? あのご令嬢は男性が苦手だったんですか?」
私の話を聞いて、イクスが驚いている。
自分が怯えられていたことに、気づいていなかったらしい。
ジェイクは軽い調子で答えてくれる。
「ああ。だって、僕を見た瞬間に顔を真っ青にしてサッと胸元を隠していたからさ!」
「……それだけ?」
「結構ああいう女性は多いんだよ!
男からの好奇な目に見られることを嫌がっているのさ」
確かにその通りなんだけど、それを当然のようにジェイクが語っていることが気にかかる。
今までもそういった女性の相手をしたことがあるのかしら。
イクスはよくわかっていないようで、当然のように語るジェイクを不審そうな目で見ている。
「なんでお前は、そんなことを知っているんだ?」
「怯えて男性恐怖症になる女性もいるけど、反対に復讐を考える女性も多いからさ!」
「復讐?」
私とイクスの声がハモる。
ジェイクはニヤリと怪しい笑みを浮かべると、イクスを脅すような口調で説明してくれた。
「そうさ! 男性に身体を触られたとか、侮辱させられたとかで恨みを持つ女性はとっても怖いんだよ、騎士くん。
その相手に復讐してほしいという依頼だって少なくないんだ」
「……なんで、それを俺に向かって言うんだ」
「気をつけろってことさ!
さっきの彼女、君にはまだ怯えていたみたいだし?」
ドキッ
アマンダ令嬢がジェイクには少し心を許していたこと、気づいてたんだ……。
男性恐怖症の女性が、自分にだけは心を許してくれたかもしれない……というのは、男性的には嬉しいことなんじゃないかしら?
心なしかジェイクも嬉しそうに見える。
消えかけていた黒いモヤモヤが、また出てきてしまった。
「なんで俺に怯えるんだ?
俺は彼女に対して変な目で見たりしてないぞ」
納得のいかない顔でイクスが言った。
私とジェイクは目を合わせて、それぞれが遠慮がちにフォローの言葉をかける。
「それは、隠しきれてない君の執着めいた変態気質に気づかれたんじゃないかい?」
「見た目が怖かったんじゃないかな?
イクスって、黙ってると悪人顔で性格悪そうだもんね」
「ケンカ売ってます?」
不満顔のイクスはそのままに、私はアマンダ令嬢の青ざめた顔を思い出して少し悲しい気持ちになった。
あんなにスタイルが良くて女の私から見たら羨ましいくらいなのに、そのせいで悩んで男性恐怖症になっているなんて……。
人にはそれぞれ気づかない部分の悩みがあるものなのね。
なんて、真剣に考えてしまう。
「今は特に胸元の開いたデザインのドレスが流行しているから、彼女にとっては辛いわね」
アマンダ令嬢のことを心配してボソッと呟くと、ジェイクとイクスが同情するような視線で私を見ては必死でフォローしてきた。
「彼女にとっては辛いかもしれないけど、リディには必要ない悩みじゃないか!
だから大丈夫! そんな悲しい顔しないで!」
「そうですよ! リディア様なら流行りのドレスを着ても何も問題ないですから、大丈夫です!」
「ケンカ売ってんの?」
どうせ私は胸が小さいけど!!!
男性からそんないやらしい目で見られたことなんてないけど!!!
その憐れんだような目がムカつく!!
「あの、リディア様」
イライラしながら2人を睨みつけていると、突然後ろから声をかけられた。
振り返ると、サイヴァス夫人が申し訳なさそうな顔で立っている。
「サイヴァス夫人。どうかしましたか?」
「あの、アマンダ……娘が、どうしてもリディア様とお話がしたいと……」
「アマンダ様、もう大丈夫なんですか?」
キツく締められたコルセットを外してもらえたのかな。
というか、私と話したいって……なんで?
サイヴァス夫人は、優しく微笑みながら遠慮がちに話してくる。
「もう大丈夫です。本当にありがとうございました。
娘も直接リディア様にお礼を伝えたいと言っておりまして……少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです!」
「本来こちらから伺うべきなのに、申し訳ございません」
「いえいえ。体調を崩されているんですもの、当然ですわ。
じゃあ、ちょっと行ってくるわね!」
ジェイクとイクスにそう伝えると、私はサイヴァス夫人と一緒に先ほど行ったアマンダ令嬢の部屋へ向かった。
ベッドに横になっていたアマンダ令嬢は、コルセットを緩めたらしく、青かった顔色に赤味が差していた。
無理矢理押し潰されていた豊満な胸元が、今は本来の姿になっている。
うわぁ! 胸、大きい!!!
これは……女でも思わず視線がいってしまうもの。
男性にジロジロ見られてしまうのもわかるというか、なんというか……。
そんな彼女は、部屋に入ってきた私を見るなり顔をぱあっと輝かせ、勢いよく起き上がった。
「リディア様! わざわざ来ていただいてすみません……!」
「あっ、大丈夫です! そのまま横になっててください」
そう言ってすぐにベッドに近寄り、彼女が立ち上がらないように身体を支えた。
嬉しそうな顔をしたアマンダ令嬢が、ニコッと微笑む。
赤く波打つ長い髪、少し垂れた色気ある紫の瞳、ふっくらとした口元には小さなホクロがある。
まだ若いのに、やけに色気あるその笑顔にドキッとしてしまう。
うわ……! び、美人!!
「お優しいんですね、リディア様。
先ほどは、本当にありがとうございました」
「わ、私は何も……」
「いえ、私が男性が苦手なことをすぐに察してくださって、とても嬉しかったです。
今まで、それに気づいてくれる方はいらっしゃらなかったので……」
しゅん、と目に見えて落ち込んでしまったアマンダ令嬢。
聞いていいものか迷ったけど、そこまで語ったなら言いたいのかもしれない、と思い訊ねてみる。
「男性が苦手だと、気づいてもらえなかったんですか?」
「はい。……私の見た目だと、むしろ男好きに見えるそうです」
すぐに答えてくれたので、聞いて良かったんだと安心する反面、その事実に驚く。
サイヴァス夫人はそんな話をする娘を見て、悲しそうな表情でうつむいた。
それ、前世の世界でもよくあるやつ!!
可愛い子とか、男子と仲良い女の子に「男好き」ってレッテル貼る女、いるよね!!
この世界でも、見た目だけでそんなこと言う人がいるなんて!
「ひどい!
そんな人達の言うことなんて、気にしなくていいんですよ。
わかってくれる人だって、きっといますから」
少し怒った顔で力強くそう言うと、アマンダ令嬢は目を丸くした後に柔らかく笑った。
「ありがとうございます、リディア様。
……あの、もしよろしければ、私とお友達になってくださいませんか?」
「え? お友達?」
「あっ……、あの、無理にとは……」
アマンダ令嬢は、モジモジしながら恥ずかしそうに視線を逸らした。
勇気を出して言ってくれたのだと、よくわかる。
「もちろんです! ぜひお友達になってください!」
「え……」
驚いたように私を見つめるアマンダ令嬢。
彼女の話からするに、もしかして彼女には友達がいないのかもしれない。
……でも、それは私だって同じ!!!
この異世界に転生してから、出会った女性といえばメイドや使用人以外だとサラくらいだもの!
あとはマリさんとか、王宮のパーティーで文句言ってきたマレアージュ令嬢とか!
実は、私にも友達は1人もいないのよね!!
私の返事を聞いて、アマンダ令嬢もサイヴァス夫人も安心したらしい。
ここからは2人で……と、サイヴァス夫人は部屋から出て行った。
私はベッド横に置かれた椅子に座り、アマンダ令嬢と向き合っておしゃべりを楽しむことにした。
「リディア様は、そんなにお美しいのに今まで男性に嫌な思いをされたことはないのですか?」
「嫌な思い……?
んーー……街で一度、変な方に声をかけられたことはあるけど、護衛騎士のイクスがすぐに間に入ってくれたし……」
「護衛騎士……先ほど、部屋にいらした騎士の方ですか?」
「そうです。茶色い髪の」
「あの方は、リディア様の恋人なのですか?」
「え!?」
今、私がお茶を飲んでいたなら、アマンダ令嬢めがけて盛大に噴き出していたかもしれない。
それくらい予想外の言葉だった。
「私とイクスが恋人!? な、なんで!?」
「えっと、とても仲良さそうに話していたので……」
「ちっ、違います! 恋人じゃないです! ほ、本当に!」
いきなりで驚いたのもあり、やけに大袈裟に否定してしまった。
そんな私の反応を見て、アマンダ令嬢は意味深な笑顔で「……そうですか」と言った。
うわ! これ、絶対信じてない!
私が照れ隠しでウソついたと思われてそう!
なんとか説明したいが、この状況で必死に否定すればするほど信じてもらえない気がする。
どうしようかと悩んでいると、アマンダ令嬢がボソッと呟いた。
「……あのお方には、お相手がいらっしゃるのかしら?」
「え?」
小さな声で、うまく聞き取れなかった。
アマンダ令嬢は、顔を赤くしながらもう一度呟く。
「あの、私を運んでくださった方は……お相手がいらっしゃるのでしょうか?」
ドクンッ
心臓が大きく跳ねる。背中を嫌な感覚が走っていく。
……それって、ジェイクのこと?
「運んだ方というのは、黒い髪で赤い瞳の?」
「あっ、は、はい」
顔が赤くなっているアマンダ令嬢を見て、どんどん鼓動が速くなる。
嫌な感覚が全身を覆っていて、目の前が暗くなっていく。
何……これ。
なんで私、ジェイクのことを教えたくないって思ってるんだろう。
何も答えない私を、不思議そうな顔で見てくる。
早く。答えないと。
「彼はジェイクって言います」
「ジェイク様……!」
「ジェイクには、お相手が……」
期待のこもった瞳で見つめられている。
でも、私は彼女の目を見ることができない。
どうしよう!? なんて答えればいいの!?
ジェイクに婚約者なんていないけど、一応私と恋人のフリはしてるから……いるって答えるべき!?
その相手は私ですって、言うべき!?
……でも、こんな真剣な顔の彼女にウソをつくなんて……。
それに、ジェイクだってこんな素敵な女性に好意を寄せられたら嬉しいんじゃ……!
あああ、どうしよう!!!
「リディア様?」
「……い、いません」
「えっ! 婚約者の方とか、いらっしゃらないんですね?」
「……はい」
令嬢の顔がぱああっと明るく輝く。
大人っぽい見た目だけど、中身は純粋で少女のような人だと思った。
「……実は、怖さを感じなかった男性はジェイク様が初めてだったんです。
みんなが視線を向けてくるこの胸もすぐに隠してくださって、私に一切興味を示されませんでした」
「…………」
「でも冷たくされるわけでもなく、優しく声をかけてくださって……とても素敵な方だなって思いました」
「……そうね。ジェイクはとっても優しいわ」
「やっぱりそうなんですね! ふふ」
嬉しそうに微笑むアマンダ令嬢を見て、私の心は複雑になっていた。
ああ……。せっかくこの世界で初めてできたお友達が、まさかライバルになってしまうなんて。




