衆合地獄 27
ノアの箱舟。独特な名を冠するこのホテルは、基本的に二人以上の利用を想定され、宿泊よりも短時間の休憩の為に利用されることが多い施設――所謂、ラブホテルである。
ちなみに現世におけるラブホテルとはその定義が法律で明確に決められている。その定義を満たす建築物は風営法に則り、規制区域内に指定されている場所に建てることが出来なくなる。
具体的には第一種住居地域、第二種住居地域及び準住居地域は規制区域となっており、学校、公民館、図書館、病院など、それらの二百メートル以内も規制区域と定義されている。
そしてノアの箱舟の周辺はと言うと、当たり前のように学校が建っていた。本来このような場所にラブホテルを建てるのは法律違反にあたるはずなのだが――ここは地獄。法律など存在しないし、有ったところで意味が無い。そもそもラブホテルどころの騒ぎではなく、西区の居住地域は違法建築だらけの有様であった。
さて、つい先刻のことである。如月暁星に行き先を尋ねられた愛達は、このノアの箱舟に行くのだと声高らかに宣言してしまったわけなのだが。
「あー……ひょっとして誤解されちゃいましたかね」
「……最悪だな……」
揃って溜息を漏らしながら、二人は正面玄関から建物内へと侵入した。まだ此処が例の手掛かりが隠された場所であるという確証は無いが、ここまであからさまだと調べないわけにもいかない。
エントランスホールは無人。天井高は三メートル程。壁に埋め込まれた、部屋の空き状況が解る液晶モニターだけが薄暗い空間の中で淡く主張している。
中央のモニターから右隣にはエレベーターのような自動開閉の扉が設置されていた。それ以上の特筆すべき物は何も無い、現世のそれと遜色ない、至ってシンプルな造りである――
「これ……ハリボテじゃないです。電気が通ってますよ、このモニター……」
しかし、現世と遜色ない造りという時点で、地獄においては異常だという事は最早言うまでもない。
「しかもタッチパネルです……! 一周回って新鮮ですね……」
「もうそれくらいじゃ驚かねえぞオレは……」
タッチパネルのモニターを慣れた手付きで操作する愛。モニターに映った部屋の番号を指で押すと、その部屋の間取りと簡単な説明文が表示される。そして表示された間取りの下には、決定とキャンセル、二つのボタンもまた表示されるのだった。
「おい、このエレベーター……ボタンが無いぞ。開かねえ」
一方でちりはエレベーターの方を確認していた。しかしエレベーターには開閉ボタンのような物が見当たらず、ちりが前に立っても何の反応も示さない。
「あぁ、でしたら……恐らくこちらのモニターで先に入る部屋を選ぶことで、エレベーターも連動して動く仕組みなんだと思います」
ラブホテルの利用方法は各施設によって大きく異なる。フロントが無人のタイプはこのように、モニターから自分の手で部屋を選ぶ仕組みであることが多い。
「詳しいな、おまえ……」
「それは、まあ」
「……言っとくが、入るつもりは無いぞ」
「わかってますよ……あら?」
各部屋の間取りを確認していた愛だったが、液晶の上を滑らせていた指を不意に止める。その視線は、とある部屋の説明文に釘付けになっていた。愛の様子に気付いたちりもモニターの前に移動する。
モニターに映し出されていたその部屋の番号は、433号室。表示上の間取りに変わった点は見られない、ごく普通の部屋のようだが――
「この部屋の説明文だけ、少し……変じゃないですか?」
「あ……?」
他の部屋の説明文は、具体的な間取りの実寸値、配置された家具やアメニティ類の紹介など、利用客が求める一般的な情報が記載されている。しかしこの433号室だけは、他のそれとは少々様子が異なるようであった。
「ええと、何々……『これをご覧の皆様。当ホテルはお楽しみいただけておりますでしょうか? 喜んでいただけたのなら、この施設を造営した甲斐があったというものです』……」
その説明文は説明にあらず、まるで私信のように淡々と文章を綴っているものだった。怪訝な表情を浮かべつつも、ちりはそれを音読していく。
「『さて、この度は予てよりご要望を頂き、弊社にて製作を進めてまいりました――こちら、想いが必ず成就する特別な部屋に関しまして――無事、改装工事が終了致しましたことを、ここにご報告させていただきます。皆様の今後より一層のご発展を、心より祈念申し上げます』――――? なんだこりゃ……」
要するに、433号室は「想いが必ず成就する特別な部屋」らしい――が、それ以上の情報は一切記載されていない。社交辞令的な文章に、肝心の部屋自体に関する情報はどこにも含まれていないのだった。
「あっ……見てくださいこれ」
胡散臭い文章に眉を顰めているちりに、何かに気付いた様子の愛が声を掛ける。よく見ると説明文の下部、画面端に小さく記載されている一文があった。愛がそれを指差しながら音読する。
「『※こちらの部屋は必ず二人以上でご利用ください。秘密の捜し物に夢中で、誤って単身で入室されてしまったお客様に関しまして、弊社は一切の責任を負いかねます。予めご了承ください』……」
「秘密の捜し物……ねェ」
「……ちょっと露骨なくらいですね」
「だな……」
溜息が出る。どう見ても罠だ。暗号を解いた先で見つかった秘密の部屋に意味深な文章。あからさまに怪しい。十中八九、何らかの怪異ないし異能が絡んでいると見ていいだろう。だがこの際、それは問題ではない。罠だろうと何だろうと、彼女達に前進以外の選択肢は存在しないのだから。
「……入るしかねェか」
「ですね……」
愛の人差し指が決定ボタンをタップする。モニターが切り替わり、「エレベーターをご利用ください」という文字が表示されてすぐ、小気味良い鐘のような音が鳴り響いた。エレベーターの扉が自動的に開け放たれる。箱舟の中へ乗り込む愛とちり。その扉は二人が収まると再び自動で閉じ、重い駆動音と共に上昇を始めるのだった。
「…………」
「…………」
エレベーター内、二人の間で会話は無い。致し方ないとは言え、二人でこんな場所に来るなんて思ってもみなかったことである。先程までセックスがどうとか茶化していた愛でさえ、流石に戸惑っているようではあった。
その表情はどこか神妙で、ともすればそれは『あの人』への罪悪感のようなものを抱いているのかもしれなくて――
「……ハッ、くだらねェ」
そんな静寂を打ち破るように、一ノ瀬ちりは大袈裟に舌打ちをしてみせた。誰よりも動揺しているはずなのだが、それをおくびにも出さないように、露骨なほど不機嫌を装って。
「手掛かり捜すだけだ。頼まれたって何もしてやらねェからな」
どことなく流れていた緊張の糸を、軽く嗤い飛ばすように。ちりの赤い瞳は挑発的に愛を見上げる。煽るようなその視線に、愛は思わずその口角を上げていた。
「……バカですかあなた。それともなにか、期待でもしてます?」
「誰が。こっちから願い下げだっつの」
「まあ、デリカシーの無いひと」
「おまえが言うなおまえが」
売り言葉に買い言葉。しかしそのおかげで、すっかりいつもの調子を取り戻す二人。そんな彼女達を乗せたエレベーターは、数秒後にはその動きを止めていた。再び鐘のような音が鳴り、扉が自動的に開かれる。
エレベーター内を出て通路を進むと、すぐに左右の分かれ道へと突き当たる。しかし迷うことはない。よく見ると壁に張り付けられた左矢印の看板が点灯しており、それの通りに進むとすぐに433号室の前まで辿り着くことが出来た。
「……ここだな」
先頭を歩いていたちりが、ドアノブに手を伸ばす。恐る恐るそれを下に捻ると、扉は呆気なく開いた。愛とちりは互いに目を合わせ頷き合うと、慎重に中へと入っていく。
「ほう……?」
玄関から部屋に繋がる廊下を抜けたその先で――愛は歓心したような声を上げるのだった。部屋の内装は、構成する壁も天井も全てがピンク一色に染まっていた。四方の壁に掛けられたランプが、薄暗いこの部屋全体を桃色に淡く照らしている。部屋の中央には白く清潔なシーツのダブルベッドがどっかりと鎮座していた。そこは想像以上に普通の、何の変哲もないラブホテルの一室だった。
「なんだか……実家のような安心感がありますね……!」
「どんな実家だよ……」
思いの外キレイだったことに感動しているのか、愛の視線は忙しなく部屋の周囲を見渡していた。ちりは既に疲れ切った様子で、ダブルベッドの上に腰掛ける。
「……あれ? でもこの部屋……」
しばらく部屋の様子を観察していた愛だったが、ふと気付く。その部屋の違和感に。
「シャワールームが見当たりませんね……というか……」
一つ気付くと、次々と浮き彫りになっていく。
「……窓が無い……?」
そう。この部屋には、あるべきものが無い。シャワールームが無いタイプの部屋はそう珍しくも無いが――窓すらも無いというのは、部屋の構造として破綻している。
「…………は? ちょっと待て……!」
そして今度は、ちりが気付いた。その部屋における、圧倒的な違和感。重大な欠陥を。
「扉が無いぞ……ッ!? さっきオレ達が通った扉が……玄関に繋がる廊下が……いつの間にか無くなってやがるッ!」
気が付いた時には、そうだった。気配すら感じさせず、扉が消失したのである。扉があったはずのそこには何の変哲もない平坦な壁だけがある。触った感触にも異常は無い。
「もしかして……閉じ込められた?」
窓も扉も無い完全な密室。常人であれば一瞬でパニックに陥るであろうこの状況で、ちりは咄嗟に身構え、冷静に周囲の様子を窺う。何か見落としは無いか、どこかに敵が潜んでいないか――
「…………は?」
そんな彼女だからこそ、真っ先に見つけてしまう。気付いてしまう。それは、ベッドの南側に位置する壁。そこの壁にだけ、額縁が飾られていたのである。シンプルな木造のその額縁の中には、文字の羅列が書き込まれた鉄板が埋め込まれていたのだった。
「……これは……」
遅れて愛もそれに気が付き、その文字列を読んだ二人は絶句する。何故ならそこには、こう書かれてあったからだ。
――セックスしなければ出られない部屋、と。
「なんだそりゃあァッ!?!?」
断末魔のような悲鳴が部屋中に響き渡る。
「うわ……なるほど。そういうことですか……」
全てを察し、脱力し切ったようにベッドの上へ倒れ込む愛。その表情は腹立たしさを通り越して呆れ返った、虚無の顔。細く長い溜息を延々と吐き続けている。
「ざけんなコラァッ!! 出せやオイッ!!」
壁に向かって怒号を浴びせるちり。二百年分の年季の入った凄みは大人も顔負けだが、もちろん壁は何の反応も示さない。
「この……ッッ!!」
怒り狂うちり、握り締めたその右の拳を、思わず壁に向かって叩き込んでいた。しかし壁はびくともしない。壁を殴ったちりの拳はじんじんと痺れるような痛みが走る。
ならばと、今度は左手の赤い爪を、ちりは長く鋭く伸ばしてみせた。赤いクレヨンの怪異としての機能、長爪による斬撃が、容赦なく壁に振るわれる――
「チッ……!」
――が、それでも壁は無傷。刀の切れ味にも匹敵する怪異の爪でさえ、手応えすらも感じない。息に苛立ちが乗る。
「……退いてください」
その様子をベッドの上から眺めていた愛が、おもむろに立ち上がった。ちりが攻撃していた壁を睨み付け――その右腕を天へと掲げる。
「魔腕……構築……――――!」
ぬえの怪異としての異能を総動員させる。動物の個性をヒトの規模で再現した人体改造――右腕を構成する細胞の一つ一つが、別のそれへと換わっていく。
彼女が魔腕と呼ぶそれは、複数の動物の筋肉を繋ぎ合わせた怪物の腕。少女の右肩から先が、黒く巨大な筋肉の塊へと変貌を遂げていく。四メートルはある天井までの高さも悠に届く巨大なその腕が、豪快に振りかぶられた。
「うおっ……!?」
慌てて愛の後方目掛けその場から飛び退くちり。視界の端からもその姿が消えたことを確認してすぐ、愛は踏み込み、魔腕の拳を――壁に向かって殴打する。
まるで爆発のような、凄まじい衝撃の音が部屋中で木霊する。それはあの膂力の悪魔、芥川九十九にも迫る破壊力で――
「…………むむ」
しかしそれさえも、壁は掠り傷一つ負ってはいなかった。
「これは……どういうことでしょう」
「……異能だ。この部屋そのものが異能によって具現化された現象なんだ……!」
異能の中には「新たな概念を創造し、現実世界に反映させる」といった類の特異な能力――現実改変が存在する。
例えば、かつて愛達が戦ったシスター・アグネスの『八尺様』は、自分よりも年下の相手には絶対に負けないというルールを相手に押し付けることが出来る現実改変の一種である。
この部屋もそういった現実改変に分類される異能なのだと一ノ瀬ちりは推理した。『条件を満たさない限り絶対に出られない』というルールの具現化として、この部屋は成立しているのだと。そしてこの場合、その条件と言うのが、恐らく――
「それじゃあ、本当に……セックスしないと出られないんですか……?」
――そういうことに、なってしまうわけなのだが。
「嘘だろ…………」
血の気が引いていく。認めたくない現実に直面した思考は活動を停止したがっていた。ちりの視線は定まらず、虚空に揺れている。
どう考えてもこの状況、他に手段は無いように思える。にも拘わらず、ちりの赤い瞳はそれを直視することを拒むように、視界の外へと追いやってしまう。他の可能性を探そうとしてしまう。きっと意味なんて無いということは、解っているというのに。
「あれ……というか私達……暴力を振るったのに……」
一方で、変形した腕を元の少女のそれへと戻した愛。自分の手をまじまじと見つめながら、思い至ったように口を開く。
「酩酊、してませんよね? 何の制約も感じません。普通に異能が使えてますよ、私」
「……確かに。どういうことだ……何なんだこれ……」
酩帝街が齎す盛者必衰の理によって、全ての怪異は暴力を振るえず、また異能の使用も一部制限されてしまう。万能な『ぬえ』の異能も、この街では本領を発揮出来ずにいた。身体を巨大化させるような変身は出来ないし、超音波を利用した分身達との意思疎通も出来ない。
その制約を、この部屋の中では一切感じないのだ。愛もちりも全く酩酊していない。頬は白いままだし、全力で異能を使えている。しかしこの状況、酔うことが出来ないというのは返って最悪なのかもしれないが――
「ッ……と、とにかく……結論を出すには早計だ。他にも脱出する方法が……まだあるかもしれないだろ……」
「……それは、そうですね……」
ちりの言い分も一理あるが、しかしその線が薄いことも今の愛は勘付いていた。お互い答えに気付いていながら、敢えてそこから視線を逸している。お互いの顔を直視出来ないでいる。そのどうしようもなさを自覚してなお、彼女達はそうしなければ呼吸もままならないようだった。
「まずは冷静になりましょう……そもそもここに来たのは手掛かりを捜す為です」
「あァそうだ……それすらまだ見つかってねェ……探すぞ……部屋中を調べるんだ……!」
こうして、部屋に閉じ込められてしまった愛とちり。ふたりはまず、部屋を物色し始めた。壁、床、天井、ベッドの下……見て触れる箇所は片っ端から確認していく。
「つーかどんな異能だよ……その……セッ……しなきゃ出られないとか……クソがッ……本体の怪異見つけ出して絶対にブッ殺す……!」
その間、ぶつぶつと恨み言を呟くちり。両手で壁の感触をじっくり確かめるように触っている。秘密の入口に繋がるような仕掛けが無いか探っているようだが、壁は継ぎ目一つ無く、僅かな凹凸すらも見られない。
その一方で黄昏愛は、まるで蜘蛛のように、天井に両手両足を張り付けて登っていた。顔に複眼を精製し、強化した視力で隈なく確認していく。
しかし壁もそうだが、床も天井も、僅かな綻びすら見られない。毒や酸による攻撃も試したがまるで通用しなかった。
「この街に酩酊の及ばない場所があるなんて……あきらっきーさんはご存知なんでしょうか……」
ふざけた状況ではあるが、同時にこの部屋の存在は愛達にとって大きな発見でもあった。この部屋は間違いなく、酩帝街という環境においては数少ない例外である。
他に酩酊の影響を受けない場所といえば、ジョンの異能による夢の世界が挙げられるが、あれは現実世界に存在しないからこそ成立する裏技のようなもの。しかしこの部屋は、ノアの箱舟は、間違いなく現実に存在している。そういう場所がこの街に存在する、という事実が何よりも重要だった。
つまり、現実味を帯びてきたという話である。こんな場所が存在するくらいなのだから、この街から出られる方法も間違いなく存在するはずだと、その方法に向かって着実に近付いてきているのだと、そうポジティブに捉えられる根拠になり得るのだ。
ぺたぺたと天井を這い回っていた愛だったが、これ以上調べる所は無いと判断したのか、やがて蜘蛛の糸を伝ってするすると床に降りてきていた。全身を元の人間のそれに戻しながら、やれやれといった風に溜息を吐く。
「……何が、セックスしなければ出られない部屋、ですか。そんなの……」
その視線の先には、壁に立て掛けられた額縁に向けられていた。額縁に飾られたその文字列は墨汁のようなもので大きく書かれており、無駄に勢いのある筆さばきを感じさせられる。それに視線を向ける愛の表情は、むすっとした不機嫌を顕にしていた。
愛が腹を立てているのは、この部屋に入る前、モニターで確認したあの説明文に対してである。この部屋を、あの説明文は「想いが必ず成就する特別な部屋」だと表現していた。
つまりあれは「相手を無理矢理にでも閉じ込めてしまえば、なし崩し的に性行為に及ぶことでその欲望を叶えられる」という、願いの叶え方としては最悪の、歪んだ想いの結実に他ならない。
「…………なんて、悪趣味」
無論、純粋に愛を育む施設として利用されることもあるだろう。けれどもし、この部屋の存在を、邪な考えを持つ誰かが知ってしまったら。それを悪用した者によって、望まぬ行為の餌食にされてしまう誰かがいるとしたら。それはあまりにも――不誠実。そんなものを愛とは呼べない。愛を信じ、信じ過ぎたが故に自ら命を断ってしまった、愛に狂う少女にとってそれは、唾棄すべき所業である。
「……ふんっ!」
次の瞬間、愛はその額縁に向かって殴りかかっていた。無意味だと解っていても、そうしなければ気が済まないとでも言うように。熊の腕に変化した怪腕が振り翳される。勢いよく壁に突き立てられた愛の腕は、額縁にめり込んで――衝撃と共に、壁に立て掛けられていたそれは床に落下した。
「…………えっ」
壁は勿論、額縁も無傷である。床に落下した額縁は裏側を仰向けにして倒れており――額縁の裏側を見た愛は、目を丸くしていた。
「は? おまえ何して……」
突然部屋に響いた炸裂音に、ちりも驚いて愛の方へと駆け寄る。そして愛の視線の先――額縁の裏側を見て、ちりもまた目を丸くするのであった。額縁の裏には――黄色い台紙のカードが埋め込まれていたのである。
「…………」
カードは額縁と一体化したように完全に嵌まっており取り出すことは出来ないが、そのカードにはやはり、見慣れた文字列が刻み込まれていたのだった。
「……『437222■』……」
「……見つかりましたね、手掛かり……」
四つに分割された座標の一部、『437222■』を発見した愛とちり。本来であれば喜ぶべき場面だが、二人揃って複雑な表情を浮かべていた。ひとまず、額縁をもう一度元あった場所に掛け直して――
「後は、ここから出るだけ……か……」
その言葉に、愛の視線が自然とちりの方へ吸い寄せられていく。ちりもまた、愛の方を見ていた。
「…………」
「…………」
赤と黒の視線が混じり合う。数秒の、沈黙の後――
「――――嫌です」
――とうとう、堪忍袋の緒が切れた。
「絶対に嫌ですっ!! こんな、こんなの――納得いきませんっ!!!」
それは、この理不尽な状況に対する恨みつらみが存分に籠もった、魂の叫び。部屋中に響き渡る程の怒りの雄叫びに、ちりの身体はびくりと跳ねる。
「おッ……オ、オレだって……嫌だっつーのッ!! でもッ、だからって……どうすんだよこれェ!! この状況ォ!!」
愛がはっきりと口にしたことで、どこか冷静になろうと努めていた自分が馬鹿らしく思えてきたのか――続けてちりもまた、本心のままに声を荒げるのだった。
「つーかッ、効率がどうこう言って九十九と一緒に風呂入るのは躊躇わねーくせに……そッ……そういうコトをするのは……だッ、駄目なのかよ!?」
「それとこれとは話が別です!! セックスは愛し合っている者同士じゃないとシちゃ駄目なんです!!!」
「そッ、んなの……オレだっ、て……ぐ、くッ……ええいクソッ!! だったら何が何でもここから出る方法見つけるぞッ!!」
「ちゃんと真剣に捜してくださいよッ!?」
「そりゃこっちの台詞だコラァッ!!」
喚き散らし、騒ぎ立て、怒鳴り暴れる二人の少女。いつも以上に互いを罵り合い、売り言葉に買い言葉、喧嘩の絶えない少女達。それは、最後の悪あがき。今の彼女達にとってそれは、間違いなく必要な儀式で。
かくして彼女達が部屋の中の調査を始めてから更に数時間が経過し、ろくな成果も挙げられないまま――外では日が暮れ始めていた。




