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EgoiStars:RⅡ‐3379‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3379年 <帝国標準日時 8月7日>
3/48

プロローグA『真夏の空の下から』

 薄暗く狭い物置の中に一筋の光が差し込んでいる。僅かな隙間から差し込むその光は衛星の明かりなので、それほど強くはない。しかし、残酷なことに暗闇を照らすには充分の光量だった。


「……」


 扉の隙間から見える悍ましい光景に少年は目に涙を溜めて悲鳴をあげないよう必死に両手で口を塞いでいた。複数の男に嬲られる母の表情は虚ろでありながら、その目には強烈な強さが見え隠れしている。

 手を伸ばそうとしても届かない。目を閉じたくても塞げない……その感覚に少年は息が詰まりそうになる。するとその小さな体を収めていた物置に急に大きな空間が浮かび上がり、少年は転げ落ちるように落下していった。


――

――――

――――――

――――――――



【フマーオス公国 フマーオス星 コシフジ列車】


〈AM15:43〉


 「……フガッ!」


つなぎ服の青年……アーカーシャ・デュナンは列車の揺れで頭を振られると、まるで階段を踏み外したかのようにガクッと体を震わせながら目を覚ました。列車の揺れの心地よさに思わず眠ってしまった彼だったが、見る夢は最悪という展開に思わずため息をつく。そして目を擦りながら人影もまばらな列車内を見渡した。


 夜通し列車が走り続けるこのコシフジ鉄道は貧困層から富裕層を乗せ広い大陸を横断している。富裕層がいる後方の特等車両はゆとりあるスペースで今頃ティータイムとでも洒落込んでいるのだろう。しかし彼がいる前方の三等車両は一般人しかおらず、ある人は地べたに座って賭け事に興じ、ある人は吊るされたハンモックの中で眠り、またある人は座席スペースに腰を下ろし端末をいじっていた。


 窓を背にした座席に座っていたアーカーシャ……通称アークは、一通りあたりを見回して再び腕を組み睡眠体制に入る。しかしハッと我に返ると慌てた様子で立ち上がった。


「あ! え!? 今何時!?」


アークは口元の涎もそのままに子供のように椅子に膝を立てて窓の外を眺める。流れる景色から視線を外すことなく、彼は隣に座る壮年男性の顔や肩をペチペチと叩いた。


「ちょっと、おい、おい! おっちゃん! こ、ここどこ!?」


心地良い眠りを見知らぬ青年に妨害された壮年男性は面倒臭そうに眼を開ける。すると首だけ動かして外の景色を確認すると再び俯いた。


「……ミリガン地区」


男性はそう言って再び睡眠に戻ろうとし、アークはそれに釣られてホッとした表情を浮かべた。


「あーもう、何だ。ミリガン地区ね……」


アークは大きく背伸びをしてから、椅子から膝を下ろして座り直す。そして腕を組んで眠ろうとしたところで、すぐさま立ち上がって再び窓の方に振り返ると、男性の肩を揺さぶった。


「ミ、ミリガン地区!? そそそれってどこ!?」


再び睡眠体制に入っていた男性はウンザリと、そして眠らせてもらえない悲しみを含んだ表情を浮かべてきた。


「……もう何? 兄さんどこ行きたいの?」


「俺? 俺はえーと……あ! ミリガン地区だった!!」


アークは仲間に指定された駅名を思い出す。どうやら身体は起きていたが脳はまだ眠っていたらしい。

 立ち上がって慌てるアークを尻目に壮年男性はアクビしながら微笑んできた。


「ふぁ~。大丈夫だよ。ミリガン地区に入っただけで駅にはまだ着いちゃいない」


「え? 本当に!?」


「あぁ。俺は十五年近くこの列車に乗ってんだ。景色を見りゃ一発よ。駅まであと七~八分てとこだな」


男性の言葉にアークは今度こそホッとして再び席の腰を下ろした。

 目が覚めてしまったのか、男性は胸ポケットから煙草を取り出して吸い始めた。アークは慌てていたので気付かなかったが、男性は流石フマーオス星人なだけあって中々のナイスミドルである。


「兄さん、フマーオスの人間じゃねぇな?」


 煙草をふかす男性がそう告げるとアークは自らの顔を擦りながら頷いた。


「そだよ。よく分かったね? 一応、ツラはフマーオス系なんだけど」


「カッカッカ! おいおい兄さん。面の良さってのはフマーオス人の唯一の特権だぞ? だから俺達はちょっとでも顔の造形に偏りがあったら分かっちまうんだよ。それに、俺はこう見えてフマーオス星の色んな所行ってるからな。兄さんは別に崩れてるとは言わねぇけど、フマーオス人にゃ劣る。何より少ーしフマーオス(ウチ)の人間と毛色が違うよ」


男性はそう言って煙を吐き出すと、眠るのを諦めたのか暇潰しに言葉を続けた。


「帝国か共和国か知らんが、一体何しにこんな辺ぴな星に来たんだい?」


男性は顎で後方の窓を指す。そこにはのどかな自然が広がり、小さな丘の先には美しい海が見え隠れしていた。


 海陽系第三惑星であるフマーオス星は全惑星の中で最も発展が遅れた星である。列車から見えるのどかな光景は決して一部ではない。星のほぼ全域にこのような光景が広がっているのだ。聞けば帝国並みの技術があるのは星王ランジョウ=サブロ・ガウネリンが暮らす首都だけらしい。


 フマーオス星の発展が遅れているのは、言わずもがなその星の人間性にある。フマーオス星人は神秘的な蒼い瞳と整った外見をしているが、他惑星の人と比べてB.I.S値が低いという特性があった。それは即ち、他惑星と比較して知能や身体能力が劣っていることの証明であり、それを証明するかのように技術や文化の発展という面で大きく後れを取っていたのだ。


「宇宙じゃ星間連合帝国が幅利かせてんだろ? ニュースで見た話じゃ、軌跡なんちゃら法のおかげでみんないい暮らしをしてるそうじゃねぇか」


男性は遠い世界の話のようにそう告げる。アークは少しクセ毛のボサボサ頭を掻きながら答えた。


「そーね。食い扶持にゃ困んないし」


「ほぉー羨ましいモンだな」


「いやでもフマーオス人の方がカワイコちゃんが多いよ? あの子も……おほっ! あの子もいいじゃん」


鼻の下を伸ばしながらアークは別座席に座る女性客達に視線を投げる。しかし男性は煙草を根本まで吸いながら首を振った。


「美人なんてのは三日で飽きるもんさ。何より金がなくちゃ最低限の幸せは得られねぇ。こちとら今月の家賃をどうするか。生まれてくるガキの養育費をどうするかでてんやわんやだぜ」


「でもフマーオス(こっち)は色々自由が利くんでしょ? おっちゃんだってそのおかげでその奥さんと結婚できたわけだし」


「自由ってのは気楽な分、縛りが多すぎて逆に不自由なんだよ。俺みたいに学のない奴は、ある程度の管理してもらった方が楽なのかも知れねぇな」


「ふーん。んじゃ帝国に亡命すんの考えてみなよ? この国の王様はその辺緩いんでしょ? 帝国だって亡命者全員受け入れてんだし」


アークが尋ねると男性は再び首を振ると窓から吸い殻を投げ捨てた。


「今さら生まれ育ったこの星を出る気にゃならねぇよ。家族もいるしな。全員分の亡命費用なんざ幾らになると思う? 何より帝国にも何年か前にヤバいガキ共がいたじゃねぇか。ハートレス・チルドレンだったか? ウチのガキをあんなのにはしたくねぇな」


ケラケラ笑う男性の言葉にアークは納得したように笑いながら頷いた。


「ははは。違いねーや。でもまぁ故郷に愛着があんのはいい事じゃねぇの? 俺なんてセルヤマ生まれだけど、あんな星に帰りてぇと思ったことねぇよ」


「そうか。ま、この星間を行き来する時代だと生まれた星なんぞ関係ねえのかもな」


「おっちゃん。さっきと言ってる事があべこべじゃねーか」


アークがそう言って笑うと男性も「本当だな」と笑う。二人が小さく笑い合っていると列車の動きが徐々に緩まっていった。それは明らかに停車を意味する減速だった。


 車内に「間もなく、ミリガン地区」というアナウンスが流れるとアークは再び外を確かめた。先程まで小さな丘の先にあった海が目の前に広がっている。降りるように指示された場所であると確認して彼はスッと立ち上がった。


「んじゃ俺行くわ。ありがとね、おっちゃん。あ、あと元気な子が生まれるといいね」


「ありがとよ。旅行楽しんでな」


その言葉に応えるようにアークは手袋で覆われた左手を上げて列車を降りた。


――

――――

――――――

――――――――


 辿り着いた駅でアークはすぐさまインフォメーションセンターに向かった。受付の美女から目的地である遊覧船ガイドの店を聞くと彼は駅の外に出た。

 ミリガン地区の夏は蒸し暑く、時折吹く風も湿度を帯びていて心地よさは皆無と言ってよかった。


「……暑ィ……つーかエアタクシーも無いんかい」


駅前のロータリーにはエアカーどころか人の姿も見当たらない。

 焼き付けるような海陽の日差しに目を覆いながら、アークは少しウェーブしたクセ毛をかき上げて一つに縛り上げた。そしてつなぎの前を外して上半身をさらけ出し、袖を腹部に縛り付ける。彼の上半身は半袖だったが、左腕はアームカバーに覆われ、それは指先まで包み込んでいた。この真夏に相応しくない左腕を晒しながら、アークは仕方なく目的地である遊覧船の店まで歩き始めた。


 舗装されていない道の先には陽炎が浮かび、アークは汗で湿った右腕に風を当てるため、腕を伸ばしたままブンブンと肩を回す。その先に見える果てしない道のりはどうしてもネガティブなボヤキを口にさせた。


「あークソ……こんな面倒な仕事になるとはなー」


 こんな仕事を持ってきた自らのボスの顔が思い浮かぶ。焼けた肌に銀髪のクリオス星人である男がほくそ笑む姿は、どこか憎たらしさがあった。いや、単純にこの現状のせいで憎さが増しているのかもしれない。幼少期から面倒を見て貰っている恩はあれど、このような目に遭わされる謂れもない。


 アークが頭の中で感情を一転二転させながらダラダラと歩く内に古ぼけた看板が目に入った。


≪遊覧船 案内し す≫


 所々が消えたボロボロのホログラム看板にアークは呆れたような顔を浮かべると、汗を拭いながら店の中に入った。


「すんませーん」


アークは店内に呼びかけると、まだ年端もいかない少年が姿を現した。


「はーい。……お? アーカーシャ・デュナンさんですね?」


「ご明察。でもなーんで分かったの?」


「今日の仕事はデュナンさんだけですから。早速行きます?」


少年はその年齢に似つかわしくないテキパキとした無駄のない動作でタブレットを差し出してくる。アークはタブレットに到着のサインをさっさと済ませると、店内に掛けられた時計の時刻を確認した。


「ホントは一休みしたいんだけど、あんま時間無いっぽいな」


「そうですね。目的の海域まで少し時間がかかりますし。あ、船なんですけど、小さいしちょっと古いんですけど我慢してくださいね」


「あーお構いなく」


少年に誘導されてアークは船乗り場まで歩を進める。


 アークと少年の“小さい”と“ちょっと古い”という認識には大きなズレがあったらしく、船乗り場に浮かんでいたのは小さなエンジンが付いた一人乗りの船だった。

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