表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第二章 黒縄地獄篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/188

黒縄地獄 31

「じゃあ、行こうか」


 と、言ってはみたものの。愛の手前、強がってみせる九十九だったが――その実、彼女もまた限界が近かった。

 歪神楽ゆらぎの『くねくね』は、周囲を無差別に狂わせてしまう。それはあの芥川九十九でさえ例外ではない。今こうして立って話しているだけでも、九十九の心身は蝕まれていく。並の怪異であれば為す術もなく地に跪くことしか出来ないが、しかし九十九も伊達に幻葬王と畏れられてはいない。その尋常ならざるタフネスと精一杯の痩せ我慢、つまり気合いだけで、九十九は今どうにか正気を保っている状態だった。

 その顔色の悪さを、冷静になった今の愛が気付けないはずもなく。


「……でも。人の心配よりまず、自分の心配をしたほうが良いと思いますけど」


「え」


 視線を泳がす九十九に、愛はやれやれといった風に鼻を鳴らしてみせる。


「あの怪異は……恐らく、見たり聞いたりするだけで、周りをおかしくさせてしまう異能を持っています。私はどうやら耐性があるようですが……貴女はどうですか」


「あー……まあ……うん。大丈夫。目を瞑れば、なんとか。耳も塞げば、盤石だ」


「……そんな状態で、本当に戦えるんですか?」


「近付く分には問題ない。けど、私じゃアレには触れられない。なんとなく理解わかるんだ。私はアレと相性が悪い」


 それでも近付けるだけ、芥川九十九という怪異はやはり並の怪異ではないのだが。しかし結局のところ、歪神楽ゆらぎと直接戦えるのは黄昏愛だけということである。大見得を切った手前、九十九は途端にどこか居心地の悪さを、今更ながら感じ始めていた。


「あ、いや……でも、こんな私の手でも無いよりはマシ……だと、思う……んだけど」


 下手を打たれたら足手まといになるだけだ。やはり一人でなんとかするしかない――


「……いえ。充分です」


 ――ほんの数分前までの彼女なら、そう判断していたことだろう。


「頼りにしてますよ」


 だが、今は。今だけは、彼女のことを信じてみよう――


 ◆


 そうして彼女達は戦場を空へと移した。上空百二十メートル。赤い月に見下され、白い鯨に乗る白い少女と、黒い悪魔に乗る黒い少女が相対する。

 全長十五メートルほどもある白鯨に対し、黒山羊の悪魔に変身した芥川九十九の身長はおよそ四メートル。まるで特撮番組でも見ているかのような、怪獣と巨人の対峙する光景。そんな異常な光景が上空にて繰り広げられていた。


「やりましょうか。続き」


 赤い月を後光のように背負う黄昏愛。逆光がかおに影を落とす。全てが黒に塗り潰された無貌の怪物少女を、歪神楽ゆらぎはどこまでも対照的な虹色の瞳で捉える。


「え~……? あはっ……おかしなこと言うよね?」


 挑発的な微笑浮かべて、舐めるように見上げる。ゆらゆら、虹の軌跡が揺らめいて。


「続きも何もさぁ――お前らとっくに終わってんだよ」


 空気が揺れた、そう感じた次の瞬間――愛達の眼前には一面の闇が広がっていた。白鯨は巨体でありながら予備動作すら見せることなく、まるで奈落の底のような大口をぽっかり開いて――呆気もなく、愛達を呑み込んだのだった。


「わざわざそっちから来てくれるなんて助かるう~。ばいばいじゃーねお疲れさ~ん」


 黄昏愛の高速再生に対する解答を、ゆらぎは既に得ていた。つまり――再生するのなら、一片も残さずに消滅させてしまえばいい。白鯨に呑み込まれた愛は、そのまま為すすべもなく胃の中で消化され、跡形もなく霧散する――


『――――』


 確かに、相手が黄昏愛だけならそれで良かった。


『――――――――!』


 けれど今は――黄昏愛の隣には、芥川九十九がいる。


「う、おぉっ?」


 白鯨の腹の底から獣の雄叫びのような重い音が振動する。その音は地響きのように白鯨の体全体を大きく揺らし、その背に乗るゆらぎは衝撃に足元を取られ、ぺたりとその場に座り込んでしまった。


『――――――――――――――――ッッッッ!!』


 耳をつんざく悪魔の咆哮に、さしもの歪神楽ゆらぎも驚愕に目を見開いて――その直後、白鯨の上顎を――黒い影が突き破る。


 命を代償とする規格外の膂力。それを歪神楽ゆらぎは身を以て体験することとなる。九十九の規格外の膂力が、愛ですら突破困難だった白鯨の筋肉を、その拳ひとつで引き千切り、打ち破り、壊し、貫いた。白鯨の血で赤黒く染まった九十九はそのまま愛と共に外へ脱出してみせたのだ。体の内側から内臓をズタズタにされた白鯨は苦悶の雄叫びを上げている。


「うはっ……マジかよ」


 黒い影が再び自分の前に立ちはだかる。思わず笑ってしまうほど、ゆらぎはその状況に対し明確に動揺を示していた。

 芥川九十九。その規格外の膂力もさることながら、しかしゆらぎが何よりも驚いていたのは――ここまでの所業を、芥川九十九は全て『目を瞑って』『耳を塞いで』行なったという事実である。

 よく観てみると、九十九の目と耳は何らかの黒い繊維のようなもので縫い付けられていた。それが愛の異能『ぬえ』によって作られた物であることは、ここでは重要ではない。重要なのはその状態で、視覚も聴覚も封じた状態で、現にこうして戦っているという事実。


 確かに九十九は予め愛に宣告していた。目を瞑って耳を塞げば、近付く分には問題ない。それが痩せ我慢の産物であれ、事実、歪神楽ゆらぎに近付いても九十九は発狂に至らずに済んでいた。そしてそれが規格外ありえないということを、ゆらぎは知っている。だからこその驚愕。


 ゆらぎの異能、『くねくね』の発狂は我慢できるものではない。確かにゆらぎを知覚し得る媒介の全てを遮断すれば、ささやかな抵抗程度にはなる。距離を保てば尚更効果はあるだろう。

 しかしこの状況だ。目の前にゆらぎが居るというこの状況。居るということを知覚している時点で『くねくね』の能力の対象になる。目を瞑ろうと耳を塞ごうと、並の怪異ならばとっくに発狂に至っている状況だ。にも拘わらず。


「なぁるほど。おかあさんが欲しがるわけだ」


 歪神楽ゆらぎも認めざるを得ない。確かに芥川九十九という存在は、驚きに値する存在だ。


「うん、すごいすごい…………で?」


 けれど――驚いた、ただそれだけである。


『ォ、オ――――ッ!?』


 直後、芥川九十九は吐血した。情報を遮断し、発狂に耐えている。確かに並の怪異には不可能な芸当だが、それは九十九にとってあくまでも痩せ我慢に過ぎない。生理機能は暴走の寸前で、内臓は意味もなく駆動を繰り返し、現在進行系で芥川九十九の肉体は消耗の一途を辿っている。無論、それを見抜けない歪神楽ゆらぎではない。


「駄目だよぉ~? まだくたばっちゃあ。もっと驚かせてくれるよねぇ? もっと遊んでくれるよねぇええ?」


 九十九に突き破られた上顎から夥しい量の血を吹き出しながら、白鯨のその巨大な口が再び大きく開かれる。地上にまで響くほどの咆哮が竜巻の如き突風を巻き起こし、四メートルほどもある九十九の身体を吹き飛ばさんと襲いかかる。


「ねぇぇぇぇええええええええッ!?」


 そして、その巨大な口に何千何万と生え揃った鋭利な牙が突如として蠢いたかと思った直後、それは一斉に射出されたのだった。


『ッ、ォ、オ――――ッ!!』


 弾道ミサイルのように射出された鯨の牙は、悪魔の四肢を通り過ぎ様に切り裂いていく。目も耳も使えない今の九十九では避けることは叶わず、雨のように降り注ぐそれらをその身で受け続ける他ない。鈍い痛覚が叩き起こされる。切り裂かれた肌は熱を帯び、凶器の雨は命を削る音を奏でる。


 ◆


 情報を遮断した暗闇の世界。朦朧とする意識の中で九十九が反芻していたのは、あの言葉。


「頼りにしてますよ」


「……! ああ……任せてくれ」


 翔び立つ直前。ゆらぎの異能対策に、愛が九十九の目と耳を塞ぐ為の作業をしている最中。


「それで……具体的に私は何をすれば、愛の役に立てるだろうか」


 既に視界を覆われた九十九は、そんなことを愛に尋ねていた。


「……可能であれば」


 蚕の糸が九十九の耳を器用に覆っていく。愛の冷たい指先が九十九の耳に触れると、慣れない感触に九十九は思わず身体を震わせる。


「アレを、奴から引き剥がしてくれれば。それだけで充分です」


 ◆


 白鯨はゆらぎを守る堅牢な要塞であり、白鯨がいる限り愛がゆらぎに近付くことは困難を極める。くじら、それは動物界において最大最強の生命体と呼んで差し支えはないだろう。動物である以上、愛もまたそれに変身することが出来る。変身出来るからこそ、解る。アレを殺し切るのは、少なくとも愛の異能ぬえでは難しい。


 そもそも、方向性としては『ぬえ』と『くねくね』は同じタイプの異能であり、自分が変身するか他人を変身させるかの違いしかない。ゆらぎの造った白鯨しろちゃんもまた当然ただの鯨ではなく、様々な機能が拡張された怪物である。愛が様々な動物のエッセンスを合成し変身する『怪物』とゆらぎの『白鯨』はルーツこそ違えど成り立ちは同じで、故に同程度の能力を有しているのだ。


 そして同じ能力を持った怪物同士がぶつかったところで、良くて共倒れになるだけである。だから。狙うべきは白鯨の方ではなく――


『(――頼りに、されている)』


 全身を凶器の雨に晒されながら、それでも悪魔の突進は止まらない。悪魔の両腕は傷付くことなど物ともせず、白鯨の下顎をがっちりと掴みにかかった。その間も白鯨の牙が悪魔の肉体を貫き続けるが、それでも九十九がその手を離すことはない。


『(それだけで、今は充分だ――!)』


 異変に気が付いたゆらぎが、下を覗き込もうとした瞬間。白鯨の背中はこれまでの比では無い程に大きく揺れて――


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッ!』


 悪魔は一際大きく唸り声を上げたかと思うと、大木が圧し折れるような音と共に、白鯨の身体はその場でゆっくり回転した。悪魔の怪腕が白鯨の下顎を掴んだまま、その怪力で白鯨の身体を持ち上げる。


「うわっ、ちょ……のわぁっ!?」


 ゆらぎは抵抗する事すら出来ず、間抜けな声を上げながら白鯨の背中から滑り落ち、そのまま勢いよく空中へと放り投げだされる。


 狙うべきは白鯨の方ではなく、ゆらぎ本人。愛の期待通り――否、期待以上だった。九十九の規格外の膂力は、白鯨を歪神楽ゆらぎから見事引き剥がしたのだった。


「獲った――――ッ!」


 それまでずっと九十九の頭の後ろに隠れていた愛が姿を見せ、ゆらぎを追うように自らもまた空を翔ぶ。その背には鷹の翼。ロケットのように加速して、ゆらぎに突っ込んでいく。


「うげえっ、やばっ!? やばい……やばいやばいやばいやばい……っ!」


 ぐんぐんと距離が詰まっていく。鷹の鉤爪がゆらぎの首を狙って鋭く伸びる。空の上には何もない。『くねくね』の異能で変質させ、自分の代わりに戦ってくれるおもちゃはどこにもない。丸裸も同然の状態。


 愛がゆらぎに勝つにはこの状況を作り出すしか無かった。その為には、白鯨をどうにかするしかない。愛は賭けた。賭けるしかなかった。自分では倒せないあの白鯨を倒し得る可能性を、規格外の悪魔に賭けたのだ。その千載一遇のチャンスが今、訪れる。


「死ね…………ッッッッ!!」


「来るなああああああああああああああああああああああああっ!」


 焦燥し絶叫するゆらぎに容赦なく、愛は爪を突き立てる――!


「…………………………………………なんちゃって」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ