第23話『Foresight』
【星間連合帝国 衛星ジオルフ 帝国軍駐屯地 作戦会議室】
<PM17:55>
物事は動き出すと簡単には止まらないものである。それはガルガロン・ウィローにとって士官学生時代に起きたクリオス星のクーデターで学んだことである。
本来であれば士官学生が戦場に繰り出されることは殆どない。しかし軍事惑星であるクリオス星の反乱となれば話は別だった。クリオス星に軍事力を依存していた当時の帝国軍総本部は戦力増強のために士官学生までも戦地に送りこんだのだ。
そんな従来の士官学生では得難い体験をしていることもあり、彼は少なからずこれまでの新任よりも出来る人間であると自負していた。しかし、どの場所でも新任は下っ端として扱われるのは世界の常識である。
「こちら、準備完了しました!」
「ああ、ありがとよ」
まだ名前も知らない戦皇団員にガルガロンは頼まれていたボトルを差し出す。基地内の作戦会議室内には帝国軍のトップエリートともいえる戦皇団員で溢れかえっていた。
神栄教とフマーオス星の繋がり、そして新型BE受領疑惑がほぼクロとなり、ガルガロンが所属する戦皇団に調査任務が来たのが一時間ほど前のことである。本来このような任務は帝国軍諜報部の担当なのだが、政治的側面から戦皇団に話が来たのだ。
「新人! このCSの手配はどうなっている!」
そんな数十人の戦皇団員で溢れる会議室内に上官であるクリード・ホランド大尉の怒鳴り声が響き渡る。人ごみをかき分けてきたクリードはガルガロンが作成したCS手配数が記載された二次元ディスプレイを掲げながら詰め寄ってきた。
「はっ! 戦地への距離と隠密任務という性質を踏まえ」
提出した資料の出来に自信を持っていたガルガロンは得意気に語りだそうとするが、クリードはそれを遮るかのように二次元ディスプレイで彼の頭を小突いてきた。
「俺が聞いてんのはCSのこの手配数だ! 団長から言われた人数分手配してねぇだろうが!」
「そ、それはBEの数と船への荷重を考慮して……」
「だれがそんなこと考慮しろっつった! もしも移動中に宇宙海賊が攻めてきて全員宇宙空間に放り出された時はどうすんだ! 戦闘員はBEの起動時間が切れたら放置すんのか! 荷重だって厳しくなりゃ外に置いてきゃいいんだよ! 何のために軍に回収班がいると思ってんだ!」
スコルヴィー星人特有の赤い肌をさらに真っ赤にしたクリードはそう叫んで二次元ディスプレイを消し去る。彼は苛立ったまま再び拳を振り上げる様を見てガルガロンは思わず歯を食いしばる。しかし戦皇団幹部である猫耳の女性が振り上げられたクリードの腕をつかんだ。
「やめロ。俺の分はBEで構わン。少尉も今後は気をつけロ」
そう言ってクリードを諫める背の低いカリーナ・バーンズ中佐は机の上に登りながら彼の腕を掴んでいた。
この会議室内で最も高い階級であるカリーナの存在に気付いたガルガロンは思わず頭を下げた。
「バーンズ中佐……も、申し訳ございません!」
「……俺を名字で呼称するナ」
彼女はボソリとそう告げてガルガロンを睨みつける。その三白眼にガルガロンは息を飲みながら何も言えずにいると、彼女は頭頂部の耳をピクリとも動かさずに机からヒョイと飛び降り、クリードの方に向き直った。
「それよりも問題は船ダ。手配は済んでいるのカ?」
「ああ。てっぺん過ぎに第十六船団第八宙艇ラゴール号が到着する。そいつにもう一辺とんぼ返りさせる予定だ。準備も考えりゃ到着から三十分後には出発できんだろ」
クリードはまだまだ苛立ったままそう告げると、再びガルガロンの方に向き直った。
「新人! 俺はドッグの確保と燃料補給の算段を立てておくから、オメェは団長のことろに行って今の話を報告してこい!」
「了解しました!」
修正を逃れたガルガロンはカリーナとクリードに最敬礼すると回れ右をして走り出した。
士官学校時代から誰もが憧れていた戦皇団……学生時代は次席の好成績を残した彼も、この場では体の良い使いっ走りだった。
「(……僕は……こんな事をするために戦皇団に入ったわけでは……)」
初日で早くも理想と現実の違いを突き付けられた彼の心の中には不満があった。しかし、彼はこの程度で腐るつもりはない。彼には彼なりの決意があったからだ。
「(……待っていてくれ……リオ……いつか必ず……君をここに……)」
決意のもとに走り続けるガルガロンは、その恵まれた体格に相応しいスピードで駆け抜けて、あっという間に上層部専用の作戦会議室へと辿り着く。そして室内にいるであろうジャネットに向けてブザーを鳴らした。
『どうぞ。空いてるッス』
すでに様々な話をしたジャネット・アクチアブリの声を開いたガルガロンは勢いよく扉を開ける。
「失礼しま……」
そう言いかけて彼は反射的に立膝をついた。そこに居たのはジャネット・アクチアブリ、ビスマルク・ナヤブリ、カンム・ユリウス・シーベル……生き残っている八賢者だけでなく、奥に星間連合帝国第一皇女アーリア=セイナ・ガウネリンが座っていたからだ。
「皇女殿下がいらっしゃるとは知らず……ご無礼をお許しください」
ガルガロンがそう告げると一瞬僅かな間が開く。しかし、すぐさま若く美しい女性の声がその静寂をかき消した。
『かまいません。入室の許可権はアクチアブリ団長にありますから。さ、どうぞお顔をお上げにください』
「ははっ!」
ガルガロンはゆっくりと顔を上げる。ホログラムとは思えないほどに漂う皇女の美しさに彼は少し頬を染めそうになる。同世代でありながら既に上に立つ者の気品を兼ね備えた彼女は若き世代の指導者であると彼は感じていた。
「で、なんかあったッスか?」
皇女とは対照的に親しみのある口調でジャネットがそう告げると、ガルガロンは背筋を正して迅速に立ち上がった。
「ハッ! ホランド大尉、バーンズ中佐からの報告です! ジュラヴァナ星への調査チーム編成が完了いたしました! 二四〇〇に到着予定の第十六船団第八宙艇ラゴール号に乗船し、二四三〇に出発予定です!」
「了解ッス。作戦指揮はカリーナさん、補佐はホランド君が二人でそのまま続けるように言っといてくださいッス。あ、それとウィロー君も一緒に行ってくると良いッス。これも勉強っスからね」
大人の女性の美しさを醸し出しながら子供のような無邪気さがある微笑みにガルガロンはまたしても胸を高鳴らせる。先ほどホランドの叱責を止めてくれたカリーナも無表情ながら愛らしい顔立ちをしており、彼は自身の境遇に不満を抱きながらも、周囲の女性環境には恵まれていると感じていた。
人知れずそんなことを考えていたガルガロンのことなど知る由もないジャネットはケロッとしたまま会議を続けるように告げた。
「んでビっさん。例の件は無事進んだんスか?」
ジャネットがそう問いかけると、彼女の前に鎮座していた帝国軍トップのビスマルク元帥は、何も答えることなく皇女の方に視線を投げる。すると皇女は先程と同じ微笑みを浮かべながら口を開いた。
「まだ公にはなっておりませんが……この度、陛下より独立執行権を賜りました」
「!」
たまたま居合わせたガルガロンは急な話に思わず飛び出しそうになった驚きの声を何とか留めるのに精一杯だった。彼は目を見開きながら周囲の面々の表情を伺う。しかし、さすがは八賢者と言うべきか彼らは誰一人驚きを見せてはいなかった。
「(どどどど独立執行権だと……!?)」
彼がここまで驚きを隠せないのには当然だが理由があった。
星間連合帝国の政界ピラミッドは四層に分かれていると言われている。最下部である四層には帝国議会の議員たち、その上に各惑星の知事、そしてその上に帝国宰相、最後の頂点には言わずもがな帝国皇帝という存在がある。独立執行権というのはこの枠はおろか帝国法からも外れ、その場の判断で独自に行動できる権限を持つのだ。
「(独立執行権があれば行動の全てが自由になる……仮にその行動に問題があれば皇帝陛下のみ断罪する権限があるというが……)」
ガルガロンはそう思いながらも不自然さを感じずにいられなかった。この独立執行権を与えられた人間は長い帝国の歴史の中でも数えるほどしか存在しない。そして現在、この独立執行権に帝国民はあまり良い印象を抱いてはいなかったのだ。何故なら、かつて帝国を乗っ取ろうとして悪逆宰相ハーレイ=ケンノルガ・ルネモルンが有していた権利であり、尚且つ現在その権限を持つのが、行方不明のシャイン=エレナ・ホーゲン、そして帝国から独立宣言しているフマーオス星のランジョウ=サブロ・ガウネリン、今まさに不穏な動きを見せている神栄教のコウサ=タレーケンシ・ルネモルンだったからである。
「(ランジョウ様が独立執行権がある故に帝国軍はおいそれと動くことが出来ない……そしてそれは今回の件が世間に知られれば神栄教に関しても同義になるかもしれない……そんな時になぜ新たに独立執行権を……)」
不満にも近い疑問を感じるガルガロンを他所にアーリア皇女は話を続けた。
「独立執行権により私設の軍を得ることが可能です。そこで私は元八賢者であるカンム・ユリウス・シーベル様が率いるシャドー・ウルフズにお願いしたいと思っているのですが……」
アーリア皇女にそう告げられたカンムは俯き気味に小さく口を開いた。
「……承った」
その返答にアーリア皇女は小さく微笑むとさらに話を続けた。
「では、これよりシャドー・ウルフズは私の騎士団とさせていただきます。最初の命令として現在ジュラヴァナ星域にいらっしゃる三名の方へ帰還を命じたいのですが?」
皇女の言葉にカンムはチラリとジャネットに視線を投げる。すると彼女は肩を竦めながらガルガロンの方に視線を投げてきた。
「ウィロー君。カンムさんもそのジュラヴァナ行きの船に乗せていってくださいッス。ここにいないミヤビさんはどうせその準備中でしょ?」
ジャネットが視線をガルガロンからカンムの方に切り替える。するとカンムは先程と変わらず腕を組んだまま俯き気味に溜息をついた。
「カリーナと同じ船に乗船か……せいぜい殺されんよう気を付けておこう」
カンムは諦めたようにそう告げるとビスマルクの方にチラリと視線を向ける。するとこれまで静寂を保っていたビスマルクがスッと立ち上がった。
「……話は……以上だな……では……その手筈で……皇女殿下……お見事な……ご手配でした……」
その言葉を皮切りに会議が終了の空気に包まれる。しかし話された内容はただの会議とは思えないほど重厚なものであったとガルガロンは感じずにいられなかった。




