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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第三章 衆合地獄篇

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衆合地獄 10

「……あ、見つけた」


「むぐ……?」


 衆合地獄酩帝街の南地区。歩行者地獄などと呼ばれる大通り。出店立ち並ぶそこの一角で、芥川九十九は黄昏愛を発見した。

 愛の入っていた出店は木製の引き車のような外観をした屋台で、外界からはのれんで仕切られた小ぢんまりとした空間に、黄昏愛を含めた数名の客が間隔を空けて座っている。厨房からは豚骨の濃厚な香りが漂ってきていた。屋根の看板には「らあめん」と書かれている。


「何を食べてるの?」


 興味津々といった様子で尋ねる九十九に応えるため、愛は口の中の麺を喉の奥へと一息に流し込んだ。その額には『2』の数字が書き込まれていたが、汗で滲み消えかかっている。


「ラーメンです」


「らあめん……美味しいの?」


「食べてみるといいです。なかなかイケますよ」


 愛に促された通り、九十九は彼女の右隣の長椅子に座る。厨房では蛸のような多腕の男店主が黙々と調理を行なっていた。一つの腕が麺を湯切りし、一つの腕がおたまでスープを掻き混ぜ、一つの腕がどんぶりを用意し、一つの腕が肉を薄く切っている。


「ご注文は」


 席に座った九十九に多腕の店主が渋い声で尋ねる。カウンター席には萎びた紙が置かれており、そこには多種多様なメニューが記載されていた。

 けれども九十九にはメニューに書かれてある料理名の殆どがイメージ出来ないものばかりであった。現世での経験が一切無い九十九には、豚骨も、醤油も、味噌も、どれもこれも未知の料理である。店主に尋ねられたものの、九十九はメニューと睨めっこをしたまま言い淀んでいる様子だった。


「私と同じ物でお願いします」


「あいよ」


 そんな九十九の代わりに愛が応え、店主は頷き、止めていた腕の動きを再開させる。


「ありがとう」


「迷ったらとりあえず『オススメで』と言っておけば大抵なんとかなりますよ」


「そうなんだ」


 多腕故の早業か、注文から数分足らずで九十九の前に器が提供された。豚骨の香り漂う白濁のスープに太麺の束と輪切りにされたチャーシューが浮かんでいる。野菜の類は添えられておらず色彩的にも非常にシンプルではあるものの、充分過ぎる程に食欲そそられる一品である。


「こうやって、お箸を使って食べます。持ち方は解りますか?」


「ん……ん……」


 愛に手を添えられながら箸を手に取ってみせる九十九だったが、なかなか一筋縄ではいかないようで。箸を扱う手はぎこちなく震え、麺を掴むことが出来ず、するりするりと隙間から落ちていってしまう。


「難しいですか?」


「うん……こっちより、あっちのほうが使いやすかったな……」


「あっち?」


「ほら、あのギザギザの……ハンバーグのお店に行った時に使った……」


「ああ、フォークですね。大将、ありますか?」


 愛の要望に男店主は頷き、テーブルの上にフォークをそっと差し出した。それを手に取った九十九はパスタを巻く要領で器用に麺を絡め取っていき、ゆっくり口へ運んでいく。咀嚼の度に口の中へ広がっていく豚骨の風味と麺のもっちりとした食感が脳を刺激し、言い得のない快感に腹が満たされていくのを九十九は感じていた。


「おいしい」


「でしょう?」


 ふふん、と得意げな顔をしてみせる愛。


「これも、調査の内に入るの?」


「…………もちろん。最重要任務です」


「そうなんだ」


 あからさまに目を逸らす愛だったが、九十九は納得した様子で食事を再開した。その後を追うように愛もまた箸で麺を摘み、するすると口の中へ流し込んでいく。 麺を、具を、口の中へ運ぶたび、体の芯まで温かくなっていく心地良い感覚に満たされながら。二人は穏やかな時間を過ごすのだった。


「料理って、たくさん種類があるんだね」


「そうですね。地獄でそれらを食べられる日が来るとは思いもしませんでした」


 九十九のふとした問いかけに愛もまた軽い口取りで返す。耳にかかった髪を指で掻き上げ、れんげで掬ったスープを啜る。


「……でも、ここまでくると流石に気になりますね」


「気になるって?」


 やがて白濁に浮かぶ輪切りのチャーシューを箸に取って、しかしそれを口の中へ放り込むことはなく、愛はそれをまじまじと眺めていた。


「ロアにははぐらかされましたが……これら動物肉の供給源は一体どうなっているのか。気になりませんか?」


 地獄には人間以外の動物は堕ちてこない。人間が動物系の怪異に変身することはままあるが、純粋な動物がこのように食用肉として出回っているのは本来であればありえない光景である。


「現世ではこれが当たり前なんだよね?」


「はい。だからこそ異常なんです。気になります」


「ふうん……ねえ、タイショー。何か知ってる?」


 愛の真似をして、男店主のことを「大将」と呼ぶ九十九。二人の会話は耳に入っていたがまさか呼ばれるとは思っていなかったのか、男店主は少し驚いたように目を丸くしていた。


「……嬢ちゃん達、この街に来てまだ日が浅いようだな」


「うん。だから、教えてほしい。いろいろ」


 少しの間の後、男店主はその分厚い唇の隙間から「そうだな……」と低い声を漏らすのだった。


「この街の肉や魚は、そのほとんどが第六階層……焦熱地獄で()()()()()()()()だ」


「…………動物を、養殖? どうやって……いえ、それよりも……」


 愛の箸が止まる。


「輸入、って……それは……どういう意味ですか?」


「言葉通りの意味だよ。この街の食材の多くは第六階層からの輸入品だ。猿夢列車を使って運搬されてくる。運び込まれた食材はそのまま南区の市場に陳列されて、俺達はそこから食材を調達してるわけだ」


 その返答を、愛はにわかに信じられなかった。箸はチャーシューを掴んだまま微動だにせず、大きな黒い瞳は見開かれたまま瞬きを忘れているようだった。


「そっ……!? それってつまり、列車に食材を積み込んで此処まで運んでくる担当者がいるということですよね!? その方はこの街を出入りしているということですよね!? 誰ですか!? どうやって!?」


「お、おう……落ち着け嬢ちゃん……」


 思わず口から麺が飛沫する程の大声を上げる愛に男店主はたじろぐも、すぐ気を取り直して咳払いひとつ。


「食材を運んでくる担当者はな、ヒトじゃない。()()()()()()()()()()()()()()


 ちょっと待ってな、と多腕の男店主は複数ある腕の一本で厨房の棚を器用に開け、そこから薄汚れたメモ用紙と筆を取り出した。それを愛と九十九、ふたりに見えるように机の上に置いて、おもむろにメモ用紙へ筆を走らせる。


「下手な絵で悪いが……こう、こんな感じの……現世でも見たことない、変な生き物だ。こいつが北区の駅から食材いっぱい載せてやってくるんだよ。で、こいつ自身も食材を運び終えた途端にな、まるで役割を終えたようにその場で突然死んで、ただの肉になる」


 男店主がメモ用紙に描いたそれは、確かに現世ではまるで見覚えのない、まるで多種多様な動物を組み合わせて造られたような、奇妙な生物の姿であった。頭部の無い長い首、馬のような四足歩行、背中には巨大な檻のような形の骨が剥き出しになっている。曰く、この奇妙な動物は背中の骨檻の中に大量の食材を積載して、定期的にやってくるらしい。


「……()()()()か」


 現世の常識を知らない一方で、地獄においては二百年もの間戦い続けてきた九十九である。男店主の話を聴いてすぐ、その奇妙な動物が異能による産物――人造怪異ホムンクルスの一種であると確信するのに時間を要することはなかった。


「だろうな。だが俺も此処に棲み着いて百年、焦熱産の食い物は散々食ってきたが……身体のどこにも異常は無い。仮に毒があっても俺達は怪異だからな。死にはしないし、今更誰も気にする奴はいないよ」


 男店主はメモ用紙をくしゃり握り潰して、そのまま自分のエプロンに付いたポケットの中へと押し込んだ。そうしている間にも新しく入ってきた客の為に多腕を駆使して調理を進めている。


「……嬢ちゃん達は、この街から出たいのか?」


「はい。この街から出る方法、知りませんか?」


「知らん。知らんが……そうだな……」


 顎に手を当て、濃い眉毛を八の字にし、何やら考え込む男店主。強面な見た目によらず意外と良いヒトだな、などと密かに思いながら、九十九は彼の毛髪の薄いその頭をぼうっと眺めていた。


「衆合地獄と焦熱地獄は同盟関係にある。そこに黒縄地獄が加わって『()()()()』とかなんとか云われていてな。この三国で物資を輸出入し合ってるらしい。この同盟を取り決めた王様達おえらいさんなら、この街から出る方法くらい知ってるんじゃないか?」


 三獄同盟。その一員である黒縄地獄の開闢王が実際に酩帝街を出入りしている。街から出る方法は確かに実在するのだ。しかしやはり、その方法自体を知っている者は極限られているようだった。


「俺から教えてやれることはこのくらいだな。此処の住人にとっちゃ一般教養程度の知識だが……」


「いえ……助かりました。ありがとうございます」


「……ま、ほどほどにな。住めば都って言うだろ。現に俺達はこの街で居場所を見つけた。生前と同じように料理人として生きていけるようになったんだ。此処での暮らしも、そう悪いもんじゃないぜ……」


 そんなことを話していると、暖簾を掻き分けてまた新しい客が入ってくる。それを皮切りに男店主は口を閉ざし、せわしなく多腕をうねらせ、ラーメン作りに没頭するのであった。


「……有力な情報は、やはりそう簡単には手に入らないものですね」


「うん。それにこの街のことも、まだまだ気になることだらけだ」


「そうですねぇ……」


 難しい顔をしながら、愛は箸に持っていたチャーシューをようやく口の中へと放り込んだ。香ばしい豚肉の旨味が腔内にじわり広がっていく。


「……気になるついでに聞くけどさ。愛の好きな料理は何?」


「……え?」


 そんな愛に脈絡なく、突拍子もない質問を不意に投げかけてくる九十九に、愛は思わず聞き返していた。


「愛の好きな料理。愛の好きな食べ物。私、気になる」


「私の好きな料理……ですか」


 愛は九十九の問いかけに逡巡しながら、ちゅるちゅると太麺を啜る。


「……特に思いつきませんね」


 そうして喉越しを充分に味わった後――空になった愛の口から出た答えは、無表情でぽつり呟いたそれは、どこか淡白なものであった。


「私が忘れているだけなのかもしれませんが」


「そっか。でも、なんでも美味しそうに食べるよね」


「……はい。とても美味しく感じます。好き嫌いそのものが無いのかもしれませんね、生前の私は……」


 自分の嗜好をまるで他人事のように言いながら、愛は両手で持った器をそのまま口元まで運び、中のスープを喉の奥へ一気に流し込んでいく。


「……ごちそうさまでした」


 一息に飲み干して、空になった器の前で愛は手を合わせた。それを確認して、男店主は触手で器を下げていく。


「……ああ、でも……」


 ゆっくり自分のペースで食べる九十九の隣、自分の黒く長い髪を指で弄んでいた愛がふと、口を突いて出たように言葉を漏らす。


「『あの人』は、フライドチキンが好きでした」


「ふらいどちきん……」


 聞き慣れない単語に首を傾げる九十九。


「なんだか、おいしそうな名前だね」


「…………ふふ、そうですね」


 断片的に蘇る記憶。夢の中で見た光景。『あの人』がいつも美味しそうに、それに齧り付いていたのを思い出す。 


「きっと、美味しかったんでしょうね。いつもせがまれていました。揚げ物は作るの大変なのに……困った人……」


 ――けれど、それ以上のことは思い出せない。愛した『あの人』の名前すら、今の私は思い出すことが出来ない。


 地獄に落ちてから朧気になってしまった遠い過去に思い馳せる愛の横顔が、九十九にはどこか寂しげに映って――


「……そっか」


 九十九の凪いだような赤い瞳が、すっかり具材の無くなった白濁の水面をぼんやり見つめる。一瞬の静寂の後、九十九は何か思い立ったように器を持ち上げ、中のスープを愛同様にゆっくりと飲み干していった。喉をごくりごくり鳴らして、空になった器をそっとテーブルの上に置く。ゆっくりと息を吐き、そして。


「私も食べてみたい。フライドチキン」


 スパイスのような勇気をほんの一摘み、言葉に乗せて。九十九はその赤い視界がいっぱいに埋め尽くされる程、黄昏愛のすぐ傍まで顔を近付けてみせる。


「愛の好きなヒトが好きな料理。私も気になるから」


「気になり……ますか?」


「うん。とっても」


 それはそうだ。それこそが彼女の旅の、最初の動機だったのだから。どこぞの開闢王ではないが――芥川九十九もまた、黄昏愛という未知に惹かれた探求者の一人なのである。


「探そう。一緒に」


「それは……構いませんが……」


 不意に、ずいっと目の前まで迫ってきた九十九の顔から、愛は咄嗟に目を逸らしていた。


 分身とはいえオリジナルと記憶を同期した寸分違わぬコピーである。その反応も、その言動も、全てオリジナルと変わらない。つまり、分身だからという言い訳は出来ない。『あの人』以外どうでもよかったはずの自分が、『あの人』以外の他人に対して不覚にも見惚れてしまいそうになった事実は、決して気の所為などでは無かった。あるいは、気の迷いではあるのかもしれないけれど。


 暖簾を掻き分け、屋台から出るふたり。どちらからともなく、自然と手を引いていた。


「――食べたら思い出すよ。きっと、何か」


 道中、九十九のさりげない一言を聞き逃さなかった愛は、僅かに目を見開かせてその横顔を見やる。九十九の動きに乏しい表情筋は、微かに笑みを作っていた。


「……だと、嬉しいですね」


 片や過去おもいでを、片や未来これからを、求め彷徨うふたりの怪物少女。奇妙な縁によって引き合った少女達は、酒気に満ちた霧の街へ一歩、踏み出すのだった――


「ところで愛。さっきから気になっていたんだけど……前方あそこに見えるあの屋台は、なんの料理のお店なんだろう? あの看板……さっきのタイショーみたいな、うねうねがいっぱい……」


「あ、あれは……あのたこの看板は……ひょっとして……たこ焼き屋さんなのでは……!? ご、ごくり……!」


「愛、あの白くてもちもちした物体は……?」


「なっ……あれは肉まん……!? くっ……! 胃袋が……胃袋がいくつあっても足りない……!」


 ……フライドチキンに辿り着くまでの旅路は、長く険しいものになりそうだが、果たして。

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