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EgoiStars:RⅡ‐3379‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3379年 <帝国標準日時 8月16日>
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第28話『Children do not know how indebted they are to their parents.』

【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス―衛星ザルディアン宙路 帝国軍第十六船団第八宙艇ラゴール号】


≪PM19:07≫


 ――皇女殿下の直轄部隊となったシャドー・ウルフズの救援

それが皇帝直轄部隊戦皇団団長であるジャネット・アクチアブリから告げられた指令である。皇女の部隊を皇帝の部隊が助けるというのは、ある種の政治闘争が見え隠れしているとカリーナ・バーンズ中佐は感じ取っていた。


「(……ま、俺には関係のねぇ話カ……)」


レオンドラ星人のカリーナは頭頂部の耳をはためかせながら心の中でそう呟くと船内の通路を闊歩したいた。


「……」


操縦席に向かう最中、宇宙船の側面に隣した通路に差し掛かったところで彼女は思わず足を止める。そしてその先に立つ、窓から外をじっと見ている男の視界に入らないようにジリジリとにじり寄った。


「……カリーナか」


振り向くことなくそう告げる声に彼女は思わず力が入った。そして左腰に差している刀に手を添えながら徐々にその距離を詰めていく。そして未だに振り返ることない男の背中を睨みつけた。


「背中とられるたぁ老いたなオジキ……もう俺の間合いダ」


「気配の消し方がマシになったな」


「気に入らねぇな……刀も掴んでねぇのに大した自信じゃねぇカ」


「言葉選びが無様だな。これは自信ではなく余裕と言うのだ」


「言ってくれるじゃねぇカ……そう言って追い詰めたのカ? ウチの親父もヨ……」


「……」


何も言わない男を睨みつけながらカリーナは遂に刀の柄を掴んだ。

 静寂が二人を包む。瞬間――カリーナは目を見開いて刀を抜き横に一閃した!


「……」


刀が鈍く光る。その刃先は男の腕の僅か手前で止まっていた。


「……何で避けねぇんだヨ」


カリーナの言葉にそれまで微動だにしていなかった男はゆっくりと振り返る。ようやくその顔を見せたカンム・ユリウス・シーベルは昔と変わらない無骨な表情のままゆっくりと口を開いた。


「……抜いた段階で斬る気がないと分かっていた……仮にそのまま振り抜いたとしても……お前には私を斬る資格がある」


「変わらねぇナ。その全部を見透かした面が気に入らねぇんだヨ……昔っからナ……」


そう言ってカリーナは刀を納める。そして横切るように彼女はカンムの隣に立つと、窓の外に浮かぶ小さくなったラヴァナロス星を見つめた。


「……大体、俺が斬りてぇのはアンタじゃねぇ……あの星でふんぞり返ってる()()()()だ」


帝国軍のトップに立つビスマルク・ナヤブリの顔を思い浮かべながらカリーナは拳を握り締める。

 隣にいるカンムは父クヌカ・バーンズを捕縛しただけに過ぎない……彼女の父を殺したのは誰であろう現帝国軍元帥であり、皇帝の懐刀、戦皇団の戦鬼、様々な異名を持つ男だったのだ。彼女の心の中に渦巻く憎しみの感情を見透かすようにカンムは再び彼女に並んで外を見つめた。


「……カリーナ……言った筈だ。あの処刑方法はクヌカが……お前の父が自ら選んだことだ。最期にこの海陽で最強の名を持つビスマルク殿と」


(この俺)を残してカ?」


カリーナの言葉にカンムは口を噤む。

 彼女はその小柄さからは想像できないような威圧感を発しながらカンムの顔を見上げて睨みつけた。


「親父は確かに運の無い人だっタ。虎殺流の長い歴史の中でも随一の腕を持ってたっての二、同じ時代にアンタみてぇな化物が生まれたこト……虎殺流の為に宰相派についたせいデ、戦犯として処刑されちまったこト……でもナ、娘を残して死ぬことを選ぶような人じゃねぇんだヨ!」


カリーナはそう告げると手を伸ばしてカンムの胸ぐらを掴んだ。


「いいカ? 二度と親父の事を語るんじゃねェ……そして俺の邪魔をするナ……ビスマルク・ナヤブリの首は俺が取ル」


「戦皇団は皇帝陛下直轄とはいえ、ビスマルク殿は帝国軍元帥であり戦皇団の相談役でもある。上官に対して殺意を抱くとは……貴様の士道も落ちたものだな」


「士道? んなもん最初(ハナッ)から持ち合わせちゃいねェ……大体んな古くせぇ言葉は年寄り同士で使いやがレ」


カリーナはそう吐き捨てると、叩きつけるようにカンムの胸ぐらを突き放す。そして彼に背を向けて本来の目的地である操縦室に向かって歩き始めた。


「(ビスマルク・ナヤブリ……野郎を殺すには今の俺じゃ力が足りねェ……だが奴を殺せるなラ……何でも利用してやル……)」


彼女の中にある復讐心は消えない。ビスマルク・ナヤブリを殺さなければ彼女は前に進めないとさえ思っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 質量上は小さくとも、目には映らない大きさを得たカリーナの背中を、カンムはジッと見送っていた。そして大きな溜息をついた。


「……クヌカ……これがお前の残した呪いか……」


今は亡き友の姿を思い浮かべながらカンムは小さく俯く。彼にとってクヌカ・バーンズという人間は少し特別な思い入れがあった。本来であれば、今頃クリオス星で道場の一つや二つを経営していたかもしれないし、その真摯な性格を活かし帝国議員になっていたかもしれない。幼い頃から知るクヌカが四十代で死という結末を迎えたのは戦争による悲劇だったのだ。


「(……あの戦いがなければ……お前は変わることもなかったのか……?)」


少し感傷的な気分の中でカンムは窓に額を打ち付ける。

 宰相派との戦いが終われば平和が来ると彼は信じていた。しかし、あれから大きな事件があり過ぎた。クヌカの死はその一つに過ぎない。その現実がカンムの心の中にネガティブな感情を巡らせていた。


「(……違うな……あの戦いに勝つことによる代償を今払っているのだ……だがそうであるなら……我々の戦いは何だったのだ……本来のビスマルク殿、イレイナ殿、ヴァイン……これほど多くの友を亡くしたというのに……シャイン殿がいてくだされば……)」


カンムはそう口にしそうになって慌てて頭を振る。

 再び小さなため息をついたカンムは窓からゆっくりと額を離す。そして背後に新たな気配が近づいていることに気が付き、気持ちを入れ替えるように振り返った。


「シーベル将軍!」


そう言って敬礼する青年にカンムは普段通りの表情で答える。


「ウィロー特別少尉。私はすでに将軍ではないと言った筈だ」


「はっ! 申し訳ございません!」


背筋を正しながら敬礼を続けるガルガロン・ウィローにカンムは一歩歩み寄った。


「何か用だったか」


「はっ! 整備班より、これよりシーベル将軍のBE整備に入るとの連絡がありました! つきましては将軍に立ち会っていただきたいとのことです!」


「……分かった。すぐに向かうと伝えてくれ」


「はっ!」


カンムはそう言って襟を正すと、まだその場に留まるガルガロンに気が付いた。どうも何か言いたげな彼にカンムは言いやすいよう口火を切った。


「まだ何かあるのか?」


「い、いえっ」


「リオ・フェスタのことか」


その名前にガルガロンは分かりやすく動揺した表情を見せる。

 その表情から……いや、士官学校から提出されている資料を見ていたカンムは二人の関係性を理解していたのだ。


「……お前たちの事は聞いている。士官学校時代に男女の関係だったそうだな」


「はっ。自分とフェスタ特別少尉は……軌跡先導法において導かれた関係でもあります」


「だが今は関係を解消したとフェスタ少尉から聞いている」


「肯定です。ですが……その」


「言いたい事も言えん無様な人間は好かん」


厳しい口調でカンムがそう告げると、ガルガロンは意を決したように顔を上げた。


「彼女は今のような場所にいるべき人間ではありません。戦皇団こそが彼女の本来いるべき場所です。貴方と同じように……」


ガルガロンは真っすぐな目でそう告げる。その目の奥には本気さと青臭さが見え隠れしたいた。


「……話は分かった。だが、私に軍内の人事をどうこうする権限はない」


「しかし!」


更に何かを叫ぼうとするガルガロンを遮るようにカンムは少し口調を荒げて言葉を繋いだ。


「人に頼る事を害悪と言うつもりはない。だが、まずは自分でどうにかするよう動いてみることだ。……話はそれだけか?」


カンムは助言を投げながらも突き放すようにそう告げる。彼の中にはこのガルガロンという青年に対して苛立ちがあった。それは修練を怠るアークや、年長者を敬わないエルディン、人の話を聞かないメアリーとは違う感情だった。


「(……貴様がしっかりしていれば皇女殿下は……)」


心の中で彼はそう呟くと、唇を嚙みしめるガルガロンを横切る。そしてようやく彼は任務の表情に切り替えた。


「ジュラヴァナ宙域に到着するのは七時間後だ。貴様も準備を怠るな」


「……はっ!」


再び敬礼するガルガロンを尻目にカンムは歩き出す。

 彼が出来るのは一つしかない。それは次の世代に生きるアークやエルディン、メアリー、そしてリオたちに自分たちのツケを払わせないようにする事だけだった。

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