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EgoiStars:RⅡ‐3379‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3379年 <帝国標準日時 8月7日>
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プロローグB『美しい宇宙の上から』

 豪華絢爛な屋敷から火が上がった。炎は急速に勢いを増して一瞬で大きな屋敷を包み込んでいく。辺りは騒然としていて、逃げ惑う声、窓が割れる音、木々の燃えるパチパチという音が響き渡っていた。

 屋敷の塀の外からその光景を眺めていたエルディン=ネメシス・ミュリエルは、すぐにそれが自身の夢であることに気がついた。何故なら自分の背格好が子供のままだったからである。


「アイツ大丈夫かナ?」


隣りでそう告げる少女の姿を見てエルディンは益々これが夢であることを自覚する。何故なら隣のよく知る少女は座ることなく()()()()()からだ。

 夢と分かっていても家族であり親友でもある存在の言葉に返答するのは彼の反射的な衝動だった。


「逃げ道が崩れないようにしてあるから問題ないよ。死ぬのはこの家の家主だけだ」


「違うよエっちょン。私はアイツがちゃんと()()()かなって言っちょるんヨ」


「アイツが殺そうが殺すまいがこの家の家主は死ぬ。それでいいじゃないか」


「じゃけン、どうせならアイツの手で殺させてあげたいじゃロ?」


 無情と情愛という相反する感情が混じった言葉にエルディンは思わず笑ってしまう。すると炎に包まれた屋敷が崩れ始めた。

 誰もがただ呆然と朽ち果てる屋敷を見上げる中、扉が蹴破られて燃え盛る火の中から一人の少年が姿を表す。少しくせ毛の髪をボリボリと掻く姿を見たエルディンは少女に「無事だったようだね」と告げる。すると地鳴りを立てて屋敷が崩れ落ちていった。


――

――――

――――――

――――――――



【フマーオス公国 フマーオス星成層圏 宇宙遊覧船ベスパ号】


〈AM17:18〉


 通路のベンチに腰を下ろしていたエルディンはゆっくり目を開けて顔を上げる。通路の側面にある大きな窓の外には、漆黒の宇宙空間とフマーオス星の境界線が広がっていた。彼はゆっくり立ち上がって着用している正装の乱れを整えると、懐から仮面を取り出して自らの美しい顔を隠し、通路を歩いて船内中央にあるホールへと足を運んだ。

 ホールに繋がる扉が開くと、中では給仕用AIが宙を舞いながら乗客達に飲み物や軽食を振る舞っていた。エルディンはホール内を進むと、彼同様に仮面を付けた上流階級のフマーオス人がその存在に気付いた。


「あら、ようやく始まるのかしら?」


「はじめまして。この度は素晴らしい催しがあるとか」


「よろしければ案内していただけないかしら?」


 貴婦人たちの誘いにエルディンはニコリと微笑みを返す。長い金髪を靡かせるエルディンからは仮面では隠しきれない美しさが滲み出ている。それはフマーオス星人とは少し毛色の違う美の雰囲気であるせいか、彼の周りはあっという間に多くの貴婦人が群がっていた。


「ありがたいお誘いですが僕は優柔不断な人間です。これだけのバラの中から一輪を選ぶなど出来はしませんよ。しかし、これだけの美女を放っておいて他の御仁は一体何をしているのやら」


 エルディンがそう告げると貴婦人達はキッと表情を歪ませて一様にホールの一席に視線を投げた。

 ホールの端には窓に隣接して食事や談笑をするボックス式のテーブル席がある。この宇宙遊覧船ベスパ号に乗る富裕層の男たちはその一席に群がっていた。男女ともに考えることは同じなのか、その一席に腰を下ろしていたのはフマーオス人ではない美女だった。その証拠に仮面の隙間からは翠色の瞳が見え隠れしていたからだ。


「(ローズマリー共和国の人間か……)」


エルディンは心の中でそう呟きながらも凛とした雰囲気で座るその美女に警戒心を払っていた。

 この遊覧飛行は上流階級の人間だけが参加を許される秘匿的なパーティーである。彼等は仮面で素性を隠し、思うがままに一夜を楽しむのだ。そんな夜だからこそ、フマーオス星の中でも選りすぐりの美女を抱いてきた男たちにとって、外の美女はより魅力的に映るのだ。


「ローズマリーの女なんて……」


「物好きなパトロンがいるのよ」


多くの男性に声をかけられながらも取り付く島もない美女を見て、貴婦人たちは聞こえるように陰口を言い放つ。そんな彼女達にエルディンは軽蔑の視線を投げかけた。


「(家柄だけのクズ共が……貴様達と売女にどれほどの差がある……)」


心の中で悪態をつきながら彼は貴婦人達が再び振り返ると同時に再び笑みを浮かべる。そして「ではそろそろ」と告げてホールの中央へと躍り出た。


「紳士淑女の皆様、この度はオコナー社主催の仮面遊覧飛行にご参加いただきありがとうございます。今宵は自分自身を隠し、本能の赴くままにお楽しみください。では本遊覧飛行の開会の印である、成層圏における花火をご覧いただきたいと思います。どうぞ進行方向に向かって右手の窓にお集まりください」


エルディンの呼びかけに貴婦人たちは満面の笑みを、御仁達は口説き落とせなかったことへの悔しさを滲ませながら窓の方に向かう。するとホール内の明かりが落とされ辺りは暗闇に包まれた。

 窓の外に浮かぶフマーオス星の輝きは美しい。しかし次の瞬間――それ以上の美しさが窓の外に広がった。


「おぉ!」


「まぁ!」


富裕層達は思い思いに歓声を上げる。成層圏には大輪の花火が咲き誇り、その光景に誰しもが目を奪われていた。

 窓に群がる富裕層たちの背中を見つめながらエルディンは視線だけを動かしてホール内を確かめた。乗客の全てが花火に釘付けになる中、先程まで多くの男性に口説かれていたローズマリーの美女は一人花火など見向きもせずに左側の何もない宇宙を眺めていた。


「(……チッ)」


エルディンは思わず小さく舌打ちをしてから朗らかな笑顔を作り上げ、一人暗闇のボックス席に座る美女の方に歩み寄った。


「花火はお嫌いですか?」


エルディンが尋ねると誰の言葉にも反応しなかった美女は初めて顔を上げて彼に微笑んだ。


「好きですよ。特に宇宙でみる花火は綺麗ですし」


「では何故このような場所にお一人で?」


「今日興味があったのは花火ではなかったので」


「ほぉ。是非お聞きしたいですね。この可憐な花火以外……いえ、美しい女性の興味が注がれるものというのを」


この遊覧飛行の最大の目的など淫行以外の何物でもない。エルディンはそう思いながら卑猥さの籠もった色気ある笑みを向けると、美女はその返事と言わんばかりに座ったまま身体を向けてきた。それだけで彼にとっては好都合だったが彼女の言葉はその安堵をかき消した。


「オコナー社が本来開催していない此度のイベント……一体どなたが何のために行ったのか。そちらの方が魅力的ではありませんか?」


「……なるほど。確かにその通りですね」


エルディンは努めて微笑みを保ちながら美女を見つめる。彼女はゆっくり立ち上がると、群がる他の乗客たちと距離を保ったままようやく花火に視線を向けながら耳元で告げてきた。


「イベントの開催まで浅い眠りについてしまうのは仕方がありませんよ。小型の遊覧船とはいえ、この船をたった一人で動かし、尚且あんなに美しい花火を仕上げた。さぞお疲れでしょう?」


「関係者以外立ち入り禁止区画に入られるのは感心できませんね」


エルディンはそう言いながら先程うたた寝してしまったことを後悔する。しかし、このような事は想定の範囲内だった。だからこそ彼は笑みを絶やさずに居れたのだ。


「実はこのパーティーには弊社の重役が紛れておりまして……これはその方の趣味なのですよ。ですが、このようなイベント大ぴらには出来ません。なので息のかかったお客様だけをお連れしているのです。お客様もそうなのでは?」


エルディンの言葉に美女は警戒心を露わにした表情を浮かべるが彼は微笑みを絶やさなかった。この美女が何を探ろうと下準備は完璧なのだ。彼には情報操作のスペシャリストが付いている。その人物への信頼が彼を強気にさせていた。


「そうね。知人に今回のイベントのチケットをいただいたの」


美女は諦めたように再び小さく微笑んでそう告げる。その敗北宣言にエルディンは小さく頭を下げた。


「このようなイベントが世間に知られると面倒になります。どうぞこの件はご内密に」


「そうですか。では、そういうことにしておきましょう」


美女はそう言ってクスクスと笑う。だが、それ以上何も言ってこない事でエルディンは彼女の思慮深さを伺い知った。普通に聞けばこのような理由で納得しようはずがない。しかし、神栄教と繋がりがあるオコナー社は内々で内密な事をしているという噂と称した事実がある。あまり深く関わらない方が身のためでもあるのだ。

 腕に装着している端末の時間を確かめ、エルディンは今しばらく彼女の視野を右方向に向ける必要があると感じていた。しかし美女は花火から再びエルディンの方に視線を戻してきた。


「では自称オコナー社の社員さん。今回のあなたの秘密を私は口外いたしません。ですが、何かしらの対価をいただけないかしら?」


美女の言葉にエルディンは「そうですね」と呟きながら顎に手を添えて考える素振りを見せた。

 花火が広がる右側の窓とは対象的に左側の窓の外は相変わらず漆黒の闇に包まれている。その中に小さな光が現れて、闇を切り裂くような流星になるのを見たエルディンは、微笑みながら美女の頬に手を添えた。


「僕に出来るのはこのくらいです」


彼はそう言って美女と唇を重ねる。美女は少し驚いたような表情を浮かべていたが、エルディンが舌を滑り込ませると蕩けるように目を閉じていった。

 美女と口づけしながらもエルディンは視線を外から外すことはない。しかし、流星の光が消えるのを見届けると、彼はようやく口づけだけに意識を集中させはじめた。

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