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EgoiStars:RⅡ‐3379‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3379年 <帝国標準日時 8月16日>
42/48

第36話『Bitter end』

【神栄教民主共和国 ジュラヴァナ星宙域】


<21:35>


 「(そんな……そんなはずはない!)」


巨大な右腕を基軸としながら繰り出されるツギハギの連撃をハンナは致命傷にならないように受けきりながらそう思っていた。目にも止まらない連撃……そこに隙は無いかとハンナは視線を集中させる。しかし、そんなものは一切見つけられなかった。


「(あーしの今までの努力が……無駄だったっての?)」


神栄教に保護という名の軟禁をされてからも彼女はかつての上官であるカンムから指示されていたトレーニングを欠かした事はない。自分はあの頃よりは多少は強くなっていると思っていた。その目測は間違ってはいないはずである。それに対して目の前にいるツギハギのBE……クジャ・ホワイトの強さはあの頃よりも少し落ちているように見えた。何故なら反応速度に僅かに遅れているからだ。しかしそんなものは二人の大き過ぎる実力差の中では微々たるものだったのだ。


「なっめんじゃねーわよ!」


不安を振り払うようにハンナは大剣を突き出す! しかしツギハギはそれを待っていたと言わんばかりに巨大な右腕を開くと、ハンナの右腕を脇に挟み込んだ!


――ベキッ


「ぐぅッ!!」


BEの中に響き渡る鈍い音と同時にハンナは呻き声をあげる。痛みは無いが自分の右腕がブラブラとしていれば感覚的に折れたと感じるものなのかもしれない。

 ハンナは右腕をパージすると恐怖心に駆られてツギハギと距離を取る。そして残った左腕で腰から最後のダガーを引き抜くと、ツギハギの動きを今一度確認しながらBEの中で思わず口角を上げた。


「……ダミだこりゃ……勝てねーわ」


ハンナは思わず呟く。それは圧倒的な実力差への諦めと同時に、最後を覚悟した彼女なりの決意だった。


最後に会えたアークにかけるべきだった言葉は言えていない。


まだ食べていない気になるスイーツが沢山ある。


そして二度もカンムの言葉を無視してしまった事を彼女は少し後悔していた。


 死ぬ前の後悔が三つしかない。それが多いのか少ないのかは分からない。でも彼女はそれが少ないと感じていた。だからこそ、こうして決意を固められたのだ。


「でもさ。あーしもやられっぱなしは嫌いなわけですよ」


ダガーの持ち手を逆手に変えてハンナは大きく息を吸う。

 最後の攻撃と自分の十九年の人生を振り返りながら彼女はは左手に力を込めた瞬間だった。急にツギハギが不可解に右腕を動かすと、上方からまるで流星のような光が舞い降りてきた!


『どっせいッ!』


聞きなれた声が彼女の聴覚を捕える。流星のように舞い降りたのはデュナメス……いや、先ほど逃げろと言ったアークに他ならなかった。


「アッ君! って左手!」


目の前の情報量が多すぎてハンナの頭は追いつかない。そしてそれ以上に想定外な事にアークの左拳を受けたツギハギの右腕にヒビが入っていたのだ!

 ツギハギはアークの攻撃によって後方へと飛んでいく。するとアークはまるで鬼の首を取ったように左拳を突き上げて見せてきた。


『助けに来たぞおい!』


「逃げろって言ったでしょーが! ちゅーか左手!」


『緊急事態なんだからしょーがない。ボスも許してくれんでしょ』


そういって左肩を回すアークは彼女から吹っ飛んだツギハギに視線を戻した。


『それにこれからもう一個ボスの言う事に歯向かうしね……お互いクジャ見たら逃げろって言われてたよね~』


「だからアッ君は」


ハンナは再びアークに逃げるよう促そうとする。しかしそれを制するようにアークは間所の言葉を遮った。


『逃げんのやめた。アイツぶっ飛ばしてお前も連れて帰る』


「……あーしは行かないよ」


ハンナは左手に再び力を込める。しかし、今はアーク以上に注視しなければならない存在が他にもあった。

 ハンナはアークから視線を変える。そして口に出さずとも限定的な共闘を決意した。


「ま、その話の前にアイツを何とかしないとね」


『ん、やるしかねーよね』


そう言って背部の片刃の剣を再び引き抜くアークを見てハンナは思わず声を上げた。


「……何でさっき殴ったの? それで攻撃すればよかったのに」


『え? ……あ、ホントだ』


「……っぷ!」


相も変わらずバカなアークにハンナは吹き出す。

 しかしそんな和やかな空気を他所に二人に目掛けてツギハギが突貫してきた! アークが前に躍り出ると両手持ちの剣でツギハギのラリアットを受け止める! それと同時にハンナは横に移動すると、ツギハギの左脇腹にダガーを突き刺した!


『入った!?』


「ダメ! 浅い!」


言葉を交わさずとも見事な連携を見せる二人だったが、突き刺さることなく切っ先を掠めただけに留まった攻撃にハンナは悔しさを滲ませた。


「(違う……寸前でヤツが体を捻らせてる……あーしの動きを読んでんだ)」


小さな動きの中でも垣間見える実力差にハンナはまたしても苛立ちを覚える。しかしそんな彼女の感情をかき消すようにアークは能天気に声を上げた。


『ぃよし! んじゃ次ね! 俺が左でハンナは右から攻撃!』


「え、あ、ちょ」


ハンナが答える前にアークはツギハギに攻撃を仕掛ける! そんな彼の斬撃を巨大な右腕を巧みに操りながらツギハギは捌ききっていった!


『こんちきしょ! ウラッ! 斬られちゃえッ! あのヘンな笑い声聞こえねーって事は焦ってんだろ!!』


無茶苦茶で素人感が拭い切れない攻撃を続けるアークを見てハンナは肘から下がない右腕にダガーを装着する。そして左手でブラスターを持つと、左からの攻撃に加わった!

 交差する二人の攻撃がツギハギを追い詰めていく。しかしツギハギは後退するように見せながらも今まで使っていなかった足を使い、アークのみぞおちに蹴りを繰り出した!


『ぶへっ!』


「アッ君! くッ!」


瞬時の隙を突かれてハンナの顔面に衝撃が走る! 振り払うような裏拳でも巨大な右腕から繰り出されれば鈍器での攻撃と相違なかった。

 後方に吹き飛ぶハンナは何とか姿勢を整えようとするが片足のスラスターが動かない。すると彼女の背中に温かさのある感触が届いた。


『……無様だな』


「……ボス」


『久しいな。無事でいたなら何よりだ』


その姿にハンナは懐かしさと同時に初めて感じた憧れの感情を思い出した。

 白いカラーリング、猛々しい腕と脚、そしてその体同様の白に輝く胸のヤシマタイト……

オリジナルフレームと呼ばれるシャイン=エレナ・ホーゲンが制作したBEは七着しか存在しない。そしてそれを着用して動かすことが出来る人間でハンナの事を知っているのはカンム・ユリウス・シーベルしかいなかった。

 カンムは変わらない冷静な口調で言葉を続けた。


『成長は見られるがまだまだ無駄な動きが多い。特にお前は見るに耐えん』


カンムはそう言って下方を見下ろすと両腰に差している六本の刀の内の一本を引き抜く。

 そんな格好良すぎる登場をしたカンムとは対照的に、情けない体制で宙を漂うアークは憤慨の声を上げた。


『助けに来てんなら教えろや!』


『電磁嵐の影響で遠距離通信が効かんだろうが……まぁいい。そろそろ電磁嵐の奔流が来る。お前たちはさっさと退け』


『うるへー! 遅れてきたヒーロー気取りか!』


「やめときなよアッ君。あーしたちじゃ邪魔になるだけ」


ハンナの言葉にアークはBE越しでも分かるように悔しそうな動きを見せる。しかしカンムはそんな彼など眼中にないようにツギハギへと突貫していった!


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


<21:55>


 ツギハギのBE目掛けてカンムは突貫すると同時に袈裟斬りを振り下ろす。しかしツギハギは巨大な右腕で斬撃を受け止めていた! 

 カンムはアークとハンナから距離を取るため背部スラスターを全開にすると、ツギハギを押し切っていった。


「(……左からの攻撃を守備力のある右腕で止める……その判断は誤りではない……だが……)」


違和感を確信に変える必要がある。そのためにカンムは左手で右腰の刀を引き抜き切り上げた!

 美しい斬撃と同時にツギハギは胴を真っ二つに切り裂かれる! ……しかし、中に居る筈のスペースに人の姿はなく、粒子分解された人体反応も見られなかった。


「……遠隔……」


カンムは冷静でありながらもその状況を信じられずにいた。強力なエネルギーを発し、高級品であるヤシマタイトを有するBEを遠隔操作するには、さらに強力なエネルギーを必要とする。何より、この電磁嵐の中で遠隔操作をするという事があり得ないのだ。


 カンムの頭の中で状況整理の追加項目が生まれる。だからこそ彼の反応が一瞬遅れるのは必然だった。胴体を真っ二つにされて動くはずのないツギハギが僅かに動きを見せると、その巨大な右腕が大きく光りだす。


「誤作動か」


カンムは二刀流を交差して右腕を切り捨てる! しかし、その寸前で超電磁砲が放たれた!


「……無様な……」


あらぬ方向に飛んでいく超電磁砲の弾道を見送りながらカンムは誤作動を防げなかった自身を戒めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


<21:58>


 戦況がまたしても一転する。リオは船の後部ハッチからライフルを構えながら漂うアークとハンナのBEを見下ろしていた。


『リオちゃん。戦況はどうだい?』


エルディンの声にリオは照準器から視線を外すことなく頷いた。


「超有利。シーベル将軍が来てくれたし」


『援護は出来るン?』


エルディンに代わってのメアリーの問いにリオは先程と同様に照準器を覗いたまま、それでいて少し苛立った様子で頷いた。


「さっきはツギハギの動きが読めな過ぎて無理だっただけ。ハンナちゃんだけなら捕らえられる……右手は使えないけど固定射撃なら……」


リオは一瞬目を離して時間を確認すると、秒針が刻まれて一分が加算される。それと同時に電磁嵐の警戒アラートである点滅が収まった。既に限界時間を超えているせいだろう。しかし、そのアラートの無い状況が彼女に少し焦りを齎した。


「(アーク……もう時間ないよ……)」


再び視線が二人に戻る。それと同時にアークが見せた行動にリオは思わず目を疑った。

 アークはハンナの前に左腕を差し出すと、そのまま腕をパージしてしまったのだ!


「テラバカ!」


それと同時に二つのBEが激突する! 片腕が無い同士のBEの戦いはリオが想像していた以上に鮮やかだった。それは二人の拳が重なると度に宇宙空間では見える筈のない火花が飛び散っているように見える程に……


「(もう電磁嵐は徐々に来てる……アークと通信もできない……私の実力じゃハンナちゃんの足を狙えるのは一度だけ……それ以上は警戒されるし時間もない……電磁嵐の影響を頭に入れて撃たなきゃ)」


頭の中に巡る考えを整えながらリオは銃身を定める。

 ぶつかり合う戦いの中――デュナメスと視線が重なったように感じる。それはアークからのアイコンタクトのように思えた。


「……あ、そうか」


何も自分がハンナ機動力を奪う必要はない。牽制をしてその隙をアークが付けばいいだけなのだ。それに気づいた瞬間、リオの引き金を引く指に力が篭った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


<21:58>


 船にいるリオに自分の考えが伝わったかは分からない。だが、きっと彼女にも自分の意思が伝わっているはずだった。


「(やっぱ無理! 今日は一回引いてすぐにまた迎えに来た方がいいわ!)」


『よそ――見と――は余――裕だね』


電磁嵐が近い……そのせいで至近距離だけ可能だった通信さえも歯切れが悪くなっていた。


「余裕なんかねーわい! 一回保留! 停戦しよ!」


『ごめ――く聞――ないん――ど』


 連撃の中でハンナが右腕を振り上げる。その姿を見たアークは直感的にそれが彼女の決め手だと感じる。それはつまり、その攻撃を回避すれば、彼女に隙が生じるとどこかで感じ取っていた。

 横に一閃するダガーがアークの眼前を掠める。それは生身であれば睫毛に触れるほどの距離だっただろう。BE越しにもハンナが驚いているのをアークは感じ取る。しかし、空振りしたハンナの右腕はすぐさま制止すると、アークの頭上へと振り下ろされてきた!


「(あ、これは躱せなくね?)」


状態をのけ反らせながら回避したアークは頭上を見上げる。それと同時に振り下ろされるダガーが彼の顔に迫ってきた。


「(間に合うか? いや、致命傷だけでも避けれれば)」


その斬撃を甘んじて受けながらも致命傷を受けないようにアークはさらに体をのけ反らせる。すると上方の船からブラスターライフルの光が飛んでくるのが見えた。


「え……全然伝わってねぇじゃん!」


アイコンタクトが無駄だったことの無念さはある。しかし、リオの腕ならばハンナの右腕だけを打ち落とすのは可能だとアークは瞬時に察する。

 アークは視線をハンナの左脇腹に定めると、右手に持つ片刃の剣を左薙ぎに振り切る。しかしその瞬間、ハンナは斬撃を止めてアークに前蹴りを放ってきた!


「うそぉ!? ここでフェイント!?」


アークは戸惑うと同時にブラスターライフルの光が目に入る。いや、目に入ってしまったというべきだろう。ブラスターライフルのの弾道がまるで蛇のようにふら付いていたのだ。


 『アッ君。面白かったよ』


電磁嵐の中で彼女の声がなぜ聞こえたのかアークには分からない。確認できたのはブラスターライフルの光がハンナの胸を貫いたという事だけだった。


 海陽がジュラヴァナ星から顔を出す。それと同時にBEが制御できないほどの電磁嵐が吹き荒れた。

アークはBEを動かせない。制御できないからではない。目の前の状況に彼は茫然自失していた。


 吹き荒れる電磁嵐の流れの中でメアリーの駆る船が近づき、彼は運よく開けっ放しの後部ハッチから船内に収容される。

後部ハッチが閉じるその瞬間……胸を貫かれたBEエネルゲイアが……ハンナが電磁嵐に揉まれながら爆散する光景がアークの目に映っていた。

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