第12話『Keep clear of the gods.』
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【星間連合帝国 衛星ジオルフ―衛星ザルディアン宙路 帝国軍第十六船団第八宙艇ラゴール号 整備ドッグ】
≪AM26:39≫
通常の航路で惑星間移動を行えば数日掛かるのは当然である。そのため惑星間移動には、海陽系内を惑星の周期に合わせて移動する超速移動宙路を活用するのが一般的だった。
毛細血管のように海陽系を行き交っている超速移動宙路内の空間は音速で移動しており、その中を更に加速して進むことで、光速とは行かずとも限界ギリギリの速度での移動を可能としている。この超速移動宙路は、現在海陽系の血管として帝国の物流を回しており、それは帝国軍の軍務でも無論使用されていた。
神栄教の調査に向かうために帝国軍の船に乗せられたアークは、整備ドッグの窓枠に顎を乗せてボーっと暗い宇宙空間を見つめていた。
「何か見えるの?」
瞼が重くなっていたアークの背後から声が届く。彼は振り返ることなく、外を眺めたまま欠伸をして答えた。
「暗いまんま……眠し」
いかに超速での移動中でも外には真っ暗な宇宙空間だけが広がっている。宇宙での移動時に眺める景色というのは何も変わらないので暇つぶしにもならなかった。
「じゃ何で外見てんの?」
「やる事ないもん。外見てたらおかしい?」
「別に変とは言わないけど。でもわざわざ宇宙をジッと見てたら面白いものでもあるのかと思うじゃん」
「お姉さん。一般人には無意味な事をぽけーっとする時間も必要なんですよ。ふぁ~あ」
アークは今一度大きな欠伸をすると背後の声は少し呆れたように、それでいて軽やかな口調で告げる。
その不遜さに小さな苛立ちを感じリオは彼を見下すように口を開いた。
「面白い事は無くてもやれることはメガ沢山あるじゃん。整備班の人が君のBEのメンテしてくれてたよ? 起動確認とかしとけば?」
その軽やかな口調から察するに、まるでそよ風のように爽やかな微笑みを浮かべているだろうと思いながらアークは振り返る。そこに立っていたリオは予想通りの笑みを浮かべていたが、アークの視線は全く別の個所を捉えていた。
「……」
「? 何? どしたの?」
不可解そうな表情を浮かべるリオに対してアークは彼女の足元から舐めるように視線を上げていった。
BE着用者が着るツナギ型のスーツは通常時は大きめの普段着のように見える。しかし腰元のスイッチを押すことで内部の空気が抜け身体にフィットするようになっていた。リオは、正にBE着用時の身体のラインが浮き彫りになった状態で立っていたのだ。
「……いい」
「?」
アークの下衆い心に気付かず、彼女は首を傾げながら腰元のスイッチを押す。するとツナギと身体の間にプシューという空気が入る音が鳴り、それと同時にアーク好みのボディラインは消え失せて、リオはダボダボのツナギ姿に切り替わった。
その瞬間にリオに対する興味を一切失ってしまったアークはあからさまに笑顔から無表情になると、再び窓枠に顎を乗せる。そんなアークの反応など気にもせず、リオは彼の隣りに腰を下ろして告げた。
「早く調整してきなよ。軍のトップクラスの整備士が見てくれるなんてメガラッキーなんだし」
リオの言葉と表情には親切心が溢れている。しかしアークにとってはそれは大きなお世話という物だった。いかんせん、彼は時間がある時に寝ておきたいタイプだったからだ。
「大丈夫。ウチのミヤちゃんがちゃんとやってくれてっから」
「さっき起動データの記録見たけどあのBEギガ使い込んでんでしょ? 君が言った通りメガ丁寧な処理されてるけど、そのおかげで騙し騙し動かしてるって感じ。大体一流の整備士がいても着用者の君がそんなんじゃ長持ちしないよ」
「大丈夫。それでぶっ壊れても被害は俺が死んじゃって終わりじゃん」
再び大きな欠伸をしながらアークは心の底からの本心を告げる。彼は自分の命にそれ程の価値を感じていない。それが危険な仕事を恐れないという、ある種の彼の強みだった。
しかし、アークの言葉を聞いたリオの口調は瞬時に冷たくなった。
「何言ってんの? 君が死んだらどうなるか分かってる?」
急に変貌したリオの様子を窺うようにアークは窓枠に顎を乗せたまま視線だけを彼女に向ける。リオは先程の爽やかさと打って変わって、怒りと同時に悲し気な表情を浮かべていた。
どことなく神秘的な表情にアークは一瞬目を奪われそうになるが、彼はそのままいつもの調子を取り戻した。
「このクソみたいな人生からようやく抜け出せますねハイ」
「……君が死んだら、一緒に来てる仲間たちはどうすんの?」
リオの問いにアークの頭の中にエルディンとメアリーの顔が浮かび上がる。しかしすぐさまその時の状況が目に浮かんだ。
「さーねぇ……でもまぁ、あの二人は俺と違って出来がいいから。何かしらやってくでしょうよ」
「そうじゃなくて感情の話をしてんの」
「感情? んー……俺的には二人が一秒でも俺より長生きしてくれればそれでいーかな」
アークはそう言いながら気恥ずかしくなった。エルディンとメアリーは彼にとって友人であり兄弟であり家族なのだ。元々優秀だったあの二人が、今こうして一緒に堅気とは言い難い仕事をしている責任は自分にある。それは負い目でも何でもなく事実であり、アークにとって彼ら二人の為に命を張るのは至極当然のことだった。
しかし、そんな彼の感情はリオに届いてはいなかった。
「それってギガズルくない?」
リオの言葉にアークは少しムッとした。彼は思わず顔を上げてリオに視線を向けると、彼女はどこかしてやったりという表情を浮かべていた。
「お、ようやくこっち向いた」
得意気なリオに対して、アークは少し目を細めながら再び視線を窓の外に向けた。
「ズルいって何が?」
「残された人間の事はどーでもいい。自分の事だけって感じ?」
「あらやだ。こう見えて俺ってば二人には感謝してんのよ?」
「そお? だったら二人を残すんじゃなくてさ。何が何でも生き延びて幸せを見届けるってのが心意気ってやつじゃん」
奇麗事をこうも平然と言えるリオにアークは苦笑する。そしてそれは自分達の過去など知りもしない人間ならではのセリフだとアークは心の中で彼女を少し罵っていた。
会話の続きをするべきかアークは悩んでいた。しかしここで沈黙を続ければ自分が論破されたかのような形になるのは癪でもある。しかしその彼の考えは全く違う形でかき消されることになった。
「素晴らしいナ。流石は僕ら同期の星と言われた人の言葉ダ」
割って入ってきたレオンドラ訛りの言葉にアークだけでなくリオも振り返る。するとリオは少し怪訝な表情を浮かべてからすぐさま笑顔を作って立ち上がった。
「三人ともメガ久し振り!」
微笑むリオとは対照的に近づいてきた軍服姿の三人は全く笑みを見せない。すると声をかけてきたレオンドラ星人の青年は頭領部の耳をピンと立てながら彼女のあいさつに応えた。
「よくもまぁ僕等に笑顔を振りまけるものダ。君のその神経がよく分からないネ」
「士官学校の同期に会えたら挨拶するのが普通でしょギルバート?」
リオはそう言って微笑み返すが、ギルバート・ナハシュは犬歯を剥き出すように歯を食いしばる。そして彼女に掴みかかろうとする寸前で、隣にいた褐色の肌を持つクリオス人女性隊員が彼を制止した。
「やめなよ。ここで手を出したら貴方もこの子と同レベルに落ちちゃうよ」
「ベロニカも元気だった? というかその腕章って宙挺部隊でしょ? 夢だった部隊に行けたんだ……良かった……」
明らかに味方ではない言葉を発するベロニカ・ウィストンに対してもリオは笑顔を絶やさない。その笑顔にベロニカは無表情のまま軽蔑の視線を向けていた。
「貴女も元気そうねリオ。私たち同期の評判を著しく落としたとは思えないわ」
「その髪はどういうつもりだ?」
ベロニカの嫌味に続いて、見事な角を持つアイゴティヤ星人の少女がそう告げると、リオは自らのピンクのインナーカラーであるロングヘアをヒラヒラとさせながら更に微笑む。
「これが地毛。あれ? 私があげた角のアクセつけてくれればいいのに」
「っは……裏切り者のプレゼントを付けると思うのか?」
鼻を鳴らしながらモニカ・ジエーゴはリオを睨みつけると、彼女の足元に向かって唾を吐きつけてきた。
完全に蚊帳の外にされたアークは再び窓枠に顎を乗せて外を眺めながら、事の成り行きを耳だけで聞いていた。別にリオの過去になど興味もなかったが、彼等をここまでの態度にさせる理由には少し興味があったのだ。
「それにしてもいい話をしていたじゃないカ。仲間を裏切った君が人の大切さを説くとは怒りを通り越して滑稽だったヨ」
「確かにね。それとも自分を反面教師にしろって事かしら?」
「いや違う。貴女は自分がやったことの重大さを理解していないだけだ」
三方向からの口撃をリオは黙って受け止めている。その姿を見てアークは少し妙な感情を抱いた。彼女は反論するでもなく、かと言って防御や回避をするわけでもない。リオはただ黙って彼等の暴言を受け止めている。その姿は先程アークに見せた者とは正反対だった。
何も反論せずにただ苦笑して受け入れるリオを見ていた三人は、その無抵抗さにも嫌気がさしたのかリオを一瞥してからアークの方に視線を投げてきた。
「そこの君、この女の監視対象の民間軍事会社の人?」
ベロニカの問いかけにアークは一瞬視線を投げるが、すぐさま外に視線を戻してから答えた。
「そーだけど何か?」
「こんな女が監視役とは不運だナ。せいぜい虚偽報告などされないようにするといイ」
「虚偽報告は言い過ぎだな。だが気を付けることだ。この女は疫病神だ」
アークの返答にギルバートとモニカが続けざまに言い放つ。
三人は言いたいことだけを言い終えると、その場からズカズカと足音を鳴らして去っていった。リオに肩をぶつけていくあたり、ギルバートという男はどうも子供っぽく、アークは渋い表情でその後姿を見送る。そしてリオに視線を向けると、彼女は苦笑しながら振り返った。
「はは。メガ恥ずかしいところ見られちゃったね」
「恥ずかしいっていうのは知り合いにバカにされてる事? それもとお姉さんがやった裏切りって行為の事?」
アークの問いにリオは少し考える。そして困ったように微笑んだ。
「両方かな」
「ふーん。ま、別に気にしなくていーんじゃねーの? お姉さん何したか知らんけど、薄汚ねー裏切りモンなら俺もいっぱい見てきたかんね」
「それ慰めてるつもり?」
リオは苦笑しながらそう告げるが、アークは気にすることなく話し続けた。
「あと、疫病神とか言われてたけどさ。あの連中はぬくぬくと過ごして来たから知らねーんだろうね。……そういうのは俺みたいなのを言うんだから」
アークはそう言って自嘲気味に笑って自らを指差した。
外の風景飽きたアークはゆっくりと立ち上がる。そして適当に艦内をぶらつこうと扉に向かって歩き始めた。何故かよく分からないが、リオが罵られた整備ドッグに彼はこれ以上居座りたくはなかった。
次回
第13話『Providing is preventing』
3月5日(土)AM10:00
更新予定




