プロローグC『薄暗い部屋の中から』
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無機質な部屋には窓一つ無いうえに電飾も弱く、ガタガタと揺れが収まらない。球体の室内は壁に沿って妙な出っ張りが有った。その出っ張りをベンチ代わりにして、獣耳と角を持つ少女……メアリー・ブランド・ガンフォールは大人しく腰を下ろしていた。
「んふふ~♪ (まだかな~)」
メアリーはワクワクしながら部屋の揺れに合わせて身体を前後に小さく振っていた。これから彼女達を待ち受けるのは地獄なのだが、生温い環境下よりもハリのある生活の方がメアリーにとっては刺激的だったのだ。
ニコニコ笑うメアリーをよそに彼女の右隣で横になっていた少年は顔を上げる。そしてアクビをしながら再び天を仰いだ。
「ふぁ~あ……あーあ。こんな揺れたら昼寝もできねーわ。もうちょい乗り心地を考えてほしーよね」
気怠そうにそう告げる少年の髪は少しくせっ毛でウェーブが掛かっている。それはどこか無造作のパーマのようでオシャレにも見えた。
そんなくせっ毛の少年の言葉に答えたのは少女の左隣に座る金髪の少年だった。
「収容所に繋がるエレベーターに乗り心地? 無駄の極みだな」
金髪の少年は気取って顔を振りながら前髪を揺らす。本来であれば厭味ったらしく見えるのだが、くせっ毛の少年など比較にならないほどの美形と品がある少年がやるとそれは様になっていた。
「もー暇だしさ。何か遊ぼーぜ。できれば疲れなくてエロいやつ」
懲りずにそう告げるくせっ毛の少年に対して、金髪の少年は呆れたように……それでいて現状を気にしないような素振りで告げた。
「あのな? 悲壮感を漂わせろと言う気はないが緊張感を持てよ。僕たちが向かっているのはリゾート地じゃなくて監獄だぞ」
金髪の少年はそう言って手錠に繋がれた両手を掲げる。同じく両手を繋がれたくせ毛の少年は寝転んだまま拘束された両足を上げて足遊びを始めていた。
「そんなこと言ったって暇なもんはしょーがないでしょ。メー子は? 何か暇つぶしできるもん持ってない?」
くせっ毛の少年の問に少女はしかめっ面を向ける。そしてムスッとした笑みを作ると両手と両足を精一杯広げて吐き捨てるように告げた。
「あのねアッちょン。今の私がそんなの持てると思っちょるン?」
余り切った拘束着の裾がゆらゆらと揺れる。メアリーの両腕と両足は根本から殆どが欠損していたのだ。そんな彼女に何か持っていないかというのはある種差別的な発言になるかも知れない。しかし気心がしれた関係であればそれは別に苦でもなくメアリーはあっけらかんとしていたが、金髪の少年は訝しげな表情を浮かべていた。
「義手や義足まで奪うとはひどい話だ。ましてやこんな可憐な少女のね」
金髪の少年の言葉にメアリーは肩を竦める。するとエレベーターの速度が落ちていき、やがて大きな音を立てて停止した。
三人はほぼ同時に壁伝いの出っ張りが唯一無い箇所に視線を向ける。そこに設置されている扉が開くと、そこには腰に刀を携えたクリオス星人の男性が一人と、ヴェーエス星人とアイゴティヤ星人の少女二人が立っていた。
「そろそろ起きる時間だよ」
右隣側に立つヴェーエス星人の少女が訳の分からない言葉を口にする。メアリーは思わず首を傾げると、そこでようやくこれが自分の夢であることに気がついた。
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【星間連合帝国 衛星ジオルフ 平民街 ガレージ室】
〈AM19:39〉
目覚めた瞬間に眼前にあるものが美しければ気分が良く、汚ければ気分が悪いものだ。その日のメアリーの目覚めは前者だった。彼女の顔は大きく柔らかな二つの乳房で包み込まれていたからだ。
「ようやく起きたわね」
見目麗しい巨乳の持ち主である白衣の女性がそう告げると、少女は寝転んだまま両腕を伸ばして背伸びした。
「ン~! よく寝タ! あとミヤ姉。もう一回挟んデ」
「二回目は有料にしようかしら? それより寝すぎよ。アッくんもエルくんも待ってるんじゃないの?」
白衣を着た妖艶な巨乳美女……ミヤビ・ホワイトはそう言いながら、セクシーな汗が滴る胸元を手で扇いでいる。蒸しっとした室内の暑さにメアリーは気がつくと、彼女も同様に卓上にある団扇を手にして仰ぎ始めた。
「あっツ……ちゅうカ、ミヤ姉がもっと早く起こしてくれればええじゃロ?」
メアリーの苦言にミヤビは胸の谷間を露わにしながらシャツをパタパタと揺らしながら告げた。
「そんな暇はないの。実は今、私も面白いの作ってる最中なのよ」
「また地下に行っちょったン? ただでさえ色白なんじゃけン。そのうち無色になりそうじゃネ」
ヴェーエス星人のミヤビは白い肌と銀色の髪で全身が真っ白に見える。すると彼女は二人がいる光が殆ど入らないこのガレージの地面を指差しながら苦笑した。
「ここもそんなに変わらないでしょ」
「まぁそうじゃネ」
メアリーは団扇で扇ぎながらミヤビ同様に苦笑を浮かべた。
夢とは違いガレージはだだっ広い。ガレージ内には古びたエアカーや、よく分からない機械のパーツがそこらじゅうに散らばっていた。夢と同じなのは窓が殆どないことだろう。おかげで中は薄暗く、乱雑に置かれたアロマキャンドルだけが室内を照らしていた。
「電力停められて何日じゃったっケ?」
「八日。そろそろ空調効かせないと熱中症で死ぬかもね。そのためにも今回の仕事はきっちりやらなきゃ」
「分かっちょるっテ」
だだっ広いガレージの中央にあるソファにいたメアリーは滴る汗を拭うと、テーブルに乗せられた精密機器を前にその両手を差し出した。
「まぁ私の仕事は殆ど終わっちょるけんネ。あとはアッちょんとエッちょん次第じゃけン」
「オクトパス・メアリーの本領発揮ね」
ミヤビはそう言って精密機器の隣りにある発電機に手をかけるとメアリーはニヤリと笑う。その微笑みと同時にメアリーの両腕はグロテスクに……それでいて機械的造形美を見せながら裂けるように四本に枝分かれしていった。
八本になった腕を巧みに操りながらメアリーはそれぞれの腕で複数の端末を起動させる。そして球体式のディスプレイを展開させて自らの身体を包み込むと、輝く球体ディスプレイが辺りを照らした。
「ありャ。エッちょんてば上手いこと落としたけド、結構ズレちょるなァ……アッちょんにちょっと移動してもらわんト」
メアリーは計画の進捗を確かめながらスイスイとハッキングを進行させ、フマーオス星内の機密情報を探っていく。フマーオス星では不可解な流星を探知したことに注意が持っていかれたのか、予想以上にシステムの警戒は手薄になっていた。
「……あとはト……オ、これじゃこれじャ。ミヤ姉、残り時間ハ?」
発電機のエネルギー残量から算出される時間を確認すると、ミヤビは普段と変わらない様子で返答してきた。
「あと三十秒。間に合いそう?」
「愚問じゃネ」
メアリーはそう告げてニヤリと笑う。
彼女を包み込む球体の内側は幾層ものウィンドウを映し出している。メアリーは眼球だけを動かしながら全てのチェックを終えると、真正面にあるウィンドウに視線を固定した。
《100% コピー完了》
その文字を確認してメアリーは再び慌ただしく八本の腕を操ると、球体内のウィンドウは一枚ずつその役目を終えて消えていった。
最後のウィンドウが消えると同時にメアリーはすでに分かっている結果を確かめるようにほくそ笑みながら尋ねた。
「完了。どウ?」
「残り五秒。凄いね」
ミヤビがそう告げると発電機もエネルギーを使い果たし、メアリーを包んでいた球体ディスプレイはプツンと音を立てて消え去った。
再びアロマキャンドルの淡い光だけになったガレージ内で、一仕事を終えたメアリーはグッと背伸びをしてから、靴を履くように義足に脚をはめ込んだ。
「サ、終わり終わリ。後はアッちょんが上手いことやるじゃロ。そういえばボスはどこ行っちょるん?」
立ち上がったメアリーは後屈しながら尋ねると、ミヤビは何も言わずにポケットから端末を取り出して、宙に浮かび上がらせた二次元ディスプレイを指で弾いてきた。回転してメアリーの前で止まったディスプレイを見てメアリーは苦笑した。
「あらマ。まーた面倒な事やらせるつもりじゃロ?」
頭頂部の耳を折り畳んでメアリーはミヤビにジト目を向ける。ミヤビは肩を竦めながら「さぁね?」と答えるだけだった。
次週11月27日(土)AM10:00
プロローグD『陽炎が立つ滑走路から』
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