プロローグD『陽炎が立つ滑走路から』
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【フマーオス公国 フマーオス星 公国軍第十三基地 航宙戦艦】
照りつける海陽の下、見事な髭を携える公国軍大佐コリルオン・ダイゴウは指揮する艦隊の発進準備が整うのを今か今かと待ちわびていた。
期待で胸が高鳴る感情を見せながら艦長席に腰を下ろすコリルオンの表情は笑顔に満ちている。彼の見据える未来の自分の展望は輝かしいものに他ならなかったからだ。しかし、そんなコリルオンとは対照的に、慎重派の副長は緊張した表情を浮かべていた。
「提督、此度の件、どうお思いでしょうか? 嫌な予感がしておりまして……」
「ん? 今回の任務についてかね?」
コリルオンは髭を弄りながら得意気に振り返る。
副長はその巨躯に見合わず小心な男だった。だからこそフマーオス公国丞相トーマス・ティリオンの発案した今回の一件に慎重になっていたのだろう。そんな不安気な副長にコリルオンは笑って見せた。
「では副長、一つ一つ紐解いていこうではないか。まず、今現在の海陽系における勢力図を振り分けるとしたら、どこが第一勢力になると言える?」
コリルオンの質問返しに副長はようやく笑みを浮かべる。コリルオンは相手の疑問に質問を返して答えを導かせるという癖があった。長年の付き合いから副長は彼の癖を思い出したのだろう。
副長は背筋を正してコリルオンの傍らに立つと、丁寧な口調で答え始めた。
「無論、第一勢力となれば星間連合帝国でしょう。海陽系に現存する全勢力の内、彼奴等はその六割を占めていると言っても過言ではありません。軌跡先導法なるB.I.S値を基準とした法案によって、国民はそれぞれの才覚に見合った職業に割り振られ、その恩恵で長い帝国の歴史でもその技術力の進化は著しいと聞きます。軍事的にも無数の艦隊の他、異端者を集結させたBE部隊、ドロイド兵を駆使した機動部隊の存在は海陽系最大の脅威でしょうな」
「見事な回答だ。では第二勢力となるとどこだ?」
その問いに副長は肩を竦めると、付き合ってやると言わんばかりに答えた。
「第二勢力となればローズマリー共和国です。帝国以外の残り勢力四割の内、半数……つまり全体の二割分の勢力を持っているでしょうな。そして何より医療技術に関しては未だ帝国より高い技術を有しているのが第二勢力となる一番の理由でしょう。さらに帝国との友好条約……ナスカブディア協定の期間に、帝国のBE技術を得たことで、今や独自のBEを開発するほどの力を持っております。専門家の見立てでは、もしローズマリー共和国が帝国の傘下に入れば、向こう千年は帝国の基盤は盤石になるとのことです」
「それも正しいな。では第三勢力は?」
「はっ、第三勢力には全体の二割を分け合う二つの国が存在していると思っております。一つはジュラヴァナ星を神星と呼称する神栄教民主共和国です。帝国傘下にありながら独立執行権を持つコウサ=タレーケンシ・ルネモルン教皇を中心に独自の政策で生きるこの国は、既に帝国とは違う存在であるのは周知の事実。何より今回の任務の一因に他なりません。そしてもう一つの第三勢力が我らフマーオス公国でしょう」
「その通りだ。しかし、分かっているだろう? 我らフマーオス公国はその存在を帝国に認められていない」
コリルオンの言葉に副長は表情を強張らせながら頷いた。
「ダンジョウ=クロウ・ガウネリンは、我らがランジョウ様に独立執行権を付与し、フマーオス星の特別知事という認識にしております。皇位を簒奪した背信者の分際で……」
副長は歯痒そうにそう告げる。その気持ちはコリルオンも同じだった。彼等にとってはフマーオス星の発展に貢献してくれたランジョウはダンジョウ以上の名君だったのだ。
「我等フマーオス公国が帝国より独立宣言をしてから十六年……帝国側は一惑星の独立宣言など認めようはずがない。だが、帝国と我らフマーオス公国のどちらに自由があるかは明白だ。何より、軌跡先導法がある帝国において、B.I.S値次第で惑星に降りることも許されん。それはB.I.S値が低い我らにとって死活問題となるのだ」
「ごもっともです」
副長の同意を確認してコリルオンは言葉を続けた。
「我らがこの海陽系で自由に生きるには帝国打倒に他ならない。その為に、今は少しずつその勢力を拡大する必要があるのだ。その先鋒となるのが今回の任務である。副長、貴官も軍人ならば、我が国の為に命を張って欲しい。見よ、この艦隊の規模がティリオン丞相、そしてランジョウ星王陛下の期待の表れと思わんか?」
コリルオンはそう言って立ち上がると、360度に渡って彼等の戦艦を囲んでホバリングする五隻の軍艦と無数の中型航宙戦闘機を見回していた。
コリルオンはそう告げると、長年付き添う副長から再び壮観な艦隊に視線を戻した。輝かしい未来を見据えるコリルオンは艦隊の見事な隊列に満足すると、視線を艦橋内のモニターに移した。これから発つ航路図の最終地点……その目的地にはジュラヴァナ星が示されていた。
現帝国皇帝ダンジョウ=クロウ・ガウネリンがハーレイ=ケンノルガ・ルネモルンを打ち破った皇宰戦争、前クリオス星知事の支持者であるアプリーゼ派によるクリオス星の反乱、そして次の戦争が今まさに始まろうとしている……その時にフマーオス公国を率いる将軍は自分であるとコリルオンは信じてやまなかった。
「軌跡先導法に限った話ではない。神栄教の横行、煉獄隊壊滅事件……あのような愚行を犯す帝国に遂に裁きが下る時が来たのだ」
自らを鼓舞するように、そして傍らに立つ副長の士気を上げるようにコリルオンは呟く。
出発時刻に差し掛かり、コリルオンは発進指示を出すべく一歩前に躍り出る。そして一週間前から考えていた出発前の檄を口にしようとしたところで通信士が声を上げた。
「ダイゴウ閣下! 前方の索敵艦グラスより報告です!」
「……何事だ?」
勢いを削がれたような不満があったが、閣下という呼称に満足したコリルオンは笑みを保ったまま聞き返す。すると通信士は前方の戦艦から入った言葉を読み連ねた。
「……本艦隊より三時! 未確認起動兵器の接近を確認したとのことです!」
「数は?」
コリルオンに変わり副長が問うと通信士は言葉を続けた。
「数は……一です! 間もなく、本艦隊から視認可能かと!」
「視認可能だと? 何故そこまで近づいているのに気付けなかった?」
「それが……昨晩、成層圏にて小規模の爆発が複数あったらしくジャミングが……」
「成層圏でだと?」
コリルオンは眉を顰める。成層圏での活動となれば星全体を管理する軍に報告するのが義務である。しかし、そんな報告は彼の耳に入っていなかったのだ。
一抹の不安を感じたコリルオンは副長に視線を投げる。彼もその心情を察したのか、怪訝な表情を浮かべていた。
「未確認起動兵器! 映像入ります!」
通信士の声にコリルオンは視線をモニターに投げる。そこに浮かび上がる光景に彼だけでなく艦橋にいた全員が思わず目を見開いた。
「BE!?」
モニターには、陽炎で歪みながらも明らかにこちらに向かって走ってくる人影が映っている。その人影は曲線的なフォルムと薄いグレーのボディを持ち、時折高く飛翔していた。それはまさしく、かつて報告書で見たデュナメスに相違なかった。
コリルオンは動揺した。このフマーオス星には未だ独自のBEが開発中だったからだ。
「バ、バカな! 何故ここにBEが……しかもデュナメスがあるのだ!? 星王様からの援軍か!?」
コリルオンの副長の方に振り返るが、彼も同じく慌てながら大きく首を振った。
「そのような報告は聞いておりません! 何より星王陛下は帝国の兵器を嫌っております! 仮にBEを援軍に寄こすにしても、無理にでもサラマンダーをお寄こしになる筈!」
「ではあれは何だというのだ!!」
コリルオンは声を荒げる。その言葉で冷静を取り戻したのか、副長は小さく息をついてからコリルオンの傍らに立った。
「提督、まずは所属を確認いたしましょう。仮に敵方だとしてもこちらの戦力があれば如何様にも対処可能です」
「あ、ああ。そうだな。おい! 各艦隊に告げよ! 総員第二種戦闘配置だ! そして未確認BEに通信回線を開け!」
「はっ!」
通信士はすぐさま回線を開くと、コリルオンの前にvoice onlyという文字のホログラムが浮かび上がった。
「そこのBEデュナメス! 直ちに停止し、所属と目的を告げよ!」
コリルオンは堂々とした口調で告げる。しかし返答はなく、モニターのデュナメスも動きを止める様子はなかった。
「応答せよ! デュナメス! 所属と目的を告げろ! 指示に従わぬ場合、攻撃行動に移る! これは最後通告である!」
『……あー……もし……聞こ……すかー……?』
届いた声にコリルオンは表情筋をピクリと動かす。そして胸を張りながら言葉を連ねた。
「聞こえている。しかし通信状況が芳しくない。的確に、そして明確に所属と目的を提示せよ!」
『所属? えーと……一般人っちゃ一般人かな? あ、違うわ。シャドー・ウルフズって会社だった』
「シャドー・ウルフズ!?」
聞いたことのない名前にコリルオンは副長に視線を投げる。すると彼は明らかに狼狽した様子で後ずさりし、壁にもたれかかっていた。
「副長、知っているのか?」
コリルオンの問いに副長は生唾を飲み込みながらコクリと頷いた。
「て、帝国に諜報活動をしていた者から受けた報告書にありました……シャドー・ウルフズ……て、帝国皇帝に仕えた……カ、カンム・ユリウス・シーベルが創立した民間軍事組織……」
「カンム・ユリウス・シーベルだと!? あ、あの八賢者のっ!?」
その名称に艦橋内は再び騒めいた。
「は、八賢者って……帝国皇帝ダンジョウ=クロウ・ガウネリンを支えたあの八賢者か!?」
「た、確かシャイン=エレナ・ホーゲンとビスマルク・オコナー……あ、今はナヤブリか、そ、それとベンジャミン・ナヤブリ、イレイナ・ミュリエル、レオナルド=ジャック・アゴスト、ヴァイン・ブランド、ジャネット・アクチアブリ、そしてカンム・ユリウス・シーベル……だよな?」
「でも待て? 八名のうち三名が既にこの世には亡く、二名が行方知れずとなっているだろう?」
「生存がハッキリとしている中の一人がカンム・ユリウス・シーベルなんだよ!」
「せ、静粛に!」
コリルオンは慌てて部下たちを静める。しかしそれは彼自身を落ち着かせるための声に他ならなかった。
八賢者は愚弟を勝利に導くという偉業を成し遂げた人物であり、その存在は海陽系全域で今や伝説として語り継がれている。その一人と事を構えるとなればそれ相応の覚悟が必要だったのだ。一つ咳払いを入れてからコリルオンは再び通信を続けた。
「んんっ……それで? 貴官の目的は?」
『えぁ? 目的はー、あの、あれだね。アンタ達を出発させねーこと』
回復した通信状況によって、その明確な敵意を知ったコリルオンは息を飲む。しかし、こうなった以上戦闘は避けられないと察した彼は、部下たちの士気を下げない様に努めて声を張り上げた。
「なるほど。理解した。ではこれより貴官に対して攻撃行動に移る! 全艦攻撃用意! 三時方向の敵BEに標準を定めよ!」
『あ、何? もう始まっちゃう感じ?』
惚けた声に聞く耳も持たず、コリルオンは肘掛けにあるスイッチを押して通信を切る。それと同時に戦艦は攻撃態勢に入った。
「撃てーっ!」
コリルオンの指示と同時に出発の祝砲代わりと言わんばかりの砲撃音が鳴り響く。ここでコリルオンは大切なことを忘れていたことに気付いた。長年の付き合いから副長の嫌な予感はよく当たるという実績があったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
見上げた空は雲一つない晴天だった。それを汚すかのように遠くから無数の筋雲が広がっていく。その筋雲が徐々に近づいていることを目視しながら、BEの中で粒子と化しているアークはげんなりした表情を浮かべていた。
「……全然早くバレたじゃんかよ……ぜってぇーエル吉の花火が足んなかったんだわ」
アークは愚痴っぽくそう告げると、右下に浮かぶ金髪の美男子エルディンが鼻を鳴らした。
『いや、こちらの量は完璧さ。むしろBEの落下地点がズレたせいで、ジャミングが回復する時間を与えたのが問題だね』
『えッ? 何? エッちょんは私が悪いって言っちょるん?』
エルディンの反論に左下に浮かんでいる獣耳と角を持つメアリーが驚いたような声を上げる。するとエルディンは取り繕う訳でもなく淡々と述べた。
『いや、僕は今回の事象を齎した原因を述べているだけだ』
「つまりメー子がコイツの落下地点をズラしちゃったのが原因って訳? もーメー子何やってんのよー」
アークは走り続けながら再びゲンナリするとメアリーは頬を膨らませた。
『あレ? アッちょんまで? そぎゃん言うならもうやる気なくしたもんネ! 一人でそんミサイルん中に突っ込んだらええんじャ!』
「えっ!? あーウソウソ! もーメー子ちゃんどんぶり一杯愛してるから助けてちょ」
『許してほしかったら謝るんが常識じゃロ!』
「ごめんね可愛いメー子ちゃん」
『エッちょんモ!』
『謝る道理は無いが、こんなことでアークが死ぬのは忍びない。可憐なメアリー、悪かったよ』
『最初からそう言っとけばええんじャ。まったク、これじゃから男の子は始末に置けんのじャ』
メアリーの声を聞きながらアークは再び空を見上げる。筋雲の先端にあるミサイルは低空飛行に切り替わり、アークの進路方向を塞ぎ切っていた。
アークは立ち止まると遮光モードに切り替えて防御体勢を取り、足裏のアンカーを地面に固定して背部スラスターの熱を高めた。
『はイ。一個起爆するけんネ』
メアリーの言葉と同時にアークの前方数キロでミサイルの一つが起爆する。それを下火にミサイル群は誘爆を引き起こし、アークの眼前は一瞬にして閃光に包まれた!
爆風が僅かに収まると同時にアークは大きく屈んで飛び上がった。高めていた背部スラスターは勢いよくその熱を放射し、爆風の勢いを利用してアークのデュナメスは戦艦よりもはるかに高く舞い上がっていく。限界高度を超え危険領域に入ったせいでデュナメスの中ではアラートが上がり、アークの耳には警告音が響いて視界は赤く点滅していた。しかしアークは気にすることなく目的の戦艦を見定めていた。
「あれ? ねぇ? 目標って真ん中の戦艦だよね?」
アークは警告音も警告表示も気にせずに尋ねるとメアリーは頷きながら答えた。
『うン。確かコリルオン・ダイゴウっちゅう人が指揮を取っちょるはずじゃヨ』
メアリーの回答にアークは益々不思議に思った。上空から見る艦隊は見事な隊列を組んでいたが、後方の戦艦一隻が異様なほどに距離を開けているのだ。
アークが上空にいると気付いた戦艦は砲手を傾けようとする中、中型戦艦とCS部隊が飛び出してくる。アークは落下速度を利用しながら背部スラスターを巧みに操り、フマーオス軍の攻撃をギリギリで躱し続けながら腰の小銃に手を掛けた。
「視界共有できてる? 何か後方の戦艦が離れちゃってるけどいいの?」
その問いに次はエルディンが頷いて答えた。
『視界は良好だ。今撃っても後方の船は巻き添えに出来ないだろうな。しかし、司令戦艦をやられてはどうしようもないだろう。それに目的は殲滅ではなく足止めだ』
「んじゃ、OKということで」
アークは落下しながら体勢を立て直し、背部スラスターを使って目標の戦艦に足を向けた状態を維持する。そして腰から抜いた小銃に左太ももに装着していた銃口を設置すると、長いライフル状になった小銃を構えた。
「先に撃ってきたし、恨みっこなしって事で」
中央の司令戦艦に照準を定めて引き金を引く。それと同時に発砲の勢いで長大な銃口が破裂し、アークはその反動で後方へと勢いよく飛んでいった!
まるで緊急離脱したかのように敵群から脱したアークはデュナメスの背部から実体ホログラムのパラシュートを展開させた。落下速度が緩まる中、先程まで居た敵群に閃光が走るのを確認する。ヤシマタイトというエネルギー物質を利用した特性の弾丸は中央の戦艦に命中し、その爆発によって誘爆された弾丸は艦隊を丸ごと覆うほどの爆発を生み出していた。
「……あんな危ないもん持たせてたの?」
先程のミサイルとは比較にならない規模の爆発にアークは引き攣った笑みを浮かべる。しかしエルディンは何故か得意気に髪を掻き上げていた。
『本来は宇宙で使用する弾だ。地上で使えばかなりの被害が出るんだが、その辺は僕が調整したから安心してくれ』
エルディンの冷静な分析を聞きながらアークは鳴り響いているアラートが収まるのを確認してパラシュートを切り離した。実体ホログラムのパラシュートは一瞬宙を舞うと、空気内に跡形もなく消え去っていった。
アークはゆっくりと地上に着地すると、すぐさま爆発から逃れたであろう後方に離れていた戦艦に視線を投げる。そして右腰からダガーを抜き取った。
「さーて、エル吉っつあん。あっちはどうする?」
『敵勢力はそれだけだ。君一人でどうとでも』
「あれ?」
エルディンの指示を遮ってアークは思わず声を上げる。後方に離れていた戦艦は爆散する味方戦艦に目もくれることなく、そのまま成層圏脱出体勢に入っていたのだ。
「ねぇねぇ。指揮官機やられてんのに普通行くもんなの?」
アークの問いにエルディンとメアリーは納得したように、それでいて少し悔し気な口調で告げた。
『あちゃ~やられたネ。多分、本命は中央の船じゃなくテ、後ろの船じゃったんじゃロ』
『どうやらウチのボスの動きを読んでいた策士がいたようだ。フマーオス人だからといってバカには出来ないね』
二人の言葉で状況を理解したアークは面倒くさそうに上昇する戦艦を見上げた。
「どうする? 追っかける?」
『BEではもう追えない高度に達している。あと今デュナメスの状態を見たがもう無理そうだな』
エルディンの言葉にアークはキョトンとしながら自らが着るBEの状態を確かめると、背部スラスターがオーバーヒートを起こしていた。
「あら。こりゃ無理だね。もう脱いでいいかな?」
『いいんじゃなイ? あーあ。これって仕事失敗になるんじゃろうカ?』
『出発させてしまったからね。成功とはいえないだろう』
『えぇーッ!? 電気止められて何日たったと思っちょるン!? ガレージ内は地獄の暑さなんじゃヨ!?』
不満を告げるメアリーを差し置いてアークがBEの電源を落とすと徐々に視界が暗がりになっていった。
鋼鉄の手足から徐々に実体を取り戻していくと、アークは背部を解放してようやくBEから這い出した。
「ふぃ~……あーあっつい」
外に出たアークは腰のスイッチを押して着用スーツであるツナギを緩めると、身体にフィットしていたツナギはダボダボの状態に切り替わった。
一瞬で吹き出してきた汗を拭いながら、アークは前を開いて上半身を露にすると裾を腹部に巻き付ける。彼の細くも引き締まった上半身は左胸から左手の先までが赤い肌をしていた。
「……これだから夏は嫌いなんだよなぁ~」
誰もいなくなった滑走路で海陽の日差しを遮りながら、アークはエルディンとメアリーの会話をBGMに成層圏へと飛び立つ戦艦を見送っていた。
次週12月4日(土)AM10:00
第1話『子を思わぬ母などいない』
更新予定