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EgoiStars:RⅡ‐3379‐  作者: EgoiStars
海陽連邦暦 85年
2/48

序章『その諸行無常に用がある』

毎週土曜日AM10:00に最新話を公開中!


本作品は『EgoiStars:RⅠ』(https://ncode.syosetu.com/n9505fy/)の22年後の物語です。


本作のみでもお楽しみいただけますが、

事前、もしくは読後に『EgoiStars:RⅠ』をご一読いただけると、よりお楽しみいただけます。

【海陽連邦暦 85年 海陽連邦自治惑星ラヴァナロス パネロ大学】



 早朝の校内には人影は見えない。まぁそれも当然だ。

 早朝と言っても今は夜明けの時間であり、それは深夜と変わらないのだから。

 季節は冬の始まりとあって少し寒く、私は校内のテラスにあるベンチに腰を下ろしながら、温かい白湯の入ったカップでかじかむ両手を温めていた。この学生生活をかけて打ち出した仮説を纏めた論文が完成し、今まさに教授に見てもらっているのだ。


「……お、夜明け」


 私がそう呟くと同時に遠い地平線から海陽がゆっくりと姿を見せる。姿を見せた海陽から伸びる光は矢のように広がり、宙に浮かぶホバー式の建造物や、わずかに空路を走るエアカーの影を生み出していった。それは小高い丘の上にあるこのパネロ大学でしか見れない壮大な光景に違いない。

 美しい情景に言葉を失っていると胸に仕舞っていた端末が震えた。その振動に私は思わずカップを傾け白湯をこぼしてしまい少し慌ててしまった。


「あつつ」


 手に落ちた数滴の白湯を拭いながら、端末を取り出して二次元ディスプレイを浮かび上がらせる。そこに記されたメールを見て私は思わず小さな笑みを浮かべた。


――<論文見ました。見事です。研究室に来てください。 近代歴史学部 教授トーマ・タケダ>


 私は思わず「よしっ」と呟いて立ち上がる。そして自動で動き回るAI式の屑籠にカップを放ると、教授室に向かって歩き始めた。


 私の名前はミカン=フランソワ・ナカハシ。このパネロ大学に通うごく普通の女子大生だ。

 しかしフマーオス星人である私がパネロ大学に通っているというのは、この海陽系で少し意味合いが変わってくる。

 フマーオス星人は遺伝子から得られる情報を基にした知能・精神・体力を数値化するB.I.S値において全惑星で最も低い種族だったからだ。


 科学的に立証された劣等人種である私が、海陽系12惑星で最高偏差値のパネロ大学に入学したのは実に十八年ぶりの出来事だったという。ただ私が注目される理由はそこにある訳ではない。私が世間から好奇の目で見られるのは最難関の宇宙学部に合格しながら、パネロ大学で比較的入りやすい(とはいっても超難関だが)近代歴史学部に転部したからである。

 おかげで私は根っからの変わり者、そして生粋の歴女と呼ばれていた。


「(歴女って……女が歴史好きなのがそんなにおかしいかな?)」


 私は歴女と言う言葉が大嫌いだった。それは得てして「女性なのに歴史好きな珍しい存在」と言われているような気がするからだ。もしそうでないなら何故「歴男」という言葉が無いのだろうか?


 海陽の僅かな光では寒々しさが消えない廊下を歩きぬけ、私はパネロ大学の最果てにある古い建造物に足を踏み入れる。そして廊下に並ぶ多くの扉を素通りして、最奥にある扉の前に辿り着くと、小さく深呼吸してから扉をノックした。


「タケダ教授。ナカハシです」


「ああ、入りなさい」


 返答を聞いて私は扉を開けた。

 最先端のパネロ大学にありながら、この近代歴史学部だけは異様に古い。扉もこのご時世で手動の物が多いのだが、私はそれさえも歴史が感じられて好きだった。


「こんな遅くまで申し訳ありませんでした。そして論文を読んでいただきありがとうございます」


 教授室に足を踏み入れた私は、まず謝罪と感謝を口にして頭を下げる。すると膨大な資料が乱雑に置かれたテーブルの前でウロウロしていたトーマ・タケダ教授は、ボサボサの頭を掻きながらこちらに振り返った。


「んーいや全然。むしろ君みたいに若い世代が近代歴史に興味を持ってくれて嬉しいよ」


 パネロ大学の教授にしては若いタケダ教授はそう告げるとニッコリと微笑んだ。


 タケダ教授はこのパネロ大学で私以上に異端な存在として知られている。古代歴史学で見事な論文を残しながら何故か近代史の研究を始め、発表しようとした論文が海陽連邦政府に差し押さえられたのだという。そしてそれと同時期に新たに創設されたこの近代歴史学部の教授の座に就いたのだ。


 そんな曰くあり気な経歴を持つタケダ教授には様々な憶測が飛んでいる。その憶測の一つには、かつての戦争での戦犯惑星、ラヴァナロス星出身である教授は、現海陽連邦政府の転覆を目論んだという突拍子もないものまであった。


「ナカハシ君。君の論文は中々面白かったよ。帝末期の考察で帝国側の事を調べる子は何人かいたけど、まさか統合軍、現海陽連邦政府の事をここまで纏めたのは見事だね」


 私が書いた論文が映る二次元ディスプレイを宙に舞わせたタケダ教授は、ディスプレイを指で弾きながらそう告げる。私はクルクルと回転しながら手元にやって来た二次元ディスプレイを手で掴むと、素直に感謝して本題に入った。


「ありがとうございます。それで、教授に聞いてみたかったんです。教授は帝国皇帝ダンジョウ=クロウ・ガウネリンの生涯を研究したと聞きますが、このヒート・ヘイズという人物に聞き覚えはありませんか?」


 私はそう言って二次元ディスプレイの中にある名前を拡大させる。

 拡大された「ヒート・ヘイズ」という名前を眺めるタケダ教授は、またしてもニッコリと微笑んだ。


「ヒート・ヘイズか。都市伝説上の名前だね」


「やっぱり教授もご存知でしたか」


「もちろん。この海陽系最後の戦争であるラヴァナロス最終戦争……独裁政治を続ける帝国に対して、神栄教民主共和国、フマーオス公国、ローズマリー共和国の三国と、各地で燃え上がっていた反乱軍が協力した統合軍。そしてこの統合軍を統括したのがメルティ・ルネモルン、サヨ・ゴールベリ、ヴィジョウ=キッポ・ガウネリンという三英傑だ」


 まるでおさらいと言わんばかりにタケダ教授は初等部の教科書にも載っている事実を口にする。私もそれに倣って本題の人物であり、私が考察する問題提起を告げた。


「でも三英傑を含む統合軍を同盟まで結びつけ、彼らをまとめ上げたヒート・ヘイズという人物がいた……ここまでが都市伝説です。でも火のないところに煙は立ちません。事実、政府もこのヒート・ヘイズという人物の素性に対して沈黙を保っています。否定も肯定もされないこの人物を教授はご存知なんじゃないですか?」


「うん。知らない事もないよ。いや、一般人よりは知っているというのが正しい回答かな?」


 そう告げる教授に私は思わず目を輝かせた。

 海陽連邦設立の謎に関する私の仮説を立証するためにも、このヒート・ヘイズなる人物の存在を突き止める必要があった。


「教えてください! それが証明できれば、きっと現政府誕生の秘密が」


 私は思わず身を乗り出し声を少し張ってそう告げるが、教授は至って冷静なままだった。


「その前に教えてくれるかい?」


 興奮気味の私の言葉を遮ると、教授は私に背を向けて床に散らばる資料の山を適当に足でどかしながら何かを探し始めた。


「君の論文は面白いよ。でもこれは明らかに現政府の闇の部分を浮き彫りにしたものだ。君はフマーオス人だろう? いわゆる戦勝国の君が何故自分達を陥れるようなことを調べようとしたんだい?」


 教授は決して私の方に視線は向けず資料を整理しながらそう告げる。そして忌憚のない発言とは正にこの事と言わんばかりに質問を続けてきた。


「帝国時代に差別の対象となっていた人種と言えば、真っ先に思い浮かぶのがスコルヴィー星人とフマーオス星人だ。元奴隷で野蛮なスコルヴィー星人、B.I.S値が低く見た目しか取り柄のないフマーオス星人。だがフマーオス人は、あの戦争で一気にその地位を向上させたのは間違いない。帝国皇帝ダンジョウ=クロウ・ガウネリンの兄であり、先代皇帝の座に就いていたランジョウ=サブロ・ガウネリンが建国したフマーオス公国は、建国時より帝国に反旗を翻していた戦争勝利の最大の功労国なんだからね」


 無遠慮だからこそ教授の問は誰しもが納得できるものだった。

 かつて差別対象だったフマーオス星人は、先の戦争で最もその地位を上げたと言っていい。戦後のヒエラルキーは最下層にラヴァナロス星人、次にスコルヴィー星人となり、フマーオス星人は一気に上層部に躍り出たくらいだ。

 だが戦後85年も経ってから生まれた私達世代にとって、あまり人種差別の認識はない。人種差別というのは古い人間の古い風習くらいの認識しかないからだ。それでも、私が今回の件を調べ始めた理由には血縁が強く関係していた。


「教授。私の四分の一はヴェーエス星人の血が入ってるんです」


 私がそう告げるが教授は整理する手を休めはしない。そして振り返る事もなく言葉だけを返してきた。


「へぇ。四分の一ということはお爺さんお婆さんが?」


「はい。父方の祖母が。おかげで私がパネロ大学に合格した時は祖母が親戚中からもてはやされていました。科学惑星であるヴェーエス星の血があったおかげで私のB.I.S値は高かったんだって。でも祖母はよく言ってました。「私も本当はB.I.S値が低いのよ」って……先生、軌跡先導法についてはどう思っていらっしゃいます?」


 私は敢えて質問返しをしてみる。教授は振り向かないので表情は読めないが、声色から察するに別段気分を害した様子もなく会話を続けてくれた。


「ダンジョウ=クロウ・ガウネリンが作った法安か。B.I.S値を基準に労働や納税額、居住惑星に結婚まで国側が管理すると言うやつだね。さぁどうだろうか? 僕は実際その法案の中で生きていたことが無いから。ただ世間一般では人民の基本的自由を奪う酷いものと認識されているのは間違いないだろう」


「そうですよね。しかも、星別の混血人や神通力持ちの異端者、犯罪歴のある者、そしてB.I.S値が一定値以下の人間は惑星に降りる事すら禁止されていた」


「行動の自由まで奪われるというのはキツイかも知れないね」


教授は片付けを続けながらそう返答する。私は一歩前に出て少し意を決しながら話を続けた。


「でも教授もご存じでしょう? 惑星に降りられない人間も帝国指定の通行証があれば自由に行き来できたんです。それほど不自由ではなかったんですよ」


「それは知っているが……最後の口ぶりはまるで見てきたかのようだね」


「ええ。祖母からそう聞かされてました」


 私はそこまで告げると、懐かしい祖母の顔を思い浮かべた。

 祖母の話をするのは今でも少し心を落ち着かせる必要がある。高齢出産や元々あった持病で早くに母を亡くした私にとって祖母は母でもあった。そんな祖母が亡くなったのは二年前……私が大学に入ったのを見届けて僅か一年の事だった。

 どんな時も味方でいてくれた祖母は私にとって掛け替えのない存在だったのだ。だからこそ彼女の話をする時はこうして少し気持ちを落ち着かせなければ涙が零れ落ちてしまう。私は教授が適当にどかした資料を見つめながら小さく息をついて再び口を開いた。


「先程申し上げたように私の祖母はヴェーエス星人です。なので戦時中は帝国側にいたそうです。ですがB.I.S値が低くヴェーエス星を出ることになった祖母は、セルヤマ準惑星や各星々の衛星を転々としながら働いていたそうです。でも祖母は別に困ったことは特になかったと言っていました。帝国は常に一般的な生活が出来る賃金を保証する仕事を与えてくれ、さらに軌跡先導法のおかげで祖父とも結婚できたそうです。孫の私の目から見ても祖父母はとても仲良しでした。二人は帝国にいた時、何不自由なく暮らしていたそうです。ですが、戦争が徐々に悪化していくと同時に祖父の親戚を頼ってフマーオス星に移ったと聞いています。それからの生活は酷いもので、何度も帝国に戻ろうとしたとか」


「なるほどね。つまり君のお婆さんは軌跡先導法によって幸せを手にしていたということか。そしてその幸せを奪ったのが統合軍だと?」


 教授の言葉に私は首を振る。


「私は別に海陽連邦政府を告発したい訳じゃないんです。ただ帝国が悪であるというこの世論を少しでも変えたい。それこそが祖母の信じた幸せを証明することになると思えてならないんです」

 

「そうか。君は僕と一緒だね。僕も元々は帝国軍人だった祖父の言葉がきっかけで帝末期を調べ始めたんだよ。ふぅー。ようやく出てきた」


 教授は大きく息をつくと曲がった腰をさらに折り曲げて棚の下を覗き込む。一体さっきから何を探しているのか気になっていた私は同じく屈んで覗き込むと、そこには小型の厳重な金庫が鎮座していた。

 教授は金庫に手をかざして指紋認証を行いながら口を開いた。


「君の論文にあるようにね。現政府は帝国崩壊の経緯や皇帝の素性を隠している。でもそれは世論を納得させるためには必要な事だ。三千年以上続いていた文化や血脈を終わらせるというのには、それ相応の理由がいるんだよ」


 教授はそう言いながら次に顔を近づけて虹彩認証を取るとさらに話し続けた。


「それでも納得できない人間の為に統合軍は戦争終結に導いた三英傑の中にガウネリンの名を持つ者を入れた。もっとも当の本人はその後歴史の表舞台から姿を消して完全隠居生活を送っていたけどね」


「ヴィジョウ=キッポ・ガウネリンですか」


 私は思わず口を挟む。

 三英傑は今や神格化されるレベルの人物だ。その最年少だったヴィジョウ=キッポ・ガウネリンは数年前に亡くなり、その際は戦中最後の大物の死として海陽系全土で喪に服したほどである。教授は最後の生体認証をしながら再び話し始めた。


「彼はガウネリンの血を途絶えさせるため、子供を残すことはおろか婚姻さえしなかった。そう言われているけど違うんだよ。本当は結婚したい人がいたんだけどね。その女性に振り向いてもらえなかったんだそうだ」


「先生もまるで見てきたかのような口振りですね」


 私がさっきの言葉を返すように微笑むと金庫の扉が開く音が響き渡る。

 教授は金庫の中から膨大な紙の資料を取り出すと、ようやく私の方に振り返りその紙の束を差し出してきた。


「見てきたわけじゃない。聞いた話だよ。本人からね」


 サラッととんでもない事を告げる教授の笑顔を私は思わず呆けた顔で見つめてしまう。そしてハッとして差し出された紙の束を受け取ると、無言で一ページ目の表題を見て目を思わず見開いてしまった。


「統合軍の幹部リスト!?」


「うん。統合軍が集まった時にヴィジョウ=キッポ・ガウネリンが直筆で書いていた物だそうだ。見てみなさい」


 教授はそう言って曲がった腰を戻すかのように背伸びしながら立ち上がると、私を横切って椅子に腰を下ろした。

 胸の鼓動が高鳴るのが自分でも分かっていた。私は恐る恐るページを捲ると、そこには今まで知り得なかった真実がまざまざと書き残されていた。


「これ……とんでもない資料じゃないですか!」


「うん。それより君の目的の代表者の欄を見てごらんよ」


「そ、そうでした!」


 私は興奮のあまり忘れていた本来の目的を思い出す。そして幹部の名前が全て記されたページを捲ると、そこに記載されている名前を見て声を上げた。


「あった! ヒート・ヘイズ! 一番上……噂は本当だったんですね!?」


 私は思わず教授の方に振り返るが、そこに教授の姿はない。私は慌てて辺りを見回すと、教授はいつの間にか椅子から立ち上がり、コートを羽織りながら鞄の中身を確かめていた。


「あの、教授」


「ナカハシ君。今日からウチのゼミは近代史研究の為に遠征するよ。旅費は大学がもつから安心してくれ」


「え!? ど、どうしたんです急に?」


「そこまで自分で調べたなら教えてあげるよ。いや、教えてもらいに行くと言った方が良いね」


「教授? あの、説明をしてください」


 戸惑いを隠せずに私はアタフタする。いきなりそんな事を言われても、他の研究成果のまとめやバイトもある。急に遠征と言われても私にだって予定があるのだ。

 しかしそんなすべての予定を覆す言葉をトーマ・タケダ教授は持っていた。


「だからね。当時の事を知る人物に聞きに行くんだよ。そのリストの末席にある名前を見てごらん」


 教授の言葉に従い私は一覧の最後にある名前に目を落とす。そこには見たことも聞いたこともない名前が記載されていた。


「クレア・フェスタ……? 誰です?」


 私は首を傾げながら再び教授に視線を投げる。すると彼はまるで私を煽るような含んだ笑みを浮かべて告げてきた。


「ヴィジョウ=キッポ・ガウネリン氏からその資料をいただいた時に聞いたんだけどね。ヒート・ヘイズに最も近しい人物だそうだ。驚くなかれ御年103歳だそうだ」


 教授はそう言って帽子をかぶる。

 歴史の生き証人がまだ存在する。そしてその人物は私の知りたいことを恐らく全て知っている。私がバイトをサボる理由はそれだけで充分だった。

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