第33話『Last hour』
【神栄教民主共和国 衛星ザルディアン ザイアン隊基地 上空】
≪PM20:53≫
後部ハッチが開いたままになっている。エルディンはブーツの飛行ユニットを不安定に操りながら船を操縦するメアリーの配慮に感謝する。そしてそのまま後部ハッチから船内に入ると、少しよろめきながら着地した。
「ふぅ……メアリー。聞こえているかい?」
電磁嵐の影響もない船内通信でエルディンは操縦席に問いかける。するとメアリーの声がすぐさま戻ってきた。
『ウチが上空まで来ちょるってよう分かったネ』
その返答にエルディンは微笑みながらブーツを脱ぎ捨てると、壁に掛けてあるインカムを耳に取りつけた。
「賭けだったがね。でも君ならアークたちが送った情報を盗み見していると思っただけさ」
エルディンはそう告げると、船上部の砲台へと繋がる梯子に手を掛けた。
「君もよく僕たちが再度基地に潜入すると思ったね」
『ハッちょんが居るんじゃったら迎えに行ク。アッちょんならそうすると思ったんヨ』
「今の彼でもそうすると?」
エルディンは少し含みを持たせるような口振りでそう告げると、メアリーはそんな彼の心情など見透かすように返答してきた。
『んーん。今のアッちょんじゃったら帰ってくるだけじゃロ。ばってン、今はリっちょんがおるけんネ。あん子が発破かけるじゃろうと思ったんヨ』
「そうか。君は最初からリオちゃんに期待していたようだが……やはり僕よりも君の勘の方が鋭いようだね」
『当り前じゃロ。いつだって男の子ちゅうんは女の勘には勝てんもんじゃけン』
返す言葉もないエルディンは、自嘲気味に笑いながら辿り着いた砲台の座席に腰を下ろす。そしてモニターにスイッチを入れると眼下にある基地内の状況を確認した。
ズームアップされたモニターには競り合うアークとハンナのBEが見て取れる。その状況を見ているとメアリーの声が再び彼の耳に届いた。
『ばってン、ウチは戦況の優勢さは分からんのヨ。エッちょんから見てどうなン? アッちょんとリッちょんの二人でハッちょんば連れてこれるン?』
「厳しいね……仕方ない。このままドームの天井を突き破って宇宙に出よう。向こう側の援軍が来たら成功率がさらに落ちる」
『さらにっちゅう事は元々成功率は低かったン?』
相変わらず的を射るメアリーの言葉にエルディンは再び苦笑した。
「ハンナは煉獄隊の元トップエース……僕らと違って真の意味で八賢者の血を受け継いだ天才だ。リオちゃんの戦闘力には期待したいが、彼女を生け捕りに出来るのはボスかジャネットさんクラスの人間じゃないと難しいだろうね」
『そん二人ば名前出したらほとんどの人間無理じゃロ』
「いや、運次第さ。アークは運が良いからね。それに相手の援軍が無ければ可能性はある。何より、この星から出る為にもそろそろ出発しないといけないだろう?」
『よぉ分かったワ。ばってン、やれる事ばやりきらんとネ』
「ああ……。頼むよアーク、リオちゃん」
眼下にいる二人から目を逸らすことなく船は上昇していく。それと同時に二人に向かって移動指示の信号弾が放たれ、暗がりのドーム内が一瞬明るく照らされた。
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≪PM20:55≫
照らされた信号弾を見てアークは少し疑問に思った。
「え? 移動すんの?」
連れて行くべきハンナを目の前にしながらの移動指示にアークは思わず戸惑う。しかし、その疑問と戸惑いはすぐに彼の頭の中から消え去った。エルディンとメアリーの指示であれば従うべきと言う彼の中にある本能がそうさせたのだ。
アークは小さく屈むと背部スラスターを起動させて上昇体勢に入る。しかし、その前にハンナの方が距離を詰め、その上昇を阻止してきた!
「むぬ!」
『アッ君さ。もう少し考えて行動体勢に移んなよ。そんな屈む体制取ったら上に飛ぼうとするのがまる分かりじゃん』
接触回線でそう告げるハンナの声は余裕そのものである。
今まで一度も膝を付かせたことのない相手を振り払うようにアークは後方へ飛ぶ。しかしハンナは一定の距離感を保ちながら彼に上昇する機会を与えなかった。
『ほれほれ。ちゃんと相手の動きを見ながら行動するんだよ?』
「ちょっとくらい手ぇ抜いてよ! あとついでに俺の事も抜いておくれ!」
軽口を叩きながらもアークは必死に身体を動かしながらハンナを振り払おうと試みる。しかし彼女は余裕の様子で左腿から新たなダガーを引き抜いていた。
「(くっそー! もうあっちにまた頼るしかねーじゃん!)」
アークは意を決して後方へ飛びながら新たにダガーを引く抜く。そして体制を横にすると、右足をブレーキ代わりに踏み込んだ!
「うりゃっ!」
エネルゲイアの鳩尾にめがけてアークはダガーを突く! しかしハンナはその攻撃をギリギリで避けると、左脇でアークの右腕を挟み込んだ。
『逃げるとみせて突っ込むとはやるね。でもその程度じゃあーしは』
「分かってるよ? だってこれは攻撃じゃなくて、ぬふふ! こうするためだし?」
BEの中で下衆い笑みを浮かべると、そのままハンナに抱き着いた! しかし左手で彼女の臀部を撫でまわすとアークはげんなりとした声を上げた。
「……固い……やっぱり機械じゃ興奮しねーわ俺」
アークがそう告げると同時に掴み合う二人の動きが止まる。それと同時に紫色の閃光がハンナの右足首を貫いた!
『ほー……エッ君とメッちゃん以外を当てにするとはね』
「お? 何? 嫉妬? 嫌いじゃないよそれ」
BEの中でアークはニヤリと口角を上げる。そして姿勢制御が難しくなったハンナをがっちりと抱きしめると、そのまま背部スラスターを起動させて上空へと舞い上がった。
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≪PM20:57≫
銃口から紫煙が上がる。その先に立つ先程盗み見たデータ内にあったエネルゲイアがデュナメスに抱きしめられて上昇する光景を見て、リオは構えていたブラスターライフルを縦にした。
「よし! 流石私! 今日も射撃はメガ冴えてるぅ! ってかアイツBEのお尻触ってたよね……」
BEの姿で彼女は小さくガッツポーズをしながらも、アークの異様過ぎる性癖に顔を顰める。
「私もお尻固くしてみようかな……いやいや、何言ってんだか」
左手で自身のお尻を触ろうとしたリオは思わず頭を振る。第一BEを着ている以上、今の自分のお尻の固さは金属製に他ならないのだ。
「さーて。私も行きますか」
アークたちに倣ってリオもまた上空へと飛び上がろうと体制を屈める。その瞬間、妙な金属音が彼女に鼓膜を捉えた。
それは実弾攻撃が金属に当たったような音だった。
「ん?」
BEの中にいる以上、一般兵向けの武器等通用するはずもない。そんな常識を無視しての攻撃にリオは少し疑問に思いながら振り返る。するとそこに銃を構えた人物が立っていた。
「質問に答ぇッ!」
そう告げる声にリオは怪訝な表情を浮かべる。
反り上げた頭のせいで性別は定かではない。しかしリオは自身と同性であると直感的に感じ取っていた。
「悪いけどさ。この状況で」
「キャタピラいうワードに心当たりがあるやろ!」
有無を言わさないその口調にリオは益々怪訝な表情を浮かべる。しかしすぐさま冷静さを取り戻し、リオは何事もなかったかのように立ち上がると、彼女の方に体を向けて数メートル上から見下ろした。
「何の話してんの?」
「質問に質問で返すなや!」
「……知んない。っていうかもういい? BE着てても中は裸だからちょっと恥ずかしーんだよね」
「嘘やないやろな!」
「しつこいわね! っていうか何で私も答えてんのよ! とにかくもう用はないから! 下がってないと危ないよ!」
吐き捨てるようにリオはそう言って小さく屈みながら上空を確認する。その先にある光景を見て彼女は思わず「はぁ!?」と声を上げた。
先程までガッチリとホールドしていたハンナが逃れ、上空でデュナメスとエネルゲイアが分かれていたのだ!
「何やってんのよもう!」
リオは苛立ちながら視界をズームすると、明らかにアークが着るデュナメスの左腕が起動不良を起こしていた。
「あんのギガバカ! だから整備はちゃんとしろって言ったのよ!」
リオは後ろにいた人物の存在など忘れて背部スラスターを起動させる。上昇しながら彼女はブラスターライフルの銃口を上に向けて左下に浮かぶ時間を確認した。
「メガヤバ……もう21時じゃん……時間がないよ! アーク君!」
電磁嵐が来るまで残り一時間……それがこの任務の最後にして最難関の一時間となるとリオはまたしても直感的に感じていた。




