第24話『The wrongdoer never lacks a pretext; even thieves have their reasons Part2』
【神栄教民主共和国 衛星ザルディアン ザイアン隊基地内】
≪AM17:55≫
あっさりと辿り着くことができた実験棟近辺のエリアは閑散としている。なぜ人気がないのかという理由をアークは何となく理解していた。道中すれ違う神栄教の真っ白な装束に身を包んでいた信者たちが同じような言葉を発していたからだ。
――「この神聖な場に異端者など……」
――「怪僧などに頼らずとも我らだけで」
BEが主流となりつつある戦場において、この神栄教を守るザイアン隊にはBEに頼らずに生き抜いてきた自負がある。何よりBEを装着できる神通力持ち……彼らの言葉で言う女神メーアを殺した異端者がいるこの実験棟になど出来うる限り近付きたくないのだろう。
「……ま、それも好都合か……」
不気味なまでの静寂に包まれたエリアをダラダラと歩きながらようやく実験棟の入り口に辿り着く。入り口には物々しく「無断立ち入り禁止エリア」という札が掲げられている。その前にアークは立ち止まると、右手に持つエルディンから渡された爆弾の入った手提げ袋と見下ろした。
「……今日、ここで、お前を……」
その瞬間、今まで眠そうにしていたアークの表情が切り替わった。
彼に目に生気を戻ると同時に買い物袋を持つ手に力が入る。もしも怪僧の正体がクジャ・ホワイトならば……そう考えるだけでアークの身体は震えた。恐怖、憎悪、憤怒……あらゆる感情が駆け巡る。分かっているのはクジャ・ホワイトという人物に対して抱くのは負の感情ということだけだった。
「……殺してやる」
意を決するようにアークは実験棟内に足を踏み入れる。
……そんなシリアスモードになった彼の意気込みは早々に水を差されることになった。
「おい。ここは立ち入り禁止やで。何をしてんねや?」
廊下に響き渡る声にアークの体は硬直する。潜入から数秒で見つかった自分の間抜けさに彼は恥ずかしさと情けなさを感じながら、再び気の抜けたいつもの表情に戻す。そして潜入時は忘れていた偽名を頭に浮かべ、買い物袋を手にしたまま振り返った。
「……こ、こんばんわ~」
振り返りながら挨拶をしたアークは、警備員と思しき隊士と目を合わせながら沈黙する。沈黙したのはバツの悪さだけではない。実験棟の外にいた白装束の教徒たちとは違い、そこにいた隊士はCSを身に纏っていたのだ。
「その恰好は給仕部やろ? ここは実験棟やで?」
「あー……その、ちょっと野暮用で……」
「ふーん。まぁええわ。一応規則やさかい。ID見してくれるか?」
隊士にそう言われてアークは快く偽造パスを差し出そうとしたところで踏みとどまった。
「(やべ……このパスってまだ使えんのかな……)」
メアリーから言われているパスの制約を思い出したアークは戸惑う。ここでこの隊士と戦うことも出来たが、怪僧を見つける前に騒ぎを起こすのは得策ではなかった。
「どないしてん?」
「あれ? あ、あの、パス落っことしちゃったみたいで……」
首をかしげる隊士とは対照的にアークは引きつった表情で口を開く。しかしそんな理由で見逃してもらえるはずもなく、隊士はあっけらかんとした様子で再び口を開いた。
「そらしゃーないな。ほな名前とID番号教えてくれるか? ついでに音指紋が届いてへんか聞いたるわ」
「名前……えー……」
アークは頭の中を巡らせて今日の偽名を思い出す……しかし名前は出てこない。思い浮かぶのは「メガバカなの!?」と鼻息を荒げるリオの顔だけだった。
「(あれ? ……駄目だ……顔から下の尻しか出てこねー……)」
上半身を通り越したふっくらしたリオの下半身を思い浮かべながらも、一応アークはどう展開すべきか思案していた。
こうなれば恨みは無いが、この隊士に眠ってもらう他ない。アークがそう決意した瞬間、聞き覚えのある声が響き渡った。
「あー! こんな所で油売ってた!」
上から聞こえたその声にアークは驚愕の表情を浮かべながら見上げる。階段の上にいたフードを被った人物はズカズカと音を立てて階段を下りながら声を荒げた。
「んもぉ! なんであーしがこんなに動き回んないといけないわけ? こっちは実験やら訓練やらで疲れてんだからさぁ! それと頼んだのちゃんと買ってきたんでしょーね!?」
声の主はそう告げながら自らフードをはぎ取る。緩く巻かれた金髪の隙間から生える角は右側が折れており、残っている左側の角には装飾のつもりか鮮やかな薔薇が彫られていた。
怪僧の正体に呆然とするアークとは対象的に、先程までにこやかに対応していた隊士は、目を吊り上げて怪僧を睨みつけていた。
「何勝手に出歩いとるんや?」
「は? お生憎だけどね。あーしはこの実験棟の中なら好きに動いていい許可を貰ってんの。お宅等がだ~い好きな教皇さんからね。つーかそんなことも知らされてないなんてアンタもしかしてペーペー? それと一応あーしザイアン隊の特別部隊実行隊長って肩書があんだけど? 上に対してタメ口きくのがアンタらの神様の教えってわけ?」
「異端者が減らず口を!」
「はっ! ならいつだって出てってやるけど? その代わりアンタはだいー好きな教皇様に言ってやんなよ? 「教皇様が決めたことに逆らって僕が追い出しました。どうもごめんなさい」ってね!」
捲し立てるような少女の口撃に隊士は何も言い返せないのか歯を食いしばっている。すると少女は小さく鼻を鳴らしてから止めとばかりに言い放った。
「とにかく、もうアンタはいーから。さっさと持ち場帰んな。で、アンタはあーしと来てね」
少女はそう言ってアークの腕を掴んで隊士の前から彼を攫うように階段を駆け上がった。
アークの腕を掴み、まるで悪戯から逃げるような無邪気さで走る少女の後姿にアークは懐かしさを感じていた。そして再び人気のない二階に辿り着くと、少女はアークを壁に押し付けて首に手をまわし奪うように彼の唇に吸い付いてきた。
「久しぶり。ここまで会いに来るなんて……そんなにあーしに会いたかった?」
最初の勢いとは裏腹に唇を離す瞬間は儚げにそっと離れた少女はまた無邪気な笑顔を浮かべる。そんな彼女を見てアークは思わず彼女を抱きしめた。
「……ハンナ……!」
「おーおー情熱的だね。でもちょっと乱暴かな? まだまだ童貞臭が消えてないぞ?」
そう言って笑うハンナ・アゴストの頬をアークは確かめるように両手で包み込む。ニッコリとほほ笑むハンナとは対照的にアークの眼には僅かに潤んでいた。




