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EgoiStars:RⅡ‐3379‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3379年 <帝国標準日時 8月17日>
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第38話『自己憐憫』

【星間連合帝国 ジュラヴァナ星―ラヴァナロス宙路 帝国軍第十六船団第八宙艇ラゴール号 小型船ドッグ】


<01:00>


 怠惰な人間からすれば惰眠ほど有意義な時間はない。そんな彼ですらほんの数時間で目が覚めるのは心の何処かで拭えない感情があるからだろう。


「……やっべ。こんな時間に起きると寝れなくなっちゃうよ」


ドッグの隅で寝そべっていたアークは視線を漂う二次元ディスプレイの時計に向ける。そして時間を確認すると「はぁ~」とため息をついてから面倒くさそうに状態だけを起こし上げた。

 両手で身体を支えて、目の前に伸びる両足を確認する。BEを本格的に活用して以来、彼は眠ってから起きた後に自身の身体が再び粒子分解されていないかを確認する癖があった。それはハンナに教わったことでもある。


「……面白かった……か……」


ハンナの最後の言葉を思い返しながらアークは天井を見上げた。

 悲しくないと言えば嘘になる。しかし彼は涙を流すことが出来なかった。自分の涙腺機能が狂っている事に対して、安心感と虚無感を感じながらアークはゆっくりと立ち上がる。そしてチラリと視線を投げると、未だうつ伏せに倒れるデュナメスがあった。


 「……起きたか」


「わう! ちょっともぉビックリさせねーでよ」


いつの間にか背後に立っていたカンムの姿にアークは胸に手を当てながら再び溜息をつく。しかし、カンムの視線はうつ伏せのデュナメスと、その前で座るエルディンとメアリーの後姿にあった。


「まだ出てこねーの?」


「思ったより繊細な性格だったようだな」


カンムはそう告げると、アークの横を通り過ぎてエルディンとメアリーの方に歩み寄った。


「二人とも一度外せるか」


声を掛けられたエルディンとメアリーは先程のアーク同様に体を一瞬ビクつかせる。どうやら二人もカンムの気配に一切気付いていなかったのだろう。

 立ち上がったエルディンとメアリーはカンムに視線を投げながらも起きているアークに気付いた。


「……アークに?」


エルディンがそう告げるとカンムは無言で頷く。その反応を見たメアリーは小さく肩を竦めると、カンムを横切ってアークの方に歩み寄ってきた。


「おはよーさんアッちょン」


「ん。全然寝れた感ねーけど」


「見ての通りじゃけン。リッちょんばまだBEから出てこんのじャ」


メアリーはそう言ってデュナメスの方に振り返る。するとカンムと共にこちらに歩いてくるエルディンは苦笑気味に口を開いた。


「この僕がまさか君に女性を慰める役を頼むとは思わなかったよ」


「慰める? 何の話?」


アークはエルディンからカンムの方に視線を投げると、彼はいつもと変わらない無表情のまま告げた。


「自分が撃ったブラスターがハンナの胸を貫いた。それをリオは悔いている」


「? いやいや、だってあの時のブラスターって電磁嵐で歪曲しちゃってたんでしょ?」


アークがそう告げるとカンムではなくメアリーが答えた。


「リッちょんばライフルにその影響下の修正ば入れちょっタ。電磁嵐だけじゃのぉテ、あんツギハギのBEばが最後っ屁で撃った超電磁砲のせいでそん計算ば少し狂ったみたいじゃネ」


「尚更アイツ悪くねーじゃん」


「それで納得できるほど彼女は神経が太くないという事だ。君と違ってね」


「んー……あれ? 今俺のことバカにしたよね?」


エルディンの余計な一言を聞き逃さなかったアークは眉間に皺を寄せる。しかし彼は相変わらず美しい表情で肩を竦めるだけだった。

 三人のやり取りを黙って聞いていたカンムは命令とは違う雰囲気で再びアークに視線を向けてきた。


「リオと話してこい」


「いやだからね? 何で俺?」


「お前のバディだからだ。何よりエルディンやメアリーよりもお前の方が彼女に近い」


「何話せばいーのよ? 大体俺元気付けるなんて裸踊りくらいしか思い浮かばねーよ?」


「それで彼女が出てくると思うならそうしろ。私たちは外しといてやる。……エルディン、メアリー。お前たちには別の仕事を受け持ってもらうぞ」


途中から仕事の口調になったカンムの言葉にエルディンとメアリーはゲンナリとした表情を浮かべる。それだけを言い残して三人はアークを残してドッグから出て行ってしまった。

 取り残されたアークは面倒くさそうに頭をボリボリ掻くと、裸足ならではのペタペタという足音を鳴らしながらデュナメスに歩み寄った。


「リーオちゃーん? 起きなさーい。もう朝ですよー。学校遅れるわよー?」


アークは腰をくねらせながら母親口調でそう告げる。しかし無反応なデュナメスを見て真顔に戻ると、再びペタペタと足音を鳴らしてデュナメスの背中によじ登る。そして背中の機器をいじると、生体認証で着衣モードを強制解除した。

 バシュ――という音と同時にデュナメスからBE特有の生き物感が消えていく。それと同時に背部ハッチが開くと、奇麗な背中を見せたまま四肢に両足を突っ込むリオが倒れ込んでいた。


「……何勝手に開けてんの」


「このデュナメスは元々俺が乗ってたヤツでしょ? つまり俺の生体認証がされているわけですよ」


ようやく口を開いたリオの美しい背中を見つめながら、アークは下衆い笑みを浮かべる。しかし、彼は何かするでもなくデュナメスの背中から飛び降りた。

 アークはデュナメスの脇のスペースに着地すると、その脇腹を背もたれにして胡坐をかく。そしてカンムに言われた通り、自分なりに言える言葉を模索した。


「……俺が初めて人殺したの何歳だと思う?」


我ながら物騒でデリカシーの無い質問だとアークは思う。しかし、なぜか彼は思うがままに言葉を並べ始めた。


「驚くなかれ今から十一年前。六歳の時ですよ。しかも相手は血縁上の父親」


アークがそう告げると背後から物音が聞こえた。彼はそっと背後を見上げると、驚きと恐怖が入り混じったような表情を浮かべるリオの姿があった。

 リオの腕が死角になり、彼女の胸が見えない事に残念な気持ちに陥りながらも、アークは再び正面に顔を戻して話を続けた。


「俺の母ちゃんね。セルヤマ星のスラム街で立ちんぼやってたのよ。で、父親の方は当時のセルヤマの名士だったアブソロム・アシスって奴。聞いた話だけどスゲー女好きらしくて、そこらじゅうの女に手ぇ出してたらしいんだわ。で、いろんな女見てきて行きついたのが俺の母ちゃん。スコルヴィー星人になったってわけ」


アークはそう言って自らの赤い左腕を見つめる。そして再び腕を下ろすと続きを話し始めた。


「で、母ちゃんは俺を生んで二人で暮らしてた。俺こう見えてもガキの頃スゲー泣いてばっかでさ。母ちゃんも立ちんぼ出来なくなって働きに出たから、日中は孤児院に預けられてたのよ。そこでエル吉とメー子に会ったんだけど……まぁその話は今はイイや。でね。夜になるとウチに帰って母ちゃんと一緒に寝てたんだけど……ある晩に母ちゃんがいきなり起きて俺の事を物置に押し込んできたんだわ」


アークはそこまで告げると再び左手を見つめる。不思議と震えない自身の手を見つめながら彼は再度口を開いた。


「父親は名士でしょ? 多分どこぞでヤッた女とそのガキが邪魔だったんだろーね。ヤバい連中雇って俺たちの事を殺しに来てた。未だに物置の隙間から見えた景色覚えてんよ。殺された母ちゃんとその体を犯す奴の顔……顔が傷だらけでおっかなかった……でもね。そっから俺泣けなくなっちゃったんだわ。で、エル吉とメー子に協力してもらって、父親の屋敷に入ってぶっ殺した。しかも普通にじゃなくてなるべく残酷にね。まず喉と舌切って、指切り落として、目玉くりぬいて、最後に一物も切り落としてやったよ。「もう殺してくれ」って言われた時はざまーみろって思ったね。そっからもギリギリまで死なない程度に苦しめてやったけど。で、殺し終わった後に俺は思ったわけですよ。「あースッキリした」って。今のリオみたいに落ち込んだりはしなかったんだよねー」


アークは自身の残酷さに嫌気がさすように苦笑する。それはやはり自分が普通の人間とは違うという事への嫌悪感の表れだったのかもしれない。そしてハンナを殺した事でふさぎ込めるリオは自分とは違う事にどこか寂しさを感じていた。


「多分さー。落ち込むのって普通なんだよなー。だから落ち込んどきなよ。んでさっさとこんな仕事辞めちゃえ。この業界って命が安いからさ。きっとこれからも沢山死ぬ人出てくんよ」


アークはそう言って立ち上がる。そして彼女への餞別代りの最後の言葉を絞り出した。


「それと……別にハンナ死んだのってリオのせいじゃねーよ。俺がリオに言われた通り左腕の起動チェックしとけばアイツを連れて帰ってこれた。もっとリオが言うみたいに作戦決めとけばアイツの事助けられたかもしんないし……責任って意味で言ったら俺の方がデカいね。うわ、ヘコんできた」


アークは再び苦笑しながら振り返る。するとそこには全裸のリオが一筋の涙を流しながら立っていた。

 リオは先程のアーク同様にペタペタと足音を鳴らしながら近付いてくると、そのまま両手で彼の顔を挟み込んできた。


「……ありがと。ごめんね」


リオがそう告げると同時に彼女の瞳が近づき唇に柔らかな感触が届いた。

 ほんの僅かな時間が過ぎリオの表情がそっと離れる。キョトンとしながらリオを見つめていたアークは彼女の瞳が先程と変わっている事に気が付いた。その瞳には最初に出会った時同様の芯のある力強さがあった。


「……私……辞めないよ。私は私の夢を叶えるために。あと……次は絶対に誰も死なせないために」


「……」


彼女の言葉にアークは小さく頷く。

 それと同時に鼻の下を伸ばして両手を広げながらリオに歩み寄ると、すかさず彼女の正拳が伸びた鼻の下にめり込んできた!


「ぎょふっ!」


「何すんのよメガ変態! っていうか裸見たでしょ! やっぱりアンタだけは殺す!」


「り、り、り、理不尽すぎる! 全部不可抗力じゃないかっ!」


「抱きつこうとしたのはアンタの意思でしょーがっ!」


ドッグ内に二人の声が響き渡る。

 こうしてリオを交えた四人の任務は終わった。しかし、彼らの任務が何の意味も成さない事が証明されるのはそれから数時間後の事だった。

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