最終話『オオカミたちの午後』
【星間連合帝国 衛星ジオルフ 平民街 改装中のガレージ】
≪PM18:30≫
「あぁ~ん。もぅ重たくて無理ぃ~」
「アッちょん気色悪い声出しとらんと左腕使えばエエじゃロ」
「メアリー。君も腕を六本にしたらいいんじゃないかい?」
「さ、三人とも力入れてないでしょ! 私だけギガ重いんだけど!!」
四人で大きな円卓を運んでいたリオは、明らかに力の入れていないアークとエルディンとメアリーに怒号を飛ばした。
シャドーウルフズの根城だったガレージは変わった。広かったガレージ内の半分で仕切りを作り、そこには木製の床が広がっている。仕切りは天井まで届く高さのおかげで、もう半分のスペースである野ざらしのガレージや二階にあるリオ達の個室も見えなかった。
生まれ変わったガレージの店内にはカウンター式の厨房やテーブルが並んでいる。その一席に腰を下ろしていたミヤビは頬杖を突きながら煙草に火を着けていた。
「あ~あ。私の発明品並べるスペース無くなっちゃった」
不満気に煙を吐くミヤビにリオは重いテーブルに歯を食いしばりながらジト目を向けた。
「ミヤさん地下があるんでしょ? それに。元々使ってなかったスペースなんだからいーじゃん! というかいい加減持てギガバカども!」
テーブルはリオの持つ箇所を除き完全に地面に着いている。完全にだらけ切っている三人を尻目にミヤビは文句を続けた。
「なーに言ってんの。地下なんて狭いのよ? 長年の構想がようやく形になって来たってのになぁ……」
そう言って彼女は勝手に棚に並んでいたお酒に手を掛けると、買ったばかりのグラスに注ぎ始めた。
「ア! ミヤ姉ズル!」
「ツッコミどころが違う! ミヤビさん商品飲んじゃダメでしょ!」
「いーじゃん。試飲よ試飲。ん~美味し! このお酒これからも置こうね~」
咎めるリオを他所にミヤビは満足そうにグラスを傾ける。するとミヤビの隣にエルディンが腰を下ろした。
「美味しいのは当たり前だな。コレ一番高い商品じゃないか」
「尚更ダメじゃん!」
憤慨するリオを他所にアークもミヤビの隣に腰を下ろした。
「固いこと言わずに休憩しようや。ミヤさん俺にも一杯ちょーだい」
「僕も貰おうかな」
「したらバ、ウチモ」
「勝手に酒盛りを始めるな! ただでさえ仕事遅れてんのに!」
頭を搔きむしるリオにアークはグラスを掲げてきた。
「まぁいーじゃない。それよりも店名どーする?」
「おい聞け! ミヤビさん以外未成年でしょーが!」
「あらあらリオちゃん。それって私の年齢いじり?」
「そんな話してなーい!!」
時すでに遅く飲み始めている三人にリオは憤慨するが、エルディンはすでに二杯目を自ら注ぎながら口を開いた。
「堅いね。もう少し気楽に生きた方が気楽だと思うよ。君とアークは足して二で割ればちょうどいいだろうな。それよりアークの言う通り店名だ。明日開店だというのに店名が決まっていないのは大問題だ」
「そうじゃネ。……ヒック。そうじャ。それとウチのおじいちゃん直伝のレシピ料理ば提供したかネ! ヒック」
既に酔い始めているメアリーは蕩けたような表情でアークの肩に顔を乗せる。アークは肩を占拠されたまま口を開いた。
「オメー料理出来んでしょーが? じーさまはあんな料理上手いのに何で?」
「ヒック……ウチバ、食べる専門……ヒック。じゃけんネ」
「そこはリオちゃんに任せよう。あのタリ―スープは絶品だったからね」
女性ならば誰もがときめくような笑顔をエルディンは作るが、リオは憤慨したままズカズカと四人に歩み寄った。
「だからそーいうのは後! 今は店内をちゃんと整えなきゃ駄目でしょーが!」
歩み寄ってからリオは気が付いた。いつの間にか中心にいたはずのミヤビが姿を消していたのだ。
背後の気配を察したリオは振り返ろうとする。しかし時すでに遅くいつの間にか背後に立っていたミヤビがリオを羽交い絞めにしてきた!
「え? ちょっ!」
「キャハハハ~ッ! つーかまえた! メッちゃーん!」
「ヒック。合点招致!」
指示を受けたメアリーは頬を染めながらフラフラとグラスを手に歩み寄ってきた!
「な、何する気……や、やめて……やめてよ……イヤーッ!!」
店内にリオの悲鳴がこだまする。
ケラケラ笑うアークたちだが、この行動が最悪の事態を引き起こすとはこの時誰も知る由がなかった。
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≪PM21:00≫
会議は好かない。となれば連日の会議は膨大なストレスがたまる。帰路を歩くカンムはそんな悪循環に身を投げていた自分を少なからず称賛した。
「(懐が重いな……)」
自らの胸を小さく払いながら、内ポケットにしまっている契約書の量をカンムは思い返す。そして小さく見えてきたガレージを遠くに眺めた。
彼がガレージに戻るのは実に一週間ぶりの事だった。ダンジョウはいつでも戻って来いと言ってくれているが、彼はどことなく王宮よりもこうした生活の方が肌に合っているような気がしていた。
「(あの頃が楽しかったと感じるとはな……私も年を取ったか)」
自嘲気味に笑いながらカンムは皇宰戦争を思い返す。あのレオンドラ星宙域を隠れ蓑にして、ダンジョウやシャイン、ベンジャミン、ビスマルク、イレイナ、レオナルド、ジャネット、ヴァイン……数少ない仲間とも友人とも呼べる存在と共に生きる日々は彼にとってかけがえのない時間だったのだ。
「(だがそれを楽しむ時間はもう私の物ではない……)」
徐々に近づいてくるガレージにカンムは小さく微笑む。その場にいるであろう託された少年少女たちの顔をカンムは頭の中で描いた。
「(……ギフテッド・チルドレン……か……)」
かつてそう呼称していた子供たちの待つガレージに辿り着く。
多少は逞しくなったかもしれない彼らを思いながらカンムは扉に手を掛けると、小気味の良いベルが鳴り響く。それと同時に二つのふくらみが彼の顔面に押し当てられてきた。
「キャーボス~! おっかえり~!」
顔に大きな胸を押し付けられても動じないカンムは、自身の心から先程まで抱いていた感情が消え去っていくのを感じた。
「……飲んでいるな」
「ちょっとだけね~?」
ベロベロのミヤビを抱きかかえながらカンムはガレージ内に目をやった。
「私はねっ! アンタがっ誰彼構わずっエロい目で見るのがっ気に入らないっ! エルディン君っ! 君はせっかく頭いーのにっやる気がっ感じられないっ! メアリーちゃんはっルール違反やっ作戦の勝手なっ変更をし過ぎっ!!」
カウンターテーブルに胡坐をかきながらリオは正座する三人に説教を繰り出す。しかしそんな彼女の言葉は三人に全く響いていなかった。
「いいぞリオ! もっと俺を蔑んでくれ! 何ならちょっと踏んでくれ!」
「僕の計算にズレはない。あぁ、リオちゃんは僕の爆薬を見たことがなかったね」
「ヒック……美味しいモン、ヒック。食べるためなラ、ヒック。違法行為もやぶさかじゃなかけン……zzZ」
首からぶら下がるミヤビを抱えながらカンムは溜息をつく。
リオの周りのカウンターテーブル上には無数の空瓶が散らばっている。その状況にカンムは人差し指を眉間に当てて小さく唸った。
「貴様たち……今日は明日の出店に向けて店内を整えると言っていたはずだ。それがこのザマか」
カンムに気付いたエルディンは振り返ると、肩を竦めながら微笑んだ。
「やぁボス。貴方以外に説教されるのは久しぶりだよ」
「ボス! これはプレイ中なの! 止めないで!」
「zzZ」
「……起きろメアリー」
「ハッ! ……おぉボス。おかえリ」
「クラァッ! メガボケ共っ! 話はっ! 終わってっ! ないのよっ!」
「その辺にしておけ」
ミヤビを首からぶら下げたままカンムはカウンターの奥に行くと、四つのグラスに蛇口から水を注ぎ始めた。
「こうなった以上、今日はもう休め。明日は早めに起きて開店準備だ。……そういえば店名は決めたのか?」
カンムがそう問いただすと、カウンターテーブルに胡坐をかくリオは、顔を紅潮させながら立ち上がってニヤリと微笑んだ。
「当然ですっ! 私がっ考案したっ名前でっ行きますよっ!」
そんなリオを見てアークをはじめとする三人は立ち上がった。
「なーに勝手なこと言っちゃってんの? 俺の色気ある名前の方がいいに決まってんでしょ!」
「マーケティングを考慮した僕の案の方が良いと思うが」
「そういうんはえーんじャ。ウチに任しときんさイ!」
「ではそれぞれこの紙に書いてみろ」
カンムはそう言って懐に手を入れると、会議で渡された契約書の紙を四人に差し出す。すると四人はカウンターテーブル上のペン立てからペンを取ると、「これよこれ!」「男なら寄ってくるね!」「これならば文句はないだろう」「ウチのが最適じャ」と思い思いに口走りながら構想する名前を書き始めた。
「書けたか。ではそれをよこせ」
水が注がれたグラスをテーブルに置いたカンムは眠ってしまっているミヤビを長椅子に寝かせると、カウンターの一席に腰を下ろした。
四人はまるで雛鳥のようにヨチヨチ歩きで近付いてくると、彼に店名案を書いた紙を差し出してきた。紙を受け取ったカンムを他所に四人はまたしても騒ぎ出す。
「あっ! そーだっ! まだ話の途中だったねっ!」
「いい加減にしてくれ。さすがの僕ももう聞き飽きたよ」
「えぇっ? エル吉あー言うの嫌い? 俺意外と癖になりそうだったんだけど」
「新しい扉が開いちゃったんじゃネ」
くだらない会話を聞き流しながらカンムは四人が書いた紙を折り曲げて紙飛行機を作り出す。そして四人を尻目に一つづつ飛ばし始めた。
四つの紙飛行機が無風のガレージ内を飛んでいく。そのすべてが着陸すると、彼は未だに無駄口をたたき続ける四人など見向きもせずに、一番遠くまで飛んで行った紙飛行機の方まで歩いて行き、その紙飛行機を拾い上げて解いていった。
「……おい。店名は決まったぞ」
「「「「え?」」」」
その言葉に四人は振り返る。
紙飛行機に書かれた店名をカンムは彼らの方に向けて見せつけながら口を開いた。
「シーウルフズ……だそうだ。この店は私がオーナーだからな。これで決定とする」
「やったーっ!」
「「「はぁ!?」」」
歓喜するリオを他所にアーク、エルディン、メアリーは不満の声を上げる。するとリオはカウンターテーブルに再び飛び乗ると胸を張って声をあげた。
「私っ、海辺に小さな店があるとっキレイだと思ってたんだよねっ! 海辺のオオカミたちっ! ん~我ながらイイ名前っ!」
「ちょっと待ちぃヤ! 近くに海なんかないじゃロ!」
「同感だ。大体これでは何の店か分からない」
「絶対俺の「男と女の熱帯夜」のほうがいいよ!」
再び騒ぎ出す四人を尻目にカンムはカウンターテーブルに集めた空瓶を片付けようと歩み寄る。そしてわずかに中身が残っている瓶を彼は手にすると、騒ぐ子供たちを肴にそのままクイッと飲み干した。
これから彼等には様々な試練が待ち受けているだろう。しかし今のカンムにできるのは彼らの未来に幸せがあるのを祈ることだけだった。
つづく
『EgoiStars:RⅡ-3380-』
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