12 初めてのヤキモチ
準備が終わり玄関ホールでジェイクを待っていると、疲れた顔をしたイクスがやってきた。
「あ、イクス。ジェイクは大丈夫だった?」
「最初は着替えるのを断固拒否していたんですが、腕を取り押さえて無理矢理着替えさせようとしたら、諦めて自分で着替えてましたよ」
「無理矢理……」
イクスに動けなくさせられて、メイド達に着替えさせられそうになったら……そりゃ『自分で着替えるから!』ってなるわね。
そんな光景を想像すると笑える。
困った顔だけでなく、めずらしくジェイクの苛立った顔も見れたかもしれない。
やっぱりその場にいたかったな……と考えていると、ジェイクがやってきた。
「!」
派手すぎないが、しっかりとした貴族男性の装いをしている。
前髪を半分上げていて、残りの半分は流してあり大人っぽくセットされている。
髪が黒いこともあって、やけにクールに見えるのに……その表情は少し拗ねたようにブスッとしていて、クールとはほど遠い。でも……。
カッコいい!!!
えええ、ウソ!? 本当にジェイク!?
なんだか王子様みたい!!
「はぁ……。本当にこの格好で行かなきゃいけないの?
ピシッとされ過ぎてて、なんだか動きずらいし恥ずかしいんだけど」
「文句言うな。エリック様の顔に泥を塗らないように、しっかりしろ」
イクスと話しているジェイクから目が離せない。
ボーーッとしたまま見つめていると、ジェイクが気まずそうに私を見るなり目を丸くした。
「わあっ! リディ、とっても可愛いね!」
「ありがとう。ジェイクも……とてもよく似合ってるわ」
「そうかい? それはありがとう」
カッコいい……と言いかけて、やめた。
面と向かって言うのはやはり恥ずかしい。
それにしても、それなりに似合うとは思ってたけどまさかここまでとは!!
これはジェイクがカッコよすぎるの?
それとも私の目に恋愛フィルターがかかってるだけなの?
きゅうっと胸が締め付けられるような、なんだかムズ痒い気分だ。
勝手にニヤけそうになってしまう口元を必死におさえる。
普段通りの自分を装いながら、2人で一緒に用意された馬車に乗った。
顔が赤くなってしまいそうだったので、馬車に乗っている間は外の景色ばかり見るようにしていた。
*
以前行ったナイタ港湾にある街を過ぎてしばらく進むと、約束している男爵家のお屋敷に到着した。
わあ……! これが庭園パーティー! 綺麗!
娘にお金を使い過ぎて財政破綻していた子爵家よりも、断然綺麗で整った庭。
庭園パーティーを開催したのも納得できる。
テーブルの上には、食べやすい軽食やケーキなどのデザート、フルーツが並べられているのが見える。
椅子もいくつか用意されているが、ほとんどが立ったまま知人と会話しているようだ。
色とりどりの花が飾られたアーチをくぐり抜けて会場に入ると、優しそうな夫婦が私達に寄ってきた。
40代くらいのこの2人が、この家の男爵夫妻なのだろう。
「はじめまして、アレクマール子爵。
私はカール・サイヴァスと申します。こちらは妻のレニーです」
妻と紹介された女性が、ペコリと頭を下げる。
アレクマール子爵と呼ばれたジェイクは、少しだけ口元を引きつらせながら笑顔で挨拶を交わした。
「はじめまして。僕のことはどうぞ、ジェイクと呼んでください。
こちらはコーディアス家のリディア嬢です」
「はじめまして」
私が挨拶をすると、サイヴァス夫妻は顔をキラキラと輝かせた。
「ああ……! リディア様!
巫女様だとお聞きしております。お会いできて光栄です」
「こんなに美しいお嬢様だったなんて……。
私達、祭祀の日に体調を崩してしまって神殿には行けなかったのです。
直接お話ができるなんて、本当に光栄ですわ」
「いえ。そんな……」
挨拶が終わった後、ここに来ている領地関係者にジェイクを紹介する……と、夫妻はジェイクを連れて行ってしまった。
私も一緒に、と誘われたけど断った。
正直な話、エリックの妹とはいえ私は領地経営には関わっていないしね。
喉渇いたし、何かもらおうかな?
そう思って振り返ると、すぐ後ろにドリンクを持ったイクスが立っていた。
「わっ! びっくりした!
イクス、パーティーの間は遠巻きにいる騎士達と一緒にいるって言ってなかった?」
「それはアイツが横にいる時だけです。
リディア様を1人にはしておけませんから」
そう言うなり、イクスは周りにいた若い男性陣をジロッと軽く睨みつける。
グリモール神殿で私の巫女姿を見た人達が、興味深そうに私を見ていたからだろう。
ジロジロと突き刺さる視線には、さすがに私も気づく。
「巫女がめずらしいのよ。
こんな場所で誘拐するような人はいないから、そんなに警戒しなくて大丈夫よ」
「誘拐を心配しているわけじゃありません」
じゃあ何を警戒しているの?
そう聞こうと思った時、かすかに女性のうめき声が聞こえてきた。
「……うぅ……」
「!?」
声の聞こえた方を見ると、木に寄り添うように立っている女性が目に入った。
立ってるのが精一杯といった感じで、項垂れている。
「大丈夫ですか!?」
「……え」
慌てて駆け寄り声をかけると、真っ青な顔をした18歳くらいの令嬢が私を見た。
吐きそうになっているのか、手で口元をおさえている。
「ち、ちょっと……気持ち悪くて……」
「動ける? イクス、彼女を……」
「ああああの! そ、それは」
イクスに運んでもらおうとしたところで、ガシッと腕を強く掴まれた。
怯えた表情をした令嬢は、真っ青な顔でブルブル首を横に振っている。
……運んでほしくないってこと?
ううん。それよりも、これってもしかして……。
「イクス。ここは大丈夫だから、もう少し離れた場所にいてくれる?」
「!」
「え? はい、わかりました」
不思議そうな顔をして離れるイクスを見送っていると、令嬢が小さな声で聞いてきた。
「あの……どうして、わかったんですか?
私が……男性が苦手なこと」
「あ、やっぱり? なんとなく、だったんだけどね。
それよりも大丈夫? どこか休めるところに移動した方が……」
「大丈夫です。理由はわかっていますので。
あの……コルセットがキツいだけ……なんです」
「え?」
そう言われて令嬢のドレスに目をやると、豊満な胸元がぎゅっと潰されて不自然なことになっていた。
うわ! 胸おっきい!!! いいな!!
……って、今はそれどころじゃなかった!
これだけ大きな胸を、こんなにぎゅうぎゅうにさせてたらそりゃ苦しくもなるわ!
「こんなにキツくされてたら、苦しいですよね。
すぐに緩めてもらわないと……」
「いえ。これは、これでいいんです!
緩くしてしまうと、胸の大きさが目立ってしまって……」
涙目でそう訴える彼女を見て、何故彼女が男性が苦手なのかがわかった気がした。
……昔から変な目で見られることが多かったのかしら?
女の私だって、つい目がいっちゃうもの。男性なら尚更?
胸が大きいのも大変なのね。
……現在も前世も、経験ないからわからないけど。
でも、それだとどうすればいいんだ?
ここで苦しんでいる姿を見てるだけ?
せめて室内とかに連れて行ければいいけど、私よりも背の高い彼女を持ち上げて運べるわけない。
でも男性に運ばれるのも嫌って……どうすれば!?
「リディ、何してるんだい?」
「えっ」
急に声をかけられたかと思うと、すぐ近くにジェイクが立っていた。
ジェイクの存在に気づいた令嬢の顔が、またサーーッと青ざめていく。
やばい!! 男性禁止なのに!!
「あの、ちょっと具合悪いんだけど、その……男性は苦手みたいで、だからジェイク、もう少し離れ……」
「ああ、なるほどね」
私のしどろもどろの説明で何がわかったのか、ジェイクはその場を離れるどころか、着ているジャケットをおもむろに脱ぎだした。
「!? ちょっ……何やって……!?」
「ごめんね」
バサッ!
ジェイクはそう言うなり脱いだジャケットを令嬢の正面側にかけた。
胸元が隠れて、見えなくなった……と思った瞬間、そのまま令嬢をお姫様抱っこで持ち上げた。
「えっ!?」
令嬢が驚きの声を上げる。
ジェイクは周りをキョロキョロと見回し、サイヴァス夫人を見つけるなり声をかけた。
「サイヴァス夫人。この方が具合悪いみたいなんですが、どこか部屋を……」
「まあっ! アマンダ! 私の娘です! どうぞこちらへ……!」
「娘?」
あの令嬢は、この家の男爵令嬢だったの?
慌てて屋敷に案内してくれる夫人のあとに続いて、アマンダ令嬢を抱えたジェイクと私、少し離れた後ろからイクスがついて行く。
「ごめんね。もう少しだから我慢してね」
「…………」
ジェイクが優しくアマンダ令嬢に話しかけた。
ずっと真っ青だった顔の令嬢は、胸元が隠されている安心感もあるのか、男性に触れられているというのにそこまで拒否している感じがない。
むしろ、少し顔が赤くなってる気がするのは気のせい……?
モヤ……
心の中に、黒いモヤがかかる。
ジェイクが女の人を抱き抱えている姿を見るのは、正直苦しい。
……って何考えてるの! これは人助け!
それなのに、こんな気持ちを持つなんてアマンダ令嬢にも失礼だわ!
あああ。そう頭ではわかってるのに、モヤモヤするーー!!
なんであんなすぐに抱っこしたの!? なんでジェイクが抱っこするの!?
他の人にお願いすればいいじゃない!
でも、そこですぐに動いたジェイクはカッコ良かったけど!!
まるで王子様みたいだったけど!!
そういうトコ好きだけど!!
色々な感情が渦巻いて、やけに苦しい。
これがヤキモチという感情だとわかった瞬間、何故か自己嫌悪に襲われた。
ジェイクは何も悪いことはしてないのに、勝手に私が嫌だからってこんなにイライラして……最悪だわ!
「リディア様? 大丈夫ですか?」
「え?」
突然イクスに肩を掴まれた。
何故かすごく心配した顔で私の顔を覗き込んでいる。
「イクス、どうしたの?」
「それはこっちのセリフですよ。
足取りがフラフラしてるし、顔も青くなってるし、もしかしてリディア様もどこか体調が悪いんですか?」
え? 私、そんな状態になってたの?
心は絶不調だけど、身体は特に問題なしなんだけどな……。
「熱でもありますか?」
そう言って、イクスの手が私のおでこに触れた。
顔もさっきより近くにあって、思わず後ろに引いてしまう。
近っ!! ってゆーかイケメンだな!!
「だっ、大丈夫だから!」
「でも、顔が普段より赤くなってますよ?」
それはイクスが近づいたからだってば!!
また私のおでこに触れようとしてきたイクスの手を取って止める。
イクスはムッとした顔で、少し力を込めてきた。
「なんで止めるんですか?」
「だから、熱なんかないからっ!」
「それを確かめようとしてるんですけど?」
ぐぐぐ……と、手に力を込めてくるイクスとそれを止めてる私。
まるで真剣白刃取りをしている気分になってくる。
すると、ジェイクが呆れたように声をかけてきた。
「君達、何をしてるのさ?」
いつの間にかアマンダ令嬢をベッドに下ろしていたらしく、ジェイク・アマンダ令嬢・サイヴァス夫人がこちらを見ていた。
うわ……変なとこ見られた! 恥ずかしい!
アマンダ令嬢とサイヴァス夫人は、クスクスと微笑んでいる。
イクスが一歩前に出て「失礼しました」と謝ると、笑顔だったアマンダ令嬢はビクッと身体を震わせた。
あっ……、苦手な男性が部屋にいたら、困るわよね。
「イクス。それにジェイクも、お部屋から出ましょう!」
「そうだね。では、サイヴァス夫人、失礼しました」
「ジェイク卿、リディア様、ありがとうございました!」
2人に笑顔でお別れの挨拶をして、私達は部屋から出た。
歩いてきた道を戻り、先ほどの庭園に向かう。
なんともない顔で歩いているが、私の心の中は黒い不安の色で渦巻いている。
部屋を出る時に、アマンダ令嬢の視線がジェイクに向けられていたことが気になっていた。




