1 氷の侯爵からの命令
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ああ……長かった……!
サラの裁判が終わった数日後、巫女誘拐事件に関する裁判が全て終わった。
私の誘拐を企んだあの痩せサンタのような大神官や、誘拐を実行した窃盗団の奴らも、全員重い罰を下されたらしい。
サラの裁判で気力を使い果たした私は、大神官の裁判には参加しなかった。
もう顔も見たくなかった、という理由もあるけど。
裁判後に会ったカイザは、やけにスッキリとした顔をしていたわ。
きっと、相当な刑罰になったんでしょうね……。
なんだか怖くて、詳しくは聞けなかった。
大神官が突然いなくなったグリモール神殿は大丈夫なのか、とか不安は色々あるけど、そこはもう私の知るところじゃない。
そして、国外追放になったサラは、すでに国を出たらしいという報告も受けた。
思っていたよりも、早い出発だった。
サラが国を出た……。
もう、この国にサラはいない。
小説『毒花の住む家』の主人公サラは、本当にいなくなったのね。
サラとエリックが結婚して、リディアが悪役令嬢になって、サラがみんなから愛されて、私が処刑エンドを迎えるストーリーは……もう始まらない。
まだ実感は湧かないけど、本当に終わったんだ……!
もう、処刑エンドを怯えて生きなくていいんだわ!
「ここから私の新しい人生が始まるのね……」
ボソッと呟く。
今、私は家の裏庭で1人のんびりと日向ぼっこをしている。
顔に当たる爽やかな風が、とても心地いい。
こんなにも心から休めたのなんて、転生して初めてかも……。
目を閉じて風を感じていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
訓練が終わったイクスが迎えにきたのか、専属メイドのメイが私を呼びに来たのか。
目を開けて音のするほうを見ると、黒髪に赤い瞳の男性がニコニコしながら立っていた。
「……ジェイク!?」
思ってもいない人物の登場に驚く。
この家に来たこともないはずのジェイクが、何故ここに?
「やぁ、リディ。こんな所で何してるんだい?」
「それはこっちのセリフよ! なんでジェイクがいるの?」
「そんなの、愛しいリディに会いに来たからに決まってるじゃないか」
……なんてウソっぽいセリフなのかしら。
舞台俳優のようなポーズ付きで軽くそう言うと、ジェイクは私の近くに座った。
私が座っているシートの上ではなく、草の上にあぐらをかいている。
「はいはい。で、本当の理由はなんで?」
「相変わらずツレないねぇ。君のお兄様に呼び出されたからさ!」
「エリックお兄様に?」
さっき一緒に朝食を食べた時には、何も言っていなかったのに……。
なんでジェイクを呼び出したんだろう?
堅物のエリックと、軽いお調子者のジェイク。
この2人に話すことがあるのかと、不可解な気持ちでいっぱいだ。
不思議そうな顔をしている私の様子を見て、ジェイクが一瞬ニヤリと笑う。
そして、すぐにわざとらしく身体をガタガタと震わせると、怯えた声を出した。
「まさか……コーディアス家の秘密を知った僕を、始末する気なんじゃ……!」
「そんなバカな。あなた、エリックお兄様のことなんだと思ってるのよ」
「え? うーーん……氷の侯爵?」
氷の侯爵!?!?
思わずプッと吹き出しそうになったが、すぐに笑いが引っ込んだ。
ジェイクの後ろから近寄ってきている人物が目に入ったからだ。
「……ほう。誰が氷の侯爵だって?」
後ろから聞こえてきた声に、ジェイクの顔が一気に真っ青になる。
さっきまで暖かくて心地よかったはずの空間が、まるで氷河期が訪れたのかと疑うほどに寒い。
ひ、ひぃぃ……!! 怖い!!
今は冬じゃないのに、凍えてしまいそうなくらいの寒気がするわっ!
氷の侯爵って名前、あながち間違いじゃないかも!
ジェイクの後ろには、サラサラの金髪をなびかせて、薄いグリーンの瞳でこちらを見下ろしているエリックが立っていた。
魔法なんてない世界だが、エリックが氷の使い手だと言い出しても、みんなすぐに納得するだろう。
「あ、これはこれは、我が国の麗しき侯爵様ではないですか〜。
氷? 一体なんの話です?」
いつものヘラヘラ顔に戻ったジェイクが、振り向きながらそんな軽口を叩く。
エリックはジロッと鋭い視線をジェイクに向けると、フッと鼻で笑うように少しだけ口角を上げて低い声で言った。
「ご希望通り、抹殺してやってもいいが?」
こわぁっ!!
エリックってば、せっかくの王子様顔だというのにドス黒悪役王子にしか見えないわ!
本当に元ヒーローなの?
「ごめんなさい。僕が悪かったです。どうかお許しを」
エリックの恐ろしく高圧的な態度に、ジェイクが即頭を下げて謝罪した。
こんな時でもどこかふざけているように見えるのだから、ジェイクは本当に不思議である。
本当に怖いと思ってるのかしら?
ジェイクの(一応)反省した姿を見て、エリックの視線がジェイクから私に移った。
「これからジェイクと話があるが、リディア、お前も一緒に来なさい」
「え……私もですか?」
「そうだ。2人とも、30分後に執務室に来るように」
それだけ言うと、エリックは背を向けてスタスタと屋敷に戻ってしまった。
ポカンとした私とジェイクだけが残される。
ジェイクがこちらを見て『どういうこと?』とでも言うように首を傾げてきたので、私も『わからないわ』というように肩をすくめてみせた。
なんで私も呼ばれるの?
エリックは一体ジェイクになんの用なのかしら?
指示された時間になり、ジェイクと一緒に執務室を目指す。
自分の家の中をジェイクと2人で歩いているなんて、なんだか変な気持ちだ。
ジェイクは顔はあまり動かさずに、目だけで屋敷内をキョロキョロと見回している。
貴族の家をめずらしがっている……というより……。
なんだか……まるで、いざとなった場合の逃げ道を確認しているみたい。
こういうのって、情報屋のクセなのかしら?
そんなジェイクの行動をおもしろく見ていると、何かに気づいたのか突然話しかけてきた。
「あれ? そういえば、騎士くんはいないの?」
「イクス? 午前中は騎士の訓練に参加しているわ。
終わり次第来ると思うけど……やっぱりお友達だから気になるの?」
わざと、からかうように聞いてみる。
きっと私の顔はニヤニヤとした笑みを浮かべているだろう。
「……なんでかな。
自分で言うのは平気だけど、人に言われると鳥肌がすごいことになるよ」
ジェイクは目を伏せながら、自分の腕をガリガリと掻きだした。
いつも笑顔で余裕そうな彼の、たまに見るこんな姿がおもしろい。
「ふふふっ」
「あっ。リディの可愛い笑顔が見れたから、鳥肌が消えたよ!」
「またそんなこと言って……」
「なんだい? まさか信じてないの?
僕ほど正直な人間はいないっていうのに、ひどいなぁ」
「はいはい。ほら、着いたわよ」
ジェイクの軽口を聞いているうちに、執務室に到着した。
コンコンコンとノックをして、エリックの返事を聞いてから扉を開ける。
自分の机ではなく来客用のソファに座っていたエリックが、私達をチラッと見るなり前にある長ソファに座るよう合図してきた。
「…………?」
どんな話をされるのかもわからない状態なので、変に緊張してしまう。
エリックの顔色をうかがったところで、この無表情兄からは何も読み取ることができないのだけど。
な、なんなの?
まさか本当に、ジェイクを口止めさせるために……? なんて、ね
うう……。エリックだと完全に否定できないところが恐ろしいわ。
私達がテーブルを挟んでエリックの前に座ると、一呼吸置いてからエリックが口を開いた。
「ジェイクに渡した領地の件だが、いつから向こうに行けそうだ?」
思ってもいなかった質問に、私とジェイクの顔がキョトンとなる。
さすがにジェイクも驚いているらしく、いつものようにすぐに返事をしない。
え? ジェイクに渡した領地って……元ドグラス子爵邸のある、グリモールの領地のこと?
向こうに行くって、どういうこと?
聞き間違いか? といった様子で、ジェイクがエリックに聞き返す。
「え、ちょっと待ってくださいよ。なんのこと?
まさか僕が貴族になった件かい?
それはあの裁判のためで、もう終わったんだから関係ないんじゃ……」
「何を言っている。どちらにしろ、今はグリモールの管理が必須なんだ。
そんな簡単に、コロコロ領主を変えられるわけないだろう?」
エリックは本気で呆れた顔をしている。
当然だろ? という態度に、さすがのジェイクも戸惑っているようだ。
「いや、いやいやいや。エリック様こそ何言ってんのさ。
僕に領地を渡したのは、裁判で勝つために貴族になる必要があったからだよね?
僕、本気で貰ったとは思ってなかったんだけど?」
ジェイクは、いつも通りのヘラヘラ笑顔に軽い口調で話しているが、内心焦っているのが隣から伝わってくる。
対してエリックはずっと真顔のままだ。
突然こんなことを言い出したというのに、悪びれた様子など一切ない。
「口だけの約束ではなく、正式に譲渡したはずだが?」
「そうだけど、それもただの手続きだけっていうか…………え?
ほ、本当に? 本気で言ってるの?」
「俺が冗談のために、わざわざお前を呼んだとでも?」
エリックがジロッと睨みつける。
確かに、堅物なエリックがそんなことをするはずはないし、冗談でこんなことを言ったりもしないわね。
でもきっとジェイクもそれがわかってるから、こんなに焦ってるんだと思うわ。
不謹慎かもしれないけど、焦ってるジェイクを見るのはおもしろい。
なかなか見れないからかもしれないけど、なんだか可愛く見えてしまう。
思わずニヤけてしまいそうな口元を手で隠し、2人の会話をおとなしく聞くことにした。
貴族になりたくないのか、ジェイクはなんとか断ろうとしているらしい。
「そ、れはない、ですよね。はは。
でも、よく考えてくださいよ! 僕は元々平民だよ?
いきなり領地を渡されても、貴族の仕事なんかできるわけないでしょ!」
「あの仕事ぶりを見せておいて、よく言えるな。
お前なら、多少勉強すれば特に問題ないだろう。
それに、グリモールにはワムルがいる。アイツがサポートに入るから大丈夫だ」
ワムルの名前を聞いて、ドグラス子爵の別棟で監禁されていたメガネ姿の青年を思い出す。
彼はとても優秀で、グリモールにあるナイタ港湾の経理を任されていた男だ。
そんな人がサポートしてくれるのなら、確かに問題なさそうだけど……。
……っていうか、エリックは本当に、ジェイクに貴族としての仕事をさせる気なの!?
だいぶジェイクの腕を買ってるみたいだけど……。
ジェイクの貴族としての姿なんて想像できない。
それは自分でもそうなのか、ジェイクが真顔になって言い返した。
「そっちの問題もですけど、僕の今の仕事はどうするのさ?
一応、これでも街で人気の情報屋なんだけど?」
確かに! ジェイクは情報屋としての仕事もあるんだし、ここから馬車で2日もかかるグリモールに長く住むなんて無理よね!?
エリックを真っ直ぐに見つめるジェイクの赤い瞳が、キラリと光る。
めずらしく真剣な表情になったジェイクを見て、なぜかドキッとしてしまった。
ジェ、ジェイクもこんな真面目な顔ができるのね!! とか思ったら失礼かしら。
そんな真剣なジェイクを見て、エリックが1枚の紙をテーブルの上に置く。
チラッと見たが、何やら女性の字が書いてあるようだ。
「ジェイクの店で働いている女性が、君がいなくても構わないという文書をよこしてきたが?
情報屋の仕事は、当分彼女が引き受けてくれるそうだぞ」
「ええ!?」
真顔だったジェイクの顔が、一気に普段通りになった。
ジェイクは慌ててエリックの出してきた用紙を手に取り、それをジーーッと確認している。
そして一通り読んだ後、ガクッと頭を下げた。
まるで何かに絶望したかのような、暗いオーラが彼を覆っている。
「ジェイク、大丈夫? それ、マリさんから……よね?
彼女に、ジェイクの仕事を引き継げるの?」
「彼女の仕事ぶりは僕以上だよ。
それに、あの店だって元々は彼女の持ち物だしね……」
「そ、そうだったのね」
項垂れたジェイクが、元気なさそうに答えた。
よほど貴族の仕事をしたくないのか、必要なしみたいに言われて落ち込んでいるのか、他に何か理由があるのか。
そんな暗くなっているジェイクのことはお構いなしなのか、何も気にしていないエリックが今度は私に向き直った。
「それで、リディア。お前も一緒にグリモールに行くんだ」
「えっ!? 私も!? な、なんでですか?」
「ジェイクが逃げないように、監視役だ。
リディアが1番適任だからな」
えええ!? 監視役!? 何それ!?
っていうか、そんな理由で、私もあのグリモールに!?