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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第三章 衆合地獄篇

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衆合地獄 11

 一方その頃。南区大通りで飲食店をハシゴしつつ、目的もなくだらだらと散歩をしているうち、気付けば酩帝街の東地区にまでやってきた、一ノ瀬ちりは。


「……なんじゃこりゃ……」


 この街に来て何度目かの絶句をしていた。


 酩帝街東地区。そのエリアは周囲が丸ごとフェンスに囲まれた異様な雰囲気で、他の地区とは明確に切り離されている。唯一の出入り口となる巨大なゲートは常に開放されており、街の住人であれば誰でも自由に出入りすることが可能となっていた。

 そこへ雪崩れ込むようにヒトの群れがゲートを頻繁に出入りしている。その数は歩行者地獄の比ではないほど混雑していた。エリア内からは人々の歓声やどよめきがこちらまで聞こえてきている。


 そんな巨大ゲート前までやってきた一ノ瀬ちり。その視線はゲート上部に掲げられた一枚の看板に釘付けとなっていた。看板には『おいでませ デスティニーランド』と書かれてある。


「ぬっはっはーっ!」


 高笑い。まるで追い打ちをかけるかのように降って、否、湧き上がってきたそれが耳に届いた瞬間、ちりはほとんど反射的に溜息を吐いていた。ああきっと、これから自分はろくでもないことに巻き込まれるのだ――長年の経験から察し、半ば諦めるように、声のしたほうへと渋々視線を移す。


「よく来たな幻葬王! 待ち侘びたぞーっ!」


 ゲートの真下、腕を組み、足を広げ、どっしり構える高笑いの主は――幼女であった。一ノ瀬ちりは比較的小柄だがそれよりも更に一回り小さく華奢な体格、金髪長髪の赤目の幼女。

 漆黒の修道服の上から黒いマントを羽織ったその幼女が、なぜだか自信満々な表情で一ノ瀬ちりを見据えていた。ゲートを出入りするヒトの流れはさながらモーセの海割りのように幼女を避けている。


「くっくっくっ! 拷问教會イルミナティの襲撃を躱し、あろうことか禁域の怪異を打倒せしめるとは中々やるではないか! 喜べ、余が貴様を労ってやることにした! 我が帝国テーマパークで存分に愉しむがよいっ! ぬっはっはーっ!」


「…………」


 なぜ黒縄地獄で起きた出来事を知っているのか……は、最早この際、さておいて。


「……ヒト違いだ。オレは幻葬王じゃねェ」


「くくっ、しらばっくれても無駄である。余と同じその赤い瞳! 噂に聴いた幻葬王の特徴と完全に一致している! そしてこの街に来てまだ日の浅い、血に飢えた怪異特有のニオイ……誤魔化しきれておらんぞ幻葬王! 観念するのだーっ!」


 途端にくらくら頭痛がし始め、眉間を指で抑えるちり。どこから溢れてくるのか謎の自信に満ちた表情で得意げに高笑いをするこの幼女は、どうやら一ノ瀬ちりのことを幻葬王・芥川九十九だと勘違いしている様子だった。


「あー……他に何か特徴は聴かなかったのか」


「ああ勿論色々聴いておるぞ! 幻葬王は余に匹敵する程の悪魔的な美貌を誇る絶世の美少女であると……」


 幼女は言いながら改めてちりの容姿を頭の上から足の先まで舐めるようにまじまじと見つめると、その表情は次第に驚愕のそれへと変わっていくのだった。


「……貴様、幻葬王ではないな!?」


「テメェ喧嘩売ってんのか!?」


 ちりの周囲に酒気の匂いが立ち込める。苛立ちに反応したのか、ちりの頬は僅か上気していた。対するアナスタシア、透き通るような白い肌のまま、酩酊している様子は無い。


「む! なんだよく見たら貴様、赤いクレヨンの怪異であるな? ならばよし! 幻葬王の一味であるならば余のもてなしを受ける権利がある! 喜べ! ふははっ!」


 平らな胸を得意気に張り、幼女は尚も自信に溢れた物言いで。


「我が名はアナスタシア! 拷问教會イルミナティが誇る第五席、ヒト呼んで吸血皇女、シスター・アナスタシアである! くっはっはーっ!」


 高らかに咲う金髪の幼女、シスター・アナスタシアは、そうして大粒のルビーのような真っ赤な瞳を煌めかせるのであった。

 しかし、拷问教會イルミナティ。その単語を耳にしたちりは、眉間に皺を寄せ、露骨なまでに怪訝な表情を見せる。


「……なんで拷问教會イルミナティ幹部シスターがこんな所に居やがるんだよ……」


「我々はどこにでも居る。秘密結社フリーメイソンとはそういうものであろう?」


 無邪気な子供のようにくつくつ咲うアナスタシアだが、ちりは依然警戒の視線を向けていた。いつでも逃げられるように距離を取り様子を窺っている。


「……で、拷问教會イルミナティの第五席サマがオレらに何の用だ。目的は?」


「くくっ、慎重だな。それでよい。敵から情報を引き出し、自分の手札は隠し通す。地獄で生き抜く術が身体に染み付いているようだ。まだ若いというのに感心感心! くっはっは!」


 怪異の肉体は経年劣化を起こさない。見た目で実際の年齢――地獄で過ごした年月――は判別できない。一ノ瀬ちりは地獄に落ちて二百年を過ごしたが、アナスタシアを名乗るこの幼女がどれほど永く地獄に棲んでいるのかは一見しただけでは解らないのだ。


 そしてこの「地獄で過ごした年月」というのもまた怪異にとっては重要な情報である。地獄で永く生き抜いてきたということは、それだけ異能の扱いに長けている強力な怪異である可能性が高い。あるいはそれを隠して敵を油断させる狡猾な者も当たり前のようにいるのがこの地獄という場所なのである。


「くくっ。まあ安心せよ。拷问教會イルミナティの意向とは関係なく、ただ余個人が貴様らに興味があるというだけだ」


 警戒するちりに合わせ敢えて距離を取り、アナスタシアは微笑を浮かべている。腰に手を当て、自分の身の丈よりも大きな黒マントを風で靡かせながら。


「余は強き者が好きでな。禁域の怪異と真正面からぶつかって、これを突破できる者などそうはおらん。それがたとえラッキーパンチでもな。労働には対価を、勇者には報酬を。余は余が定めた等価交換ルールに則って、貴様らの活躍を称えたいのだ。それだけだよ」


 その言葉を裏付けるように、アナスタシアは依然酩酊している様子は無い。この街では些細な悪意にも反応して対象を酔い潰す。もしもアナスタシアが幻葬王をどうにかしようと企んでいたとしたら、その時点で兆候が酩酊として現れるはずなのである。


 しかし、アナスタシアにはそれが無い。頬は純白のそれで、呂律も正常。そもそもこの街では暴力行為も盛者必衰の対象となる。争いなど起こりようがないのだ。

 一ノ瀬ちりもそれは頭で理解していた。それでもこうして警戒を緩めることが出来ないのは、もはや性分としか言いようがなかった。

 あるいはこれまでの経験が彼女にそうさせているのだろう。地獄では油断こそが何よりの命取りとなる。既に黒縄地獄でも失敗した。それで芥川九十九に迷惑をかけた。だからもう二度と、油断してはならない――


「というわけで! 貴様らには余からこれを進呈しよう!」


 言いながらアナスタシアが懐から取り出したのは、紙で出来た一枚のチケット。そこには「とくべつゆうたいけん」と手書きの文字が刻まれている。


「永年無料の特別優待券である! これを職員に提示すれば待ち時間を大幅短縮ッ! 余の帝国テーマパークのアトラクションを思う存分遊び尽くすがよいぞっ! 余ってば太っ腹であるなー! ぬっはっはーっ!」


「……………………」


 油断してはならない、気を許してはならない――しかしそれも、目の前の幼女の屈託のない笑顔のせいで、途端に馬鹿らしく思えてきて。深く長い溜息を喉の奥から絞り出しながら、一ノ瀬ちりはとうとう、僅かだが肩の力を緩めるのだった。


「……そうかい。でも、称えるなら九十九……幻葬王本人にしてやってくれ。オレは何もしてねェ」


「む! おいおい! そう謙遜せずともよいではないか、赤いクレヨンの怪異よ!」


 ちりの警戒が緩んだのを目敏く察したのか、ずかずかと歩み寄り距離を詰めてくるアナスタシア。ちりは反射的に後退る。


第十一席エウラリア第十二席アガタ! 彼奴らもまだまだ青いが幹部に選ばれるだけあって決して弱くはない。その二人を倒したのは他ならぬ貴様自身であろう! 十分な活躍だ、偉いぞ! 褒めて遣わす!」 


「オイ待て、なんでそんなことまで知って……いや、ロアの野郎か……クソッ、何でもかんでも言い触らしやがって……」


「む? ロアではないぞ。余はフィデス様からお教えいただいたのだ!」


 フィデス。『Dope Ness Under Ground』のメンバーである。その名を踊るように口にしたアナスタシアの表情から、彼女がフィデスを尊敬しているのが伝わってくるようだった。


「貴様らの活躍は実に愉快な()()()であったとフィデス様は仰っておられた。あの御方が他人を褒めるのは珍しいことである故な、余もつい嬉しくなりこうして貴様らが来るのを待ち伏せていたというわけだ!」


「それ褒めてんのか……?」


「べた褒めである! 誇ってよいぞ! ふははっ!」


 ドヤ顔で胸を張っているアナスタシアはさておいて――ちりは些細な違和感を聞き逃さなかった。


「……しかし、()()()ね。それじゃあまるで、実際に観てきたみてェな言い方だな。ただの言葉の綾か、あるいは……」


 ――あるいは、本当に()()()()のか。


「まあなんでもよい! とにかく貴様も楽しめっ! ほれほれっ!」


 思考に僅か翳りの生じたちりとは対照的に、全く気にも留めていない様子のアナスタシア。からっと晴れた満面の笑みで、ちりの手の中に「とくべつゆうたいけん」をぐしゃりと捩じ込むようにして手渡してくる。

 拷问教會イルミナティの幹部とはいえ、見た目は自分より一回りも小さな幼子。この手の輩に絡まれるとどうしても強く出れないのか、一ノ瀬ちりは嫌な顔をしつつも手の中に押し込まれた紙切れを突き返すようなことはついぞ出来なかったのである。


「此処は余の、余による、余の為の帝国テーマパークッ! 即ち余の好きなものだけが在る、まさに夢の国ッ! 映画館、プール、観覧車、ジェットコースター! そして……カジノ!」


「……は? カジノ!?」


「うむ! バカラ、ポーカー、ブラックジャック、パチンコ、麻雀、ロシアンルーレット、えとせとら、えとせとら! 古今東西あらゆる遊戯を取り揃えておるっ!」


 アナスタシアは両腕を大きく広げ、背後に聳え立つ娯楽の城『デスティニーランド』を仰いだ。こうしている間にも園内からは人々の歓声が絶え間なく聞こえてきている。


「いやいや、ギャンブルつったって……なに賭けるんだよ。共通の通貨でも発行してんのか?」


 もしもここが等活地獄であれば、賭け事をするならばチップは自分の命となるだろう。しかしこの街では暴力行為はご法度。命を賭けることは出来ないはずだが、しかし。


「くっくっくっ……! 然り……っ! 故に此処では、()()()()()()()()()()()……っ! ふふっ、ふははっ! 付いて参れっ、赤いクレヨン!」


「ちょ、おいッ!?」


 ちりの手を引いて、アナスタシアは躊躇うことなくゲートの内側へと入っていった。地面に引き摺る黒いマント翻す吸血皇女、その小さな手を握りしめながら、ちりはとうとう帝国テーマーパークの全容を目の当たりにする。


 酒気の霧で白んだ大通りは人混みに溢れ、とりわけアトラクションの入り口と思しき施設には行列が幾つも出来ていた。遠くには観覧車のような乗り物が天高く聳え立つのが見え、更にそこから間隔を空けていくつものドーム球場が建てられている。球場からは轟くような歓声が響いていた。その様相はまるで、いやまさに、現世のアトラクションテーマパークそのものである。


「つまりだな、余は『吸血鬼』の怪異であるが故、その異能で他者の血を自由に出し入れすることが出来るのだ! 換金所ならぬ換血所にて、余は客の体内から任意の量の血を抜き取り、結晶体チップとする! 無論、チップを失うことは自らの血を失うことに等しい……っ! 貧血マイナスで帰りたくなければギャンブルで勝つしかない……っ!」


 自分がなんの怪異でどんな異能なのか、あまりにもあっさりと白状したアナスタシアにツッコミを入れる余裕も無い程に、突如として湧いて出た情報量の多さに一ノ瀬ちりは軽く目眩がしていた。


「堕天王? 盛者必衰? なにするものぞっ! 此処では余の定めた等価交換ルールこそが絶対! 此処では命を削るに等しい瀬戸際ギリギリのギャンブルが味わえるのだ……っ! クカカ……っ!」


 奇妙な嗤い方をしながら、アナスタシアは早歩きでぐんぐん前へと進んでいく。ゲートの傍から離れ、大通りを抜け、人混みを掻き分けていく毎に霧が晴れていき、やがて前方に聳え立つ一棟の施設が見えてきた。中央区の大型ドームに匹敵するかという巨大なその施設からは、近付くにつれて耳をつんざくほどの大きな歓声が聞こえてくる。

 もはや深く考えるだけ無駄だと悟ったのか、一ノ瀬ちりは半ば白目を剥いた状態で手を引かれるがまま、アナスタシアと共に目の前の施設に入場するのだった。


「そして此処は、そんな文字通りの血に飢えたギャンブラー共が最も多く集う場所っ! 余も此処は特にお気に入りの場所でな、是非貴様らにも紹介したいと思っておったのだっ!」


 まるで自慢の玩具を見せびらかす子供のように息巻くアナスタシア。開放された出入り口を真っ直ぐ進み、突き当たってすぐの短い階段を登っていく。階段を登り切ったその先で、一ノ瀬ちりが目にしたものは――


「さあ最終コーナーから一番キュアップラパン先頭で直線に入るッ! 後ろから四番オカクゴハヨロシクテ追うが一馬身二馬身と差をつけられていく! ゴールまで残り三百メートルを切った! キュアップラパンこのまま逃げ切るか……あーっとここでッ!? 後方から七番デンジャラスマイル上がってくる! デンジャラスマイル上がってくる! 残り二百メートル! デンジャラスマイル上がってきている! 並ぶか!? 並ぶか!? デンジャラスマイルとキュアップラパン、二頭の一騎打ちッ! キュアップラパン逃げ切るかッ! デンジャラスマイル差し切るかッ! 残り百メートル! どうなるッ、どうなるッ、どうなるッ、キュアップラパン僅かに先頭かッ! キュアップラパンッ! デンジャラスマイルッ! キュアップラパンッ! デンジャラスマイルッッ! キュアップラパンッッッ、ゴーーーーーールッ! キュアップラパン逃げ切ったッ! 勝ったのは一枠一番キュアップラパン! 衆合記念、栄光を勝ち獲ったのはキュアップラパンですッ!」


 下半身が四つ足の馬、上半身が人間の女性――いわゆるケンタウロスなどと呼ばれるであろう怪異達が、アナウンサーの実況の下、競走レースをしている光景だった。

 観客席はヒトの群れで覆い尽くされ、雷のような歓声が轟く。上空に舞う無数の紙切れと赤いコイン。ゴールしたケンタウロスは拍手喝采を浴びる中、こちらに向かって手を振っている。


「見よっ! これこそ至上のエンターテインメントっ! 我が帝国の誇る人気ナンバーワンっ! 即ちっ――競馬であーるっ! まあ実際には馬ではなくケンタウロスなのだがな。ふっはっはっ!」


 アナスタシアに連れられてきた其処は競馬、もとい競ケンタウロスのレース会場であった。整備され石ころ一つ転がっていないダートのコースは、長い二本の直線と四つのカーブからなる長円形で構成されている。

 一周約二千メートル、直線約五百メートル程のレースコースを観客席で取り囲み、天井は吹き抜けになっていて曇りなき赤い空が広がっている。かなりの大規模な施設だが、そんな施設がアトラクションの一つとして組み込まれている時点で、デスティニーランドの広さひいては衆合地獄酩帝街の大きさが窺い知れるというもので――


「いや意味わかんねェよ!!!!」


 などという細かい説明は、今の一ノ瀬ちりにとってはもはやどうでもよかった。かといってどこから突っ込んで良いのかもわからなかったので、一ノ瀬ちりはただその場で叫ぶしかなかった。


「勘弁してくれ……オレの常識が……オレの二百年が……」


「む? なんだ、ひょっとしてギャンブルは好まんか?」


 頭抱えるちりの頬をつんつんぷにぷにと指で突っつくアナスタシア。その指を払う余力すら今の彼女にはない。


「むう、残念だ……ぬえの怪異には喜んでもらえたのだが……」


「……………………待て。何の怪異だって?」


 ◆


「ぬわああああああああまた負けたああああああああ! 私の馬券が一瞬でただの紙くずにっ! 三千六百ミリリットルも賭けたのにっ! くそおおおおおおおっ! いいえもう一度ですっ! 次で取り返しますよっ! 血なら異能でいくらでも精製できますのでっっ!」


 ちりの嫌な予感は最悪の形で的中した。観客席で喚き散らす黄昏愛の姿を発見してしまったのだ。額に『4』の数字が書き込まれた愛の分身は真っ赤に上気した頬で、両手に握りしめていた紙くずを盛大に撒き散らしている。


「ほれ。あそこの女、あれも幻葬王の一味であろ? 貴様より先に此処へ来たのでな、案内しておいたぞ!」


「…………」


 今の一ノ瀬ちりに出来ることは、全力で他人のふりをすることだった。


「ああっ! 赤いひと! こっちですこっち! おぉーいっ!」


「……………………」


 まあ、そんな些細な抵抗も虚しく速攻で気付かれてしまうわけなのだが。


「あなた競馬には詳しいですか!? 助けてくださいもうずっと負けっぱなしなんですパドックの見方とか全然わからないんですけどどうすればいいですか!? 次の最終レースで絶対に取り返します一緒に賭け狂いましょう!!」


「…………………………………………」


 ここまで振り回され続けた一ノ瀬ちりは、ここにきてもはや。端的言ってキャパオーバーであった。


「ちょ、なぜ引っ張るんですか赤いひと! はなしてください! いやだーかえりたくないまだかえりたくないですー!」


「お邪魔しましたァ!!!!」


「む、もう帰るのか!? 次は幻葬王を連れてまた来るのだぞぉ~っ!」


 有無を言わさず愛の首根っこを引っ掴んで、来た道を戻っていく一ノ瀬ちり。そんな彼女達の背中をシスター・アナスタシアはやはり、子供のような無邪気な笑顔で見送るのだった。


 『死ねぬ(デス)子供のための(ティニー)遊園地(ランド)』。来る者拒まずの酩帝街においては、まさに自由の象徴とも呼べる死の小楽園。其処に巣食うは永久に幼き吸血皇女。誰もが血に酔い、帰りたくないと縋る程の幻想が、其処では当たり前のように享受出来る。


 ――果たしてこれを捨ててまで、先に進む必要があるだろうか。


「言いたいことは山程あるがとりあえずオマエはもう二度とギャンブルには手ェ出すなッ!」


「わ、わかりましたっ! わかりましたからっ! せめて! せめて最後にあそこの売店のチュロスだけでも!」


「やかましいッ!」


 ――その答えは、未だ出ず。

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