第11話『Where there's smoke, there's fire.』
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【星間連合帝国 衛星ジオルフ 帝国軍駐屯基地】
≪AM25:00≫
大きな胸は女性としては武器になるが私生活においてはそうでもない。ましてやあの小さなガレージでBEパーツの開発、整備全てを一人で行っているミヤビからすれば、大きな胸は仕事中邪魔で仕方がなかった。
「ふぅ……でも、基地内は涼しい方か……」
ミヤビはそう呟きながら白衣を脱ぎ、下に着こんでいたツナギのチャックを緩めて胸元を仰ぐ。すると基地内を案内してくれている前方を歩く帝国兵がチラリとこちらを覗き込んできた。薄着で自ら露にしてしまった以上、その大きな谷間を見られることに不満はない。しかし帝国兵が覗き見していることをミヤビに気付かれていないと思っている事は何となく不愉快だった。
「兵隊さん。前見て歩かないと危ないわよ?」
敢えて微笑みながらミヤビは嫌味の意味を込めてそう告げる。しかしそれは帝国兵にとって誘惑に移ったのかもしれない。前を歩く帝国兵は身体をビクつかせながら立ち止まると、鼻息を荒げながらこちらに振り返ってきた。
「じ、自分は!」
「何? 早く案内してもらえないかしら?」
いざとなれば白衣の下に忍ばせているスタンガンを使えばいい。彼女はそう思いながら腕の中で折りたたんでいる白衣の中に手を入れると、彼女を制止するような声が響き渡った。
「何をしている」
ミヤビの頬に伸びようとしている帝国兵の手がピタリと止まる。その低く逞しい声と横から歩いてくる姿を確認して、ミヤビは思わず女の顔を作ってしまった。
「あら~! わざわざ迎えに来てくれたの?」
ミヤビは思わず少女のように声を弾ませるが、こちらに向かって歩いてくるカンムの姿が近づくにつれて、隣に見慣れた人影があるのに気が付いた。視力がそれほど良くないミヤビが隣にいた影の正体を明確に視認した時、彼女は一機に表情は曇らせた。
「ア、アクチアブリ将軍閣下! ユリウス将軍!」
げんなりしたミヤビとは対照的に帝国兵は一変して背筋を正す。そしてカンムとミヤビにとって嫉妬の対象である女性に敬礼すると、カンムは苦笑気味にかぶりを振った。
「私は既に軍属を離れている。将軍はやめてもらいたい」
「し、失礼いたしました!」
謝罪しながらも目を輝かせる帝国兵に対して、ジャネットはヘラヘラしながら帝国兵に告げた。
「お疲れさまッス。後は私が案内するんでお兄さんはもういいッスよ」
「はっ! し、失礼いたします! そ、そして八賢者のお二人同時にお会い出来たことを幸運に思います!」
まるで憧れのスポーツ選手にあった少年のように目を輝かせる帝国兵を見てミヤビはまたムッとなる。先程までは自分の身体にクギ付けだったにもかかわらず、その対象があっさり取って代わられれば、誰でも不愉快になる者だろう。
帝国兵は最敬礼して回れ右をすると、ミヤビの胸には目もくれずに去っていった。そんな彼の後姿を睨みつけていると、タイトなロングスカートに入ったスリットから青く細い美脚を出すジャネットがニコリと微笑みかけてきた。
「久し振りッスねミヤビちゃん。元気でしたか?」
自身よりカンムと付き合いの長い女性の存在にミヤビは不快にならざる得なかった。何より、カンム自身が自分よりも彼女を頼りにしているのは明白だったからだ。
クチャクチャとガムを噛むジャネットに対してミヤビは対抗心を見せるように胸の下で腕を組み大きな谷間を強調しながら強気に微笑んで見せた。
「ええ、元気です。でもどこぞの軍団長さんがロクな仕事を回してくれないから生活環境は豊かとはいえませんね」
「あらま。カンムさん、言われてるッスよ? もっと金銭面優遇してあげなきゃ」
自分のことを言われているというのに気付いていないのかジャネットはヘラヘラしながらカンムの肩をポンと叩く。軽々しく彼に触れることにミヤビはまたしても激情に駆られるが、カンムはミヤビに見せないような苦笑を浮かべていた。
「挨拶はそのへんにして行くぞ。どうも面倒なことになった」
カンムに呼ばれてミヤビは目を輝かせる。先程は追い出された会議に自分も出してもらえる事、すなわちカンムに必要とされていることに彼女は喜びを感じずにはいられなかった。見た目は知的で妖艶な大人の女性である彼女も、カンムから褒められればたちまち二十一年前に初めて彼に出会った時の少女に戻ってしまうのだ。
自身を横切って歩き出すカンムの後ろに着いて行きながらミヤビは声を弾ませながら尋ねた。
「それで? 一体どうしたのかしら?」
「面倒なことになったと言っているのに何故明るくいられる」
「明るい? 別に普通だけど?」
否定する声さえも弾んでしまうことにミヤビは自分で自分が恥ずかしくなる。そんな彼女の喜びをかき消すかのように並んで歩くカンムとミヤビを追い越してジャネットが足を止めた。
「カンさん。会議室ここっスよ。あ、そうだ。丁度いいんで紹介しておく子がいるんでよろしくッス」
ジャネットはそう言って呆れたように微笑む。カンムとのひと時に水を差された気分のミヤビは再びジャネットを睨みつけるが、彼女は気付くような素振りも見せず、辿り着いた扉の横にあるスキャナに手をかざした。
扉が右にスライドして開く。室内は明るく、中央にデータ照射機を囲んで複数の椅子が並んでいるだけだった。その部屋の奥で何やら作業をしていた青年はこちらに気付くと、背筋を正して敬礼をしてきた。
「アクチアブリ団長。お待ちしておりました」
その呼称にミヤビはピンと気付く。それはカンムも同様だったらしく、彼はチラリとジャネットに視線を向けて口を開いた。
「新任か」
「そッス。日付変わって今日付けて戦皇団に入団したガルガロン・ウィロー君ッス。えっと予備少尉でしたっけ? 凄いッスよ。士官学校次席の秀才で羊海炎上戦にも参戦してる即戦力ッス」
ジャネットはそう言ってガルガロンの肩に手を回す。しかし凛々しいラヴァナロス星人の青年は謙遜するように首を振った。
「いえ。自分等まだまだ若輩者です。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」
「いやぁ若いと元気ッスよね。あ、ちなみにこの二人が」
「存じ上げております。カンム・ユリウス・シーベル様、そしてミヤビ・ホワイト様ですね」
ガルガロンはそう告げると再び背筋を正して最敬礼をしてきた。
「お初にお目にかかります。自分はガルガロン・ウィロー予備少尉であります。皇宰戦争でのお二人のご功名は士官学校では語り草となっておりました。この度はお会いできて光栄の極みです」
礼儀正しい好青年にミヤビは微笑みを返してから隣のカンムをちらりと見ると少しゾッとした。彼が青年に向けていた視線はまるで氷のように冷たかったからだ。
「挨拶はいい。今は仕事だ」
カンムはそう言って目の前に立つ好青年を横切ると適当な椅子に腰を下ろす。ミヤビも慌てて彼に続いてその横に腰を下ろすと、ジャネットは少し苦笑気味に二人の正面に腰を下ろした。
「さて、面倒なことになってるッスね。別のゲストにも参加してもらうんスけど……あ、ウィロー君。よろしくッス」
「はっ!」
ガルガロンは再び敬礼すると再び部屋の奥に向かって通信機器を操作する。すると空いている三つの席の内、二席にホログラムが浮かび上がり始めた。
まず浮かび上がる長身瘦躯な蒼い肌の大男……ビスマルク・ナヤブリ元帥を見てミヤビは少し納得したように微笑む。しかし次に浮かび上がる姿に思わず目を見張らざる得なかった。もう一人は鉄の処女と称される宰相エリーゼ・ラフォーレだったのだ。
『改めてもう一度聞かせて貰おうかしら?』
挨拶もせずに開口一番にそう告げるエリーゼにジャネットは肩を竦めた。
「うす。数週間前からライオット・インダストリー社に不穏な動きが有って話を諜報部から受けてたんで、私が動いて調べてみてたんスよ。そしたらライオット・インダストリー社のアイゴティヤ星支社からジュラヴァナに向けて複数の新型BEを乗せた船が出たって話を聞きるッス」
『情報源は? 信頼できるのかしら?』
まるで追い打ちのようなエリーゼの問いにジャネットはヘラヘラした表情を崩さずに答えた。
「恒星間運送業社っス。スティーヴン・ブランド会長のお袋さんには結構貸しがありまして、その伝手で。あとはまぁケイティ・ストラス知事の協力もあったもんで」
『ライオット・インダストリー社本社の様子は?』
「まだ何も。まぁこっちが何にも仕掛けてないっスからね」
ジャネットの返答にエリーゼは一先ず納得したように頷く。そしてカンムの方に視線を向けてきた。
『カンム・ユリウス・シーベル。貴方はどうお考えなのかしら?』
勝手に話を進めるエリーゼから話を振られたカンムは腕を組んだまま普段通りの落ち着いた口調で淡々と言葉を返した。
「あの男が無意味に今回のような事をするとは思えん」
『そんな抽象的な話はいいのよ。もっと合理性のある話は出来ないのかしら?』
「まぁまぁ。とりあえずその件をちゃんと話そうと思って今回この場を設けた訳っスから」
睨みつけるエリーゼと、それを相手にもしない素振りのカンムとの間に割って入るようにジャネットが口を挟む。
状況が読めずに戸惑っていたミヤビはここにきてようやく事の大きさに気が付いた。
――帝国と密に繋がっているライオット・インダストリー社が、不穏な動きを見せている神栄教に支援を行っている。
これは国家的にも一企業の問題としてもとんでもなくスキャンダラスな事だったのだ。そしてそのような事態の会議に呼ばれていることに気付き、ミヤビの表情は徐々に青褪めていく。しかし、そんな彼女等置いてけぼりにしてジャネットは話を進めた。
「何より、タクミさんが裏切ったと決まった訳じゃないッス。ウチに提供してない、まだ未完成だと報告している新型がジュラヴァナに向かったってだけッスから。もしかしたらヴェーエス星に向かう前に別件でジュラヴァナによるだけかもしんないッスしね」
「新型……?」
戸惑いながらもミヤビは思わず口に出す。するとジャネットは小さく頷きながら卓上に宇宙図を浮かび上がらせた。
海陽を中心とした12惑星が周期する立体映像の中、アイゴティヤ星から飛び立つ船の航路は明確にジュラヴァナ星を指していた。そして次に製作段階で提供されたという新型BEの計画表が浮かび上がる。その図面にある新型BEは曲線的なフォルムの帝国専用BEと違い、身体に対して両足が随分と肥大化していた。
「新型の名称はエネルゲイア。帝国軍専用BEデュナメスよりも細身な分、両足のスラスターが強化されていて、地上での跳躍時における滞空時間はデュナメスの数倍はあるみたいッス。このスラスターなら惑星間は無理でもその星の衛星までなら単独飛行が出来るかもしんないッス」
『そんな強力な兵器が開発されていたというのに監査部は何をしていたの?』
「ラフォーレさん。ライオット・インダストリー社は帝国に対して独立製造権があるッス。それにこのエネルゲイア開発は帝国の認可が下りてるッス」
『制作過程を随時確認するのは必須業務でしょう? なにより独立製造権はあくまでも我が軍への提供をする上での契約の筈。これは明らかな規約違反と捉えます。すぐさまタクミ・マウントへの出頭を命じる必要があるでしょうね』
“鉄の処女”の異名にそぐわぬ徹底した強気発言を口にするエリーゼに対して、カンムは腕を組んだまま口を開いた。
「あの男がそう易々と出頭するとは思えん。何より、今回の件を陛下はご存じなのか?」
カンムはそう言ってチラリとジャネットに視線を投げると彼女は小さく首を横に振った。
「実際の真相もタクミさんの真意が分かってないんで。何より、私は個人的に前みたいな心労をダンジョウさんに欠けたくないッス」
個人的すぎるジャネットの判断と発言に誰も突っ込む事は無く、エリーゼは冷静な表情のまま、まるで全員を促すように一人一人に視線を投げた。
『陛下のお身体を心配するのなら、我々で片付けるしかないでしょう。内密にタクミ・マウントを召喚して事情聴取を。もしも拒否するようなら多少強引な方法を取る他仕方がないと考えます』
「タクミ・マウントは陛下の無二の親友だ。すぐさま陛下のお耳に入る」
『だから、そうならない様に迅速に事を進めるしかないと言っているのよ』
エリーゼの言葉にカンムは渋々と言った様子で小さなため息をついた。
「……致し方あるまい。だが、それと並行して調べるべきはジュラヴァナに行ったという新型の動向だ。ザルディアンにウチの人間が行っているので調査は可能だが、季節的海陽電磁波によって直にジュラヴァナ星宙域とは連絡が取りづらくなる。こちらからの指示が滞ることも考えて、独自の行動をする必要があるだろう。その問題は誰がその責任を負うべきと宰相は考えられる?」
『何が言いたいのかしら?』
カンムの突きつけるような問いに対してエリーゼは牽制のように睨みつける。その目は正に「それ以上は言うな」と物語っているようだった。
カンムはチラリとエリーゼの方に視線を投げるが、彼女の眼光を受け流してビスマルクに視線を向けた。
「ビスマルク殿。陛下のお手を煩わせない為にも、今は柔軟な対応が必要ななる。その事を重々ご承知いただきたい。今回、我々のジュラヴァナ星調査の最高責任者、皇女殿下に独立執行権があればそのような問題が解消されると思われます」
『そこまでよカンム・ユリウス・シーベル。これ以上は国政に関わる話。貴方のように軍から去った人間が口を出していい話ではないと弁えなさい』
「二人とも落ち着いてくださいッス。論争はいいけど喧嘩敷いてる場合じゃないッスよ」
エリーゼの言葉にカンムは初めて睨みつけるような視線を彼女に向ける。ジャネットは再び二人の間に割って入ろうとするが、彼女一人では抑えきれるような雰囲気ではなかった。そんな一触即発の空気を換えたのは、今まで沈黙を保ってきたビスマルクだった。
皇宰戦争の英雄、皇帝の懐刀、帝国最強の戦鬼、様々な異名を持つ男が行った行動はただ一つ。立ち上がるというだけだった。彼が立ち上がった瞬間、先程まで睨み合っていたカンムとエリーゼ、その仲裁に入っていたジャネット、その場の雰囲気に完全に飲まれていたミヤビと、ミヤビ以上に目を泳がせていたガルガロンの視線が一気に彼の方に向けられる。すると彼はそのまま片膝を付いた。
『……お見えに……なった……皆……襟を正し……片膝を……付け……』
相変わらず途切れるビスマルクの言葉に誰もが無言で立ち上がる。彼のその風格と重く低い口調に従わざる得なかったのだ。ミヤビも訳が分からないまま立ち上がって片膝を付く。すると空席になっていた上座に一人のホログラムが浮かび上がった。
『遅くなり申し訳ありません。皆さま、どうぞお顔をお上げになってください』
透き通るような優しい声にミヤビはゆっくりと顔を上げると再び戸惑った。そこに座っていたのは見慣れない少女なのだが、少女は左目を眼帯で覆い、口元はレース地の布で隠していたのだ。
謎の人物の登場にミヤビが目を泳がせる中、ビスマルクが立ち上がった。
『……此度……ダンジョウ=クロウ・ガウネリン皇帝陛下より……神栄教調査の……最重要責任者に……任ぜられた……アーリア=セイナ・ガウネリン……第一皇女殿下に……あらせられる……』
「皇女殿下? ……え、でも……」
三度戸惑うミヤビを他所にビスマルクはさらに言葉を連ねた。
『……先日……留学から戻られた……此度の件が……無事収まれば……世間に……お姿をお披露目する事に……なっている……そこで……無事任務を……遂行し……晴れやかな……お披露目式を……お迎えするため……ここにいる皆……全員に……協力して……貰いたい……よろしいな? ……ラフォーレ宰相……ジャネット……カンム……』
その言葉にカンムとジャネットは黙って頷く。エリーゼは小さく「なるほど」と呟くと渋々と言った様子で納得していた。
次回
第11話『Keep clear of the gods.』
2月19日(土)AM10:00
更新予定




