血濡令嬢マーガレットはハッピーエンドがお望み
☆☆☆☆☆は場面転換です
よろしくお願いします
私のこの両手は赤い血に染まっている。
幾人もの邪魔な人間を消してきた。だから私は“血濡令嬢”。
でもいいのだ。そのようなそしりを受けたって。
これで私の目的は達成される。ああ、今この瞬間こそが――。
☆☆☆☆☆
「マーガレット様、おはようございます」
「ええ、皆さんごきげんよう」
学園の爽やかな朝、学友たちへの爽やかな挨拶。今日も私の一日は爽やかに始まる。
朝日に照らされた蜂蜜色のハニーブロンドはゆるくウェーブがかかり、瞳は新緑の若葉の様なエメラルドグリーン。お目々パッチリで鼻筋は通っている。私――マーガレット・マクマーンは、自分で言うのもなんだけれど結構な美少女だ。
実家はこのフリーランド王国有数の名家であるマクマーン公爵家。つまり私は公爵令嬢だ。子煩悩なお父様に蝶よ花よと育てられた大切な一人娘。
顔が良くて実家は権力者。それに成績もそこそこ優秀となれば、このロックス魔法学校での私はちょっとしたお姫様みたいな扱いを受けているわ。
――でも、そんな私には決して人に言えない秘密がある。
それは私の中にあるはずのないもう一つの記憶――つまり前世の記憶が存在することだ。
テンプレ。非常にテンプレ的な話よ。
令和日本で女子高生をやっていた私は、ある日不幸な事故に巻き込まれて死んでしまった。そして――気がついたらこのマーガレット・マクマーンちゃんの身体に生まれ変わっていたのだ。
私がその前世の記憶を思い出したのはつい最近。三年間の学園生活の二年目の途中といったところ。
そして、これもテンプレもドテンプレなんだけれど、この世界は生前私が愛読していた漫画、「マジカルキス」の世界に非常に酷似している。
「マジカルキス」は、平民のアヴリル・アレナドちゃんを主人公に、フリーランド王国の王子様であるフレドリック様とのラブロマンスを中心に描かれた少女漫画で、前世ではとても人気があった。
で、肝心の私ことマーガレットの「マジカルキス」での役回りはというと――。そう、テンプレもここまで極まれば自分でも呆れてくる。
マーガレット・マクマーンはアヴリルちゃんとはフレドリック様を巡る恋のライバル。
正直「ここまでする?」というくらいにドン引きレベルな嫌がらせを繰り返す、読者に蛇蝎の如く嫌われるキャラ。いわゆる悪役令嬢だ。
「マーガレット様、今日授業が終わりましたらお茶をしませんか? 実家から良い茶葉を送ってもらったので、よろしければ」
「……ごめんなさい。今日は図書館で勉強をしようと思っているの」
「まあ、さすがはマーガレット様!」
「ええ、ですから残念ですがまた今度……」
原作でマーガレットがたどるだろう悲惨な末路を迎えたくない私は、前世の記憶が戻って以来、アヴリルちゃんには近づいていないし、原作マーガレットのド派手さとは逆を行く真面目系地味ガールを演じている。
本来はサボり放題で壊滅的だった成績を、そこそこ優秀まで引っ張り上げることができたのは、ひとえにこの図書館通いのおかげだ。真面目大事。
取り巻き連れてお茶会なんてした日には、私の運命がバッドエンドに近づくなんて火を見るよりも明らか。ここは退散よ、退散。
☆☆☆☆☆
そんな感じで地味ガールとして過ごす私だけれど、“最近気がついたこと”がある。
「おっと、アヴリルちゃんだわ……」
図書館への道すがら、進行方向にアヴリルちゃんを見つけたのでさっと柱に隠れる。
栗色の髪の毛が艶やかで、鳶色の瞳が可愛いらしい彼女は、何か書類みたいな束を抱えて廊下を歩いている。
そんな彼女の進行方向から、何人かの少女たちが歩いてくる。
さっと頭を下げて廊下の端に避けようとするアヴリルちゃんを阻むように、その少女たちは立ちふさがった。
真ん中の少女には見覚えがある。ディアス侯爵令嬢のドロシアだ。
元は私――マーガレット・マクマーンの取り巻きの一人だったけれど、私に記憶が戻って真面目系となった今、こうして自分の取り巻きを引き連れていばっている。
「あら、ごきげんようアレナドさん。どこに行こうとしていらっしゃいますの?」
「こ、こんにちはディアス侯爵令嬢様……。その……、先生に用事を頼まれて、この書類を届けに行こうと……」
嫌な感じの笑みを浮かべている三人に苦手意識があるのか、アヴリルちゃんはおどおどと受け答えをしている。
「ふーん、これをね……。フンッ!」
「ああっ!」
ドロシアはアヴリルちゃんが抱える書類の束を一瞥すると、その手でパシッとはたいた。手と手を打ちつける乾いた音が響き、当然アヴリルちゃんが持っていた書類は床に散らばる。
「あらごめんなさい、手が当たってしまいましたわ。オホホ」
散らばった書類を必死に集めるアヴリルちゃんを尻目に、さも楽しそうにそんな大嘘を語るドロシア。腹黒女め、考えるまでもなく絶対わざとだ。
「まあ、ドロシア様が悪いなんてとんでもありませんわ。この者は卑しい平民。きっとこうやって這いつくばるのが好きなんでしょう」
「そうですわ。それにこの女、先生に取り入ろうとしているのが嫌らしい」
そうやって笑いながらドロシアに乗っかる取り巻き達。品位の欠片もない、地獄みたいな光景ね。
「私たちは先を急ぎますので失礼。もし先生から何か言われたら、その卑しい身体を使って、いつものように取り入ることね。オーホッホッホッ」
そんな貴族令嬢にあるまじき下品なことを言いながら、ドロシアとその取り巻き達は去って行った。
片やアヴリルちゃんは、結構な量がある書類をまだ必死に集めている。手伝いを申し出るような人間はおらず、みんな遠巻きにヒソヒソ喋りながら我関せずを貫いているだけだ。
そんな彼女を見ていたら、私はいてもたってもいられずに飛び出した。
「マーガレット様!?」
驚くアヴリルちゃんに構わず、私は無言で書類を拾う。
「ん……」
「あ、ありがとうございます。けれどどうして……?」
続く言葉は「けれどどうして私を助けてくれたのですか?」かな。今までの私――マーガレットの所業を鑑みれば当然ね。
けれど私はその疑問には答えず、「ん!」とだけ言って拾った書類を押し付けると、脱兎のごとく逃げ出した。
――これが私の言う“最近気がついたこと”だ。
私ことマーガレットがいじめをやめているのに、アヴリルちゃんに対するいじめや悪質な嫌がらせは続いている。
☆☆☆☆☆
私の読んでいた「マジカルキス」だと、アヴリルちゃんがマーガレットにいじめられてピンチの時は、いつもフレドリック王子様が駆けつけて助けてくれていた。
けれど前世の記憶が戻ってこのかた、とくとそのシーンを見たことがない。
フレドリック様が実は腰抜けの偽善者? ――いいえ、そんなことはないわ。この世界での彼も、アヴリルちゃんの事がちゃんと好きみたいだし、助けになろうと努力している。
事実、遠巻きに観察した結果だけれど、二人でいる時それはもう幸せそうで、まさしく物語の中のヒーローとヒロインだったわ。
でもなぜか「マジカルキス」とは違って良い感じのタイミングで助けには来てくれない。微妙にズレがあるのだ。
私はこのズレを、マーガレットではなく他の令嬢がアヴリルちゃんをいじめている事が原因だと考えている。物語の王子様と言えども、さすがにズレてしまったお話には対応できないということね。
……私は「マジカルキス」が好きだ。大好きだ。超好きだ。
ヒロインのアヴリルちゃんも好きだし、ヒーローのフレドリック様にもときめく。
私は原作がまだ途中の段階で死んでしまったから結末はわからないけれど、どうか二人には幸せなハッピーエンドを迎えてほしい。
その為に私は――。
☆☆☆☆☆
「きゃあっ!?」
女子トイレから悲鳴が聞こえる。そして笑いながら立ち去るドロシア・ディアス一派の令嬢たち。
まあたぶん、もしかしなくてもあれだ。トイレで上から水バシャ。ずいぶんとまあ、古典的な手ですこと。
「《氷結》」
「うわっ!? いったーい……、ええ? 床が凍って!?」
「いたた……、いったい誰がこんなことを……?」
逃げるドロシアたちの足元を凍らせてころばせ、逃走を阻止。
ここは魔法学校。これくらいの魔法、今の私には朝飯……ティータイム前だ。
十分に距離はとっているし、キョロキョロと犯人捜しをしているドロシアの目に付くことはない。あとは時間が経てば――。
「アヴリル!? どうしたんだいそんなに濡れて?」
次の授業に急ぐため、涙ながらにトイレから出てきたずぶ濡れのアヴリル。足元を凍らせた犯人を捜しながら、ピーチクパーチクわめくドロシア一派。そして、そんなドロシア一派の騒ぎを耳にして駆けつけたフレドリック様。それらが一堂に会する。
「殿下! これは……その……」
「……? ――まさか、誰かに嫌がらせを!?」
言いよどむアヴリルちゃんの雰囲気から、状況を察するフレドリック様。
そしてそれに気が付いた彼の目に映るのは、日ごろから公然とアヴリルへの嫌がらせをしていることで有名なドロシア一派。誰が見てもたどり着く答えは一つ。
「ドロシア、まさか……?」
「ち、違うのです殿下! 私はその平民に水をかけてなんて!」
「……俺はそんなこと一言も言っていませんが? どういう意味かお聞かせ願えますか?」
「――――っ!」
おっと、これは墓穴を掘ったわね、ドロシア・ディアス侯爵令嬢様?
フレドリック様は少女漫画のヒーローキャラだ。ヒーローキャラなんてものは、ヒロインが困っていると必ず助けに来てくれる。すれ違いがあったり山あり谷ありの関係だったりするけれど、必ず最後は決めてくれる。
それはこのズレてしまった世界でも一緒。少しかみ合わないでフレドリック様が来ないなら、その少しを誰かが調整してやればいい。
「フフフ」
思わず笑みがこぼれる。
この状況、ドロシアをマーガレットに置き換えれば「マジカルキス」原作三巻で描かれたシーンだ。それが今、私の目の前で再現されている。ファンとしてこの場面に立ち会えることが感激でならないわ。
フレドリック様の活躍シーンを十分に堪能した私は、気がつかれないようにひっそりとその場を去った。
☆☆☆☆☆
「そろそろね……」
私は物陰に隠れながら、様子を窺う。
ここは学園の裏庭。月夜に照らされた秘密の花園。
「準備は万端……あ! 来た!」
裏庭に現れた人物を確認し、小声で叫んで小さくガッツポーズ。
きょろきょろとあたりを見渡すアヴリルちゃんだ。その正反対の方向からは、これまたあたりを見渡すフレドリック様。
「フレドリック様! こんな夜更けに呼び出すなんて、話したい事ってなんですか?」
「……? 俺を呼び出したのはアヴリルの方では?」
どうにも会話がかみ合わない二人。
それも当然、二人をここに呼び出したのは私だ。
この二か月、トイレでの一件以外にも私はいろいろと動いた。
怪我をしたアヴリルが助けられる四巻、二人のすれ違いがおこる五巻、いつもとは逆にアヴリルがフレドリックを助ける六巻――などなど、私のサポートもありイベントは順調に進行しているわ。
富と権力のある公爵令嬢という立場は非常に便利だ。イベントを進めるために必要な物が多少無茶でも用意できる。
そして今夜二人を呼び出したのは、私が生前最後に読んだ十巻のイベントを発生させるため。
「うふふ、どう見たってフレドリック様の字ですのに」
「いや、俺は本当に呼び出しては……。まあいいか。せっかくだしこの綺麗な満月を楽しもうか」
二人はお互いの言い分を不思議に思ったけれど、そんなことは置いておいて、二人で月見と洒落こむことにしたようだ。
「よし、いきなさいフレドリック! そこよ! 抱きしめて!」
思わずテンションがあがるけれど、つとめて小声だ。
月夜に照らされた二つのシルエットが徐々に重なり、そして――。
☆☆☆☆☆
「ちょっとよろしいかしら、マクマーン公爵令嬢様」
「痛っ!? ちょっとなにを――」
満月の晩から少し経ったある日、今日も今日とて図書館へ向かっていた私は、突然二人の令嬢に両腕を掴まれて、空き教室へと連れ込まれた。
床へと放り出され、見上げた先にはドロシア。周囲を幾人ものドロシア派の令嬢が取り囲んでいる。
「……これはどういうことかしら、ドロシア・ディアス侯爵令嬢?」
「フン、とぼけないで! あの平民の手助けをして、どういうつもりかしら?」
「――っ!」
……私がアヴリルちゃんたちのアシストをしていること、気づかれていたのか。
「黙っていないで答えていただけますか? あの平民の女が気に食わないのは、貴女も同じはずだったでしょう?」
それは記憶が戻る前のマーガレット・マクマーンね。
今の私は恋愛応援令嬢マーガレット。悪役令嬢マーガレットとは違うわ。
「なんとか言ったらどうなの!」
ドロシアは私の胸倉をつかみ、貴族令嬢という立場を忘れたように恫喝してくる。
哀れね。薄っぺらな虚栄心ですこと。
「……自分のくだらない自尊心を満たすために平民を虐げるなんて、無様ですわよドロシアさん」
「な、なんですってぇ……!」
「あら、事実を指摘されて逆上かしら? 回りにいらっしゃるあなたたちも一緒ですわよ? 本当に貴族的精神の欠片もない人たち……」
「フンッ、偉そうにしていられるのも今の内よマーガレット・マクマーン!」
私の言葉にいよいよ怒りがあふれ出したドロシアは、顔を真っ赤にして私を床に叩きつける。
「あら? 私の後を金魚のフンみたいについてきていた、貴女がそう仰るのかしら?」
「馬鹿にして! 今の地味なあんたに求心力なんてないのよ。いい? 今は私の時代! よく覚えておきなさい!」
☆☆☆☆☆
「いったあ……」
こけた。擦りむいた。
別に私は何もないところでこけたドジっ子キャラじゃない。誰かに足を引っかけられた。
周囲を見渡すと、クスクスと笑うドロシア派のご令嬢。たぶんあいつらね。
ドロシアに呼び出された一件以来、変わったことが二つある。
一つは、アヴリルちゃんへの嫌がらせがエスカレートしていること。
もう一つは、今こうしているように、私への地味な嫌がらせが始まったことだ。
私が公爵令嬢という立場にある以上、表立って攻撃はできない。
だからこそ、この地味な嫌がらせの数々なんでしょうね。
物を隠されたり、服に変な液体をつけられたり、すれ違いざまに悪口を言ったり、水をやっていた花壇が荒らされていたり、本当に地味に嫌なやつだ。
「邪魔ね」
声に出したつもりはなかった。けれど声に出ていた。
「邪魔だわ」
私に対してはどうでもいい。けれどなんでアヴリルちゃんの恋を邪魔するの?
「邪魔でしかないわ」
どうして? 私はただ「マジカルキス」の結末――ハッピーエンドがみたいだけなのに。
邪魔だ。邪魔だ。邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ッ!!!!!!!!
「そうだ――」
邪魔なものはなくせばいい。ハッピーエンドは幸せだ。
幸せをつかみ取るためなら、私は何だって――。
☆☆☆☆☆
「ちょっと! お待ちなさい、マーガレット・マクマーン!」
「あら、ディアス様、何かご用かしら?」
廊下を歩いていたら、猛ダッシュしてきたドロシア・ディアスに呼び止められた。
毎度毎度騒がしい人だ。廊下を走ってはいけませんわ。
「何かご用!? しらばっくれるのも大概にしてくださいまし! デボラ、エマ、オーレリアの事ですわ!」
デボラ、エマ、オーレリア……いずれも下級貴族の令嬢で、ドロシアの取り巻きだった人物だ。
そう――「だった」。過去形だ。
三人ともこの一ヵ月の間に、不幸な事故によってお亡くなりになった。
「お三方の事は私も本当に残念で……」
「とぼけないで! あなたが関係していることはわかっています!」
「突然何を仰るの、人聞きの悪い。お三方のことは不幸な事故。そうでしょ?」
ああ、悲しい。本当に悲しい不幸な事故だ。
三人とも偶然に、アヴリルちゃんにひどい嫌がらせをしたり、私の邪魔をしようとした次の日に亡くなるなんて……。
それにしても公爵令嬢という立場は実に便利だ。
たいていのことは「偶然」「不幸な事故」として処理できる。
「しらばっくれるなら結構! 正義はこちらにありますから!」
「正義? 正義……フフフ、アッハッハッハ!」
「何がそんなにおかしいの!」
何が? 楽しい。愉快だ。おかしくってたまらない。ハッピーエンドを求める私以上の正義なんてこの「マジカルキス」の世界にあるだろうか、いやない。
もう正義だとか善とか悪とか、そういったものを超越して私は驀進している。目の前のドロシアがひどく滑稽な道化に見える。
「もういいわ、好き勝手できるのも今のうちよ! いかにマクマーン公爵家に力があろうと、我がディアス侯爵家だってそれなりに力がありましてよ!」
「ディアス侯爵家……? そんなお家どこにあるのです?」
「はあ? あなた一体何を――」
「――ドロシアお嬢様!」
ドロシアの言葉を遮ったのは、顔面蒼白という言葉がぴったりの顔で飛び込んできた、彼女のメイドだ。その震える手には書状が握られている。
「あなた、いったいどうしたの? その書状は……?」
「お、お嬢様……、落ち着いて聞いてください。ディアス侯爵が……お父上が逮捕されました」
「――! お父様が逮捕!? なんで、どうして!?」
「反逆を企図した罪ということで……、奥様も、他のお家の方々も、縛につかれたと……!」
ドロシアの顔がみるみる青に染まっていく。ちょうど――そう、前世で夏場に食べていたサイダー味のアイスクリームみたいに。
「無実ですわ! 事実無根ですわ!」
「私もそう思います……。ですがこの書状には、当局よりお嬢様も速やかに参上するようにと……」
「そんな……! ――そうか! マーガレット・マクマーン!」
何かに思い至ったドロシアは、ずいずいと進んで私の胸倉をつかむ。
「やめていただけませんか、ディアス侯爵令嬢様? あ、元ディアス侯爵令嬢様かしら? それともまだ失領はなさっていない?」
「貴様アッ! 貴様あああッ!!!」
もはや言葉になっていない叫びをあげるドロシア。彼女の手に魔力を感じる。魔法を放とうとしている。そしてそんな彼女を「おやめください」と必死に止めるメイドさん。
頃合いね。私はパチンと指を鳴らす。
すると控えていた騎士たちが出てきて、ドロシアとそのメイドをあっという間に拘束した。
「あら、現行犯ですわねドロシアさん。魔法を使って私を害そうと? まあ怖い。さすがは反逆者の娘ですわね」
「あんたが! あんたが何かしたんでしょう!」
「その証拠はおありで? ……連れて行きなさい」
私の命を受けて、騎士たちがドロシアを連行する。
口ぎたない言葉で私を罵っているけれど、もはや彼女に私の邪魔はできない。
貴族なんてものは叩けばほこりが出る。あとはそれをマクマーン公爵家の力を使って煮るなり焼くなりだ。
その三日後、ドロシアを始めとしたディアス家の一党はギロチンに送られた――。
☆☆☆☆☆
ドロシアを消して安寧が訪れる――なんてことはなかった。
彼女がいなくなると、次に実力を持っていた令嬢が取り巻きをもつようになり、そしてそのくだらない虚栄心や自尊心を満たすために攻撃しやすい理由のあるアヴリルちゃんをいじめる。
しょうもない。本当にしょうもなく邪魔な人たちだ。
おかげで私は大忙し。邪魔者を排除するのも簡単じゃないのだ。
オバーグ男爵家、キンリー子爵家、ランバート辺境伯家……などなど、ギロチンへと送った邪魔者はもう両手では数えきれないし、不幸な事故にあった人たちも枚挙にいとまがない。
政治的な邪魔者が消え去ったマクマーン家はさらに躍進。いつしか私には“血濡令嬢”なる異名がついていた。
曰く、自分の家を大きくするためなら手段を選ばないからだと。
まったく、私は自分の実家――マクマーン公爵家すらどうでもいいというのに。事実マクマーン公爵家にとって失い難い貴族の令嬢も不幸な事故にあって、その貴族家はマクマーン一派から離脱した。
栄達、名誉、立身、権力、財産――そんなものはどうでもいい。
私が望むのはただ一つ、ハッピーエンドだけだ。
「魔女を殺せー!」
「“血濡令嬢”に死の裁きを!」
今、私の身体はギロチン台に固定されている。
罵声を浴びせるのは、怒り狂った民衆や私に恨みを持つものたち。
強大な権力を握ったマクマーン公爵家はついに王の怒りを買い、事実か定かではない反逆の罪でこうして処刑されることとなった。
でも大丈夫。見たいものは見れそうだ。
罵声を飛ばす群衆の中に、たった二人だけ罵声を飛ばさない人間がいる。
フードを被ってわからないようにしているけれど、私には分かる。アヴリルちゃんとフレドリック様だ。二人は抱き合って、目を逸らしたそうに――けれどしっかりとこちらを見ている。
聞くところによると、フレドリック様は私の処刑に強く反対し、アヴリルちゃんも私の事を「本当は良い人でこれは何かの間違い」だと言って擁護していたそうだ。
そんなことしなくていいのに。
だって私は悪役令嬢。どうせ不幸になる運命だ。
おかげで二人にそそがれそうなヘイトを、私に向けなおすのが大変だった。
私のこの両手は赤い血に染まっている。
幾人もの邪魔な人間を消してきた。だから私は“血濡令嬢”。
でもいいのだ。そのようなそしりを受けたって。
これで私の目的は達成される。ああ、今この瞬間こそがハッピーエンド。
私が死ぬことによって、二人の恋はより強固になる。
二人の恋の物語はここに完成するのだ。
「これが、私の見たかった結末――」
ああ、今ギロチンが私の首に降ろされる。
でも私の目にはきっちりとこの光景が焼き付く。
憎悪に狂う民衆の中、ただ一組だけ咲く綺麗な花が。
そしてハッピーエンドを祝う赤絨毯のように、処刑台は私の赤い血に濡れた――。
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