衆合地獄 5
酩帝街中央区。広大な衆合地獄においては都心部に位置するその場所の賑わいは南区大通りの比ではなく。スクランブル交差点の如く、人通りによって常に埋め尽くされている。東西南北、各区画を移動する為に必ず経由する場所であるが故か、他の区画に比べ建築物は少ない。それを補って余りある程の人混みが、この中央区に有る全てだった。
そして今日。そんな中央区のまさに中央に位置する其処――あらゆる建築物の中でも一際大きく聳え立つそのドーム球場の入口には、大蛇のような行列が出来ている。赤い月に届きそうな程に巨大なそのドーム球場の中からは、既に入場した者達の歓声が聞こえてきていた。
しかしロアはその行列を無視して、愛達をドーム球場の裏口へと案内する。ドームの裏側は鉄柵で覆われており、裏口には関係者以外立入禁止の文字が書かれた看板が掛けられており、その両脇に黒服の屈強な男が二人、並んでいた。当然警戒する愛達だったが、黒服の男はロアの姿を確認するや否や、言葉を発することもなく迅速に裏口を解放する。
「は~いどうもね~」
黒服にひらひらと手を振って、裏口を素通りするロア。警戒しつつも、愛達はその後ろを付いていく他ない。ドームに裏口から入った三人は細く暗い道をひたすら進んでいった。道すがら、スタッフと思しき黒服の者達に何度もすれ違う。声を掛け合い慌ただしく行ったり来たりしているスタッフの横を、愛達は咎められることもなく素通りしていく。
「……ところでさ」
その道中、先ほどからずっと不思議そうに首を傾げていた九十九が口を開いた。
「げりら……らいぶ? って、なに?」
「あー……えっと……ステージの上で歌ったり踊ったりするのがライブで、それが突然開催されることをゲリラって呼ぶんだよ。オレもよく知らねェけど……」
「つまり……これから誰かが急遽その、ライブ? をするわけなんだね」
「まぁ……そうなんだろうな……」
「……なんで?」
「……知らん」
そんなことを話しながら、途中突き当りを何度か曲がると、やがて廊下の奥に長い階段が姿を見せた。ロアが躊躇いなく階段に沿って上へ上へと昇っていくので、三人も後に続いて階段を登っていく。
「この中央ドームは酩帝街で最も大きく、全地獄でも有数の巨大施設! いつもは多目的空間として一般解放しているけれど、今はライブの為に貸し切ってるのさ」
案内するロアを横目で見つめる黄昏愛。ロアの目的が不明な以上、警戒は怠らない。黒縄地獄での一件もある。愛は自身の肉体を密かに改造しながら歩いていた。いつどこから攻撃されてもいいように、毒や衝撃への耐性を自らに付与していく。
そんなことをしてる内、長い階段を登り切ったその先で、愛達はガラス張りの一室に到着した。そして、そんなガラスの向こう側の景色に――三人は言葉を失う。
外から見ても巨大だったが、会場内もまた常軌を逸した広さだった。目算でも現世における某有名ドーム何個分の広さになるだろうかというレベルの巨大さで、中央のステージを取り囲んだ観客席には見渡す限りヒトの群れが詰め込まれている。二階席、三階席、四階席、五階席と、ほぼ全ての席が埋まっているようだった。
「で、ここがいわゆる関係者席! ここからなら会場内を一望できるだろう?」
そしてロアに案内されたその一室は、いわゆる展望台。会場の天井近くに設置されており、確かに此処からなら会場内を見下ろし一望出来る程の高さだった。
「それじゃ! 人探し、頑張ってね!」
「え、ちょっ……待ってください。本当に、一体何が目的で――」
慌てて呼び止めようとする愛だったが、振り返った先で既にロアは霧散し姿を消していた。愛は諦めたように溜息を吐くが、すぐに気を取り直してガラスの向こうへ視線をやる。
「……仕方ないですね」
彼女は溜息混じりに自らの身体を変形、変質させていった。黒縄地獄での一件で学習し実践を経たプラナリアへの変身、その特性を応用して脳を複製、意識を分割する。
薄暗い会場内で何千万というヒトの顔を識別するのは極めて困難――どころか、普通なら不可能だろう。しかし黄昏愛は普通ではない。蛸の触手を全身から無数に生やし、そこに夜目の利く眼球を複製。拡張した視界で遠くの人物の顔を捉え、複数の脳で瞬時に識別、解析、処理していく。
もはや『あの人』を捜す為だけの機能を備えた怪物へと成り果てた黄昏愛の姿に、一ノ瀬ちりは思わずぎょっと目を丸くしていた。
「少し集中します。しばらくの間、話しかけないでもらえると助かります」
「おぉ……この状況でオマエもブレねぇな……」
しかし目的のためなら手段を選ばない彼女の異常性にもようやく慣れてきたのか、それを目の当たりにしてなお一ノ瀬ちりは軽口を叩けるまでになっていた。
関係者席として用意されたその部屋にはテーブルを取り囲んでソファーが四方に並べられていたが、ちりと九十九はそこに座ることはなく、愛の背後に並んで立つことにした。愛はその場に座り込みガラスに張り付いて観客席を見下ろしている。
ガラス張りの向こう、これからライブが行なわれようとしているステージにちりと九十九は視線をやる。中央に位置する広いステージの上にはまだ照明が灯されていない。
しかし壇上では既に暗闇の中で蠢く五つの人影が確認出来る。ステージには楽器のような物が等間隔で配置されており、人影はそれの調整をしているような雰囲気だった。
「地獄で……ライブか……」
ちりは未だ信じられないといった様子で目の前の景色半ば呆然と眺めている。
「大丈夫だ。ちり」
そんなちりの様子がどこか怯え、不安そうに見えたのだろう。状況を一番よく解っていないはずの九十九が、ちりの横顔に微笑みかけるのだった。
「もし危ないことになっても、私が守るよ」
「あ……いや、まぁ……そう、だな……」
それに応えるちりだが、やはりその歯切れは悪い。
会場内では観客達の今か今かと待ち望む熱気で満ちている。会場席を埋め尽くして尚、その隙間を縫うように詰め込まれるヒトの雪崩れもようやく落ち着いてきて。それを見計らったように、会場席のみを照らしていた灯りもまた徐々に消え始めた。
「オレ達は……地獄に、こんな場所が……こんな常識があるってことを知らずにいたのか……」
まるで幻想のようなその光景を眺めながら、一ノ瀬ちりは独り、静かに声を漏らす。
「あの等活地獄で、二百年も……ずっと……オレは……九十九のことを…………――――」
それはどこか、懺悔のようにも聞こえて――
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!』
直後、爆弾のような歓声が沸き起こる。ステージの上から弦を掻き鳴らす強烈な音が響く。続いてドラムを叩いたような炸裂音が花火のように打ち上がって。更にはピアノのような美しい音色までもが、ぽろんぽろんと愉快に踊りだす。
「はろー、えぶりわんっ!」
そして暗闇の中、まず姿を現したのは――正体不明の案内人、白髪黒仮面の道化師、ロアだった。どういう原理によるものなのか、ロアはステージ上空にぷかぷかと浮かんでいて、照明も当たっていないのに全身から淡い発光を纏っている。その手に拡声器らしきものは見当たらなかったが、ロアの声はどういう原理か会場全体に響き渡っていた。
「今宵も『Dope Ness Under Ground』のライブにようこそおいでくださいました……なんてね。それにしても急な開催だったのに、まさか満席になるなんて。立ち見もぎっしりだし……いやはやなんというか。キミ達は本当に度し難いねえ!」
くすくす嗤うロアの煽りに観客は一層声を上げ盛り上がる。中には悲鳴に近い黄色い歓声も上がる始末で、これには九十九とちりは揃って目を丸くしていた。
「くふふ。みんなもう待ちきれないって顔してるね。それじゃあ期待にお答えしまして――イカレたメンバーを紹介するぜい!」
ロアが指を鳴らして――照明が再び消える。暗闇に包まれたと思った矢先――照明は愛達から見てステージ正面の右下を照らした。そして、灯りの中で立つその人影が現れた瞬間――雷の落ちたような歓声が会場全体に轟くのだ。
「ギター……ライザ!」
青白い火花が散る。まるで、いやまさに、雷鳴の如き凄まじいエレキギターの狂騒が空間全体に響き渡った。弦を指で弾くごとに鼓膜を貫き脳を突き刺すような衝撃伴うメロディを今まさに奏でているのは、ライザという名で紹介された金髪碧眼の女性。白を基調としたタキシードに身を包む彼女は不敵に蠱惑に微笑んで、紅いメッシュ挿す前髪を掻き上げてみせた途端、会場の至る所から降り注ぐ黄色い悲鳴を独占するのだった。
「ベース……フィデス!」
続いて紹介されたのは銀髪灼眼の白人女性、フィデス。着崩した黒い修道服に身を包む彼女もまた、その手に握るベースでもって心臓を揺さぶるような重低音を響かせる。ライザとは対照的にどこか不服そうな表情で、長い前髪の隙間から気怠げな視線を会場に向け放つ彼女。それを受けた観客は黄色い悲鳴を一層強く上げるのだった。
「ドラム……キョン子!」
紹介と共に灯された照明の下、黒とピンクに彩られたゴスロリファッションの少女が両手に持つスティックを激しく乱打する。インナーカラーのピンクが見え隠れする姫カットの黒髪を一心不乱に振り回し、手元が見えないほど大きく膨らんだ袖の中から伸ばしたスティックを目にも留まらぬ速さで自在に操るその姿は、観ている者を圧倒していた。
そのパフォーマンスに会場からは自然と感嘆の声が上がる。隈のように深く描かれたアイシャドウが大きな黒い瞳を更に際立たせ、キョン子という少女をより強く印象付けているようだった。
「キーボード……ボクで~す! イエ~イ!」
再び姿を現したかと思えば、その道化師はキーボードの台の前に立っていた。普段のいい加減な言動からは想像もつかない程、美しく繊細な旋律をその指で奏で始める。
いつも愛達の前に見せている服装から一変、ステージに立つ今のロアの姿は、右半分が白、左半分が紫で真っ二つに分かれたパンツスタイルのパーティースーツに身を包んでいた。顔の左半分覆う黒い仮面はそのままだったが、トレードマークだった道化師の二又帽子はいつの間にか脱ぎ捨てており、束感のある白い前髪は掻き上げられ額が露わとなっている。
すっかりイメージチェンジを果たしどこか神秘的な雰囲気すら纏うロアもまた、観客達から黄色い悲鳴を一身に集めていた。
「そして……お待たせしました。続いては――我らが『Dope Ness Under Ground』のボーカルにしてリーダー!」
キーボードのパフォーマンスを終え進行を続けるロア。ステージの四方にはそれぞれ紹介された四人の女達が映し出されているが、ステージ中央は依然暗闇の中。そこが照らされる瞬間を、会場内の誰もが今か今かと待ち侘びているのが伝わってくるようだった。
「――開闢王は、此処から天国を目指すと言った。――羅刹王は、天国など存在しないと言った。――しかし彼女は、此処に天国を堕としてみせた。故に彼女はこう呼ばれている――衆合地獄の堕天王ッ!」
九十九とちりは思わず顔を見合わせる。ヒト捜しに集中していた愛でさえ、咄嗟にその視線をステージ中央へと奪われていた。
「どうせみんな彼女目当てで来たんだろう? ならさっさとご登場願おうか! 全地獄一千億人のファンがキミの出番を待ちかねているよ! 我等が酩酊なる帝王、忘却齎す堕天王――『あきらっきー』ッ!」
そしてその視線を、もう二度と離せなくなっていた。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああいっ★」
白、赤、水色、パステルカラーの華やかなドレスに身を包んで。ツインテールにしたスカイブルーの長髪、その毛先のワインレッドが妖しく揺らめく。水色の長い睫毛、赤と青のオッドアイ、シミひとつ無い絹のような白い肌。そして――咲き誇る満天の笑顔。
照明の下、ステージの中央で、握り締めるのは一本のマイク。華奢な二本の脚で威風堂々立つその少女の姿に――瞬間、会場内で類を見ない轟音が巻き起こる。人種も性別も関係なく、彼女の登場に会場内の全人類全怪異が歓喜の声を上げていた。
「わたしの歌で身も心も酔っちゃって★ 地獄に舞い降りた堕天使★ あきらっきーですっ★ みんなお待たせーっ★ 今日は楽しんでいってねーっ★」
愛達三人は会場の空間から隔絶された部屋の中に居る。にも拘わらず彼女が登場したその瞬間、彼女が全身から発していた果実酒のような強烈な甘い匂いを、ガラス張りの向こう側の匂いを、三人は確かに感じていた。
自らを『あきらっきー』と名乗るその少女――堕天王は、見ているだけで本当に酔ってしまいそうになる程の、絶世の美貌を誇っていた。
どこまでも澄み渡っていくような透き通った声が一瞬で会場の空気を支配していく。そんな彼女の存在を際立たせるように、バンドそのものの演奏も非常に高いレベルで成立しているようだった。
「みんな元気いいねーっ★ それじゃあ早速だけど★ 一曲目、いっちゃうよーっ★ 『Apocalyptic★Angels』っ★」
音楽やアイドルというものに興味の無かった一ノ瀬ちりでさえ、その圧倒的な存在感とパフォーマンスに目を奪われる。堕天王の歌声に、その一挙手一投足に、呼吸すら忘れてしまいそうになる。
それはまさに天使の歌声。その力強い存在感、次元の違うカリスマ性を、常識に疎い芥川九十九でさえ本能的に感じ取っていた。
そして、黄昏愛。彼女もまた、堕天王に目を奪われていた。しかしそれには、会場内の誰とも違う別の理由がある。
『あきらっきー様の配信。一緒に見る?』
黄昏愛は思い出していた。生前に見た光景を。『あの人』と過ごしたあの日のことを。
「…………『あきらっきー』…………?」
光と音に満たされた会場の中、その一等星は其処に在る何よりも強く輝きを放っていた。観る者全てを魅了する地獄の歌姫。四方の演奏を束ね星海に立つ堕天使の姿を、黄昏愛はただ呆然と眺めることしか出来なかった。
◆
その日の夜。衆合地獄中央ドームで行なわれた『Dope Ness Under Ground』のゲリラLIVEは五時間ぶっ通しで及んだという。全てが終わる頃には既に夜は明けていて、赤い霞空の隙間から黒い暁光が差し込んでいた。
最後のアンコールを終え、暗闇に落とされたステージから演者が捌けていく。やがて出入り口が灯りに照らされ、黒服のスタッフに出口へと促されるヒトの群れからは、あちこちで啜り泣くような声が聞こえてきていた。
その光景を関係者席から見下ろす愛、九十九、ちり。三人揃って放心状態で、その場に座り込んでいた。
「……終わった、のか……?」
ライブが終わったことを確信してからも、三人はしばらくぼうっと虚空を眺めているばかりで――その状況をようやく自覚して、まずは九十九が、呼吸の仕方を思い出したかのように口を開いたのだった。
「なんだかんだ、最後まで観ちまったな……」
「凄かったね……」
ぽつり、ぽつりと、後を追うようにして感想が溢れてくる。彼女達にしては珍しく興奮冷めやらぬといった様子で、当初の目的などすっかり思考の片隅に追いやられてしまっていた。
「あれが堕天王……あきらっきー……『如月暁星』……」
そんな中、黄昏愛が不意に漏らしたその単語は――明らかに堕天王を指した名前で。かつて『あの人』と過ごした思い出、その残滓が、急速に彼女の脳裏を過っていた。
「あ? キサラギ、アキラ? 堕天王の事か? ヤツを知ってんのか?」
「いえ、ただ……生きていた頃、彼女の姿と共に、その名をどこかで見聞きした憶えが……あります」
「有名人か……? オレは知らねェが……」
これを機に、忘れてしまった何もかもを思い出そうと試みるが――熱に浮かされた頭では、それ以上の思考は出来なかった。彼女はただ呆然と、その場に立ち尽くすことしか出来ない。心地よい倦怠感に包まれる中、ヒトがいなくなった後の会場を、関係者席からぼんやり眺めていると――
「その様子だと楽しんでもらえたみたいだね?」
背後からの不意な笑い声に三人は咄嗟に振り返る。そこには既に着替えを終えたいつものロアの姿があった。先程までステージの上でキーボードを奏でていた演者と同一人物だとは思えないほど、今のロアは至っていつも通り、胡散臭い道化師のまま其処に居る。そのギャップに面食らった三人は、すぐに言葉を返すことが出来ずにいるのだった。
「あれあれ? ひょっとして……ステージの上のボクがあんまりにもキュートだったから……惚れちゃった? いやあ参ったなあ! でもごめんね! 今キミ達の前に居るボクはあくまで地獄の水先案内人! つまりプライベートだからね、サインは受け付けないよ! 事務所を通してね!」
「チッ……よく舌の回る奴だな! 誰が惚れるかっ!」
熱に浮かされた頭を忌々しく左右に振って、一ノ瀬ちりはようやくいつもの調子でロアの狂言に噛み付いた。続いて黄昏愛が一歩、ロアの前に歩み寄る。
「……そろそろ答えてください。あなたの目的はなんですか」
「そりゃあ勿論、キミ達を――いや、幻葬王を堕天王に会わせることさ! 何より堕天王自身がそれをご所望だったからね!」
当たり前のようにさらりと言ってのけるロアに、どこか夢見心地だった場の空気が一瞬にして引き締まっていくのを三人は肌で感じていた。
「黒縄の時から気になってたんだよ……」
宙にぷかぷか浮かぶロアを見上げる一ノ瀬ちりの鋭い目付きは、既に臨戦態勢のそれだった。
「どうして九十九が等活地獄から離れたことを、どいつもこいつも既に知ってやがったのか……やっぱオマエが広めてたんだな、噂を!」
ロアのその行為は、ただ先に進みたい、人を捜したいというだけの三人の旅路にとって障害にしかなっていない。おかげで九十九は先の戦いで命の危機に晒されている。ちりが不満を抱くのも無理はなかった。
「今の停滞した地獄にとってキミ達の存在は劇薬だ! 興味が出るのは当然だろ? こんなに面白そうな噂、みんなに共有しなきゃ勿体ないじゃないか!」
対するロアは少しも悪びれた様子もなく、何がそんなに可笑しいのかニタニタと性格の悪い笑みを浮かべている。
普段の愛やちりならば、この時点でロアに手を上げていてもおかしくはなかったかもしれない。しかしこの時、二人は不思議と行動を移すことが出来ずにいた。未だ熱に浮かされているのか、頭が上手く回らない。ロアの怪しい言動に対しても言葉で咎めるのが精一杯で、身体は依然鈍いまま。
一言で言い表すのなら、それはまるで本当に、酩酊してしまっているかのような状態で。それを解っているかのように、ロアは余裕たっぷりに三人を見下ろしていた。
「さあさあ、愉しいのはここまで。キミ達を案内するよ、堕天王が待つ『DNUG』の楽屋にね」
三人は既に敵の拠点の内部に入り込んでしまっている。ここで暴れればお互い相応の被害が出るだろう。堕天王の思惑も不透明で読めない。ならばここは大人しく従っておくに越したことはない――言葉を交わさずとも考えていることは同じであると、三人は顔を見合わせるだけで悟っていた。
愛にとっても黒縄での一件が良い教訓になっているようで、その方針に異議を唱えることはなかった。その表情はやはりどこか不満げではあったけれど。
「……私に会って、堕天王は何がしたいんだ?」
「さあ? ボクにもあの娘の真意は測りかねるよ。一体何をするつもりなんだろうねえ?」
とはいえ警戒を怠っているわけではない。開闢王の一件もある。あの時と違うのは、三人固まって行動しているという点だろう。誰か人質に取られているわけでもないし、油断もない。何より、九十九と愛は地獄でも屈指の強力な怪異である。加えて今の愛は協力的――そんな状況が、九十九の背中を後押ししていた。
「わかった。案内しろ」
「へえ? 素直だね。もう少しゴネると思ってたけど……それじゃあ行こうか」
不気味に嗤うロアに促されるがまま、三人は部屋から出て階段を降りていった。まるで天国から地獄の底へ落ちていくかのように。登ってきた階段をひたすらに下り続け、下り切った先の別れ道で、先程はスルーした道を進んでいく。
やがて突き当たった道の果てに、その扉は現れた。
「でも……逃げ出すなら今のうちだよ? なんせ今からキミ達が会おうとしている相手は、地獄で最も栄えている国の王……正真正銘、最強の怪異だ。……忠告はしたからね?」
呪いのようなその言葉に、三人は一層気を引き締める。衆合地獄の堕天王。果たしてどんな人物なのか。その目的とはなんなのか。
扉の先で、待つものとは――




