第2話『その志は大地と共に』
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【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 皇帝居住区画 庭園】
≪AM11:48≫
かつて宮女の甘い匂いに包まれていた皇帝居住区画にある庭園には土の香りが広がっていた。空は開かれ、渡り廊下や舗装された道は全て撤去され、地面には剥き出しの大地が広がり、小さな小川が流れている。季節は夏真っ盛りだというのに、自然が生い茂るその庭園は風の通り道になっているおかげで爽やかな心地よさがあった。
海陽の日差しと気持ちのいい風が通るその庭園には多くの田畑があった。その畑の一角で腰を屈めていた男は、無精髭が生えた顎を擦りながら籠いっぱいの夏野菜を見て思わず小さく微笑んだ。
「今年は豊作だな」
男はそう言って立ち上がると後屈しながら海陽の光を仰ぐ。この瞬間が彼にとって何よりの幸せだった。大自然の中で自らが栽培した野菜を収穫するのは彼にとってこの上ない喜びだったのだ。
「父上!」
男は耳に飛び込んできた声の方に振り返る。すると瞳に深紅を宿した黒髪の少年が走り寄ってくるのが見えた。
「おうヴィジョウ。帰ってたのか」
男はそう言って走り寄ってきた息子……ヴィジョウの頭を撫でると、その後ろからゆっくり歩いてくる女性に微笑んだ。
「ソフィー。オメーも仕事は終わったのか?」
「うんっ! 今回も完璧なデザインだねっ!」
「あれが完璧? 父上、僕には母上のセンスがイマイチ理解できません」
ドヤ顔の母に対してヴィジョウはしかめっ面を作ると、ソフィアは顔を引きつらせながら笑みを浮かべた。
「は、はははっ。まぁアンタみたいなべーべちゃんにはまだ分かんないわよっ。パパはちゃんと分かってくれるもんねっ?」
そう言って腕に絡みついてくるソフィアに男は苦笑しながら頷いて頬にそっとキスをする。そしてヴィジョウの目線まで膝を曲げた。
「ヴィジョウ。こう見えて母ちゃんは俺にとっての最初の制服を作ってくれたんだぞ。そいつが格好良くてな」
男は懐かしい青春時代を語ろうとすると、ヴィジョウは目を輝かせて先に口を開いた。
「知ってます! 皇宰戦争の資料で見ました! 父上! 僕はベンジャミン・ナヤブリのように強く、イレイナ・ミュリエルのように美しく、レオナルド=ジャック・アゴストのように思慮深く、ヴァイン・ブランドのように賢く、そしてシャイン=エレナ・ホーゲンのように完璧になりたいと思います!」
「おぉ。いいじゃねぇか……あれ? 俺になりたいとは思わねぇのか?」
先に喋りたがる性格は母親似と思いながら男は苦笑する。
元気な息子の姿と同じ年頃だった時の娘を思い出しながら男は再び立ち上がる。そして籠から赤い夏野菜を手に取るとヴィジョウに差し出した。
「でもま、壊す時代は終わりだ。これからは作る時代だからな。……そうしねぇと意味がねぇんだ」
「はい!」
勇ましく返事をしながら野菜を受け取る息子から、妻であるソフィアの方に視線を投げる。すると彼女が別の方向に視線を投げていた。ソフィアの視線に合わせて目をやると、シルセプター城からこの庭園に繋がる入口に青い肌の長身痩躯な男が立っていた。
その姿を確認した男はヴィジョウの頭に手を置きながらソフィアに呼びかけた。
「ソフィー。ヴィジョウと先に部屋に行っててくれ。ジュリアンに頼んであっから一緒に昼飯食おうぜ」
「うんっ分かったっ。でも長くなりそうじゃないっ?」
「なるべく早く終わらせっからよ」
男はそう告げるとソフィアは微笑みながら頷く。そして「ほら、行くよ」と言ってヴィジョウの手を引くと、二人は庭園の奥にある皇居へと向かっていった。
二人が去ったのを確認してから庭園入り口に立っていた男はゆっくりと近づいてきた。長身痩躯の青い肌の男は片足が義足になっており、着流しの装いから見えるその胸元には複数の傷が見え隠れしている。
「何かあったか?」
男はそう言って微笑むと青い肌の男……帝国軍元帥ビスマルク・ナヤブリは無表情のまま膝まづいた。
「……陛下……カンムより……連絡が……」
「カンムから? あぁ、そういやオメェとエリーゼに言われて兄貴の所に探らせてたんだったな。それで?」
「……こちらを……」
ビスマルクはそう言ってデータ端末を差し出すと、そこから報告書となる二次元ディスプレイが浮かび上がる。男は宙に舞う二次元ディスプレイを手にすると、中身を確認して眉間に皺を寄せた。
「……なるほどな。最近コウサのオッサンが連れねぇのはそういう訳か」
「……これは……反逆です……すぐさま……神栄教に……情報開示を……」
「いや、あのオッサンのことだ。どうせ上手いことはぐらかすに決まってらぁ」
男はそう言って適当な場所に胡座をかくと、籠から夏野菜を二つ手に取って一つをビスマルクの向かって放り投げる。ビスマルクが受け取るのを確認すると男は彼に隣に座るよう促した。
「何より、こんな文字だけじゃ証拠とは言えねぇな」
「……決定的証拠が……必要ですね…………ジャネット……戦皇団を……動かしますか?」
隣に座ったビスマルクの問いに男は首を横に振った。
「いや、戦皇団は俺の直属っつっても軍属だ。そんでもってジュラヴァナ星にゃ独立部隊のザイアン隊がいる。んなところに軍の人間を行かせんのは得策じゃねぇ」
「……宰相も……同様の……お考えでした……」
ビスマルクの返答に男は「だろうな」と呟いてから夏野菜をパリッと齧り、口一杯に頬張りながらボリボリと音を鳴らした。
「しゃーねーな。カンムにもう一仕事頼んでくれ」
「……御意……」
「それと食えよ。俺が栽培したんだぞ? 今年は結構いい出来だと思うんだよな」
男は二口目を齧りながら得意気な笑みを浮かべるが、ビスマルクは相変わらずの無表情で首を横に振った。
「……陛下のお手で……育まれた……野菜など……畏れ多く……」
「いや、それじゃ腐るだけだろうが。黙って食えばいいんだよ」
男はそう言って夏野菜を一つ食べきると、ビスマルクは「……では」と一言置いて天を仰ぐと、一口で野菜を丸呑みした。
「……美味に……ございます……」
「……いや、噛めよ」
男は引き攣りながらそう告げると、ビスマルクは真剣な眼差しで告げた。
「……陛下……某は貴方様に……ダンジョウ=クロウ・ガウネリン様に忠誠を誓った身……陛下の御手より……生まれたものに……歯を突き立てるは……陛下に……刃を突き立てると……同義です……」
昔から変わらない忠誠心とその堅物さに男は……ダンジョウ=クロウ・ガウネリンは苦笑を浮かべた。
「何だそりゃ……まぁいいや。とりあえずカンムに任せるってのをエリーゼにも伝えといてくれ。それと仲間外れにすっとジャネットの奴しょげそうだからアイツの耳にも一応入れておいてくれ」
「……御意」
ダンジョウはそう言って立ち上がると夏野菜が入った籠を持ち上げる。そして思い出したように……いや、最初からずっと話そうと思っていたことをビスマルクに尋ねた。
「……そういや、士官学校の割り振りは終わったんだったな」
「……はっ……つつがなく……」
「……そうか……ま、若い奴にも優しくしてやってくれ。あぁ、あと今回の件、責任者は第一皇女のアーリアにしてやってくれ」
「……よろしいのですか?」
ビスマルクの問いにダンジョウは笑顔で頷いた。
「気張ってやってんだ。仕事振ってやんねぇと可哀そうだろ。じゃ、あとは任せたぞ」
ダンジョウはそう言って籠を腋に抱えながら皇居に向かって歩き出す。
日中の庭園の気温は徐々に上がり始めていた。
次週12月18日(土)AM10:00
第3話『二人の距離は極めて近く限りなく遠く』
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