第37話『暗雲低迷』
【フマーオス公国 フマーオス星 首都ゲリオン 星王官邸】
<00:30>
約一週間ぶりフマーオス星に降りたったベアトリス・ファインズはようやく一息付けた気分だった。出発時点でトーマスの読み通り帝国が動いていたため、彼女はここに戻るまで常に警戒を怠らなかったのだ。
そんな彼女は星王官邸に辿り着くや否や、船の離着陸場には深夜にも関わらず多くの部下が出迎えてくれていた。
「ベアトリスさん! おかえりなさい!」
「正確には国防大臣おかえりなさいませ!」
「もっと正確にはファインズ国防大臣よくぞご無事で!」
元奴隷種族であるスコルヴィー星人の彼女にここまで敬意を表すのはここに居る彼等だけだろう。ベアトリスは自虐的な滑稽さに少し自嘲しながらも出迎えてくれた部下たち……長身の美男子カウル、肥満体系ながら美男子のセシル、小柄な美女エリムに答えるように頷いた。
「星王陛下は?」
「はい! ローズマリー共和国の元老院と会談に入ってます!」
「正確には元老院議長です!」
「もっと正確にはミリアリア・ストーン元老院議長です!」
カウル、セシル、エリムの順で矢継ぎ早に口を開ける三人に従えながらベアトリスは官邸内に入った。
「ローズマリーと会談? 電波障害はないのか?」
「今回の海陽フレアはこの宙域に影響がなかったっぽいです!」
「正確には我が星とパルテシャーナ間だけです!」
「もっと正確には影響が大きいのはジュラバナ星宙域だけみたいです!」
「分かった分かった」
ベアトリスは呆れたように苦笑する。
官邸に戻った以上、まずは主君であるランジョウ=サブロ・ガウネリンに挨拶するのが道理である。しかし、国家元首同士の会談中とあれば、それが終わるまで待つのが当然の礼儀だった。
「会談が終わり次第ランジョウ様にご挨拶に伺う。それまで少し」
「悪いが……休憩は少し待ってもらおうかな」
ベアトリスの休憩を許可しない声に彼女は立ち止まる。
前方に立つ姿を見てベアトリスはキリっとした表情に戻すと、彼女を待っていたと思しきトーマス・ティリオンに歩み寄る。トーマスは労うように小さく微笑むと彼女に手を差し出した。
「ご苦労だったな。ベアトリス」
「問題ない。だが聞きたいことがある」
トーマスの手を握るベアトリスの手に少し力が入る。そんな彼女の心情を見透かすようにトーマスは背後にいる部下たちにほほ笑んだ。
「諸君。すまないが私は国防大臣と会議がある。外してくれるかい?」
「はい!」
「正確には承知です!」
「もっと正確には承知しました! 丞相閣下!」
ブレずに矢継ぎ早にそう言いながら敬礼する部下たちを残してトーマスは「こちらだ」と言うと、彼女は黙ってその後に従った。
深夜にも関わらず官邸内は人に溢れていた。と言っても見受けられるのは衛兵ばかりであり、事務官のような者の姿は見えない。そんな衛兵たちは二人とすれ違う度に律儀に敬礼をしている。フマーオス星人は美形であると同時に知能指数が劣ることを理解しているため、彼らに対して敬意を払っているのかもしれなかった。
「聞きたいことがあるんやったな」
トーマスが前を歩いたまま振り返ることなく普段の訛り口調になった。
「君の事や出発時の事やろ?」
「そうだ。一着のデュナメスが現れて艦隊を駆逐した……あれはどういうことだ?」
「どういう事ちゅうんは?」
「お前のことだ。知っていたんだろう?」
「知らんかった言うたら嘘になる。せやけどあの張りぼての艦隊をあそこまで駆逐するっちゅうのは想定外やったわ」
「……部下を多く失った」
「コリルオン・ダイゴウ大佐には申し訳ない事をしたと思っとる。でも出立時に強襲があることが分かっとる以上、誰かに犠牲になってもらわへんといけんかったんや。彼やあの船に乗っとった人間の家族には十分な補償をするつもりやさかい」
「……分かっているならいい。それで? 一体どこへ向かっている? この先は隔離棟しか……」
そう言いかけてベアトリスの表情が歪む。
官邸内には隔離棟という物騒な場所があった。官邸に似つかわしくないその場所は星王ランジョウの指示で作られたものである。そしてそこに居る人物の名前は、このフマーオス星でも限られた人間しか知らなかった。
「……ヤツが何かしたのか?」
「そうや。その話を少し聞きに行く。せやけど私一人やと危ないやろ? はっきり言ってこの国で彼を制御できる力を持っとるんは君だけや」
トーマスは正直な男である。彼は回りくどい事を言わずに、単刀直入な言葉を好む傾向があった。それは交渉を優勢に持っていく能力でもあり、その才能と戦略能力を買われてかつての皇后直轄護衛騎士団に任命されたのだ。
やがて隔離棟に辿り着くと、警備兵たちの前を横切って二人は中に入っていく。隔離棟には小さな扉があるだけで、トーマスは手をかざしてその扉のロックを解除した。
何重にも折り重なっていた扉が上下左右に開いていく。その先にある地下へと繋がる階段を下りていくと、ガラス張りの壁の向こうに広大なスペースが広がり、その真ん中に小さな二次元ディスプレイの光が不気味に浮かんでいた。
「フェフェフェ! そろそろ来る頃だと思っていたぜぇ?」
不気味な笑い声をあげる広い部屋の中心に二人は歩を進める。その歩調に合わせて、部屋と二人を分けるガラス張りの壁が中央部に向けて移動していった。
二次元ディスプレイの前に浮かぶ椅子に胡坐をかく人物はゆっくりと振り返った。オッドアイと獣耳と角……そして紫色の肌をした人物はその笑い声同様に不気味な笑顔を浮かべていた。
「何だぁ? もしかしてお説教でもしに来たのかおい?」
不遜な態度でそう告げるクジャ・ホワイトをベアトリスは不愉快そうに睨みつける。その目を見たクジャは舌なめずりをしながらベアトリスを見つめてきた。
「フェフェフェ! 相変わらずデカいなぁおい。下の穴も広いのか確かめてみたいもんだねぇ」
「下品な会話はよそう。私が君に質問があって来ただけだ」
トーマスがそう告げると、クジャは彼に視線を移した。
「ほぉー天下の丞相さんが俺に質問かぁ。何だ? 知ってることなら教えてやるよ。知らないことは教えられねぇけどなぁ? フェフェフェ!」
「話が早くて助かる。先日、開発中だった我が国専用のBEサラマンダー、以前捕獲した帝国専用BEデュナメス、ローズマリー共和国が開発しようとしてとん挫したBEが一度に消えた。さらに言うと、廃棄予定だった失敗した試作機の残骸もね」
「ああ、俺が有効活用してだけだ」
あっさりとした回答にベアトリスは目を見張る。しかしトーマスは小さく微笑むだけだった。
「なるほど。本当に話が早くて助かる。そこで先程ジュラヴァナ星に潜伏している諜報員から連絡が来てね。そこで様々なBEが結合された妙なBEが現れたそうだ。しかもそのBEは君が小型化に成功した超電磁砲まで装備していたらしい。それは君かい?」
「イエスだ丞相。しかもそれだけじゃあないんだなこれが? 聞きてぇかいおい? フェフェフェ!」
「……貴様」
不気味に笑うクジャに対してベアトリスは腰の剣に手を掛ける。しかしトーマスは片手を前に出して止めると、彼はそのまま話を続けた。
「ぜひ聞かせてほしいね」
「いいぜ。教えてやろう。電波ではなく脳波を遠隔感知する機能を付けたのさ。おかげで俺はここに居ながらも久しぶりに戦場を感じられたぜぇ? 昔食い損ねた女が食えてなぁ~しかも八賢者の一人まで来やがった! フェフェフェ! 思わず替えの下着が必要になっちまったぜぇ?」
その時の状況を思い返しながら股間を膨らませるクジャにベアトリスは益々不愉快な感情を募らせる。この男は自分たちとは違う次元に生きているのだ。
話を聞いたトーマスは微笑んだまま小さく頷いた。
「よく分かった。つまり、君がいれば我が国のBE開発も大きく進められるという事だ」
「そりゃあそうだろぉ? 俺ン中にはBEを開発した野郎の一部が入ってんだからよぉ? お前たちもよーく知ってるな? フェフェフェ!」
「ああ。君と話しているとノヴァを思い出すよ。……笑い方が少し違うけどね」
トーマスはそう告げると踵を返す。
部屋を後にしようとするトーマスに続いて、ベアトリスもクジャを睨むように一瞥してから背を向ける。
「俺も聞きてぇことがあるぜぇ?」
クジャがそう告げるとトーマスが足を止める。そして背を向けたまま朗らかな口調で答えた。
「何かな?」
「右腕の超電磁砲なんだけどなぁ? 中の機能を守るために特に厳重にしてデカくなったのよ? なのにパンチ一発でヒビ入れた奴がいたんだよなぁ? そいつが誰か分かるかい?」
「知ってどうするつもりだ?」
トーマスの問いにクジャは再び舌なめずりしながら不気味な笑みを浮かべる。
「決まってんだろぉ? 俺の新しいおもちゃだよぉ?」
愉快な笑みにベアトリスは拳を握り締める。しかしトーマスは最後まで冷静なまま……しかしクジャに背を向けたまま答えた。
「特定はできないね。ただあの場所には帝国側の人間がいたはずだ。しかも君がカンム・ユリウス・シーベルを見たというならば……恐らく彼の部下だろう。確かシャドーウルフズという民間軍事組織を率いているはずだ」
「シャドーウルフズ……シャドーウルフズ……シャドーウルフズ……」
一転してすべてを忘れたようにクジャはトーマスの言葉を反芻する。そしてその単語をしっかりと頭に刻み込むとニヤリと微笑んだ。
「そぉかぁ……フェフェフェ! たぁのしみがぁ~? 増ぅえてぇ~? うぅれしぃねぇ~?」
そう言いながらのけ反るクジャの股間部分にシミが広がっていく。
絶対に相いれない存在に不快感から嫌悪感に切り替わったベアトリスはトーマスの背を押して早々に隔離棟を後にしていった。
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【ローズマリー共和国 惑星パルテシャーナ 元老院議事堂】
<00:45>
ホログラムとして目の前に浮かぶランジョウを前にしていたサヨ・ゴールべリは息を飲んでいた。
かつて帝国皇帝の座に座りながらも悪政によって弟に皇位を奪われた男……世間では悪逆皇帝、腐った賢兄、暴君とさえ呼ばれている男だが、その姿は気品と知性に満ちているように見えたのだ。
『さて、結論を聞かせてもらえるかな? ストーン議長』
「答えるまでもありません。帝国より国として認められてもいない貴方方に」
『余は議長に聞いているのだ』
ランジョウがそう告げると、マルグリット・チェン元老院議員は黙り込む。
本来であれば帝国との繋がりを断つきっかけを作ったマルグリットはこの場にいる事さえはばかられる存在である。にもかかわらず発言までしようとは、その化粧同様に面の皮も厚いとサヨは思った。
「議長。ご判断を」
他の議員の言葉にミリアリアは閉じていた目をそっと開く。そしてゆっくりと立ち上がった。
「ガウネリン殿。此度ご提案いただいたフマーオス星と我が国の同盟ですが……残念ながら色よいお返事は出来かねます」
『そうか。それは残念だ』
ミリアリアの返答に周囲の議員は当然と言わんばかりに頷く。
ミリアリアはランジョウの方に歩み寄ると、まるで諭すような言葉を連ねた。
「心苦しいですが、ご理解ください」
『一応、理由を聞いておこう』
「我々は今でも帝国に歩み寄る気持ちを持っております。ですが貴方は我々の進む道と別にいます。……貴方様も本来友好関係を築くべきは我々ではないと思いますが?」
『我が愚弟と和解せよと申すのだろう?』
ランジョウは不敵に笑いながらそう返すとミリアリアは大きく頷いた。
「ダンジョウ陛下は天性の人心を集める力に満ちています。貴方様の知性は必ずや陛下のお力になるでしょう。そうなれば……我々の方から同盟を望ませていただきますわ」
その言葉に周囲の議員の……特にマルグリットの目が吊り上がる。しかし、さすがに場の空気的に声を発するのは控えているようだった。
ミリアリアの言葉をランジョウは変わらない冷たい笑みで受け取る。しかし、彼の考えが変わることは無い様だった。
『年長者の……女性の助言とあらば心には留めよう。だが、余はあの男にもう期待などしていない。彼奴は余の願い、そして希望をことごとく踏みにじっているのだ』
「貴方の願い……希望とは?」
『それをここで話すつもりはない。何より……万が一余が愚弟に歩み寄れば、奴は了承しても心からの信頼感は築けんだろう』
「何故です?」
『そち等には分からん。皇帝や兄弟である前に余も愚弟もただの男に過ぎん。それだけのつまらん話だ』
ランジョウはそう告げると一瞬どこかの悲しげな笑みを浮かべるが、すぐに元の表情に切り替えて立ち上がった。
『日を改めよう。その方が返答も変わるであろうしな』
「我々の返答は変わりません」
ミリアリアが力強くそう返す。しかし、ランジョウは冷たい不敵な笑みを浮かべた。
『どうかな? じきにこの海陽系全土を揺るがす事態が起きる。その時、再び相見えようではないか』
そう告げるランジョウのホログラムがゆっくりと消えていく。
通信士が「通信終了しました」と告げると、元老院議員の面々は誰もがほっと息を撫でおろすようにため息をついた。このローズマリー共和国元老院の面々をホログラム越しでここまで披露させる胆力にサヨはランジョウと言う人物の大きさを感じ取っていた。
「皆さん。お疲れ様でした。今日はここまで。夜分までお疲れ様でしたわ」
ミリアリアの言葉に元老院議員たちは思い思いに立ち上がると会談室を後にしていく。その中でマルグリットは「最後に負け惜しみなど……暴君の心理は分かりかねますわ」と口にする。彼女の言葉など元老院議員たちにとって小言のようなものだったが、この時ばかりは同意しているものが多かった。
「確かに」
「海陽系全土とは大層すぎますね」
その言葉を聞いていたサヨは、元老院議員たちの向かう方向とは別にミリアリアの方へと歩み寄った。
「議長」
「サヨさん。貴女も使節からの帰国早々にご苦労だったわね。そうだったわ。次回の元老院議員選挙に貴女も」
「おば様」
サヨは敢えてプライベートの呼び方をしたところで会談室の扉が閉ざされた。
二人きりになった空間でサヨは再び口を開いた。
「ランジョウ=サブロ・ガウネリンの最後の言葉……どう思われますか?」
「貴女はどう思ったのかしら?」
ミリアリアはそう告げるとゆっくり腰を下ろす。そんな彼女にサヨは不安そうな表情で答えた。
「ランジョウ=サブロ・ガウネリン……帝国内でもあれほどの人物はいませんでした。無論、皇帝陛下や宰相のエリーゼ・ラフォーレ、八賢者の生き残りを除いた話ですが」
「それで?」
「我々を不安にさせる嘘であればそれでいいでしょう。ですがそれほどの人物がそんな愚策を考じるとも思えません」
「……私も同意見ですね」
ミリアリアはあっさりとそう答える。その反応にサヨは驚きを隠せずにいると、ミリアリアは溜息をつきながら背もたれに体を預けだした。
その姿は疲労からくるものではなく、前途が多難であることに悲観するようにサヨの目には映っていた。




