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EgoiStars:RⅡ‐3379‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3379年 <帝国標準日時 8月16日>
26/48

第20話『The end of escape PART1』

【神栄教民主共和国 衛星ザルディアン 居住区隠れ家】


≪AM12:20≫


 安眠と自慰の邪魔こそが人類最大の暴挙である。無知なアークでもそれくらいの事は理解が出来ていた。だからこそ自らの惰眠を妨害する女性に対して、彼は苛立ちを抱かずにはいられなかった。


「あ、香辛料の蓋はちゃんと締めてよね」


アークの心の内に眠る憤慨を知る由もないリオは、キッチンに立ちながらズケズケと指示を出す。本来であれば「知るか」「じゃあ一人でどうぞ」と言ってソファに横になるのだが、リオの股から生える艶めかしい太腿を見るとアークの心に怒りではない感情を齎すので、言われるがまま彼は指示に従っていた。


「……腹が立つと腹が減る……お腹と背中がくっつきそうだ」


料理助手としてリオの横に立つアークは彼女が混ぜる鍋の中を覗き見ながらそう告げる。食欲をそそる香辛料の香りが部屋の中を包み込み、自然とアークの口の中には唾液が蔓延していった。

 アークは生唾をゴクリと飲むと、餌付けを待つペットのようにリオの方に視線を投げた。


「もう出来てんでしょ? 先に食って待ってようよ」


「ダメ。四人でランチミーティングするって決めたでしょ?」


「決めたのはお姉ちゃんであって、エル吉とメー子は同意してんのかね?」


アークは少し呆れ気味に首を傾げる。そして空腹と同時に襲い掛かってくる眠気に堪えるように欠伸をした。


「ふぁ~あ……お姉ちゃんさぁ。ここ来るまでの船の中でも全然寝てないでしょ? 眠くねーの?」


だらしなく目をシパシパとさせるアークに対して、リオはお玉を手にしたまま、まるで一等賞を取った子供のように成長過程であろう胸を張った。


「ギガ余裕! 士官学校時代にレンジャー教習受けて一週間寝なかったこともあったからね!」


「ふーん。つーか何で士官学校なんか入ったの? 軍関連って帝国じゃ唯一B.I.S値関係なしに入れる所でしょ? そんなに数値低かったの?」


寝ぼけ眼で誂うアークに対してリオは「失礼な!」と言わんばかりに口を膨らませた。


「お生憎様。こう見えて私はB.I.S値メガ高いんだからね? 推奨職業では医師とか教師とかだったんだから」


「んじゃ尚更じゃん。何でそっち行かなかったの?」


アークはダイニングチェアに跨ると、前屈みになって背もたれに体を預ける。彼は決してリオの過去に興味を持った訳では無かった。しかし眠気覚ましとニーハイが食い込むリオの太腿をゆっくり見る為に一人語りの時間を与えようと思ったのだ。


「(のうのうと生きてきた人間ほど自分の身の上話をしたくなる。ってメー子も言ってたしなぁ)」


背もたれに肘を付きながらアークは本日何度目かの欠伸をするが、彼の企みはあっさりと打ち破られた。リオは自らの身の上を意気揚々と話すほど自己顕示欲に溢れたタイプではなかったのだ。

 彼女は少し物憂げな笑みを浮かべると、鍋に目を落としながら告げた。


「まぁ色々あんの……っていうかそのお姉ちゃんって呼び方やめてよね。私にはリオ・フェスタって名前があるんだから」


鈍感なアークでも、リオが話を逸らそうとしているのは理解出来た。

 隠されると知りたくなるのは人間の性と言うべきか、アークは初めてのリオに対して太腿以外の関心を抱き尋ねていた。


「じゃあ一個だけ教えてよ。ジオルフの売店で俺のこと張ってたみたいだけどさ。何でもっと早く話しかけてこなかったの?」


アークの問いにリオの鍋をかき混ぜる動きがピタリと止まる。


「ふーん。私の尾行に気付いてたんだ?」


リオは再びアークの方に振り返ると、少し見直したような微笑みを浮かべている。そんな彼女にアークは返答するように僅かに首を傾げ、更に推測を告げてみた。


「つーか俺に会ったのは偶々でしょ? ジャネットの姉御を追っかけてたら、俺を見つけたってとこ?」


「へぇ。そこまで分かってるならメガ話は早いじゃん。……いいよ。一個教えてあげる。ザルディアン(ここ)に来るまでの戦艦の中で会った同期たちの事、覚えてる?」


リオの言葉にアークは睡眠状態に入る五秒前のように目を細めながら頷く。身体は睡眠を求めながらも覚醒状態のままリオの話を聞こうとしてしまうのは、どうも彼は深層心理の中で彼女の過去に興味を抱いているからかもしれなかった。

 眠りそうで眠らないアークを尻目に、リオは再び鍋に目を落としたまま話し始めた。


「こう見えて私ってば士官学校の首席だったんだよね。戦略、戦術だけじゃなくて、宇宙航海学だとかの座学や、遭難時の対応や人命救助だって他の同期生には負けなかった。おかげで同期生たちはみんな私をリーダーに祭り上げてくれたんだ。私はそれに応えようと思ってみんなを常に引っ張ってた。そんな学生生活が一変する事件が起きたの。分かる?」


「そういうクイズいらないから」


急に振られた話に対してアークは興味なさげに顔の前で手を振ってあしらう。そして自身の身の上話にこのような問答は不要であることをリオも悟っていたのか、彼女は嫌な顔を見せずに自嘲気味に笑いながら頷いた。


「そうだね。ま、つまり起きた訳ですよ。ミドガルド・アプリーゼ率いる軍事惑星クリオス星の内乱がね……その時のこと知ってる?」


「……ん、まぁそれなりに……」


適当な相槌を彼女はアークが睡魔と戦っているからだと察しただろう。しかしアークは眠気が吹き飛ぶほどに動揺をしていた。


 クリオス星の内覧……そのクリオス星宙域周辺は羊海と呼ばれ、最後の戦いは羊海炎上戦と呼ばれている。

何を隠そう、アークはその戦場にいたのだ。そんな事実をひた隠しながら、アークは椅子に座り直して動揺を誤魔化していた。別に秘密にすることでもないが、あの内戦の話を一人でするには、彼もまた心の整理が出来ていなかったのだ。

 動揺を隠そうとするアークに見向きもせず、リオは鍋の中を混ぜながら話を続けた。


「あの内乱で私達士官学校生も戦場へ駆り出されることになった。当然だよね。クリオス星は帝国軍の総本山な訳で、そんな星が内乱を起こせば、藁にも縋る思いで兵力を増強しなきゃならないんだから」


「で、そこでポカやっちまったって訳?」


アークは結論を急ぐようにそう告げるが、彼女は自らの名誉を守るためか少し反論するように唇を尖らせた。


「最初は凄かったんだからね。任された戦地では戦火を上げ続けて、私たちのジオルフ士官学校部隊は黄金世代の台頭って言われたんだから」


「はいはい。で? 最初は調子良かったのにポカしちゃった子は、何でジャネットの姉御から隠れることになんの?」


この話題の回答に繋がる最後の質問にリオは少し神妙な面持ちに切り替わる。

 リオは鍋に掛かっていた火を止めると、完成したスープを見下ろしながら口を開いた。


「あの内乱の終盤、私は軍で一番許されない事をした。……上官からの命令を無視して、それをみんなにも隠して独自に動いたの」


「ほぉーあの姉御の命令を無視したってわけ?」


アークにとってカンムとジャネットは常に人の数手先を読む天才だった。そんなジャネットの命令を無視するとは度胸があるか大馬鹿かどちらかである。しかし、そんなアークの推測にリオは頭を振った。


「その時、私達に下された命令は前線部隊を囮にして、私達を含む本隊が敵の第三司令部を叩くって作戦だったの。

でも前方の敵部隊は司令部ごと前線に向かい、私たちに空っぽの宙域を攻撃させようとしている情報が入ってきた。

私はその情報を私達が掴んでいることをクリオス星に悟られないために、命令を無視して私達だけで前線に向かったの。

結果、私達は奇襲作戦で司令部の攻撃に成功した。でもそれによって敗走した敵残存部隊は、ジャネ……アクチアブリ将軍が応戦している統合司令部に向かっていった。急激な戦力の増加にアクチアブリ将軍は右腕だったミランダ・コックス大佐を亡くされた……」


リオは一気に話し終えると、小さく息をついてから再びアークの方に振り返る。そして無理矢理笑顔を作った。


「内戦には勝利したけど私は命令違反を問われて、同期生達にも調査が入った。事実として私の独断による命令違反が証明されたけど、私達の部隊は白い目を向けられたのは当然だった。……分かったでしょ? 昨日の夜、みんなが私の事を疫病神って呼んでた理由が」


そこまで言い終えたリオを見て、アークは疑問に感じた。厄介な過去にも関わらず、リオが最後に見せてきたのが笑顔だったからだ。


「そんな話よく笑ってできんな」


嫌悪感ではなく単純に不思議に感じたアークはそう告げると、リオはまたしても成長過程の胸を堂々と張って告げた。


「あったりまえじゃん! 私はルール違反をした。悪い事をしたと思ってる。でも、あの時私が動いたことで助かった人も沢山いんの! つまり私は悪いことはしたけど、間違ったことはしてない! 何より大事なのは今までの私じゃなくてこれからの私だからね!」


前向きなその姿をアークは少し眩しく……いや、羨ましく感じていた。そして彼女が命令違反に問われる前は、きっと仲間から慕われていただろうと推測することが出来たのだ。

 初めて抱く羨望に近い感情を悟られぬよう、アークは再び襲ってきた睡魔に抗うフリをして欠伸をした。


「ふぁ……ま、お姉ちゃんはその感じで頑張るといいんじゃない? 早いところ軍のお偉いさんになって、俺等に仕事回してよ。楽で金がイイ奴ね」


そう言ってアークは微笑むと、リオもニッコリと微笑む。そんな瞬間に二人を間に美声が響いた。


「実に良い提案だな」


 割り込んできた声にアークとリオは振り返る。出入り口の扉に立っていたのは、見まごうことない美しさを維持したエルディンだった。

 彼は「ただいま。と言うべきかな?」と告げて部屋の中に入ってくると、テーブルの上に惣菜の入った袋を置いて再び口を開いた。


「良い香りがするね。早々にランチミーティングとやらを始めようじゃないか」


「お! エルディン君! やる気になってくれた訳だね!?」


リオは目を輝かせると、エルディンは悪魔のように冷たく薄い微笑みを浮かべた。


「途中からだが話は聞かせて貰ったよ。少尉さん。君は軍内で信頼を回復するためにも、ここで大きな戦果を上げる必要があるようだね。そんな君に朗報だ。今、情報収集に当たっていたんだが、どうやら神栄教はクロだな。新型のBEが持ち込まれ、すでに起動実験に入っているらしい」


「新型ぁ?」


アークは面倒くさそうな表情を浮かべるが、エルディンはリオに向けたものとは違う笑みでアークの方に振り返った。


「ああ。これでもうザルディアン(ここ)にいる必要はない。さっさと撤退しようじゃないか。少尉さんは僕が持ってきた情報を軍に持ち帰ると良い。大成果だよ?」


エルディンはそう言ってチップ式データをリオに差し出す。しかしリオは怪訝な表情でエルディンを睨みつけた。


「この情報源はどこから?」


「信用できる筋とだけ言っておこう」


男でも見惚れるような笑顔でエルディンはリオに微笑みかける。しかし彼女はそのチップを睨みつけてから先程のエルディンのような冷たい薄い笑みを浮かべた。


「今夜の作戦に変更はないから。この情報が本物かどうか確かめないとね」


「……僕の情報が信じられないと?」


同じく冷たい笑顔と視線で応えるエルディンに対し、リオは左右違ういろの瞳を真っ直ぐに向けながら告げた。


「この情報は信じられるかもしれない。でもエルディン君が今夜の作戦を切り上げようとしているのは別に理由がある。そうじゃない?」


リオの推測にエルディンの表情は冷たさから不愉快さに切り替わっていく。プライドの高い彼は心情を読み取られる事を嫌うからだろう。

 一触即発の空気が流れる中、そんな空気を切り替えるような明るい声が響き渡った。


「ただいマ。オ、ええ匂いしとるねェ!」


エルディンとは別の扉から入ってきたメアリーはそう告げると、ズカズカとキッチンの方に向かっていく。

そして呆気にとられるアーク達を尻目に、勝手に鍋の蓋を持ち上げて摘み食いを始めた。


「おォ! 美味イ! はようお昼ご飯にしようヤ。アッちょんと少尉ちゃんバ、夜の作戦に向けて寝とかんといけんしネ」


メアリーはそう言って指に付いたスープをペチャペチャと音を鳴らして舐め取ると、エルディンは険しい笑みを彼女に向けた。


「メアリー。その作戦だが……」


「話は聞いちょったけン。……エッちょン。こん鍋の中身分かル?」


唐突なメアリーの問いにエルディンは顔を顰めながら答えた。


「タリースープだろう? 香辛料が入り栄養価も高く、キャンプなどでも定番の料理だ」


「そうじャ。ばってン、実際に答え合わせする時バ、中身を見るもんじャ」


「……何が言いたい?」


エルディンの表情が陰る。それは絶対的に信頼する味方に裏切られたような、怒りと悲しみが織り混ざったものだった。そんなエルディンにメアリーは「違うんじャ」と言わんばかりの優しい笑みを見せた。


「逃げるんは終わりじャ。何よりあの時約束じゃロ? 私等三人ば隠し事とマジ喧嘩はご法度じャ。何より絶対に信用し合うんが私等んやり方じゃろがイ。マ、それ以上に私ばアッちょんなら何とかしてくれる思っちょるけン」


メアリーはそう言ってアークの方に顔を向ける。状況を飲み込めないアークは頭上に疑問符を浮かべながらエルディンとメアリーの顔を交互に眺めた。


「何? どういう話してんの?」


「今夜の作戦ばアッちょんにとって修羅場になるかもしれんっちゅうことじャ」


「修羅場? エル吉じゃあるまいし。俺は女絡みはクリーンな男だよ?」


アークは敢えて軽口を叩いてケラケラ笑う。しかし神妙ながらも決意したようなメアリーと、「メアリー! よせ!」と声を上げるエルディンを見て、彼は只ならぬ事が起きていると察した。

そしてその予想はメアリーの口から残酷なまでに明確に告げられた。


「こん星におるんはクジャ・ホワイトかもしれン」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 リオは思わず耳を疑った。

クジャ・ホワイトといえば、彼女等が生まれる以前より、帝国の機密を知る重要参考人として、星間指名手配されている人物である。

 生死が定かではなく、都市伝説にもなりつつあるその人物は、先の内戦を含む様々な帝国の歴史の境目に姿を現していた。そしてその人物の名前が出た瞬間――飄々としていたアークの表情が一瞬で変わったのだ。


「……クジャ……アイツが……」


泣き喚くでもなく、パニックになる訳でもなく、アークは静かに目を伏せる。そして徐々に震えだす彼を見て、エルディンが慌てて駆け寄った。


「アーク。あくまでも可能性としてだ。第一奴はあの時死んでいる。そうでなければ……」


見え見えの作り笑いをするエルディンを尻目にアークは立ち上がる。そして何か決意したようにメアリーに対して小さく微笑んだ。


「メー子。クジャな可能性はどんくらいあんだ?」


「ほぼゼロじャ。ばってン、ゼロとは言い切れん不安があル。あん男はそういう時に出てくるんじゃロ?」


「ん。そーかも」


アークは納得すると次にエルディンに微笑んだ。


「エル吉あんがとな。でも安心してくれ。もう無茶はしねーから」


アークはそう告げると無念そうに……そして心配気なエルディンの肩をポンと叩く。そして最後にリオの方に歩み寄ってきた。


「会議は終わりだな。飯食ってさっさと寝よーぜ」


そう告げるアークの表情は先程の寝ぼけた感じとはまるで違う。その表情はかつての内戦で、死地に向かう先輩兵士を思い出させた。

そんな姿を見て、リオは無性に彼を抱きしめたくなる衝動に駆られていた。

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