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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第三章 衆合地獄篇

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衆合地獄 19

 愛がこの暗号をべあ子から貰うことがなければ――べあ子の心境の変化が無ければ――今も愛達はこの街を宛てもなく彷徨い続けていたことだろう。しかしそれはつまり、べあ子は当初この暗号を愛に渡す予定ではなかった、ということでもある。


 そもそも黄昏愛は、この街で開闢王と再会するというイレギュラーによって暗号の解読に至った。結果的に愛がこの暗号を解読出来たのは、偶然の産物としか言いようがない。

 一ノ瀬ちりが引っかかっているのはそこだった。即ちこの暗号は当初、黄昏愛に解かれることを想定されていなかった。より正確に言うならば、余程の偶然が重ならない限りこれは普通の人間には解くことが出来ない問題なのだ。


 べあ子の雇い主――フィデスが用意した暗号は、解かれる為に用意されたものであることは間違いない。だが、どう考えてもこの暗号は誰にでも解けるものではない。それは暗号そのものの難易度の話ではなく、酩帝街という環境に問題があるという話である。


 酩帝街では先に進もうとする者を、その意思を諦めさせてしまう。それは暗号を解くという行為にも反応するはずだ。べあ子がまさにその良い例である。二千年もの間、べあ子は暗号を解けなかった。緯度と経度が関係するというヒントにすら気付けなかった。酩酊によってその考えに至ること自体が阻害されていたと考えるのが自然だろう。であれば、べあ子に限らずこの街の殆どの住人にとってこの暗号を解くことは難しい。


 フィデスは暗号を解かれることを望んでいるにもかかわらず、殆どの者はそれを解くことが出来ない環境下にある。これは明らかに矛盾していた。そこでチェス盤をひっくり返してみる。もしこれが、矛盾ではないとしたら――


「えっ……と。それは……」


 ちりの一言に、べあ子は明確に動揺していた。しかしそれは、やましいことを誤魔化しているような焦燥の類いではなく、何やら判断に困っているような。その仕草でちりの胸の内にあったものがより確信へと変わる。


「……安心しろ。オレはアンタの雇い主の正体を知っている。直接会って話もした」


「えっ……!?」


「それに、訊いておいて何だが……既におおよその見当は付いている。アンタがオレの事を、()()()……九十九でさえ知らないオレの苗字……それを口にした時点でな」


「あっ……」


「だからこれはただの答え合わせだ。アンタにどうこうするつもりはない」


 何もかも見透かしたようなちりの物言いに、観念したようにべあ子は溜息を漏らした。


「……わかりました。お答えします」


 やがて覚悟を決めたように、ゆっくりと口を開いていく。


「当初、この暗号は――『()()()()()()()()()()』にだけ渡すようにと指示されていました。実はこれまで、そういう方は何人かいらっしゃって……そういった方を見かけるたびに、この暗号を渡してきたんです」


 酒のニオイがしない者――この街にいる以上、全ての住人は酩酊の影響を受けるため大なり小なり酒のニオイがするものだ。それがしない者ということは――酩酊に耐性がある者、と言い換えることも出来る。


「それが三週間ほど前に突然、指示の内容が変わったんです。一ノ瀬ちりという名の怪異がもしここを訪れたら渡すように……と。まあでも……その指示を無視して、愛さんに渡してしまったんですけどね……」


 暗号自体に意味は無く、それを解ける者にフィデスは意味を見出している。暗号はあくまでも、酒のニオイがしない者、酩酊に耐性がある者を見つける為の道具に過ぎない。

 つまりフィデスの目的は、酩酊に耐性がある者……言うなれば適合者を見つけ出すこと。そしてフィデスは見つけたのだ。一ノ瀬ちりという適合者を。

 暗号が黄昏愛に渡ってしまったのは想定外だっただろうが、しかしそれも致命的な失敗というわけでもなく、むしろ結果オーライといったところだろう。


 しかし、見つけたから何だと言うのか。確かにちりは他人より酔いにくい体質なのかもしれないが、耐性があると言っても全く効かないというわけではない。濃い酩酊きりに当てられればいくらちりでも昏倒してしまう、この街から出ることは叶わない。

 それに酔いにくいだけでいいなら他に候補は幾らでもいそうなものだ。実際、べあ子はこの暗号を酒のニオイがしない者に都度渡してきている。

 しかし、この街から出た者はいない。暗号を使った適合者探しは今も続いている。今日までフィデスは満足のいく結果を得られていないと考えるべきだろう。


 フィデスは何を得ようとしている? 一ノ瀬ちりと他の候補者とで違いはどこにある? 他に条件があるのか? 何故、どうして――と、考えれば考えるほど深みに嵌っていく。結局、フィデスの本当の目的は解らないままだ。


「……気に入らねェな……」


 まるで掌の上で踊らされているような状況。ちりは静かに、獣のような唸り声を上げる。今のちりにとってこの街の脱出方法を知るという目標は、実はそれほど重要ではない。ただ、その真意を明かさず、こちらを都合よく操ろうとしている黒幕フィデスのことが、ひたすらに気に食わない。それが今のちりのモチベーションになっていた。


「ちょっと……何をこそこそと話してるんですか?」


 そんな時、不意に頭上から降ってきた声に、ちりとべあ子は咄嗟に空を見上げる。声の主は翼を羽ばたかせ、天井からゆっくりと降下してきていた。会話の内容は聞き取れなかったものの、ちりとべあ子の様子を不審に思ったのか、愛はムッとした表情を浮かべている。


「べあ子さんをいじめるのはやめてください。殺しますよ」


「いじめてねぇよ。殺すぞ」


 先程までの張り詰めた空気は愛の乱入ですっかり瓦解し、べあ子は緊張の糸が切れたように大きく溜息を吐いていた。そしてちりも、自分が険しい顔をべあ子に対して向けていたことに気が付き、気まずそうに咳払いを一つしてみせる。


「あー……色々問い質したりして悪かったな。もう大丈夫だ」


「い、いえ……」


 先程の会話でちりの目的はある意味達成されたようなものだったが、当然そんなもので愛は納得しないだろう――

 フィデスのことは一旦頭の片隅に追いやって、ちりは先程から不満そうに紅い頬を膨らませている愛の方へと向き直るのだった。


「それで、さっきから何の話をしていたんですか」


「あぁ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……えっ?」


 さも当然のように嘯くちりに、べあ子は思わず素っ頓狂な声を上げていた。驚きで目をぱちくり見開かせている。当然だがそんな話は一言もしていない。嘘である。しかし、べあ子が驚いたのはそこではない。


「アンタ、ここに住み込みで働いていると言っただろ。なら寝床があるはずだ。二千年間も管理を任されているのなら尚更な。だからアンタ専用の休憩室、いわゆる関係者しか立ち入れないエリアがこの図書館にはあるはずだと思ったんだが……」


 言いながら、ちりは周囲を見渡してみせた。釣られて愛とべあ子も図書館内を見渡す。掃除をしたことでそれなりに片付いたとはいえ、特に大きな変化は見られない。四方の壁には本棚が隙間なく並べられ、それが幾重にも積み重なり、まさに本の城とでも呼ぶべき巨大な空間が広がるばかりである。


「そう、この図書館は四方の壁に本棚が隙間なく並べられている。本棚の上には更に本棚が積み上げられていて動かせない。更に言えば……図書館の外観を見て想像できる図書館内の空間の広さと、実際にこの目で見て確認した広さに、規模的な差異は殆ど見られなかった。つまり壁の向こうに隠し部屋のような空間は無い。だから、関係者エリアがあるとしたら……地下しかないと思ったんだが。どうだ?」


「た、確かに……この図書館には地下があります、けど……よく気付きましたね……?」


「……ただの直感だ。空間とか、密室とか、そういう『箱』の類いは見ただけで構造やその広さがなんとなく解る」


 赤いクレヨン――密室に閉じ込められた子供の都市伝説。その怪異としての在り方に影響を受けているのか、一ノ瀬ちりの空間認識能力はさながら密室のエキスパートとも呼べるほどの驚異的な発達を遂げていたのだが――それはさておき。


「……べあ子さん……? 地下室があること、隠してたんですか……?」


「ひえ……っ!? ちっ、違いますっ! だって、ほんとっ……寝るだけの部屋と、台所と、あとおトイレくらいしかないしっ! 服とかも脱ぎっぱなしで散らかってるし、水回りも掃除してなくて汚いし……とっ、とにかくっ! 関係ないと思ってええええっ!」


 背後で蠢く触手を前に、べあ子は完全に怯えきっていた。その様子から彼女の言葉に嘘が無いと思ったのか、愛はやれやれと溜息を吐きつつ触手を引っ込めていく。


「べあ子さん! それが先入観ですよ先入観! そんなの逆に怪し過ぎるでしょ! 調べますよ! ほら案内してくださいっ!」


「うぅぅ……わ、わかりました……こんなことなら掃除しとけばよかった……」


 愛に促され、べあ子は渋々といった様子で歩き始めた。その歩みは図書館の入り口付近、受付テーブルが置いてあるスペースにまで近付いていく。

 べあ子が受付テーブルの下敷きになっている絨毯の端を剥がすと、絨毯の下に鍵穴の付いたマンホールが現れたのだった。

 その鍵付きマンホールに、べあ子は懐から取り出した細長い金色の鍵を慣れた手付きで挿し込む。そのまま左回りに手首を捻ると、微かに金属の掠れた音が鍵穴の奥から聞こえてきた。


「……ここに住んでるんですよね? 不便じゃないですか?」


「あ、あはは……もう慣れちゃいました……」


 マンホールの扉を両手で持って横にずらすと、地下に繋がるハシゴが現れる。


「それに、ちゃんと理由はあるんです。この図書館のコンセプトは、視界を埋め尽くす本の海……本に関係の無い物が視界に入らないよう、意図的に排除しているんです。休憩室を地下に作ったのもその為だそうです。拘り、みたいなものですかね……」


 ハシゴを降りていくべあ子に愛とちりも続く。地下とはいえそれほどの深さはなく、十秒程度で降り切ることが出来た。


「うぅ……あ、あんまりじろじろ見ないでくださいね……」


 ハシゴを降りたその先は、そのままべあ子の部屋に繋がっていた。ランタンの薄明かりに照らされたその部屋は五畳程度の広さで、床にはどことなくかび臭い布団が敷かれたまま放置されている。

 あとは、くたくたになったクッションと、脱ぎ散らかされた衣類、丸まった紙くず、そして恐らくは酒が入っていたのであろう瓶がいくつも転がっている。それ以上は何も無い。


「うーん……汚いですね!」


「だ、だから言ったじゃないですかあああっ!」


「オレが言うのもなんだけどよ……おまえってほんとデリカシーないよな……空気が読めないというか……」


 ちりのダメ出しをスルーして、愛はずかずかと部屋の奥へと入っていく。部屋の奥の壁には扉があり、その取っ手を愛は躊躇いなく手前に引っ張る。

 扉の向こうにあったのは、台所のある五畳程度の空間だった。ここがいわゆるキッチンルームだろう。洗面所としても利用するのか、壁には蛇口と共に鏡も取り付けられている。

 シンクには洗っていない食器類が放置されており、床にはいつからあるのか分からない大量のゴミ袋の山が積み上がっていた。


「うーん…………汚いですねえ!」


「うわああああんっ!」


「いやいや……全然マシな方だから……オレの住んでた等活地獄の連中なんてもっと酷かったから……」


 べあ子のフォローに回り始めたちりをスルーして、愛は更に部屋の奥へと進んでいく。短い通路を抜けると、シャワールームに繋がっていた。同じ空間内に洋式便器も置かれており、いわゆるユニットバスと呼ばれる形式である。

 シャワールームに関しては汚れも少なく他の部屋より比較的綺麗だった。まるで普段からほとんど使っていないかのようにも見える。


「……べあ子さん。ちなみになんですけど。ほんと他意は無いんですけど。……最近お風呂に入ったのはいつですか?」


「こ、ころして……ころしてください……」


「もうそのくらいにしといてやれ……」


 ……なんとなく、べあ子の人となりが分かってきたところで。以上、三つのエリアが地下にある全てである。


「や、やっぱり、ここに手掛かりなんて無いのでは……? 妙な物があれば流石に気が付きますし……で、でもそれだと、私が恥をかいただけのような気が……」


 羞恥と酩酊で真っ赤になった頬を膨らませ、べあ子は恨めしそうに呟いた。確かにべあ子の言う通り、ここは脱出の手掛かりとは無縁の、ごく一般的な造りの内装にしか見えない。


「だからありふれた物なんだ。アンタが外部から持ち込んだ物じゃない、最初からこの部屋にあった物……備え付けの家具なんかは怪しいな。あるいは、こういう壁の中とか……」


 言いながら、ちりは早速シャワールームの壁を二本の指で、コンコン、とノックしてみせた。もし壁の向こうに隠し部屋などがあれば、ただの壁とノックの音に差異が生じる。音に耳を澄ましながら、四方の壁を順番にノックしていく。


 そして愛はというと、ひとりシャワールームから抜け出し、短い通路を渡って台所に戻ってきていた。黒い瞳がきょろきょろと辺りを見渡していく。やがてその視線は、台所の壁に掛けられた四角い鏡の前で止まっていた。

 何の変哲もない鏡だ。指で小突いて確かめるが、音も感触も特に妙なところはない。鏡面には白く霞んだような汚れが付着しているが、鏡としての役割は問題なく果たせるだろう。

 愛はそれに顔を近付けて、自分の顔を確認する。自他共に認める美貌がそこには映っていた。ついでに前髪の位置を手で直し始める。


「……おーい、サボるなよ」


 シャワールームからべあ子と一緒に出てきたちりが、そんな愛の後ろ姿をじとっとした視線を向けていた。


「少し気になって」


「前髪がか」


「じゃなくて、この鏡です。台所の壁に鏡って、ちょっと珍しくないですか?」


「……なくはないと思うが」


 愛は鏡の前で唇を尖らせてみせる。何やら考え込んでいるような雰囲気を醸し出して、うーむ、という唸り声を上げている。


「いえ、やはり気になります。なんとなく、ですが」


 数秒後、よし、と頷いて。愛はゆっくりとちり達の方へ振り返った。


「べあ子さん、先に謝っておきますね。ごめんなさい」


「へ?」


 一体何を――と、べあ子が尋ねようとしたその矢先。愛の右手は突如、熊のような怪物のそれへと変貌を遂げる。


「えいっ」


 黄昏愛という人間は、どちらかというと感情的、直感的、衝動的に動くタイプである。文学少女のような見た目で、何やら深いことを考えているような素振りを時折見せることがあるが、実は何も考えていないことの方が多い。考えるのは苦手な方だ。物事はシンプルであればあるほど良い。

 あるいはその単純さのおかげで、酩酊の影響を受けながらも半ば無理矢理にでも行動出来ているのかもしれなかった。

 さて、そんな黄昏愛は熊の手を、躊躇うことなく振り翳した。その鋭い鉤爪が鏡の埋め込まれた壁に突き刺さる。直後、ばりばりと音を立てて、壁から鏡が無理矢理に引き剥がされたのだった。


「ちょわっ!? なにしてるんですかあああっ!?」


「ふにゃふにゃ……」


 驚きの声を上げるべあ子を後目に、愛は何故か満足げに笑みを浮かべ、その場に仰向けで倒れ込む。悪意は無かったとは言え異能を使ったことで盛者必衰に引っかかったのだろう、酩酊が回りその頬はすっかり紅潮していた。


「……うちのバカがすまん。だが……ビンゴだ」


 酔い潰れた愛の横を素通りして、鏡の剥がれた壁の方へとちりが向かう。その動きにべあ子もまた壁の方へと顔を上げて――その光景に、目を奪われるのだった。


「えっ……これ……」


 鏡を剥がし露出したその壁には、ダイヤル式の扉が埋め込まれていたのだ。どうやら壁の中に小さな金庫がそのまま埋め込まれている。


「これが……脱出の手掛かり……?」


「さて……どうかな」


 扉に鍵穴らしきものは無く、代わりに指で上下に動かすタイプのダイヤルが三つ、横一列に設置されていた。恐らくこれが鍵の役割を担っているのだろう。

 ダイヤルは三つとも、数字の0から始まっている。この手のダイヤル式の錠前は0から9までの数字を回転させ、特定の並びで止めると鍵が開く仕組みである。

 ちりは実際に、目の前にあるそのダイヤルを試しに回転させてみた。0の値の次は当然1、そのまま回転を続けると2,3,4……と値は進んでいく。やがて値が9になり、これでダイヤルは一周した――と思った矢先。


「……あ? このダイヤル……」


 それを前にして、ちりは思わず声を上げていた。回転したダイヤルが示す、9の次の値は――アルファベットのAだったのだ。そこから更にB,C,D……と続き、Zまで回転させると、その次の値は0に戻ってきた。これでようやく一周したことになる。


「数字に混じってアルファベットが……? 珍しいタイプのダイヤルですね……?」


 そのダイヤルを珍しいと感じたのはべあ子も同じだったようで、扉の前でやはり首を傾げていた。


「数字とアルファベットが混在した三桁の暗証番号だと……? んなモンどっかで見かけたか……? 総当たりで全通り試すにしても相当骨が折れるぞ……」


 さてどうしたものかと、ちりが視線を漂わせると――


「あ……?」


 金庫の扉が埋まった壁の上部、そこに小さな文字が書き込まれてあるのを見つける。よく見るとそれは文章で、こう書かれていた。


「『二番目の場所を示せ』……?」


 二番目の場所を示せ。確かにそう書かれてある。ちりに続いてべあ子もその文章を確認すると――その直後、再び周囲に酩酊の霧が立ち込め始めた。


「う……っ」


 謎を解こうとしたことで盛者必衰が反応したのだろう、霧に当てられたべあ子は微かに呻き声を上げ、足をふらつかせたかと思いきや、そのまま地に膝を付けてしまう。

 そんな霧の中で、頬をほんの僅か赤く染めながらも、一ノ瀬ちりは依然冷静に思考を回転させていた。その長く伸びた赤い前髪が、赤いマニキュアに彩られた指の先でくるくると巻き取られるように絡まって。一ノ瀬ちりは考える。


 二番目の場所を示せ。いたずら書きでも無ければ、恐らくこれはダイヤルの値を導く為のヒントだろう。否、この場合この文章そのものが問題文と解釈するべきだろう。

 二番目の場所。まず注目したのは、この場所という単語。場所とは、即ち座標だ。そもそも、この問題文に辿り着くまでの前提として、青い紙の暗号があった。暗号によって座標が導かれ、自分達は今こうしてこの場に立っている。その前提の上で、この問題文は成立している。

 そう、青い紙の暗号を『一問目』だとするならば、この問題文は『二問目』なのだ。それを踏まえた上で、改めて問題文を読んでみる。

 二番目の場所を示せ。これだけだと何を示したいのか解らないが、この問題にはその前提となった一問目が既に存在し、その一問目と関係のある『場所』という単語が再登場している点に注目すれば、おのずと見えてくるものがある。


「……おい、起きろ酔っ払い」


 ちりはおもむろに後ろへ半歩下がると、その場に仰向けで倒れている愛の傍でしゃがみ込んだ。声を掛けながら、その額に軽くデコピンを食らわせる。


「ふぇ……なにか見つかりましたかぁ……?」


「青い紙。持ってるだろ。見せてくれ」


「ふぁい……」


 愛はスカートのポケットを弄ると、そこから例の暗号が書かれた青い紙を取り出した。ちりがそれを受け取り、自分の懐から取り出した街の地図とそれを照らし合わせる。


「……これだ」


 青い紙によって導かれた座標は四つ。二番目の場所とは、つまりこの青い紙に書かれた二行目の暗号の座標だと推測出来る。その座標が示す建物の名称は――ノアの箱舟。


「二番目の場所はノアの箱舟。暗証番号はアルファベットを含む三桁。つまり……」


 ちりはその場から立ち上がり、再び扉の前に進んだ。その手を伸ばし、迷いのない動きでダイヤルを回転させていく。横一列に並んだダイヤルのアルファベットを、それぞれ左から順番に、N()O()A()、の値に合わせる。すると――


「……!」


 扉の奥からカチリと微かな金属音が鳴った直後、その扉は触れることもなくゆっくりと開け放たれていった。開かれた金庫の中には、黄色い紙で出来たメッセージカードが一枚。それ以外には何も入っていない。

 ちりは慎重にそのメッセージカードを手に取る。カードは特別な材質というわけでもなく、そこにはやはり、ただの文字列が刻まれているだけだった。


「『4()5()()』……こいつは……また座標か」


 カードに刻まれた『45●』というその文字列に、一ノ瀬ちりはやはり見覚えがあった。青い紙にも似たような文字列が刻まれている。

 この文字列の組み合わせ――丸と四角の記号に分けられた数字群は、いわゆる座標暗号であり、この街における緯度と経度に解釈することが可能である。つまりこの『45●』は、どうやら四等分した座標暗号の内の一つのようだった。


「そ、それが……脱出の手掛かり、ですか……?」


 倒れていた愛に肩を貸して、一緒に起き上がるべあ子。ちりは脱力したように溜息を吐きながら、黄色のカードをそのまま自身の懐に仕舞う。


「恐らくこれと同じ物が他の座標にもそれぞれ隠されてあるはずだ。全部集めると一つの座標になる、って寸法だろ」


「お手柄ですね、赤いひと……でも、ということはつまり……どのみち四つの座標は全て調べないといけないというわけですか。め、面倒くさい……」


「まったくだぜ……」


 かくして一つ目の手掛かりは手に入れた。脱出に近付いたことで喜ぶ愛の傍ら、ちりの懸念は深まっていく。四つの座標にそれぞれ、このような謎が仕掛けられているとしたら。その中にもし、自分達に危害を齎す罠があるとしたら――


「九十九……」


 今頃は四番目の座標、デスティニーランドに居るであろう芥川九十九の無事を、ちりは心の中で密かに案じるのだった。

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