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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第三章 衆合地獄篇

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衆合地獄 29

 彼女達が最初に足を着けた其処は、居間だった。ささくれ立ったように粗く傷んだ畳の上、愛のローファーがその感触を確かめるように慎重に踏みしめる。慎重にと言っても、窓ガラスを割った時点で、もし中にヒトがいれば既に侵入はバレていることだろう。

 まず愛が部屋に入り、その後に続いて九十九が入ってきてからも、家の中は他に物音ひとつしない。どうやら本当に無人のようだった。


 床は畳、壁と天井は木造で出来ている、至って普通の日本家屋。侵入した窓側の壁を背にして左側には台所があった。居間と空間が直接繋がっている。玄関が無く窓の数も少ないせいか、家の中は薄暗い。しかし古ぼけた外観に反してその内装は予想よりも綺麗――というよりは、何も無いと表現する方が的確だろう。

 家具に類するような物は一切置かれておらず、かつてヒトが住んでいたであろう痕跡すらも見当たらない。居間や台所など一つ一つの部屋自体は広めに造られているが、むしろそれしか特筆すべき点のない、殺風景な空間である。


 其処に侵入して、まず愛は自身の聴力と嗅覚の感度を極限まで引き上げた。更に蛇の特徴である赤外線を感知する器官を再現し、暗闇の中で動く物が無いか確認する。そうして周囲一体に感覚を張り巡らせ、念入りに気配を探知して――数秒後。


「…………何かが潜んでいるような気配はありません」


「わかった。でも、あまり長居はしたくないな」


「ですね。さっさと手掛かりを見つけてしまいましょう」


 靴底がざくざくと畳を踏み鳴らし、ふたりはそれぞれ居間と台所の物色を始めた。とはいえ、調べられる箇所は限られている。台所には棚くらいならあるが、食器もコンロも無い。居間に至っては机すら無く、調べようと思っても数えられるのは壁や天井のシミくらいなものだ。

 調べ始めてすぐ何も無いことを悟り、愛と九十九は目を合わせる。そしてどちらからともなく、彼女達は居間から正面の廊下に出るのだった。


 廊下は左右に分かれていた。まず廊下を右に進むと、道中左側の壁に二階へ続く階段がある。そのまま奥に進むとすぐに行き止まりの壁に突き当たった。本来ならばこのスペースに玄関があってもおかしくないが、やはり何も無い。

 ひとまず階段は後回しにして、次に廊下の左に進む。その道中右側の壁に浴室へ繋がるスペースがあった。その反対側の壁には引き戸があり、そして廊下の突き当たりには和式の便器があった。

 浴室は黒く薄汚れた狭い浴槽だけがあり、備え付けの蛇口からは捻っても何も出ない。和式の便器も薄汚れていたが、誰かが使ったような痕跡は無い。愛は念のためトイレの中を奥深くまで覗き込んだが、底には何も落ちていなかった。やはり何も見つからない。


 トイレを調べ終えた愛は九十九と共に、道中あった引き戸の部屋へ向かう。ここが一階で調べられる最後の部屋だった。閉じられた引き戸に九十九が指をかけ、横にスライドさせる。引き戸の扉を開けた向こう側、部屋の中を覗いた瞬間――理解出来たのは、まず、鏡。

 その部屋の中央には、鏡台が置かれていた。鏡台は姿見のように縦に長く、愛や九十九の身長でも収まるほどの大きさをしている。


 そして、その鏡台の前に――――長い黒髪、その後ろ姿が、佇んでいた。


 それがヒトの髪であると遅れて理解して、瞬間――愛と九十九は咄嗟にその場で身構えていた。霧が濃くなっていく。窓に射し込む赤い陽光に照らされて、深紅に染まったその部屋で、佇む後ろ姿。その光景に、全意識を集中させる。

 引き戸を開けるまでその気配にまるで気付けなかった。否、開けた後も感じない。まるで目の前に居ながら其処に居ないようで。生命の息吹というものを、目の前の髪からは一切感じない。


「…………?」


 そう、何も感じないのだ。ソレからはヒト特有の気配を微塵も感じない。その違和感に黄昏愛が勘付いたのは、緊張が流れたその数秒後だった。黒髪の後ろ姿は、身動き一つ取る気配がない。否、それどころか――生きてすらいないような。

 怪異とは既に死んだヒトの身ではあるが、それでも動物らしく、其処に居ればどんな者も大なり小なり気配を纏う。目の前の事象にはそれがない――ということに気が付いて、愛は恐る恐る、ソレに向かってにじり寄っていく。


「愛……?」


 黒髪の後ろ姿にゆっくり近付いていく愛に慌てて声を掛ける九十九。それに対し「大丈夫です」とでも言いたげに、愛は左手を掲げてみせる。愛がソレの右側から回り込むように近付いていく。その間も霧は濃くなり続けている。後ろ姿が蠢く気配も依然無い。緊張の走る中、とうとう愛がソレの正面に回り込んだ。


「…………?」


 正面からソレを捉えた愛は――首を傾げていた。その表情は、なんだか釈然としていないような、僅かに困惑の色が見られる。

 そんな愛の様子に、少なくとも目の前のソレが動き始めることは無さそうだと判断して、その後に続くように九十九もまた部屋の中に入ってきた。ソレを左側から回り込み、愛と同様、正面からソレを捉える。


「…………なにこれ」


 鏡台の前に立つ、黒髪の後ろ姿。ソレは、つっぱり棒のような細長い棒にかけられた――黒い長髪のカツラだった。であればこの棒は、ウィッグスタンドということだろう。木製のそれが鏡台の前で静かに佇んで、カツラがぶら下がっている。

 カツラのかけられた位置から鑑みても、平均的な女性の身長なら大体その辺に頭がくるだろうというような位置で棒の高さが調節してあり、まるで「女が鏡台の前で座っている」のを再現したような、そんな光景が、この部屋の中に作られていた。


 不気味極まりない光景だったが、しかし愛と九十九はどうやらいまいちピンと来ていない様子である。感覚が常人とは些かばかりズレているこの二人からすれば、恐怖よりも「何故こんな所にこんな物が?」という疑問の方が強いようだった。

 黒髪の正面に回り込んだ状態で、愛と九十九は再び鏡台の方へ振り返る。鏡に映る景色にも異常は無い。見たままの景色である。鏡を覗き込みながら、二人は揃って眉を顰めていた。


「……あ、この鏡台……」


 九十九が言いながら指を差す。その先を愛もまた目で追って、それに気が付いた。木製の古びたその鏡台には引き出しが取り付けられていた。金具で出来た取っ手があり、手前に引っ張るとその中を確認出来る。そんな引き出しが、上段、中段、下段と、三つ付いていた。


「……開けてみましょうか」


「そうだね……」


 引き出しの中に何か入っているかもしれない。愛と九十九はお互い同じ考えであることを確認したように頷き合い、それぞれが鏡台に向かって手を伸ばした。

 まず、九十九が率先して上段の引き出しを手前に引っ張る。鍵がかかっているということもなく、ずりずりと擦り合うような音と共に、引き出しは呆気なく開かれた。


 そんな上段の引き出しに入っていたのは――薄汚れた茶色い封筒。


「…………?」


 封筒は愛が手に取った。封筒には膨らみがあり、覗くと中に折り畳まれた紙が入っているのが解る。愛はそれを封筒から引っ張り出し、何重にも折り畳まれたそれを開いていく。


 それは手紙のようだった。随分と古い年代の紙が使われているようで、劣化が酷い。書かれている文字自体もかなりの達筆で、長い文章の中で読み取れるのは極一部。


「……『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』……」


 読み取れる範囲で、愛がそれを音読していく。


「……『さて、この度■■■■■という限定的な案件でありながらも■■へ御依頼して下さった事、大変喜ばしく思います。行える事は大変限られていましたが、可能な限り■■■■』……」


「手紙?」


「……みたいですね。誰から誰に向けたものなのか……」


 隣から手紙を覗き込む九十九。文字が殆ど掠れていて読めたものではないが、そもそも九十九は文字自体、簡単なものしか読むことが出来ない。


「わー、全然読めないや」


「私に任せてください。ええと……『願わくば「()()()()()()()()()()()()()()()()()」の内部で、■■や■■を全て■として未来永劫語り継がれる■■を製作出来たのならば、■■も、■■■■――――』」


 掠れた文字の部分を読み飛ばしながら、愛が音読を続ける。


「『■■様の今後より一層のご発展を、心より■■■■■■■■■』…………うーん、だめですね。これ以上は文字が潰れていて……意味がわからない」


「そっか。手掛かりっぽいことは書かれてなさそう?」


「……そうですね……ひとまず放置でいいと思います。次いきましょう」


 これ以上の解読は早々に諦め、愛は封筒に手紙を戻し上段の引き出しに入れ直した。続いて、愛が中段の引き出しに手を伸ばす。


 中段の引き出しも手前に引っ張ると簡単に開いた。中に入っていた物を、九十九が手に取る。


「…………?」


 それをまじまじと見つめた後、九十九はやはり首を傾げていた。それはA4サイズ程度の白い紙。先程の手紙に使われた古紙とは違い、比較的年代の新しい物のようである。その白い紙に書かれていたのは、たったの二文字。墨のようなもので、紙一面に大きく書かれている。


「……愛。これ、なんて読むの?」


 その紙には、『()()』と書かれていた。


「…………」


 九十九にそれを見せられた愛は――思わず息を呑み、その場に硬直していた。呼吸をするのも忘れたように、彼女は開いた瞳孔で、それをまじまじと見つめている。漢字だ。しかし読み方はまるで解らない。こんな文字列を黄昏愛は現世で見たこともなかった。


 もし見覚えがあるとするならば――放浪者の図書館で、調べ物をしていたあの日。いくつかの有名な都市伝説が書かれてあった本の中で、愛はその名を見た覚えがある。その物語を、読んだ記憶がある。


「……………………」


 愛がもう一度、後ろを振り返る。振り返って、視線を周囲に配る。鏡台の前に立て掛けられた黒い髪。扉の無い空き家。そして読み方の解らない『()()』という文字列――


「……愛?」


 もっと早くに気付けそうなものを、この期に及んでようやく愛は気が付いた。今自分達が居るこの場所の正体に。否、むしろここで気付けてまだ幸運だったと言えるかもしれない。まだ一歩手前だ、状況は然程深刻ではない――


「……おーい。愛ー?」


 思考巡らす愛の肩をちょいちょいと突付く九十九。その指の感触に気が付いて、愛の意識は現実へと引き戻された。


「あ……すみません。少し考え事を……」


 謝りつつ、愛はおもむろに九十九の手から紙を引き抜いた。ソレから九十九を引き離すように。紙を中段の棚に戻し、静かにそれを奥へ押し込む。残りは下段の棚のみ、だが。


「……ちょーっと、待ってくださいね……」


 愛はすっかり困り果てたように、指で眉間を押さえながら唸り声を上げ始めるのだった。


「愛? 何か、気付いたの?」


 流石に愛の挙動を不審に思ったのか、愛に声を掛ける九十九の表情は若干困惑している。困惑しているのは愛も同様で、長く息を吐き終えてから、彼女はゆっくりと口を開き始めた。


「……これ、この状況……恐らく、とある都市伝説を再現しているんです」


「都市伝説……?」


「……『()()()()』の都市伝説です。扉の無い空き家。鏡台の前の突っ張り棒、そこに掛けられた黒い長髪。そして鏡台の引き出しの中には、名前の書かれた紙が入っている……。すみません、気付くのが遅くなってしまって……」


 愛の言葉を受け、九十九は改めて周囲を見渡し始めた。相変わらずヒトの気配はしない。愛と九十九に体調の変化は見られない。強いて挙げるならば、警戒し続けている為か周囲に漂う酩酊の霧はかなり濃い。ふたりとも頬を朱に染めているが、今のところ行動に支障は無い。


「じゃあ、これは……『禁后パンドラ』の怪異ってこと?」


「怪異……なのでしょうか。血の通った動物の気配がまるでしません……どちらかと言うと、南区で見かけた『オブジェクト』に近いような……」


「さっきの紙に書かれてた文字って、名前だったんだね」


「……都市伝説の通りなら、あれは偽名です。三段目の引き出しにもう一枚、別の名前が書かれた紙が入っているはず。そっちが本名で、その名前を見てしまった者は呪われる……という都市伝説なんです」


「名前を見ると呪われる……そういうトラップを具現化させる異能なのかな。つまりこの空間は異能で造られた物で、本体は別の場所にいる……ってところかな」


 周囲に警戒を配りつつ、状況を冷静に分析する。ここまで実際の都市伝説を忠実に模倣した造りの空間であれば、トラップの発動条件もまた都市伝説の通りなのだろう。であれば、話は早い。つまり、三段目の引き出しの中を見なければいいのだ――しかしそれが解ったからこそ、黄昏愛は頭を悩ませているのである。


「ここまで露骨だと……手掛かりは鏡台の引き出しの中に隠されている可能性が高そうです。特に、三段目の引き出しは怪しすぎます……」


「……なるほど。調べたいけど、もし引き出しの中に手掛かりではなく名前の書かれた紙が入っていた場合、攻撃を受けるかもしれない」


「そういうことです。どうしますかね……」


 この都市伝説を知っている者ならば、鏡台の引き出しを開けようとはしないだろう。少なくとも三段目の引き出しは触ろうともしないはずだ。だからこそ、手掛かりを隠すには丁度いい。むしろ隠すならここしかありえないと言ってもいいだろう。

 ここまで忠実に都市伝説通りの構造を再現したのは、あるいはこれが目的だったのかもしれない。忠実だからこそ、罠に気付く。罠に気付いて、敢えてそれを踏み抜こうという者は少ないだろう。


 この街に在る以上、物理的な危害を受ける可能性は極めて低いが――例えば地下闘技場に潜む『This Man』の怪異、ジョンの異能のような、対象を夢の世界に閉じ込めるといった類の効果だった場合――それ以上の探索が不可能になってしまう恐れも否定は出来ないのだ。


「……手掛かりってさ」


 などと考え頭を悩ませている愛、そんな彼女に、ふとした様子で九十九が再び声を掛けた。


「多分、今回も黄色い台紙のメッセージカードだよね?」


「まあ、恐らくは……」


「この『禁后』の名前が書かれた紙とは材質が違うよね。だったらさ、目を瞑ったまま引き出しの中に手だけ入れて、触った感触で確かめるのはどう? それなら罠だって発動しないかも」


「……………………」


 九十九のそんな提案に、愛はおもむろに九十九の方へ顔を向けた。皿のように丸くしたその目を向けられた九十九、黙って見つめ返す。そして、一秒後。


「九十九さん、ひょっとして天才なのでは?」


「え。やった。いえーい」


 ぐっと親指を突き立てる愛に、ピースサインをする九十九。こんな状況で居ながら彼女達は極めてマイペースに言葉を交わす。そして早速――九十九の提案通り、ふたりは目を閉じた。


「いくよ」


 残された三段目の引き出し。それの取っ手を九十九が握り、手前に引く。引き出しが開いたことを音で感知し、愛が右手をその中へと差し入れた。


 異能により手先の感度を強化した愛の指先は、入れてすぐ紙のような材質の物を捉えた。その感触を指の腹で慎重に確認していく――


「う……っ」


 瞬間、ぞわりとした感覚が指から伝わってくる。それに触れて忽ちに理解した。全身に纏わり付くような、呪いの感触。これまでに味わったことのないような怖気が走り、全身を強張らせる。


「……………………」


 ともかく、それが台紙の感触ではないことが解ると、愛は急いで引き出しの中から手を引っこ抜いた。愛の動きを暗闇の中で感じ取って、九十九は引き出しを奥までしっかり押し込んでいく。そうしてふたりは念のため、鏡台とは別方向に顔を向けてから、ようやく瞼を開けるのだった。


「……どう?」


「……身体に異常はありません。何も起きていないようです」


 異常が無いことを確認して、ふたりは安堵したように息を吐く。


「では、次に行きましょうか」


「次?」


「鏡台はあともう一つあるはずです。二階に移動しましょう」


 その言葉の通り、愛達は部屋から退出し、廊下を進んで階段へと向かった。木製の古びた階段は、一歩踏みしめるごとに重く軋む。九十九が先頭になり、それを一段ずつ登っていく。

 七段登ると、途中U字にカーブするように曲がる短い足場を進み、そこから更に六段登り切り、二階の廊下に辿り着いた。

 薄暗い廊下の突き当たり、そこの壁にまずはひとつ、引き戸の扉が付いていた。そこから少し手前に離れ、右側の壁にもうひとつ。合計二枚の扉、二つの部屋がある。


「一応、正面の部屋から確認しましょうか」


 愛の言葉に従って、九十九は真っ直ぐ廊下を進む。突き当たりの扉を右にスライドさせた。その部屋は外から見たときに窓があった部屋だった。部屋の中には何も無い。鏡台も無ければその他家具の類も一切置かれていなかった。


「じゃあ……あっちだね」


 入れ替わり、今度は愛が先頭になって廊下を引き返す。そして辿り着いた残りひとつの扉、その取っ手に指をかけ、慎重に開け放った。

 そこにはやはり、一階にある物と同じ――鏡台と、その前に立てられた棒、そしてそれにかかった長い髪。それ以外には何も無い、部屋の広さからまるで同じ光景が、そこには広がっていた。


「……さて」


 今度は躊躇うことなく、ふたりは部屋に入っていく。髪を素通りし、鏡台の前まで足早に近寄って、愛と九十九は視線を交えた。


「……念のため、一段目と二段目も目を閉じて確認しましょうか」


「そうだね」


 九十九は頷き、まず一段目の取っ手に指をかけ、瞼を閉じる。それを確認して愛もまた瞼を閉じ、聴覚と触覚に意識を集中させる。

 引き出しが手前に引っ張られる音と共に、愛がそこへ右手を差し入れていく。一段目の引き出しの中には、やはり下の階で触れたのと同じ材質の紙が入っていた。今回は封筒に入った手紙ではない。確認を終えるとすぐ手を引っ込め、次に移る。

 続く二段目も同様に、入っていたのは一枚の紙。この紙にもやはりあの文字列が書かれているのだろうか、という僅かな興味も押し殺し、愛はすぐに手を引っ込めた。

 次はいよいよ三段目。ここに手掛かりが隠されているはずだと、半ば決め打ち気味にここまで来た愛と九十九だが――


「……っ!」


 いつものように九十九が引き出しを開け、愛がそこに手を差し入れる。指先が中に入っていたそれに触れた瞬間、その感触にとうとう愛が反応を示した。これまでとは明らかに違う材質。手掛かりが書かれたあのメッセージカードと同じ台紙の物である確証を、指の先で捉えたのだった。愛がすぐにそれを拾い上げ、目を開ける――


「ありました……!」


 その手に握られていたのは、間違いなくあの黄色い台紙のメッセージカードだった。愛が目を開けると、数字の羅列が書かれた面が飛び込んでくる。その数列を確認すると、愛はようやく緊張が解けたようにほっと溜息を漏らすのだった。


「え、ほんと?」


 愛の弾んだような声色に、遅れて九十九も目を開ける。愛が黄色い台紙を両手で握っている姿がそこにはあった。


「間違いありません……! ほら!」


 数字の書かれた面を九十九に見えるように、愛は自分の顔の前でカードを掲げた。


「『141●』……ほんとだ。やったね」


 嬉しそうな愛の様子に、九十九は思わず頬を綻ばせる。ようやく見つけた手掛かり、座標の一部である『141●』を見つけた彼女達。

 これにてめでたしめでたし。後はこの家から出て拠点に戻るだけ――――


「――――……………………ああ、しまった」


 そんな矢先のことだった。まるで魂の抜けたような声色で、そんなことを不意にぼそり呟いたのは――黄昏愛。


「……ん、愛?」


 一瞬のことではあった。その一瞬の違和感に気付き、九十九もまた口を開く。目の前で微動だにせず固まっている愛に声を掛ける。そんな愛の目の前には依然、カードがある。表面には座標が書かれている。それを九十九の方に向けていて、彼女は今、その裏面を見ている。


 カードの裏面に書かれていた、もう一つの文字列を――彼女は見てしまった。


「…………………………………………逃げてください」


 喉の奥から絞り出すように、紡いだその直後である。


「…………え、」


 九十九が聞き返す暇もなく――――まず最初に、()が湧いてきた。


 部屋中、至る所、隙間という隙間から。ずるり、ずるりと――――髪の毛が、生えてくる。伸びてくる。触手のように、髪の束が。意思を持つように、うねり、蠢いて。壁から、床から、天井から。髪の毛が、髪の毛が、髪の毛が――


「あ」


 ――髪の毛が。直後、愛の全身を包み込んでいた。

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