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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第二章 黒縄地獄篇

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黒縄地獄 21

 大聖堂の地下迷宮。蜘蛛の巣が如きその最奥、十畳程度のその空間に、世界を開闢せんと足掻く魔女の実験室が存在する。

 否、この場合は医務室と呼ぶべきか。昏睡状態で寝台に横たわった幻葬王にメスを向ける開闢王の姿はまさに医師然としていた。そんな黒き魔女は今まさに、目の前の肉体の解剖を試みようとしていたわけなのだが――


「――――…………」


 その最中、突如として地下全体が大きく揺れ――開闢王はその手からメスを滑り落としていた。

 開闢王がこの揺れを感知してから、既に数分が経過しようとしている。その間、幻葬王の肉体を解剖する試みが中断されることはなかった。何度目かの揺れが続き、外で騒ぐ信徒達の怒声が次第に大きくなりつつあることを気付いていながら尚、開闢王は目の前の神秘にのみ意識を集中させていたのである。


 落としたメスには目もくれず、次なる器具ないし凶器を手に掛ける。幾つもの拷問器具がその手に取られていっては、ああでもない、こうでもないと、次々に持ち替えられていく。

 生前は高名な医者だったのではないかと囁かれていた時代もあった。医療と呼ぶには些か異質で、拷問と殆ど区別がつかないような代物だが、千切れた手足程度であれば接着を可能とする確かな腕を備え、極めつけはペスト医師然としたこの外見である。そのような噂が流れるのは至極当然の流れと言えた。


 しかし結論から言ってしまうと、開闢王が生前に医師の資格を持っていたなどという事実は無い。この技術は地獄に落ちて以降、独学で身につけたものである。どのようにしてそれを身につけたのか、そんなことさえも本人は永い時の中で忘れてしまっていた。


 幻葬王、芥川九十九の皮膚に執刀を試みるたび、使用した器具は侵入を拒まれたように刃が欠け、先端は捻じ曲がる。今まさに握っているメス代わりの錆びた包丁は、その肌で突き立てようとした瞬間に刃の方から粉々に砕け散った。

 開闢王はそれを淡々と使い捨て、壁に掛けられたそれら拷問器具の数々を舐め回すように一瞥し、その中から赤錆の斧に手を掛けようとした――その矢先。


マスターッ!」


 彼女にとって至福の静謐は、とうとう破られるのだった。


「……騒々しいですね」


 かの者の名を呼び、荒々しく実験室へ飛び込んできた来訪者は、シスター・エウラリア。異様な腕力でもって車椅子を爆発的な速さで漕ぐ、栗色の髪の修道女。苦しそうに切れた息、汗で額に張り付いた前髪、露わとなった筋肉質なその両腕。彼女が此処に来た意味を、此処まで退いてきたことの意味を、開闢王は見ただけで瞬時に理解する。


「敵襲ですか。地下に侵入を許しましたね。裏切り者の元幹部(シスター)が徒党でも組んでやってきましたか? それとも別の階層の勢力が?」


「……いいえ。敵は一人、ですわ」


 エウラリアが告げたその数字に、開闢王は思わずペストマスクの中で眉をしかめていた。揺れの規模、対処に追われる教会構成員の数、それでも対処し切れない相手となると、敵は相応の勢力だろうという開闢王の推測とは真逆の答えである。そこから導き出される新たな可能性を、開闢王は静かに再計算する――


「まさかとは思いますが。それは報告にあった第三の少女でしょうか」


 そうして開闢王は僅かな逡巡の後、考えうる限りで最も確率の低い候補を――彼女にしては珍しく、恐る恐るといった風で口にした。


「ッ……はい! あれは間違いなく、シスター・アグネスの報告にあった第三の少女……幻葬王の従者、その片割れでしたわッ!」


「ふむ」


 第三の少女。艶のある長い黒髪、すらりと伸びた手足、セーラー服纏うその少女。彼女についての情報を、開闢王は十分に持ち合わせていなかった。それでも警戒に値する程ではないと踏んでいた。つまるところ、油断していたのだ。


 目的はあくまでも芥川九十九。それ以外は初めから眼中になど無かった。人質はどちらか片方で良かったので、余った方の処分は第八席アグネスに一存した。そも対象が未成年であるならば、その時点で第八席アグネスの敵ではない。そうでなくとも幹部シスターは他にも居る。幻葬王という最大の脅威を捕獲した今、現存の勢力を以てすれば後はどうとでもなる――はずだった。


「……そう、シスター・アグネス。彼女はどうしたのですか」


 拷问教會イルミナティ第八席、八尺様のシスター・アグネス。その異能は、自分が幼いと定義した相手に優位マウントを取れるというもの。発動条件は限定的で、一見ふざけたような能力だが、発動さえしてしまえば幻葬王の怪力にさえ匹敵する膂力を獲得出来る強力な異能である。


「相手は一人、しかも少女であるならば、第八席アグネスの異能で事足りるでしょう。どこかで油を売っているのであれば、今すぐ呼び戻しなさい」


 開闢王の出したその指示は決して間違ったものではなかった。むしろ妥当な判断である。けれどエウラリアの表情は依然曇ったまま、言葉が喉に詰まったまま。彼女を乗せた車椅子はその車輪から悲鳴のような金擦れ音を微かに上げる。


「……そのシスター・アグネスがやられました」


 やがて恐る恐る口にした彼女のその言葉に、開闢王は仮面の向こうで目を見開かせるのだった。

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