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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第三章 衆合地獄篇

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衆合地獄 22

「確認するぞッ!」


 地下深く、選ばれし強者のみが夢界への切符を手に出来る、裏賭博の会場内。そこに棒切れのような細い足で力強く大地を踏み締めて、幼くも凛々しき皇女の声が響き渡る。左右隣合わせのベッドにそれぞれ、九十九と愛、ライザとキョン子が腰掛けて、その宣誓を静かに拝聴していた。


「ルールは無用、相手を殺すか降参を宣言させた方が勝者である! 以上、双方合意と見て相違ないな!?」


 九十九とライザはそれぞれ頷いてみせると、アナスタシアは自身もまた満足気に頷き返す。


「念の為に伝えておくが、夢の世界では現実の肉体と精神が切り離されておる。もし夢の中で死ぬような致命傷を負ったとしても現実には全く影響が無いので、安心して殺し合うがよいぞ!」


 そうして伝えるべきことは全て伝えたとでも言うように、アナスタシアは九十九達の向こう側に配置されたベッドに一人腰掛けた。その周辺では両手にフレグランスの小瓶を持ったジョンが忙しなく動いている。九十九はふと、左隣のベッドの方へと視線を移す。隣のベッドに腰掛けている、今回の決闘の対戦相手――ライザの様子を窺おうとする。


「やあ、レディ。また会ったね」


 それは向こうも同じだったようで、九十九の赤い視線はライザの碧い視線と重なり合った。その上で、ライザは微笑を浮かべながら九十九に声を掛けてくる。中性的なところは九十九に通じる部分もあるが、ライザの方がより精巧な顔立ちをしていて、一回り大人な雰囲気があるようだった。


「フフッ……本当はもっと違う場所で会いたかったのだけれど、仕方ないね。事情は聞いているよ。この決闘で君が私に勝つことが出来れば、この街から出る手掛かりを教えよう」


 ハスキーな声で歌うように紡がれるその言葉、こうしている今もまるで舞台の上に居るような、絢爛に飾った彼女の一挙手一投足からは、さぞかし女性からの人気が厚いであろうことを九十九でさえ想起させられていた。


「うん。よろしく」


 とはいえ、その手の色恋沙汰に疎い九十九が彼女に対して特別何かを感じることもなく。短い挨拶を返して、すぐにその視線を自分の右隣に座る愛の方へと戻すのだった。


「フフッ……つれないね」


 そんな九十九の横顔に依然、妖しげな熱を帯びた眼差しを向け続けるライザ。その透き通るような碧眼の奥底に、暗く澱んだ獣性を潜ませて――


「ライザさまぁ……?」


 しかしその一声で、ライザの視線はすぐ九十九から外れることになる。ライザの左隣、その腕にしがみつくように抱きついているキョン子が、まるでチョコのように粘度を伴う甘ったるい声色でその名を呼ぶ。ライザが振り返ると、ピンクのインナーカラーが見え隠れする黒髪揺らして、深い隈の刻まれた黒目がライザの顔を見上げていた。


「さっさと終わらせてくださいねぇ……?」


 ともすれば、ライザが九十九に向けていた視線の正体に彼女だけが敏感に気が付いていたのだろう。甘えるような声色で、けれどどこか咎めるように、キョン子はライザに身を寄せ囁きかける。


「フフッ……勿論さ、最愛の君。いつもすまないね、付き合わせてしまって……せめて君が退屈せずに済むよう、勝利を捧げるよ」


 変わらぬ調子で不敵に微笑むライザ。その後、二人は顔を寄せ合って、一瞬の静寂があった。微かに熱を帯びた吐息ののち「今はこれで我慢してくれないかい」などと囁くライザの声が聞こえてきて、その様子を隣のベッドから横目に窺っていた愛がムッと眉を顰める。


「……人前でイチャイチャと。……あんなのに絶対負けないでくださいね、九十九さん」


 ライザとキョン子の関係は敢えて言葉にせずとも誰の目にも明らかで。『あの人』と離れ離れになってしまった愛にとってそれは羨ましくも疎ましい光景だった。


「えっ。うん」


 そして、やはりよくわかっていない様子の九十九なのである。


「ではでは皆様方、夢の中でまたお会いいたしましょう。おやすみなさいませ――」


 各所にルームフレグランスの配置を終え、いよいよ準備は万全に整ったと言わんばかりに改めてジョンは愛達に向け深く頭を下げてみせた。そのまま彼は、愛達から数メートル離れた遠くのベッドに一人移動して、白いシーツの上にその身を投げ出す。


「……………………ぐう」


 そしてほんの数秒にも満たない直後、ジョンは静かに寝息を立て始めたのだった。


「え、寝るの早……」


「うむ。あやつは誰よりも先に眠り、夢の世界を構築せねばならんからな」


 愛達の腰掛けるベッドの向正面、胡座をかいたアナスタシアが愛の言葉に反応を示す。


「さて……貴様らもさっさと寝るのだぞ~」


 わふ、と大きなあくびをしてみせて、そうしてアナスタシアもまたその身をベッドに沈ませるのだった。


 周囲に漂う霧に混じって人工的な甘い香りが会場内を満たしていく。外界と切り離された地下空間は暗闇と静謐を伴っていて、ここが眠る為だけに造られた場所であると主張しているようだった。

 愛が視線を左隣にやると、どうやらライザとキョン子も既にベッドの上で横になり、眠ろうとしているようだった。二人は身を寄せ合って、一枚の白い毛布を分け合っている。


「じゃあ……私達も寝よっか?」


 そして、不意に。耳元にかかる吐息の熱で、愛の心臓はリズムを乱す。

 吐息の正体は、愛の耳元で囁きかける九十九のものだった。周りが寝始めていることを配慮してなのだろう、本人にそれ以上の他意は無いはずなのだが――


「……そう、ですね」


 邪念を振り払うように、息を大きく吸って、吐いて、そうしてようやく、愛はそれに頷いた。腰掛けていたベッドにそのまま、倒れ込むようにして愛は横になる。

 そして九十九もまた、足元の毛布を引っ張り上げながら、愛の左隣にその身を沈み込ませた。毛布をお互いの肩まで掛ける。横たわったお互いの視線が重なり合って――愛は気付いた。


 あれ。いつの間にか同じベッドで寝る流れになってるな?


「……………………」


 別に、問題は無い。今更別のベッドに一人移動するというのも、逆に意識し過ぎで滑稽だろう。しかし、言葉では何とも形容し難い感情が愛の中を駆け巡っていた。薄暗い部屋の中、目と鼻の先に九十九の顔がある。彼女の長い睫毛と赤い瞳によって視界の殆どが覆われている。その状況に、微かに高揚感を覚えている自分がいる。


 この感情に決着をつけるべく、どうにかその正体を言語化できないものかと、脳内のデータベースから適切なワードを模索する。ぐるぐる、ぐるぐる――熱に浮かされた頭で、愛は結論に至った。


 ――ああ、そうか。それはそうだ。人間だもの。地獄に堕ちて二ヶ月弱、その間『あの人』に触れられていないし、自分で慰めもしていない。

 ようするに、溜まっているのだ。性欲が。つまり単なる生理現象であって、『あの人』への裏切りなどでは断じて無く、これは仕方のないことで――


「なんだか、ヘンなカンジだね」


「えっ」


 などと物思いに耽っていた愛のことをまるで見透かしたような九十九の不意な言葉に、愛の声は裏返っていた。心臓が大きく跳ね、頬は酩酊と焦燥で朱に染まっている。お互いの顔色が正確に判別出来ない薄暗さがせめてもの救いだった。


「こんなに静かな場所で眠りにつくなんてさ。初めてかも」


「あ……ああ、そうですね。言われてみれば、確かに……」


 地獄という環境は眠りを妨げる要因で溢れ返っている。どこの誰とも知れない怪異がいつ襲撃してくるかもわからない状況でおちおち眠れるはずもなく、比較的安全なこの酩帝街という場所においてでさえ外では酔っ払いの喧騒に満ち溢れ、およそ安眠できるとは言い難い。

 そういう意味では確かに、アナスタシアがこのような場所をわざわざ地下に設けたのも妙案だと言えよう。


「く、ぁ……なんだろ、いつもより……眠たくなるの、早い気がする」


 この環境が齎すある種の安心感が、何よりの眠気の材料となっているのだろう。あくびを噛み殺す九十九の声色は、既に微睡みかけているようだった。

 しかし今の愛はそれどころではない。九十九に応じる余裕すらなく、愛は瞼を強く閉じ、浮足立った自分の心をどうにか落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。


「……愛? 寝ちゃった?」


 急に黙りこくった愛を見て、寝てしまったものだと解釈する九十九。愛の呼吸の音へ静かに耳を傾けて、少しの間を置いた後――彼女は最後に、口を開いた。


「……おやすみ。愛」


 その一言で、思い出す。フラッシュバックのように、いつかの記憶の名残が、愛の瞼の裏に浮かび上がっていた。こんな風に、そんな言葉を掛けられたのは――『あの人』が死んで、私の前からいなくなって以来だ。


「…………はい。おやすみなさい」


「あれ。起きてた」


「ふふ……すみません。けど、早く寝てしまいましょう」


「そうだね。おやすみ……」


 潮が引いていくように、熱が鳴りを潜めていく。『あの人』の面影を重ねた……わけではないけれど。揺り起こされた暖かい記憶が、愛の心に静けさを取り戻す。誰のことも信頼しない、はずだった。そんな自分が紐解かれていくのを、実感する。

 いつからこんな風になってしまったのだろう。等活地獄を跨いで、黒縄地獄に来たばかりの頃は、まだこんな自分ではなかったはずなのだけれど。一体、どこが分岐点だったのだろうか――


 そんな思考も、次第にぼやけてきて。九十九の寝息を傍で感じながら、愛もまた眠りに落ちていくのだった。


 ◆


 次に目を覚ますと、そこは光で満ちていた。


 ほんの数秒前、ベッドの上で眠りに落ちた芥川九十九は――気が付けば、その足で大地の上に立っていた。天井に張り巡らされた照明の数々が地上を照らしている。その光があまりにも眩しくて、周囲の様子を窺うことすらままならない。

 状況を掴めぬまま、ひとまず九十九は自身の肉体に不備が無いか確認することにした。今の自分の姿は寝る直前と同じ、黒いジャージ姿のまま。それら衣類に乱れは無い。誰かに傷付けられたような痕跡も無く、痛みも感じない。自分の掌を見つめ、その感触を確かめるように握り締めてみる。行動に支障は無さそうだ。特に異常は見当たらない――


 否、異常だと言うのならばこの状況の全てが異常以外の何物でもないだろう。寝起きで頭が上手く回っていないようだ。酩酊とはまた別種の酔いのような感覚に、思考は依然、微睡んで――


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 未だ微睡みの抜け切っていなかった思考はしかし、その瞬間に叩き起こされた。


 轟音。空間を震動させるそれは、ヒトの群れから発せられた、声によるものだった。

 九十九が顔を上げると、そこには自分を取り囲むようにして、幾数多のヒトの群れが耳を劈く細の歓声を上げているのだ。

 どうやらこの場所がドーム状に広がる円形の空間であること、その中央地点に今自分が立っていることを九十九は理解し始める。

 この場所に敢えて名前を付けるとするならば、それはやはり、闘技場と呼ぶのが相応しいのだろう。


『Welcome to Underground !!!!』


 轟く歓声に混じって一際大きな、聞き覚えのある声が会場内に響き渡る。


『参加者の皆々様ッ、ようこそワタクシの世界へッ!』


 姿こそ見えないが、その声は間違いなくジョンのものだった。拡声器のようなものを使っているのか、ジョンの声は会場内にいる誰よりも大きく鳴り響いている。

 ここが夢の世界であることは最早疑いようも無いが、それにしても不可思議な状況に流石の九十九も多少の戸惑いを覚えているようだった。

 何より、このヒトの群れである。就寝する直前、あの会場内に居たのは九十九を含めて六人しかいなかったはずなのだがしかし、観客席を埋め尽くすヒトの数は数百を超えていた。


「この観客達は……」


「ハリボテだよ」


 九十九の疑問に答える声は、彼女の前方から聞こえてきた。眩い光にもようやく目が慣れてきて、九十九は前方、およそ五メートル先に立つ人影にようやく気が付く。


「いわゆるNPCというやつかな。うん。なかなか凝っているよね」


 その声の主、ライザは相変わらず微笑を浮かべていた。赤いメッシュの入った金髪を涼しげに揺らして、その碧眼は九十九の姿を捉えている。


「……そうだ、愛……愛はどこ?」


 九十九はそんなライザの姿に気付くも、その直後にはすぐ愛の姿を探して視線を観客席の方に向けていた。まるで眼中にも無さそうな素振りに、ライザはやれやれといった風に肩を落としてみせる。


「レディ達なら観客席のどこかに居るはずさ。私の愛するあの子もね」


「ん……あ、ほんとだ」


 ぐっと目を凝らして五キロ先、前から二列目の席に黄昏愛の姿を見つけた。愛もやはり九十九と同様多少の戸惑いからか視線を左右に動かしている。隣にはキョン子も居た。退屈そうに自分の髪を指で弄っている。


「おーい!」


 見つけてすぐ、九十九は声を上げ、両手を振った。それに気付いた愛が、どこか安心したような表情を浮かべ、小さく手を振り返している。


「ぬおおおお~っ! 幻葬王よ~~っ!」


 そんな九十九の背後に位置する観客席からは聞き覚えのある歓声が上がっていた。


「余は貴様の勝利を信じておるぞ~~っ!」


 両手に持った赤いペンライトをぶんぶんと振り回して、シスター・アナスタシアは激励の言葉を九十九の背中に投げ掛けていた。いち観客として、どうやら純粋に愉しむつもりらしい。


「フフッ……随分と高く買われているようだね」


 微笑むライザ、感触を確かめるように白い革のブーツのつま先を地面にとんとんと小突いている。碧眼が青い炎のように揺らめき、目の前の獲物に照準を合わせる。


「……ライザ、と言ったか。悪いがさっさと終わらせる」


 一方で表情の無い九十九。ぱきり、と首の骨を小気味よく鳴らす。全身を脱力させ、直立不動。一見して無防備なその体勢は、その実どこにも隙が無い。


『さあ、さあ、さあ! お待たせしましたお待たせし過ぎたのかもしれません! 今宵繰り広げられますはルール無用、純粋なる殺し合いッ! 客席の皆様方におかれましてはどうぞごゆるりとご観覧くださいますよう!』


 ジョンが煽るように口上を述べる。客席と言っても実際には愛とキョン子とアナスタシアの三人しかいないのだが、気分を盛り上げる為の演出なのだろう。


『不肖ワタクシめが開戦の合図を務めさせていただきます! お二人とも準備はよろしいですかよろしいですねェッ!? では参りましょうッ!』


 十、九、八――カウントダウンが始まった。


 愛に伝えた通り、九十九は最初から全力を出す気でいる。重心を前に倒し、地面を踏み抜いて、右の拳を振り翳す。やることはたったこれだけ、至ってシンプルだ。他には何も必要無い――


「君は、等活地獄で王と呼ばれていたらしいね」


 七、六、五――けれどこんな状況で、ライザは尚もいつも通りの穏やかな口調で九十九に語りかけてくる。


「確か……悪魔の如き幻葬王、だっけ。……フフッ。奇遇だね。ああ、本当に奇遇だ」


 四、三、二――


「私もなんだよ」


 いち…………、ぜろ


『始めェッッッ!』

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