第30話『Punish when in doubt』
【神栄教民主共和国 ジュラヴァナ星 マリンフォール大聖堂】
≪PM19:10≫
早めの夕餉はラヴァナロス星人にとって健康的というのは科学的根拠に則って証明されている。彼らの消化器官を司る内臓の造りからそれが古来から伝わる健康法として残っているのだ。
「小腹減ったなぁ……何かつままへんか?」
当然その健康法に則って生活させられている神栄教教皇であるコウサが少し恨めし気にそう告げる。すると彼の正面に座るリョクレイは教徒らしからぬ長い髪を靡かせながらため息をついた。
「んな事したらお袋にぶっ殺されるだろ。それよりホラ」
リョクレイは二人の間にあるテーブル上に設置された三段の中段にある駒を最上段に動かす。するとコウサは眉間に皺を寄せながら口をへの字にした。
「……何や。お前しばらくやっとらん内にエライ腕上げたな」
「アホ抜かせ。ガキの頃からこのゲームで親父に負けたことねぇだろ」
「親の称賛は素直に受け取るもんやで?」
コウサはそう言って参ったと言わんばかりに後頭部をペチペチと叩く。
彼のケラケラ笑う笑顔を合図にしたかのように扉が開く。するとメルティが急ぎ足で室内に入ってきた。
「教皇様、ノックもせんとエライすんまへん。緊急事態どす」
「君の様子見たらそうやと思うわ。何事や?」
一切動じないコウサはそう言いながら勝手にテーブル上の三段面を消し去った。
「あっ! おい親父殿! 王手だったのに!」
「あ、スマンスマン。ボタン間違うたわ」
悪戯っぽく笑うコウサにリョクレイはウンザリした表情を見せるが、コウサは悪びれる様子も見せずにメルティの方に視線を投げた。
「そいで?」
「先ほどザルディアンの基地が潜入を許したようどす。機密にしとった新型BEや異端者の情報、さらにフマーオス星との通信記録も盗まれました」
「ほぉ~……こんな短時間で抜き取るとは……大した腕のハッカーがおるみたいやの」
「……」
その会話にリョクレイは眉を顰める。それと同時にチャット仲間である“キャタピラちゃん”のハンドルネームが脳裏を過った。
コウサは少し考えるように右腕を肘掛に乗せて頬杖を突き、左手の指をテーブルでカタカタと鳴らした。
「上の方は電磁嵐があるそうやないか。よう連絡が取れたな」
「直結の宇宙エレベーターから有線連絡どす」
「旧い遺産が役に立ったな……潜入者の予測はついとるんか?」
「戦皇団、帝国軍諜報部、ローズマリー共和国のEEA、正体不明のハッカー・オクトパス、妙な噂がある諜報集団……あと、最近話題のシャドーウルフズ」
「……EEAはないな。鉄の処女が帝国におる内はそない大胆なこと出来る奴はおらんはずや。帝国軍絡みも外交問題を考えるとここまで大胆な事は出来んはずや。ハッカーも諜報集団も意図が見えへん」
「となると……」
「民間軍事組織が帝国の依頼で動いたっちゅうのがまともな線やろ。特にあそこの代表はカンム・ユリウス・シーベルや。一筋縄ではいかんで」
「どないしましょ?」
メルティが指示を仰ぐとコウサは再び後頭部をペチペチと叩く。そしてニッコリとほほ笑むと口を開いた。
「異端者の経歴知っとるか?」
「数年前のクリオス内乱時に戦闘宙域に浮遊しとったということだけは聞いとります」
「せや。あの宙域におったんはクリオス軍とセブンスカー、それと士官学生の軍と煉獄隊や」
「それが?」
「分からへんか? 煉獄隊っちゅうんは名目上は重犯罪歴がある犯罪者の軍っちゅうことになっとる。せやけどホンマは見込みのある少年兵を極秘に育てとったっちゅう話や」
「誰が何のために……。 !」
そう言いかけてメルティの顔がハッとする。その様子を見ていたリョクレイは皆目見当がつかずコウサの顔を見つめた。
「そないなけったいな事するんはシャインちゃんしかおらんやろ?」
「……ではこのハンナ・アゴストも……」
「あくまでも可能性の話や」
コウサはそう言って立ち上がる。すると小さく咳き込んでから再び口を開いた。
「コホッ……コホッ……まだ異端者のお嬢ちゃんが残っとるんやったら連れ戻す為に戻ってくる可能性がある。アンディに伝えとき。警戒態勢に入っとけ。出来るもんなら潜入者は捕らえる。無理やったら始末して構わへん。あと、例の原稿今朝までに作っといてくれるか?」
「今朝までどすか?」
「念の為や」
コウサはそう言ってリョクレイを横切り扉の方へと歩いて行く。
その横顔を垣間見たリョクレイはまだまだこの男には勝てない事を心の中で察していた。
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【神栄教民主共和国 衛星ザルディアン ザイアン隊基地】
≪PM19:40≫
怒りが収まらなかった。神栄教の防衛を司るこのザイアン隊の基地に、あっさりと潜入を許すその杜撰な警備体制にシャオロンは憤りしかなかったのだ。
「基地に入ったIⅮを全部洗い出すんや!」
「そ、それが……こちらが気付いた瞬間に記録データが消去され」
「監視カメラの映像は!」
「そ、それが……怪しい人物は特に……」
「何やその体たらくは!」
シャオロンは思わずデスクに拳を打ち付ける。
血が滴る拳を見てシャオロンは怒りの矛先をどこに向ければいいのか分からずにいると、その横顔にそっとガーゼを差し出された。
「物に当たる内はまだまだやで」
「叔父上……」
いつの間にか隣にいた巨躯のアンディ・ラフレインを見てシャオロンは冷静さを取り戻す。すると彼は彼女に代わって指示を出した。
「今しがた、教皇様に今回の件を報告した。潜入者が再度こちらに戻る可能性がある。警戒態勢に当たれ」
その言葉にザイアン隊の面々は一斉に動き出す。その様子を見ていたシャオロンは冷静になった頭で事の顛末を思い返していた。
「……(こない短時間で膨大なデータを抜き取る技術……そないな事出来るんは数える程しかおらんはずや)」
シャオロンの頭に今日出会った義手義足の少女の顔が過る。しかし彼女は頭を振って妙な推測を振り払った。
「叔父……隊長。俺は部隊を率いて基地内の警戒に当たります」
「ああ。気ぃつけてな」
アンディは基地内の監視カメラが映る複数の二次元ディスプレイから目を離すことなくそう告げる。
シャオロンが行動に移ろうとすると、入れ替わるように数人の隊員が室内に入室してきた。
「隊長! 不審者の目撃情報ですわ!」
彼がそう告げると室内の面々の視線が一斉に振り返る。ふると発見者と思しき男が一歩前に躍り出て口を開いた。
「実験棟で妙な男がおり異端者のお使いと言っとりました! やはり異端者は信用できまへん!」
報告よりも異端者の存在に不満を告げるような口ぶりにシャオロンは同調と同時に少し不快感を覚える。しかしアンディは特に気にする様子もなく好都合と言わんばかりの表情を浮かべた。
「異端者にBEでの出撃準備をさせろ。不審な動きを見せたら……」
それと同時に彼はシャオロンの方に視線を向ける。その意図が何であるか彼女は瞬時に察して頷くと、CSがある格納庫に向かって走り出した。
指令室を出た後、格納庫に向かって走りながらもシャオロンは不信感を拭い切れていなかった。
「(……あん子と出会った日にこないな事が起きる……偶然にしては出来過ぎちゃうやろか……)」
シャオロンは頭の中にある疑惑を隠しきれない。それでも彼女は今の自分の出来る事の為に動くしかなかった。




