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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第三章 衆合地獄篇

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衆合地獄 21

 デスティニーランドには地下空間が存在する。そこはアナスタシアが独断と偏見で選び抜いた強者ジャンキー共の集まる秘密の場所、裏賭博の会場である。

 愛達を載せた昇降機が地下を降り切って、扉を開いたその先には、白い壁に囲まれた何の変哲も無い空間が広がっていた。昇降機を出てすぐ、愛達の正面にはカウンターテーブルがぽつんと置かれ、その奥に黒いスーツを着た男性が一人、控えるように立っている。


「おや! おやおやおや!」


 昇降機から降りてきた愛達の姿を見た瞬間、男性は心底愉快そうに声を上げた。中背中肉、太い眉毛の繋がった、どことなく既視感のある丸顔のその男性は両手を広げ、満面の笑みで愛達を出迎えるのだった。


「こんにちは、こんばんは、おはようございます! アナスタシア様! 後ろのお二人は参加者様ですね!?」


「うむ。ジョン。お勤めご苦労であるな」


 ジョンと呼ばれたその男性は嬉しそうに頬を綻ばせ、特徴的な繋がり眉毛をぴくぴくと上下に動かしてみせる。静かな空間で彼の声だけが一際大きく反響していた。


「……待ってください。私達に何をさせるつもりですか?」


 当たり前のように話を続けるそんな彼らに流されることなく、愛は異を唱えた。凛としたその声に受付の男性、ジョンは「おや?」と不思議そうな表情を浮かべ、その視線をアナスタシアへと傾ける。


「単刀直入に言おう。貴様らには裏賭博に参加してもらう。そこで勝つことが出来れば、貴様らは謎の手掛かりを一つ、手に入れることが出来る」


「……裏賭博?」


 この街に存在が許されている以上、この場所自体に悪意や害は無いはずだ。本当に危険な場所であるならば設立しようと思い至った時点でアナスタシアは昏倒し、そもそもここに存在していないはずである。


 とはいえ、何事にも例外はある。何が起きるのか解らないのが地獄という場所だ。事実、今もアナスタシアの顔は酩酊で真っ赤に染まっている。ここを造ったアナスタシア本人に多少やましい気持ちがあるからか、この場所は地上よりも酩酊の霧が濃いようだった。

 地上と異なり、少なくとも此処がアナスタシアにとって自身の私利私欲を満たす為だけに用意された場所であることに変わりはない。


 そして――そんな場所で行なわれるのが、アナスタシア曰く、裏賭博。しかし裏賭博などと呼ばれてはいるものの、法律の存在しないこの地獄に本来裏も表も関係無い。違法も合法も無いのだ。

 ならば、何を以てしてこの場所を、アナスタシアは『裏』であると定義しているのか――


「地獄に法律は無いが、この街には法律がある。表現者の自由を謳っておきながら、此処では全ての暴力行為が禁止されている。この街の本質は停滞と忘却……不自由を科す事で自由を保障した、どこよりも安心で、安全な、退屈極まる平和な楽園(ディストピア)だ」


 酒吞童子の異能、盛者必衰の理は階層に居る全ての者に適用される。殆どの者がこれに抗うことが出来ず、故に強力な法として成立している。

 しかし、やはり何事にも例外はあるのだ。自由に階層を跨ぐ開闢王のように。そしてそんな数少ない例外の一つを、アナスタシアは見つけ出したのである。


「それをよしとする者もいれば、拒む者もいる。余は圧倒的に後者でな、数千年に渡って酩酊から抗い、更なる刺激スリルを追い求め――ついに見出した。法の目を掻い潜る術を。そして此処に実現した。暴力を振るうことが許される、裏賭博の会場――地下闘技場アンダーグラウンドをなッ!」


 そう高らかに宣言するアナスタシア、もはや興奮し切っているのか顔の全体が真っ赤に染まり、定まらない視線は瞳の中でぐるぐると揺れている。そんな彼女の言葉は、その一言一句に至るまでにわかには信じられない内容ばかりで、愛は訝しげな表情を浮かべていた。


「……そんなことがありえるんですか?」


「おやおや、ではその続きはワタクシの方からご説明させていただきましょう!」


 疑問を投げかける愛に応じたのはジョンだった。


「この街にいる以上、我々は暴力を振るうことが出来ません。何故ならば、この肉体が酩酊の影響を受けるから! どうやら酩酊の影響度合いには個人差があるようですが、どれほど酒に強くとも『暴力を振るうこと』と『駅に向かうこと』だけは絶対に出来ません」


 繋がり眉毛をぴくぴくと上下させながら語る彼の顔に皆の視線が集まる。


「そこで聡明なるアナスタシア様は考え至ったのです! つまり、枷となっているのはこの肉体なのだと。()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。精神と肉体を切り離すことが出来れば――酩酊を克服出来るのだと!」


 どうやらアナスタシアに随分と心酔しているようで、ジョンの頬は酩酊とはまた異なる種の赤みを帯びていて。自分よりも一回り以上小さい彼女の名を、彼は踊るように口にしていた。


「そんな矢先、忘れもしない二千年前! アナスタシア様とワタクシは運命的な出逢いを果たしたのです! そう、このワタクシ――『他者を夢の世界に閉じ込める』異能を持つ、このジョンと!」


 夢の世界――そのワードに愛と九十九は、アナスタシアがこれから自分達に何をさせようとしているのか、その全容をようやく把握し始めていた。


「ワタクシの異能は、対象と同じ空間で眠ることで、対象をワタクシが見ている夢の世界に誘うことが出来るのです。ワタクシが見る夢の世界は地獄と全く同じ環境を再現した空間。そして誘われた対象は起きている時と全く同じ身体能力と異能を保有した夢界実体アバターとして夢の世界に現界します。夢界と現実との違いは、()()()()()()()()()()という一点のみ!」


 ちなみに、ジョンが見る夢の世界はその舞台設定をジョンの意思でコントロールが可能である。それは彼が夢に関係する怪異であるが故の特権だった。

 彼にそういう意思があれば、いかがわしい内容を含む夢界を創り出すことも可能ではある。しかしそれはこの街の盛者必衰ルールが許さない。この街にいる限り、ジョンはそこに何の変哲も無い空間が広がるだけの、ただただ無害な夢界を創り出すことしか出来ない。


 当時、ジョン自身でさえ実用性が皆無だと思っていたこの異能の存在をアナスタシアは幸運にも知る機会があった。聡明なる吸血皇女は、そこに有用性を見出したのである。

 即ち――堕天王の異能が及ばない空間の生成という有用性を。


「ワタクシは感動いたしました! まさか自分の異能にこのような使い道があったなんて! この街で燻っていたワタクシを見出してくださったアナスタシア様には感謝してもし切れない!」


「あー……要するに、私達を夢の世界に閉じ込めて戦わせたいってこと?」


「うむ! いくら殺し合っても夢の世界だからノーカン! 思う存分に暴力が振るえるぞーやったーっ! というわけだな! くっはっはっはーーっ!」


 高笑いするアナスタシアに「ヨイショッ!」と拍手喝采を浴びせるジョン。二人の漫才のようなやり取りを前に、愛と九十九は苦笑を浮かべていた。


「……あまり気が進まないなぁ」


「……そうですねぇ」


 二人して顔を見合わせる。夢の中で殺し合う、二人にとってそこは特に問題ではなかった。問題はその相手である。

 この場にはアナスタシアとジョン、そして愛と九十九、この四人を除いて他には誰もいない。状況的に見て愛と九十九、この二人が仲間同士で戦う可能性もあるという懸念が、二人の表情をどこか苦々しいものにしていた。


「む? ……おお、なるほど! 安心せい、戦うのは貴様ら同士ではない。対戦相手はこちらで用意する。幻葬王、貴様にはその者と戦ってもらおう」


 その懸念もアナスタシアの提言によって直ちに払拭されると、


「あ、じゃあいいよ」


 と、九十九は二つ返事で了承するのだった。


「おおっ、軽いな!? まあ待て幻葬王、本当に覚悟は出来ておるのだろうな?」


 あまりの軽さに今度はアナスタシアが思わず口を挟んでいた。


「言ったであろう、これは賭博であると。戦いに勝った者だけが望んだものを得られる裏賭博。対戦相手に勝てば、貴様らは脱出の手掛かりを得るだろう。だがもし負ければ、貴様は対戦相手が望む限りのあらゆるモノを差し出さなければならんが――」


「うん、大丈夫だよ」


 涼し気な顔で即答する。凪いだような赤い瞳の軽やかな視線は、その細やかな微笑は、隣に居る愛ただ一人に向けて浮かべていた。


「私、強いから。ね」


 それは決して慢心などではない。何故ならば、事実として、芥川九十九は強い。その強さを九十九本人が誇ったことなど一度も無いが、自分が強いという事実を彼女は自覚している。強く在るように望まれたのだから、当然、芥川九十九はそう在り続けなければならない。それは彼女にとって呪いでもあったが、その強さそのものを彼女自身が疑ったことなど一度も無かった。

 そして一度拳を交えた愛もまた、九十九の強さに疑う余地は無く。九十九の視線に愛もまた微笑浮かべ頷き返すのだった。


「……くくっ。うむ、その意気や良し! ならば早速、余は対戦相手を呼びに行くとしよう。そうさな……すまぬが一時間ほど待つがよい。それまで奥の部屋で控えていてくれ」


 そう言ってアナスタシアは受付台の後方、ジョンの背後を指す。そこにはこの空間の壁と同じ白色の扉があった。

 アナスタシアはジョンに目配せした後、一人で昇降機の扉に向かう。自動的に開け放たれた扉の内側に乗り込んで、


「ではな!」


 と、鋭い八重歯をちらり見せ、心底愉快そうに笑うのだ。


 ◆


 案内された奥の部屋は、愛達が先程まで居た受付の部屋と比べ遥かに広い空間だった。地上の遊園地ほどではないものの、平均的な学校の体育館程度の広さはあるだろうか。壁も床も全てが黒塗りされている。天井に至っては高すぎて、薄暗いこの部屋においては本来の色が識別出来ないほど。確かに会場と呼ぶに相応しい規模感である。

 そしてこの空間において特筆すべきは、床に所狭しと配置されたベッドの数々だろう。見るからにジョンの異能、夢の世界に行く為に用意された場所であることを物語っている。その様相はまるで病院を彷彿とさせた。


 入り口近くのベッドを一台適当に選び、愛と九十九は隣り合ってそこに座った。ちなみにジョンは「準備がございますので」と言って会場には入らず、まだ受付の部屋に残っている。

 アナスタシアが対戦相手を連れてくるまでの一時間、会場に残された愛と九十九。二人は特に何事もなく穏やかな時間を過ごしていた。


 元々口数の少ない両者である。二人きりになったところで会話が特別弾むということもないが、沈黙が気まずいといった苦を感じることも無いようだった。

 片や黒いジャージ姿の少女は壁に掛けられた松明の揺らめきをぼうっと眺め、片や黒いセーラー服姿の少女は自分の爪の表面をこれまたぼうっと眺めている。


「……でも、油断は禁物ですよ」


 相応の時間が経過した頃、愛がふと口を開いた。


「九十九さん、体内に作用するタイプの攻撃には意外と弱いじゃないですか。それこそ酩酊とか、狂気とか、毒とか……」


「あー……うーん……そうだねえ……」


 愛の懸念は尤もである。確かに九十九は強いが、彼女の肉体には明確な弱点が存在する。肉体の強度に関係ない、感覚器官に作用する効果に九十九は弱いのだ。

 とはいえ、弱いといっても芥川九十九は並の怪異ではない。それにそもそも、九十九に限らず殆どの怪異にとって毒への耐性など持っていないのが普通だろう。あの『くねくね』歪神楽ゆらぎでさえ毒への耐性を持ち合わせていなかったように。


 逆に黄昏愛はあらゆる動物の個性を再現出来るが故に毒への耐性があり、更に高速再生能力も相俟ってその生存能力は怪異の中でもトップクラス。そんな彼女と比べてしまうと、芥川九十九でさえ見劣りしてしまうのは確かだった。


「でもさ、私、悪魔に変身したらそういうの食らっても結構耐えられるみたいなんだよね。実際、愛と戦った時もさ。愛、毒針とかめちゃめちゃ私の体に打ち込んできたじゃない。でも、それにも耐えて戦えてたでしょ」


 しかし、そんな不安材料でさえ「気合いで大抵の事はなんとかなってしまう」という規格外の膂力こそ、芥川九十九という怪異の恐るべきところなのだろう。

 黄昏愛のように明確な耐性を持っていないにもかかわらず、それを度外視出来るタフネスこそが彼女の強みだった。


「まぁ、そのあと死にかけたけどね」


「うっ……その節は……申し訳ありません……」


 そんな話の途中、聞きながら気まずそうに唇を尖らせる愛に気付いて、九十九はくすりと微笑を浮かべていた。


「だから、今回は最初から全力で行くよ。さっさと終わらせちゃうから」


 そんな愛の膝へ、九十九は掌を優しく置いてみせる。不意に訪れた膝への感触に、愛は少し驚いたように顔を上げる。


「だから安心して、私を見てて」


 愛の目の前には、九十九の顔があった。凪いだような赤い瞳と、ほんのり中性的な趣のある、悪魔的なその美貌が、愛の視界に飛び込んでくる。


「……っ」


 思わず息を呑んで、見惚れていた。直後、そんな思考を振り払うように愛は視線をすぐに逸らす。自分には愛する『あの人』がいるのだと、まるで言い聞かせるように。


「そう、ですか……えっと……まぁ……頑張ってください。応援、してるので……」


「うん」


 ああ、こういうのを人誑しと呼ぶのだろうな、と。愛は人知れず、まるでちりのような重い溜息を吐き出すのだった。


「――失礼いたしまァす!」


 しばらくして、会場の扉が開け放たれた。入ってきたのは受付のジョン。特徴的な眉毛のその男が手に持っているのは、細長い串のような棒が何本も刺さった透明の小瓶。その中には透明の液体らしきものが入っている。

 入り口付近のベッドの上に座っていた愛と九十九の姿を確認すると、ジョンは胡散臭い程に満面の笑みを浮かべ会釈するのだった。


「お待たせしております。約束のお時間まであと少しでございますよ」


「それは?」


 小瓶を指して九十九が尋ねる。


「嗚呼、コレですか! ルームフレグランスのようなものですよワタクシの手作りです。ああ決して怪しいものではございません、皆様の寝付きをよくする為のワタクシなりの工夫でございまして、ええ」


 言われてみると確かに、小瓶の方からほんのり甘いニオイが漂ってくるようだった。


「こちら、ベッドの傍に配置させていただいても?」


「あ、うん。どうぞ」


 九十九が頷くと、ジョンはベッドの傍の物置台に小瓶を置いていく。瓶の中の液体を吸収した棒から甘いニオイが溢れ、周囲に漂い始めていた。

 愛はその小瓶のニオイを念のため、豚や犬などの動物の個性を再現し強化した嗅覚で吸引してみる。ニオイの種類を嗅ぎ分け、毒性が含まれていないことを確かめると、九十九に「大丈夫そうです」と小声で耳打ちした。


「ワタクシに出来ることがありましたら何なりとお申し付けください! 他にも質問などございましたらワタクシに解る範囲であれば何でもお答えいたしますよ」


 ジョンのその言葉に、愛が控えめに手を挙げてみせる。


「質問……ではないのですが。貴方はひょっとして『This Man』の怪異ですか?」


「おや! ご明察。都市伝説にはお詳しいので?」


 『This Man』――夢の中でその男を見た、という目撃情報が世界各地で多数報告されている都市伝説。男には全ての目撃情報に共通して「繋がり眉毛の丸顔」という特徴が挙げられており、その似顔絵はインターネットを中心に広がり今や有名なミームの一つと化している。


「え、当たりなの? すごい。やっぱり愛は物知りだね」


「いえ、まあ……夢に関係する異能と、見覚えのある外見的特徴から、なんとなくそうかなと……」


 ぱちぱちと小さく拍手する九十九に、愛はどこか気恥ずかしそうに視線を逸していた。


「今後は相手がどういう名前の怪異なのかも気にしていこうかと思いまして……怪異としての真名が推理出来れば異能の効果とその対処法も戦う前から推理出来るかなと。どこまで意味があるかは解りませんが」


「そっかー。私はあんまり意識したことなかったな。けど確かに、ちりも言ってたもんね。怪異同士の戦いは、自分の正体を隠しつつ相手の能力を探るものだって」


 愛や九十九のように身体能力のスペックが高い怪異は単純な暴力で相手を圧倒出来るが、そんなスペックの差を引っくり返せる程の可能性を秘めているのが異能である。

 油断していると初見殺しの罠に引っかかってあっさり足を掬われるなんて事も珍しくなく、そういう意味では戦う前から相手がどういう怪異なのか推理するという行為も決して無意味ではない。


「いや素晴らしい! 流石はアナスタシア様が直々にお連れになられたお歴々だ、実に聡明でいらっしゃる」


 ジョンはあざといくらいの満面の笑みを浮かべ、愛達に拍手を浴びせる。その様子になんだか道化ロアのようだと九十九は感じていた。


「そんな聡明たるお歴々に僭越ながら、実はワタクシの方からもお尋ねしたいことが一点ございまして……」


 不意に叩いていた拍手を止めると、今度は少し声量を落として、こちらの様子を窺うようにジョンは声を潜める。しかし依然、笑みは浮かべたまま。その時、ジョンの周囲に霧が漂い始めていることに愛は気が付いていた。


「どなたか……『()()』など、お持ちではございませんでしょうかァ? もし余っておりましたら、是非ともこのワタクシめにも施しをいただきたく……!」


 そのワードが出た瞬間、先程まで涼しげだった九十九の表情に翳りが見え始める。


「救済……黒縄地獄に流通する薬物のことですか」


「……そんなの、私達が持ってるわけないだろ」


 ジョンを睨み、突き放すように言い放つ九十九。救済を製造する工場地帯、その地獄絵図とも呼べる有様をこの目で直接確認している九十九だからこそ、嫌悪感を顕にしていた。


「おや……左様でございましたか。うーん、残念……アナスタシア様が直々にお連れになられるくらいですから、拷问教會イルミナティを懇意にしていらっしゃる関係者かと……」


 ジョンはこれ見よがしに肩をがっくり落としてみせる。


「ああ……『救済』……皆様方は知っておいででしょうか? アレの原材料は人間なのです。おお、なんと……」


 繋がり眉毛は八の字に下がり、表情に笑みは消え悲哀の影を落とす、が――


「――そこが良いッ! 実に理に適っているッ!」


 突如、ジョンは声を張り上げ、はち切れんばかりの満面の笑顔を作るのだった。瞬間的にジョンの頬は赤みを帯び、定まらない視線は虚空を捉えている。


「確かにアレは人間のミンチに一摘みの異能スパイスを加えただけの、言ってしまえばただの肉の混ぜ物です。異能で加工されているとは言え、どうしてそんな物を飲んだだけであそこまでの超快楽が得られるのか!? 人間という生き物は同じ人間の肉を食べると脳の蛋白質が異常をきたして病気になってしまうのです、これは本来死に至る病ですがしかし我々は不死たる怪異ッ! どんなに傷付こうと死ぬことはなく、脳が病気に侵されようが時間を掛けて元の状態に戻っていく! そして当然、本来ありえないその現象が脳に齎す影響は常軌を逸しております。かの開闢王はそこに着想を得たわけですねえッ! つまり『救済』とは! この性質を利用し、脳に破壊と再生を齎すことで! 通常ではあり得ない強烈な快楽を引き起こしているのですッ! 素晴らしい発想だとは思いませんかァ!? ああ……あの快楽を思い出すだけでワタクシ……達してしまいそうです……ッ!」


 早口で捲し立てるジョンに、愛と九十九は思わず言葉を失っていた。元々胡散臭さ全開だったが、ここにきてその本性を表したようである。ともすれば、この男がアナスタシアに協力している理由の一端が垣間見えたような気さえしたのだった。


「おー、また禁断症状が出ておるのか。受付におらんと思ったら全くこの男は……」


 そんな折、呆れたような声を上げ会場の入り口からやってきたのはシスター・アナスタシアだった。その声と姿を確認した愛と九十九は思わず安堵していた。この薄暗い空間の中で異常男性が突然目の前で発狂し始めたのだから無理もない。


「……この男は大丈夫か?」


「うむ、大丈夫ではないな! ほれジョン、いつものブツを持ってきてやったぞ。これを吸って少し落ち着くのだ」


 言いながらアナスタシアはジョンの目の前に回り込むと、ズタ袋のような素材で出来た小さな布の包みを掲げてみせた。


「はァ……はァ……おおっ!? アナスタシア様! ありがとう存じますッ!」


 それに気付いたジョンはようやく正気を取り戻したのか、頬の赤みが引いていく。アナスタシアから包みを受け取り、その中身を確認すると――ジョンはまた露骨に残念そうな苦い表情を浮かべるのだった。


「……おぉ、しかしこれは……また救済の足元にも及ばない模造品ジェネリック……この街の市場に出回っているのは類似品の粗悪品ばかり。なんと嘆かわしい……こんな物でも無いよりはマシですが……」


「文句を垂れるな。要らぬのなら下げてもよいのだぞ」


「あぁっ、すみませんすみません! ありがたく頂戴いたしますっ!」


 じとっとした目付きを向けるアナスタシアに、慌ててジョンはへこへこと何度も頭を下げていた。


「さて、待たせたな。というわけで、対戦相手を連れてきたぞ!」


 色々あったが、気を取り直して。アナスタシアが帰ってきたということは、勿論そういうことである。会場の入り口に皆の視線が自然と集まる。受付の部屋から聞こえる靴の音が段々近付いてきて――


「ねぇ……もぉ……ライザさまぁ……まだデートの途中だったのにぃ……ひどいですぅ……」


 そうして現れたのは、漆黒のゴシックロリータ纏う、黒髪姫カットの少女。キョン子などという明らかな偽名で呼ばれていた、『Dope Ness Under Ground』のドラマー。


「フフッ……すまない、我が愛しきひと。今度必ず埋め合わせをするよ。だから少し、力を緩めてはくれないかい。腕の感覚が無くなってきたよ。フフッ……」


 そして――そんなキョン子に腕を絡められ、いや締め付けられている、この女。純白のタキシード纏う、赤いメッシュの入った金髪の彼女こそ、『Dope Ness Under Ground』のギター担当――


 ヒト呼んで、飢人きじんのライザである。

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