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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第三章 衆合地獄篇

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衆合地獄 17

「――――…………っ、ん…………」


 カーテンの隙間から射し込む赤い朝日が、眼窩の奥を刺激する。微かに白んだ、ぼやけた視界は瞬間、赤に覆われる。凪いだような赤色の瞳。何もかもを見据えたような眼差しが、こちらを覗き込んでいた。


「ちり! 愛が起きた」


 依然頭の中は微睡み、生温い沼の中に沈んでいるようで。四肢の関節は久方振りの可動に驚いたような軋みを覚え、瞼は再び閉じてしまいたくなるほどの重さを感じる。


「お……やっとお目覚めか」


 声のする方へ視線を動かす。ベッドに仰向けになっている自分を見下ろす二つの人影。芥川九十九と一ノ瀬ちり。奇妙な縁から共に旅することとなった少女達。片や気の所為かと思うほど微かな笑みを浮かべ、片やこれ見よがしに肩を竦めてみせる二人の顔を見て――


「えっ……あ……おはようございます……?」


 そうしてようやく、黄昏愛の意識は完全に覚醒した。肘を付きながらゆっくり上体だけを起こして、微睡みを振り払うように頭を横に振る。

 咄嗟に周囲へ視線を配る。すぐにここが堕天王に手配してもらった宿泊先、ホテルの一室であることを理解した。もはや見慣れ新鮮さを失って久しいその一室。カーテンの隙間から赤い太陽の日差しが射し込んで、少なくとも今が夜ではないことを物語っていた。


「おはよ。愛」


 最初に出会った頃よりも幾分か温度の感じられるようになった声色で、九十九は目覚めの挨拶を返す。久方振りの熟睡が功を奏したのか、愛の体調はすっかり万全に近いものとなっていた。これまで感じていた気怠さのようなものは無い。愛は腕をぐっと天高く伸ばし、背筋をぴんと整えた。


 直後、部屋の中に漂い始める白霧。それは酩帝街特有の現象、盛者必衰の理。愛が目覚めてすぐ霧が濃くなったことを一ノ瀬ちりは感じ取り、やれやれといった風にひとり息を吐く。

 ちりは薄紙のようなカーテンを横に引いた。そうして窓に広がる、一面の赤い空。この地獄特有の景色にも愛はすっかり見慣れていた。元よりさほど興味も無かったが、こうして改めて見ると、やはり空は青い方が見栄えが良いらしいことに気付く。

 愛達が拠点にしている一室はホテルの三階。街の全容を一望出来るほどの高さではないものの、そこから見下ろす霧の街は中々に壮観であった。


 愛はベッドから脚を下ろし、立ち上がる。「顔を洗ってきます」とだけ言い残し、彼女はその足で洗面台へと向かった。


「……よかった」


 その様子を目で追っていた九十九が、どこか安心したように息を漏らす。


()()()()()()()


「だな。一時はどうなる事かと思ったが……」


 リビングを出た廊下の向こう、微かに聞こえる水音に耳を傾ける二人。ほどなくして洗面台から戻ってきた愛は、自分を迎える二人の視線が、どこかいつもと様子が違うのを感じ、部屋に入ってすぐ足を止めていた。


「あ……すみません。ひょっとして……私が起きるのを、ずっと待っていただいてましたか……?」


 その考えに至ったというのも、よく見ると九十九もちりも既に着替えが終わっていたためである。九十九はいつもの黒いジャージを身に着けているし、ちりは赤いスカジャンを羽織っている。

 対して愛が地獄に堕ちてからずっと身につけている黒いセーラー服は、ソファの上に畳まれて置かれていた。そのため今の愛は上下白い下着姿のまま。恐らく就寝後にちりが着替えさせてくれたのだろう。


「いや……別にそういうわけじゃねえけど……」


「愛、体調はもう平気? どこかヘンなところとか、無い?」


「……?」


 黄昏愛はぬえの怪異である。その超再生能力は九十九も理解しているはずなのだが、しかし。愛の様態を気にかけている九十九の様子が、どこかやけに不安そうな、少し過剰気味に愛は感じたのだった。


「ええと……大丈夫ですよ、本当に。一日ぐっすり休めたおかげでこの通りです。お騒がせしました」


 どうやらよほど心配を掛けてしまったのだろうと思い至り、愛はその心配は不要だと伝える為に微かに笑みを浮かべてみせる。事実、心身共に愛の体調はすこぶる良好であった。充実さえしている。たった一日、眠っただけだとは思えない程に――


「あー……やっぱそうか……」


 しかし、そんな愛を見かねたように溜息を吐くのは一ノ瀬ちりだった。


「……いいか? 落ち着いて聞けよ」


「はい?」


 言いながら隣の九十九に目配せをするちり。その様子を不思議そうに首傾げる愛であったが――


()()()()()()()


「……は?」


「二週間。眠り続けてたんだよ、オマエ」


 その一言で、彼女は全てを察した。

 愛は丸一日寝ただけだと思っていたのだが、その実、二週間。眠り続けていたという。つまりこの衆合地獄に滞在して、通算一ヶ月が経ったというわけである。


「よし九十九! 絶対にそいつ離すなよ!」


「ぬわあああああああ! 離してください! 早くこの街から出なければあああああああ!」


「愛。どうどう」


 途端に下着姿のまま窓から飛び降りようとする愛を、九十九はその肩をガッチリ掴んでその場に抑えつけるのだった。しばらくその場でじたばたともがく愛だったが、直後、部屋中に酩酊の霧が急速に充満していき、愛の頬は瞬く間に朱に染まって、へなへなとその場に崩れ落ちる。


「いや落ち着けって……今更慌ててもしょうがねーだろ」


「ううう……どうして起こしてくれなかったんですかあ……」


「何度も起こそうとしたっつーの! 起きなかったんだよ! 爆睡しやがって!」


 とりあえず服着ろ、と付け加えながら、ちりは愛の制服を放り投げた。それを顔面で受け止めた愛は、依然ぶつぶつと抗議の声を上げつつもそれに袖を通していく。


「いや……つーかむしろこの場合……()()()()()()()()()()()()()()()。運が良いのか悪いのか……」


 ちりが溜息交じりに口を開く。彼女が溜息を吐くのはある意味いつもの事ではあったが――


「よかった……目を覚ましてくれて……」


 その傍であの九十九が珍しく、心底胸を撫で下ろしたように息を吐いていた。眉尻を下げ、どこか申し訳無さそうに表情を曇らせている彼女の様子に、思わず愛は首を傾げる。


「おまえが寝てる間に、オレ達は引き続き情報を集めていたんだ。暇だったからな。で、解ったことがある」


 周囲を漂う白霧――酒吞童子の異能、盛者必衰の具現化――を指差しながら、ちりが再び口を開いた。


「どうやらこの『酩酊の霧』は……それまで前向きな意思を持っていた奴が、今日だけ、今だけは少し休憩しよう、そんな誘惑に負けて僅かにでも歩みを止めると――その後押しをするように、そいつを更なる眠りへと誘うらしい。実際、それでもう二度と起きてこなくなった奴もいるとかって話だ」


「ごめんね。私が休憩しようなんて言ったばっかりに……」


 確かに愛はあの時、九十九に半ば背中を押される形で休息を取った。九十九が申し訳無さそうにしていたのはそれが原因だったことを察し、愛もようやく、今の状況に冷静さを取り戻し始める。


「何度も言ってるが、九十九は悪くねえ。事故みたいなもんだろ」


「ええ、その通りです。私が迂闊でした。やはり分身は一体でも残しておくべきでしたね」


 愛の方針スタンスとして、自分の邪魔をするものは全て排除する、というものがある。これこそ彼女を狂気足らしめている本質ではあるが、決して無差別に、というわけではない。それが理不尽なもの、意図した悪意のあるものでなければ、愛はそれに理解を示せるだけの常識はあった。九十九をこれ以上煩わせまいと、愛は微笑を浮かべてみせる。


「うん……ありがとう。ふたりとも」


 それに九十九もまた微笑み返して、この場の状況はようやく落ち着くのだった。


「……さて! では問題無いということで、早速調査に参りましょうか!」


「起きたばっかなのによく動けるな……」


「当たり前です。もう充分休ませてもらったので!」


 すっかりいつもの調子を取り戻した彼女は制服のスカート翻し、開放された窓から城下町の如き景色を一望する。


「それに……やはり、この街は危険です。少しでも気を緩めればこの有様。意思を強く保ち、動き続けなければ……!」


 この街では少しの休憩すらも命取りになる。身をもってそれを実感した愛は、より一層気合いを入れて――


「……オマエらしいっちゃらしいけどな。そうやって無駄に張り切りすぎるとまた……」


「ふにゃふにゃ……」


「ちょっ……言ってるそばからこのバカッ! 窓に身ィ乗り出すな死ぬぞッ!」


 しかし気合いを入れたら入れたで、この有様である。途端に酩酊が全身に回り、窓から身を放り投げそうになった愛を、ちりは慌てて首根っこを掴み部屋の中に引きずり込む。


「はあ……クソ、咄嗟に助けちまった。コイツ別に飛び降り程度じゃ死なねェし、放っておいてもよかったな……」


「うぐぐ……あなたってひとは……わたしのことを何だと思っているんですか……」


「バケモン」


「シンプルに酷い……せめて人間扱いしてください……」


「おまえのどこが人間なんだよ……」


 確かに自分をただの人間だとはもはや思っていないが、何もそこまで言うことはないじゃないか……などと心の中でぼやく愛は、ふと気付く。


「あれ、その手首……やっと治ったんですね」


 一ヶ月前、黒縄地獄での戦いで損傷した一ノ瀬ちりの手首が、皮膚の一片に至るまで完全に復元されていることに気が付いたのだった。爪も伸びて、すっかり元の手の形である。

 手首から先が綺麗さっぱり無くなるほどの大怪我すらも、怪異は時間さえ掛ければ完全に修復してしまえる。怪異に死を赦さない地獄の掟、その具現。


「私の異能ならすぐに直してあげられたのに」


「誰がオマエなんかに頼るかっつーの」


「強情なひとですねえ……」


 未だ酩酊の回る頭をゆっくり起こして、愛は再び立ち上がる。息を大きく吐いて、九十九とちり、二人に向き合う。酩酊で朱に染まってはいるものの、真剣さの伝わるその表情に、向き合った二人は揃って背筋を伸ばすのだった。


 テーブルの上に地図を広げる。地図には二週間前、つまり愛が眠りに落ちる直前に書き記した四つの印が浮かんでいた。

 開闢王から計算式を伝授された愛は、この衆合地獄限定の特殊な緯度と経度を割り出すことに成功した。そうして愛達は四つの座標を絞り込むことが出来たのである。


「……では改めて、調査に参ります。割り出した四つの座標、それぞれの場所に赴いて、脱出の鍵を探しましょう」


 四つの暗号を解読した結果、以下の座標が明らかになった。


 ① 43●069611■141●500583 → 北区、「図書館」付近

 ② 34●697483■135●180597 → 西区、「ノアの箱舟」付近

 ③ 26●186111■127●676389 → 南区、南西郊外「廃墟」付近

 ④ 35●632778■139●880556 → 東区、「デスティニーランド」付近


「こうして見ると東西南北、綺麗に分かれていますね」


「まだ行ったこと無い場所もあるな」


「どうする? これまで通り、手分けして行ってみる?」


「……いや」


 九十九の提案に、異を唱えるのはちりだった。顎に手を当て、鋭い目付きで地図と睨み合っている。


「この街は特殊だから忘れそうになるが、本来この地獄って場所は何が起きてもおかしくない。未知の場所に単独で乗り込むのは自殺行為だ。これまでは大した手掛かりも無かったし、街自体がクソ広かったからな。オレ達は効率を重視してバラバラに行動する他無かったわけだが……場所が絞れた今、これからは極力固まって動いた方がいい」


「なるほど。黒縄地獄で単独行動して真っ先に捕まったヒトとは思えない発言ですね」


「殺すぞ」


 酩酊の霧が瞬く間に濃くなっていくが、それはさておき。


「だが……三人まとまって行動するってのも、それはそれでリスクがある。楽屋での一件みてーに、三人まとめてリタイアさせられるなんてことも……この先無いとは言い切れない。オレ達の場合なら……バックアップに一人残して、実働部隊は二人一組ツーマンセルが理想か?」


「バックアップが必要なら、また私が分身しましょうか? 嗚呼いえ、いっそバックアップだけではなく実働部隊も分身込みで複数に分けて、四つの座標を同時に一気に攻略してしまうというのも手では?」


「……これはオレの所感だが、出来ればこの四つの座標は分身に頼らず、自分たちの目で実際に見ておきたくないか?」


 酩酊に侵されていない完全な状態の愛ならば、分身の感覚情報を遠隔で共有することが可能である。しかし酩酊によって誤作動が生じているのか、本体の愛が分身の得た情報を得るには口頭での伝達を必要としているのが現状である。

 そして口頭での意思伝達には限界がある。そもそも、愛の感性では気付けない手掛かりがあった場合、分身もまた同様に見逃してしまうリスクがある。分身のみで実働部隊を構成することによる情報の偏り。それをちりは危惧していた。


「それに、そもそもだな……同じ顔の人間がゴロゴロいたら目立ちすぎるだろ。座標は動かない。焦る必要はもう無いんだ、多少時間は掛かってもこれまでより確実に慎重に行った方がいい」


「む……まあ確かにそうですね……」


「だが分身は便利だ、活用させてもらうぜ。必要な分身は二体。この拠点ホテルに一体、バックアップとして待機させる。そして実働部隊に一体。分身込みのオレ達四人で部隊を二班に分ける。どうだ?」


「……なるほど。二班で二つの座標に乗り込む。それぞれ手掛かりを見つけたら一度拠点に戻る。手掛かりの内容次第では必要に応じて、残り二つの座標も続けて調査する……ということですね。いいと思います」


「うん。私も異存なし」


「部隊の組み合わせは……私達にそれぞれ九十九さんとあなたが付く形になりますね」


「そういうこった。本体おまえの方にはオレが付く。九十九は分身の方に付いてほしい。頼めるか?」


「問題ないよ」


 作戦の概要が決まって――愛は早速、自らの右手首を蟷螂カマキリの鎌で切断した。昆虫は痛覚を持たない生き物である。『ぬえ』の異能によって痛覚を遮断した愛もまた、痛みを感じることはなく。また、切断された箇所はプラナリアの再生能力によって瞬時に元の形に復元されていく。

 そして切断した手首自体も同様に、プラナリアの再生能力によって元の形――黄昏愛の分身個体へと、変貌を遂げていった。瞬く間に、そこには本体を含めた三人の愛が並び立つ。


「二号は九十九さんと行動。三号はこの部屋で待機です。いいですね、私達」


「了解です、私」


 やはり人間とは程遠い、生命倫理からかけ離れたこの光景も今ではすっかり見慣れてしまったことに、ちりは小さく溜息を吐いて。


「よし……じゃあ行くか」


 ちりのささやかな号令に、その場の全員が頷くのだった。分身を一人残し、四人はぞろぞろと固まって、リビングから玄関に繋がる廊下へ出る。


「……あ。行き先、好きに選んでいいですか?」


 玄関に向かう道すがら、本体である愛がふと思い至ったように声を上げた。


「選べるなら私、最初は一番目の座標に行きたいです」


「一番目の座標……一行目の暗号の場所か?」


「はい。北区の図書館です。べあ子さんにも会いたいので」


「ああ……まあ、いいんじゃねえの」


 扉を開け玄関を出ると、壁が取り払われ中央が吹き抜けになっている廊下に出る。階段やエレベーターの類は無く、下に降りるにはこの吹き抜けから飛び降りるしかないという、あまりにも不親切な設計のこの旅館。思えば一ヶ月近く、愛達はここで生活をしていたことになる。

 この場所ともそれなりに長い付き合いだったが、それももうすぐお別れになるのだろうか……と。そんなことをぼんやりと考えながら、ちりは吹き抜けから地上を見下ろしていた。


「じゃあ私達は、四番目の座標に行ってくるよ」


 そう言ってちりの肩をそっと抱き、そのまますくい上げるようにして脚を持ち上げ、軽々とその体を抱えるのは九十九だった。ちりの身体能力ならば三階程度の落下は問題無いはずなのだが、ここに来てから九十九は下に降りる時「万が一はあってはいけない」と、ちりを抱えて一緒に降りるようにしていた。


「デスティニーランドの、シスター・アナスタシア……だっけ。会いたがってたんだよね? 私に」


「……ん。そういやそうだったな……」


「愛も、それでいい?」


 吹き抜けを落下しながら、九十九は分身の方の愛に声をかける。


「はい。二号わたしは問題ありません」


 九十九の隣、鳥の翼でゆっくり降下していた愛は、こくりと素直に頷いてみせた。


「……おい、おまえ。分身女。絶対にギャンブルには手ェ出すなよ。もし九十九が変な遊び覚えて帰ってきたら……解ってんだろうな……」


「わ、わかってますよ……いちいちうるさいですねえ……」


 そうして無事、各々地上に着地して。獣皮の絨毯踏みしめて、そのままエントランスホールから外に繋がる出入り口へと向かう四人。向かうは図書館、そしてデスティニーランド。脱出の更なる手掛かりを求めて、赤い空の下を往く。


「あ、いってらっしゃいませ~」


 そんな彼女達を見送る者がいた。大正浪漫の獣耳メイド。今日もいつものように受付窓口で、客の出入りを見守っている。


「……しかしまぁ……」


 その瞳は、振り返ることなく旅館から離れていく愛達の後ろ姿を、どこか物憂げに眺めていて――


「フィデスはんもお人が悪いなぁ……街から出るとかそれ以前に……」


 今日も彼女は指示された通り、受付の手隙時間を利用して、訪れた旅人達に地図を手渡していく。彼女はこの酩帝街でも数少ない、地図に刻まれた『線』――即ち座標の意味を、理解している者だった。


「帰ってこれるかなぁ、あの子ら……」


 故に、憂う。示された座標に何が待ち受けているのか、知っているからこそ彼女は――旅人達の身を密かに案じていた。


 ◆


 ――――歓声が聞こえる。


 天より降り注ぐ光が、視界の全てを覆っている。きっとあるはずの、向こう側の景色すら見えない程の眩さ。芥川九十九は、それを。地に仰向けで倒れ込んだまま、見上げていた。


「やあ、レディ。立てるかい?」


 そんな彼女の、凪いだような赤い瞳を覗き込む影が、一つ。


 声にする方へ視線をついと動かし、その視界の端で微かに揺れる金色を捉えた。前髪に赤いメッシュの入った、その金髪。長さにばらつきは無く、枝毛一つ見当たらない、完璧と言っていいほど整えられた髪型に、精悍な作りの顔が見事なまでに合っている。更にはその高身長を纏う白いタキシードに至るまで、彼女の第一印象を麗しく決定付けていた。


「フフッ……動揺しているね。私もさ」


 そんな彼女は倒れている九十九の傍で膝を折り、白い手袋の着けた左手をそっと差し伸べる。その手を九十九は黙りこくったまま、まじまじと見つめていた。


「だって、本気で殺すつもりだったんだ。それを君は、この通り。少し驚いただけで済んでいる」


 ハスキーな声色で奏でるように紡ぐ彼女の言葉は、五キロ先の観客席までは届かない。周囲を円のように囲む観客席では、目の前で繰り広げられるその光景に興奮した様子で誰も彼もが歓声を上げている。


 そんな観客席の中にいて、倒れる九十九の様子を静かに見守っている二人の少女がそこに居た。

 一人は、黄昏愛。そしてもう一人は、ゴシックロリータ纏う黒髪ボブの少女――キョン子、などという明らかな()()で呼ばれているあの少女だった。


「いや失礼。噂に名高い悪魔の実力が、よもやこの程度のはずがなかったね」


 そして、そう。今まさに、この舞台の上で歓声を一身に受けている金髪碧眼の彼女、その名はライザ。それぞれが鬼人きじん奇人きじん貴人きじん忌人きじん飢人きじんと称される五人組『Dope Ness Under Ground』においては、()()兼ギターを担当している、見目麗しきその女性。

 ではなく。まるで取り違えたような印象を冠するそんな彼女が芥川九十九にしたことは、なんてことはない、ただの()()である。


「大丈夫。安心して君も、本気を出すといい。私は頑丈だ、そう簡単には壊れないさ。でないと――」


 このシーンに至る、およそ一時間前。黄昏愛と共にこの場所へ訪れた芥川九十九は、ライザとの()()に了承した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただそれだけのことである。


 どうしてこんな状況になったのか、敢えて何故を答えるのならば。彼女こそがこの()()()()()において最強を誇る『麒麟(きりん)』の怪異であり――


「――君達の旅は、此処で終わってしまうよ」


 ()()()()()()()()()、光り輝く霆王ていおうライザだから……としか言いようがない。

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