11 わかりやすい態度
あああ!!
やっちゃった! やっちゃった!
ジェイクに抱きついちゃった!!!
あああああ。これじゃセクハラリディアに戻っちゃうわ!
いや、あれはジェイクから「おいで」っていったんだし、合意だよね?
セクハラじゃないよね?
でも絶対にジェイクは冗談のつもりだったし、本当に抱きついてくるとは思ってなかったはず!
それなのにあんなことしたら、やっぱりセクハラ案件!?
部屋に戻るなり、私はメイに捕まってソファに座らせられている。
髪が濡れたままでジェイクの部屋に行ったことを、メイはプリプリと怒っていた。
「リディア様! いくらお相手がジェイク様だといっても、こんな時間にそのような格好で殿方のお部屋に行ってはいけませんよ!
リディア様はとても可愛いんですから、もっと危機感を持ってください」
私の身を案じてくれてるのだろうけど、手を出したのは私の方なのよね……とは言えない。
「メイ、心配してくれてありがとう。
ジェイクは軽いけど紳士だから大丈夫よ」
「ジェイク様を疑ってるわけではないですが、こんなことが知られたらエリック様がどう思われるか……」
「エリックお兄様には言わないで!!」
私の髪を拭いてくれているメイを勢いよく振り返ると、メイは目をパチクリさせて私を見た。
そして顔を少し青くして、静かな声で囁いた。
「言いませんよ。言ったら、どんな理由を述べようともカイザ様と一緒にこちらまで来てしまいます」
悪魔の顔をした2人に「淑女とはーー」という説教を延々とされる想像をして、背筋がゾッとした。
そんなの絶対にごめんだ。
「それから、イクス卿にも言わない方がいいと思います。
今日はもうリディア様は部屋から出ないと思っていましたし、ジェイク様の部屋へ行ったのが知られたら……」
「そうね! 過保護のイクスにも怒られちゃうわ!」
「……怒るだけで済めばいいですが」
「ん?」
「い、いえ。なんでもないです」
メイは何かを誤魔化すように、またタオルで私の髪をポンポンと拭き始めた。
落ち着いた静かな時間が戻ってくると、またさっきのジェイクとのことを思い出してしまう。
私の身体には、まだジェイクに抱きついた時の感触が残っていた。
……今まで、カイザやイクスにも抱きしめられたことはあったけど、自分から抱きしめたのは初めて。
漫画によく書いてあった通り、男の人ってかたいのね……!
ぬいぐるみやクッションを抱きしめるのとは全然違うわ!!
それに、すぐ近くにジェイクの顔があって……
「リディア様?」
「きゃあっ!?」
突然目の前にメイの顔がひょっこり出てきて、思わず悲鳴をあげてしまった。
メイがかなり驚いた顔をしているけど、私だって心臓バクバクだ。
「メイ……ど、どうしたの?」
「驚かせてしまってすみません。
何度呼んでも返事がなかったので、眠ってしまったのかと」
「あ。考え事してたからかな。ごめん」
「……ジェイク様のことですか?」
まさに! な答えを言われて、動揺して抱いていたクッションを放り投げてしまった。
メイが慌ててキャッチしてくれる。
そして、少し照れたような顔で私をジッと見つめてきた。
「……リディア様。
こんなことを言うのは失礼ですが、その、とってもわかりやすいです」
「……言わないで」
恥ずかしくなり、両手で顔を隠した。
こんな時は、エリックの無表情顔とカイザの無神経な心が羨ましくなる。
詳しく聞きたそうなメイの視線に気づかないフリをして、受け取ったクッションをギュッと抱きしめた。
*
次の日の朝。
昨夜以上に冷静になった私は、気まずくてなかなか部屋から出れずにいた。
ジェイクと顔を合わせながら食事をするなんて、とてもじゃないけど耐えられない!
「リディア様、朝食を召し上がらないのですか?」
時間になってもソファに座って本を読んでいる私に、不思議そうにイクスが尋ねた。
「う、うん。まだお腹空いてなくて……」
「そうですか。では、少し時間を遅らせてもらうように伝えてきますね」
「ありがとう、イクス」
「今朝はクソう……ジェイクも朝食を遅らせると言っていたみたいですし、お2人とも昨夜の食事が何か……」
「えっ!?」
私が突然大声を上げたので、イクスがビクッと肩を震わせた。
ジェイクも朝食を遅らせるですって!?
それじゃ、結局同じ時間になって意味ないじゃない!!
「どうしたのですか?」
「イクス、あの、やっぱり私は今すぐに食べることにするわ」
「…………」
イクスの目が、ジーーッと私を見つめる。
私の顔色から真意を探ろうとされてるみたいで、つい視線を外してしまった。
「……ジェイクと何かあったんですか?」
ううっ!! さすがイクス! 鋭い!
「な、何もないけど?」
「じゃあ何故視線をそらすのですか?
まさか、俺に言えないようなことをされたんじゃ……!?」
イクスが自分の剣に手を伸ばす。
ちょ、ちょっと!? 何する気!?
イクスの顔がめっちゃこわいんですけど!
「そんなことされてないから!!
ほら、そうと決まったら朝食を食べに行きましょう!!」
納得のいかない顔をしたイクスの背中を押して、無理矢理歩かせて部屋から出た。
これ以上2人で話してたら、ボロを出してしまいそうだ。
……それにしても、なんでジェイクまで朝食の時間をズラしたんだろう?
寝坊した? 手首がまだ痛む?
それとも、もしかして、私に会いたくない……とか?
サァーーッと血の気が引いていく。
昨夜の私の行動に幻滅とかされてたら、どうしよう!
「リディア様!」
「え?」
イクスにガシッと腕を掴まれて、足が止まる。
「どこに行かれるのですか?」
「どこって……あ」
気づけば、食事が用意されている部屋を通り越していた。
考え事をしていたのでそのまま素通りしてしまったらしい。
怪しげな視線を私に向けてくるイクス。
「やっぱりどこか変ですね。ジェイクが何か……」
「なんでもないってば! あーーお腹空いたーー!!」
そう言いながら部屋に入ると、食事中のジェイクと目が合った。
え!? なんで!? ジェイクは時間をズラしたんじゃ!?
驚いた私を見て、ジェイクは楽しそうにニコッと笑った。
予想外のジェイクとその笑顔に、心臓が大きく跳ねる。
「おはよう、リディ! 朝から元気だね」
「お、おはよう。ジェイク」
私と同じように驚いた様子のイクスが、ジェイクに問いかける。
使用人達の前で『クソ兎』呼びは良くないという判断で、イクスは人前ではきちんとジェイクに敬語を使っている。
なんとかジェイク呼びにも慣れてきた頃だ。
「あれ? 朝食の時間はズラすって言ってたのでは?」
「うん。寝坊しちゃったから遅くしてってお願いしたんだけど、なんだかんだ間に合っちゃったのさ!」
ジェイクはイクスの質問に軽く答えている。
私に会いたくなかったのかも……と不安だった気持ちが消えてホッとしたものの、あまりにも普段通りな彼の姿に複雑な気持ちにもなる。
ジェイク、まったく変わらない。いつも通りだわ。
昨夜私が抱きついたことは、ジェイクの中ではなんともないことなのね。
朝から気まずい思いしてた私、バカみたい……。
なんだか一気にどうでもよくなり、拗ねた気持ちで椅子に座った。
緊張が解れたからか、朝食をパクパクと食べてしまう。
さっきまでは全然食欲なかったのに……はぁ。
そんな私の態度に気づいているのかいないのか、ジェイクが何かを思い出したかのように声を上げた。
「あっ! そういえば、昨日言おうと思ってたのに忘れてた!
リディ。今日の午後にちょっとした庭園パーティーに呼ばれてるんだけど、一緒に行けるかい?」
「庭園パーティー?」
「ナイタ港湾にあった街を管理してるサイヴァス男爵が、僕を招待してくれたらしいんだよね」
ジェイクが面倒そうな顔でため息をついた。
貴族特有のパーティーなどは、お気に召さないようだ。
「僕のための歓迎パーティーらしいし、領主として絶対参加してこいってワムルに言われたのさ。
でも1人で行きたくないし、リディにも来てほしいんだけど……お願い!」
手をパン! と合わせて、私にお願いをしてくるジェイク。
なんでも気軽にこなしてしまう彼にも、苦手なものがあるらしい。
……まぁ、確かに、ジェイクと貴族のパーティーって似合わないかも。
今回は庭園パーティーだから、そこまでかしこまったのじゃないけど……今後、お屋敷や王宮の夜会に呼ばれたらどうするの気なのかしら?
……と、それは今は置いといて。
「いいわよ。昨日助けてもらったし、それくらい協力するわ」
「本当かい? 助かるよ!
じゃあリディの準備ができるまで、僕は執務室で残りの書類の確認を……」
「え? 何言ってるの? ジェイクだって、準備が必要でしょ?」
「え?」
キョトンとするジェイクの顔を見て、嫌な予感がしてくる。
「……まさか、その格好で行くつもりだったんじゃないわよね?」
「え? そ、そうだけど……え、だって、庭園パーティーだろ?
この格好で十分じゃ……」
私やイクス、周りにいるメイド達の冷めた視線に怯えるジェイク。
話し合いなどしなくても、ここにいるみんなの気持ちはきっと同じはず。
私は何も指示を出すことなく、ただイクスの名前を呼んだ。
「……イクス」
「はい。かしこまりました」
それだけでしっかり伝わったらしく、イクスはすぐにメイド達へ目で合図を送る。
メイド達も無言で頷くと、すぐに部屋から出ていった。
バタバタと、急いで走り回っている音が聞こえてくる。
「え……な、何?」
私達の阿吽の呼吸に圧倒されているジェイクが問いかけてきたが、それに答えることなくイクスがジェイクを立ち上がらせた。
「もう食事も終わっただろ? 行くぞ」
「行くってどこへ!?」
ズルズルと引きずられて、半強制的に部屋から出ていくジェイクを、私は貼り付けたような笑顔で見送った。
部屋には、もう私とメイしか残っていない。
「ちゃんと貴族らしくなるかしら?」
「ジェイク様は元々素敵な顔立ちをされてますので、問題ないと思います」
「ふふっ。出来上がりが楽しみね」
「そうですね。リディア様、私達もそろそろ準備に参りましょう」
突然の話だったというのに、メイはやる気に満ち溢れているような顔だ。
キラキラした目をしながら、ドレスは何にしようかとブツブツ考え込んでいる。
……メイに任せておけば良さそうね。
私を着飾るのが大好きなメイに身を任せ、庭園パーティーに似合った派手すぎないドレスに着替える。
緑に囲まれた庭園パーティーでは、女性は自身を花に見立て、ピンクや黄色などの華やかなドレスにすることが多いそうだ。
私のドレスも、黄色と薄いオレンジのシフォンを重ね合わせた明るく可愛らしいデザインだ。
「可愛いわね! ヒラヒラしてて、軽くて動きやすいわ」
「とってもお似合いです、リディア様」
メイは私の髪にレースのリボンでできたヘッドドレスを付けている。
満足そうな彼女の顔を見る限り、納得のいく出来だと思って良さそうだ。
「……ジェイクは大丈夫かしら?」
「実は、エリック様に言われてジェイク様のパーティー用の服を勝手に作っておいたのです。
ジェイク様はそれをご存知ないので、おそらく色々な意味で驚かれてると思われます……」
「そうなのね……」
エリックに貴族用の服をたくさん用意しておけと言われていたジェイクは、必要最低限の分しか作らせなかったと聞いたわ。
パーティー用の服なんて、自分は持ってないって思っていたでしょうね。
まさか勝手に作られていたなんて……ジェイクはどんな反応をしてるんだろう?
無性に、見てみたい願望が押し寄せてくる。
イクスがまだ戻ってきていないってことは、ジェイクがすんなり言うことを聞いていないのかもしれない。
着飾られることを嫌がっていそう……。
み、見たい!! 困ってるジェイク、見たい!
前に、ジェイクが『マリは僕の困った顔を見るのが楽しいんだそうだ』って呆れたように言ってたけど、その気持ちがよーーくわかる。わかってしまう。
ニヤニヤしてしまう口元をおさえながら、私はジェイクの準備が終わるのを待った。




