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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第二章 黒縄地獄篇

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黒縄地獄 26

 プラナリア。扁形動物門有棒状体綱三岐腸目に属する動物の総称。体表に繊毛があり、この繊毛の運動によって渦ができることから、ウズムシとも呼ばれる。

 この生物の特筆すべき性質は、著しいまでの極性的再生能力。頭部と胴体を千切られても、頭部からは胴体が、胴体からは頭部が、正しい方向で完全な形に再生する上に、それらは別の個体として独立し成立する。更に分裂した個体それぞれに分裂前の記憶が存在するとも云われており、つまりは理論上自身のコピーを無限に複製することが可能な生物である。


 そして、それが生物である以上。黄昏愛は『ぬえ』の異能で再現可能なのだ。開闢王の『腕』によって引き千切られた黄昏愛は、プラナリアの性質を自身の肉体に適用、再現したことによって――自分自身を六つに複製した。それがこの異常な光景の正体。

 突然地下に侵入し、幹部シスター達を一蹴した上に、六人に分身する少女の怪異。その異常性を前にして、駆けつけた教会精鋭部隊はもはや戦意を喪失していた。自分達の主である開闢王がそれに取り囲まれているにも拘わらず、助けようと近寄ることさえ出来ず、その場に立ち止まってただただ恐れ慄くばかりであった。


「……これが貴女の異能ですか。なるほど大したものだ」


 そんな状況で、開闢王も開闢王だった。素直に感嘆の息を漏らし、食指が動いたような奇異の目で、自身を取り囲む少女達をゆっくりと見渡す。


「しかし貴女のような怪異は診たことがありません。どうやら任意の生物への変身能力のようですが、であればその高速再生は説明がつかない。確かに極性のある再生能力を特徴とする生物ならば存在しますが、タイムラグの発生しない高速再生能力を有する生物など現世には存在しない。貴女にとって都合の良い解釈が異能に反映されているようにさえ見受けられる。それをただの変身能力と呼ぶには万能過ぎる。それをただの『ぬえ』と呼ぶには異常過ぎる。貴女はどういった怪異なのでしょう。識りたい、識りたい、識りたい――」


 言葉が決壊したダムのように溢れ出して、次の瞬間、それを遮るように『腕』が開闢王の右腕を引き千切っていった。開闢王は咄嗟に言葉を喉に詰まらせて、肩から先が無くなった自分の右側をまじまじと見つめる。


「……失礼。取り乱しました。これ以上の僕からの一方的な質問は『アンサー』の等価交換に反するようだ。非常に残念ですが……」


 本当に残念そうに、肩を落としながら。


「いいから、早く私の質問に答えてください」


 一方で黄昏愛、六人が六人とも不機嫌を露わにしたように眉間に皺を寄せている。開闢王の両隣を陣取っている二人の愛が、それぞれ自分の右手をカマキリの鎌に変身させ、開闢王の首に突きつけている。


「『あの人』は、どこ」


 張り詰める空気の中、開闢王はその身の内で静かに考えを巡らせていた。それは、この状況をどう打破するか、ではなく。黄昏愛、彼女を如何にして捕獲するか。それだけを今、開闢王は思案していた。


 悪い癖だ。こんな状況で、よりにもよって開闢王は、黄昏愛に対して興味を持ってしまっていた。幻葬王と同様に、黄昏愛もまた開闢王にとっては甘美なる()()であったのだ。

 ならば、手に入れずにはいられない。解剖せずにはいられない。貪欲なる探求者、神秘貪る開闢王、ペストマスクの怪人は、そうして一万年もの間、地獄で在り続けてきたのだから。今更その在り方を、覆すことなど出来やしない。

 しかし、果たして交渉の余地はあるだろうか。『アンサー』の手前、嘘を吐くことは出来ない。これ以上答えを引き延ばすのも限界だ。どうする。どうすればいい。考えろ。考えろ、考えろ、考えろ――


「…………どういう状況だ、こいつは」


 そんな時に彼女達はやってきた。一ノ瀬ちり、そして芥川九十九。シスター・エウラリアを打倒し、ここまで脱走してきた彼女たち。かくして三人は無事、合流を果たしたのである。


「(とんでもない状況だが……ひとまずは上手くいったみたいだな)」


 混沌極まる状況だが――少なくとも、今この場において主導権を握っているのは黄昏愛で、拷问教會イルミナティ側にとっては不利な戦況であることは、遅れてやってきた一ノ瀬ちりにも一目瞭然だった。どうやら愛の暴走を利用した作戦は想定以上に上手くいったことを確信し、ちりはそっと胸を撫で下ろす。

 たかが恋人の行方を探すというだけで、随分と遠回りをしたものだ。だけどそれも、ようやく終わる。ああ、終わるのだ。黄昏愛の質問に、開闢王が答えて、それで終わり。


「(ああ、やっと。やっとだ。このふざけた階層くにとも、やっとおさらばできる――――)」


 ひたひた、ひたひた。


「…………?」


 最初にそれに気が付いたのは、芥川九十九だった。殆ど第六感めいた、直感でしかないそれに、朦朧とする意識の中で九十九だけが鎌首をもたげていた。


 大広間には幾つもの分かれ道が繋がっている。その中にひとつだけ、先に進むことを禁忌とされ、封鎖されている路がある。


 ひたひた、ひたひた。


 誰も気付いていない。閉ざされた有刺鉄線の向こう側。暗い路の奥底から、何かが這い寄ってきていることに。

 有刺鉄線がひとりでに、歪んで、まるで花開くように、路が拓いていく。それは黒縄地獄の真の最奥。禁域とされる路の先に、一匹の怪異が棲んでいる。


 ひた、ひた。


 そこでようやく、開闢王も、黄昏愛も、一ノ瀬ちりも、その場に居る全ての者が、気が付いた。ひたひたと、素足で冷たい岩肌を歩く、その足音に。その場にいる全ての視線が、自然と其処に集まった。否、引き寄せられた。

 誰もが目を逸らすことを出来ずにいた。暗い路の先。未だ何も見えないはずの向こう側。闇の中に目を凝らすことがやめられなかった。


 ……ひたり。


 足音が止む。暗闇の中からまず見えたのが、白く小さな足の指先。ひらり、白いワンピースのスカートが風に舞う。

 骨ばった華奢な両腕に、蛇の鱗のような刺青が浮かび上がる。足元まで伸びた白い長髪。頭上には天使の輪のような虹色のキューティクル。そして、七色に揺らめく瞳が、幼いその顔付きが、松明の下に現れて――


「――あ、()()()()()だ!」


 その白い少女が、純粋無垢のような満面の笑みを見せた、次の瞬間――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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