等活地獄 3
黒い太陽の下に、ヒトの骨が積み上がっている。一本一本が絡み合い、大腿骨を尾骶骨が抑え込み、胸骨を頸椎がからめとる。骨は壁となり、柱となり、窓となり、一つの建物を形作る。
そんな風景が当たり前の此処、等活地獄には――人間の体を構成する要素以外の物体が、ほとんどまったく存在しない。
地獄に落ちてくるものは人間と、辛うじてその人間が死ぬ間際に身に付けていた衣類や、小さなアクセサリー程度の代物。稀に家電のようなガラクタが落ちてくる日もあるが、通電することのない壊れた廃棄物ばかり。
故に、ありふれた学校の校舎の顔をしたその建物も、構成する全てが鉄骨ならぬ人骨で出来ていた。
等活地獄、中央区。多くの怪異が住む其処の中央には、人骨を積み上げ、ガラクタで補強し、歪ながらも聳え立つ、一棟の建築物が存在する。その建築物は遠くから一見すると、まるで校舎のような風貌で。当然、地獄に学校のような教育機関がまともに働いているはずもなく。だからこそそれは一際異彩を放っていた。
そしてそんな校舎の周辺――商店街風の人骨建造物犇めく大通りからは、住民達の喧騒が絶えず聴こえてくる。それも校舎の中にまでは然程響いてくることもなく、風の音と共に日常の一部に溶け込んでいた。其処は中央区の更に中枢部。等活地獄の全てを見渡せる骨組みの廃校舎。
「結局さ、恋愛ってのは喧嘩と同じなわけよ」
校舎の一階、教室然とした大広間に位置するその場所で、屯するのは七人の少女。彼女達は其処を根城にして、今日も地獄の日常を謳歌していた。
「ナメられたら終わり。惚れた方の負け。わかるか? つまり如何にして相手に自分のことを惚れさせるか、その水面下での駆け引きが重要で――」
「お、それロン」
「げ、マジか」
「聴けよお前ら! ヒトの話を!」
彼女たちを取り巻く椅子や机、床に散らばる雀牌もまた、その全てが手ずから加工した人骨の組み合わせにより作られているわけなのだが――彼女達は何の戸惑い躊躇いも無く、そんな現状を受け入れている。
「うるさ……何?」
「何って恋バナに決まってんだろ!」
「えぇ……恋バナって……お前マジか……」
「なんだその目はー!? いいだろ別にー!? 死ぬ前も死んだ後も縁が無かったんだよあたしには! いつも言ってんだろお前らもたまには付き合えよ!」
「……あのなぁ、五代ちゃん。ウチら地獄に落ちてもう何百年経ったよ。歳食っても見た目変わらねーってだけで実際ババアだぜババア。今更恋愛もクソもねーっつの」
「大体、恋しようにも相手がねー」
「地獄に落ちてくるような奴にろくなのおらんしな」
手作りの麻雀牌を囲みながら、無駄話に興じる少女達。周りを形作る全てが人骨であることを無視すれば――それはまるで普通の学校の、授業の合間の休み時間のようにも思えるような、そんな至って平穏な時間が其処には流れていた。
「ッたく、ノリ悪いなーコイツら……ねぇ、ちりさん! ちりさんはどう思います!?」
「ん……」
そしてそんな平穏はこの地獄において、五分と続いた試しが無い。
「……つーか教室、なんか揺れてね?」
彼女達がその異変に気が付いて――直後、教室の窓側の壁は、爆発音と共に噴き飛んでいた。骨で出来た壁が音を立てて崩れ去る。骨粉舞う教室内で、しかし七人の彼女達に動じた様子はない。
やがて煙の向こう側から現れたのは、ヒト、ヒト、ヒトの群れ。男も居れば、老人もいる。子どもも居れば、女もいる。しかし共通するのは、その眼がぎらぎらと輝き、誰も彼もが餓えと渇きに覆われていることだった。
「『屑籠』のゴミどもォ! 九十九はどこじゃあッ! 九十九出さんかいワレェッ!」
そんな怒号を浴びせられて、彼女達は尚も気怠そうに、悠長に立ち上がってみせる。
屑籠。それは身寄りのない怪異が『芥川九十九』を中心に自然と集まり、構成された組織の名称。
誰が呼び始めたか、最初は皮肉も込められていたであろうその呼び方は、この等活地獄では彼女達を指すものとしてすっかり定着していた。
末端の構成員に至っては把握し切れない程の数の怪異が現在『屑籠』に所属し、教室に屯していた彼女達七人の女傑は、それらを纏め上げる幹部として他勢力にも知れ渡っている。
しかし当の芥川九十九はというと、今この場においては不在だった。代わりに男達の前へ立ちはだかったのは、鮮やかな赤の髪を腰まで長く伸ばした少女。
髪と同じ赤いスカジャンを翻し、一歩前に出る。赤いマニキュアが両手の指をびしりと彩っていて、未だ幼さ残る顔つきのその少女は、見た目の可憐さとは裏腹に――あるいは、見た目通りの苛烈さで――唸るような低い声を、幽かに上げる。
「…………九十九が、なんだって?」
次の瞬間。その拳が、先頭の男を殴り飛ばしていた。踏み込みの勢いと、小柄な体の全体重をかけた一撃が、男を吹き飛ばし昏倒させる。
そして、それを皮切りに。教室の中は一瞬にして、肉と肉のぶつかり合う音で満ちるのだ。これもまた、地獄ではいつもの光景である。
◆
一方、その頃。中央の喧騒とは掛け離れた、地獄の片隅にて。
「…………」
上下黒いジャージ、その上から学ランを羽織るという少し変わった着こなしをした、学生風の少女の姿がそこにあった。短い黒髪をボサボサに遊ばせた、赤い瞳のその少女。彼女の周りには数多のゴミが堆く積まれており、まさに廃棄場と呼ぶに相応しいゴミの山の頂上で、少女は涼し気な顔で座り込んでいる。
ぼんやりと座り込んでいる少女の赤い瞳には、地獄上空に浮かぶ黒い太陽と赤い空だけが映っていた。時間の流れが曖昧な地獄では、暦の概念など存在しない。ただ漠然と今日があり、いつの間にか明日が来て、昨日のことなど思い返す暇もなく忘れ去られていく。
この黒い太陽も、現世の時間で換算すればもう数十時間は経過しているというのに。未だ正午を想わせる位置で地上を見下ろし続けている。
かくいう少女もまた、廃棄物の山の上で座り込んだまま数時間、微動だにしていない。特に何か目的があるわけでもなく、理由があるわけでもなく、少女はただそこに居た。
「…………」
無表情に、無言を貫いて――それが、この少女――『芥川九十九』にとっての、普段と変わらぬ日常の風景。そんな少女の、いつもと変わらない退屈な日常が終わりを告げるところから、この物語は始まったのだ。
「…………?」
その日、芥川九十九は異物を見た。視界の端で蠢くその影に気付き、彼女は咄嗟に視線をそこへ動かす。
「……あれは……」
異物の正体は、黒いセーラー服を身に纏った少女の姿をしていた。黒いセーラー服のその少女は、足場の悪い廃棄物の上をよたよたと歩きながら、手近な屍体の山をどかしてみせたり、瓦礫の間に顔を覗かせてみせたり。うろうろ、きょろきょろと。明らかに何かを捜しているようである。
ヒトの密集する中央区とは違い、この辺りの廃棄場は餓えに飢えた等活地獄の住人達でさえ滅多に近付くことはない。そんな場所を好んで根城にしている芥川九十九という少女もまた、誰かれ構わず話しかけるようなことはこの地獄ではほとんどしてこなかったが――
「…………――――」
この時の九十九は考えるよりも先に、身体が動いてしまっていた。足場の悪さなど物ともせず、廃棄物の山を軽快なステップで降りていく。そうしてセーラー服の少女のすぐ後ろにまで近付いた九十九は、第一声。
「なにか、探してるのか?」
などと躊躇い無く話しかける九十九に、セーラー服の少女はびくりと肩を震わせて、咄嗟に身体を振り向かせる。
「……え? あっ……」
セーラー服の少女の姿を真正面に捉えた九十九は、その瞬間――思わず言葉を失っていた。
俗世に疎い九十九でさえ、思わず見惚れてしまうほど、その少女の美貌は異常だった。まるで人形のような、否ともすれば人形以上に完璧な、作り物のような人間離れしたその美貌。
腰まで長い黒髪は、枝毛ひとつ見当たらない。蒼白の肌はきめ細かく、露出している二の腕や太ももには痣のひとつもない。
身長は――九十九自身がおよそ百六十センチ後半あるのに対し、それよりも僅かに高いように見える。百七十センチ弱はあるだろう。全体的に贅肉が無くスレンダーなシルエットをしていて、まさにモデル体型という言葉がぴったり当てはまるよう。
しかし九十九が一番に惹かれていたのは、少女のその眼差しだった。光すらも飲み込んでしまいそうな程に淀んだ黒い瞳が、九十九には大粒の宝石のようにさえ想えて――
「……な、なんですか? あなた……」
その一方で、突然話しかけられた少女の方はと言うと。九十九の傍から僅かに後退して距離を取り、無言のまま身構えていた。そこで九十九はようやく「唐突過ぎただろうか」と自身の行動を省みる。
「あっ、ごめ……えっと……何、してるのかなって……」
咄嗟に言い繕うが、すっかり少女は警戒している様子だった。九十九とセーラー服の少女はそのまま二人して見つめ合ったまま数十秒、膠着状態に陥ってしまう。
「……人を、捜しています」
そんな沈黙を、セーラー服の少女が恐る恐る破ってみせた。その声色は、あまりにも涼やかで。それは九十九が今まで地獄で聴いてきた声の数々とは、やはりどこか違うような気がした。
「……そ、そっか」
「……は、はい」
お互いを牽制し合っているような微妙な距離感のまま、そこで再び、ぶつりと話が途切れてしまう。
「あ、えっと……」
このままではいけない――九十九は自分でも意外な程に勇気を振り絞って、無理矢理にでも言葉を引き出そうとする。
「……いきなり、すまない。余計なお世話かも、しれないが」
慎重に言葉を選んでいるような様子の九十九に少しずつ警戒心が薄れていったのか、セーラー服の少女は静かに耳を傾け始めていた。
「地獄にいるものを人とは呼ばない。地獄に堕ちたものは皆等しく、怪異に成る。ばけものだ。もう見てきたと思うけど……」
「……はい。見ました」
「そんなのが、此処にはうじゃうじゃいる。毎日死人が出てる。危ない場所だ」
事実、このセーラー服の少女は三日前から地獄にやってきて、地獄がいかに危険な場所であるかを身を以て体験してきた。だからこそ、九十九がこれから何を言わんとしているのか、少女は察知していた。
「だから、その……君の捜し人が、無事とは限らないんじゃ――」
「いえ」
それでも、と。少女は凛然と、言い返す。
「『あの人』は私を待ってくれています。絶対に」
――芥川九十九には、解らない。
地獄に落ちて早々、死に別れた相手を捜そうとする者は、実際多い。しかしその無意味さを、この地獄という場所で数日を過ごせば、嫌でも理解してしまう。古今東西、ありとあらゆる亡者が集う場所、地獄。その人口密度は、この等活地獄だけでも、現世における日本の人口を遥かに上回っている。
その上、地獄に堕ちた亡者は怪異という名の怪物に成り果てる。怪異となった者達が、秩序も法律も無いこの場所で、殺し合いに明け暮れている。そんな場所で人探しなど不可能に近い。だから殆どの者が人探しなど諦め、自分のことで精一杯になる。そういうものなのだ。
このセーラー服の少女もまた、服の汚れ具合などから数日はこの地獄を彷徨っているようだと、九十九の目にも見て取れる。顔色も良くはない。実際に他の怪異から襲われたりもしたのだろう。
それでも、この少女は諦めていない。そもそも捜し人がこの地獄に居るかどうかさえ確証は無いはずだ。それでも、この少女は諦めていない。目を見れば解る。声を聞けば解る。少女の強い意思が、九十九には伝わっていた。
しかし、何を根拠に信じられるのか。少女を突き動かす原動力となるものの正体が、九十九には解らなかった。
「――――…………手伝おう、か?」
だから。思わずそんなことを口にしていた。
九十九の提案に少女は少し驚いたように目を見開かせる。少女は逡巡するような素振りを見せたのち、やがて視線を上げるのだった。
「……お願い、します! もう何日も探していて、けど、見つからなくて」
少女はぺこりと頭を下げてみせた。それから胸元に揺れる赤金色のペンダントを手のひらへ乗せ、球体状のカプセルの蓋を開け、九十九に向かってその中身を見せる。
「探しているのは、この方なのですが」
「……?」
ペンダントの中身に九十九は見当もつかなかったが、とにかくまずは探してみようと、考えるより先に体を動かし始めるのだった。
九十九自身、人探しなどという行為は初めての経験である。ゴミ山の中を、二人は手分けして探していく。瓦礫を動かし、山を掘り進めるように。
しかし、何も見つからない。そもそも二人以外誰もいない、寄り付こうともしないその場所で、九十九の感覚からしてもそれ相応の時間、探して、探して、やっと九十九はその不毛さに気が付いた。
「……見つからないな」
「はい……」
「どうして、ここを探そうと思った?」
瓦礫の山に腰かけて、九十九は少女へ尋ねた。
「どこにいるのか、わからないので。手当たり次第、です」
「……そうか。……此処には、居ないのかもしれないな」
九十九の言葉に、さしもの少女も納得したように頷いた。
「……ですね。ありがとうございました。別の場所を当たってみます」
再びぺこりと頭を下げ、丁寧に感謝を述べる少女。地獄という場所では誰かに喧嘩を売られることはあれ、返ってお礼を言われるようなことは滅多に無い。九十九は少し新鮮な気分になっていた。それは少女にとっても、同様で。
「此処に来て、まともに会話が出来たのは貴女が初めてです」
「私も久し振りだった。……ヒト捜しはまだ続けるのか?」
「ええ、もちろん」
「此処は気性の荒い奴が多い。一人で平気か?」
「大丈夫です。お気になさらず」
「そうか」
そんな短いやり取りを淡々と終え、セーラー服の少女は再び頭を一つ下げ、廃棄場から離れていく。少女が差し出した赤金色のペンダント、その中身を思い出しながら九十九は、遠く離れていく彼女の背中を見送ったのだった。
◆
掌底が顎を撃ち抜いて、最後の一人が崩れ落ちる。骨の破片が白く舞い上がる中、赤い少女は深く息を吐いた。狭い教室の中で呻き声が充満する。廃校舎を舞台に繰り広げられた戦いは、『屑籠』側が誰一人欠けること無く、呆気ない決着となった。
「ちりさん、こいつら十六小地獄の……刀輪処の連中っすよ」
床に倒れ伏せる数多のヒトの群れ、その一体の頭を掴み起こしながら、仲間の一人が赤の少女へ報せる。
「またかよ……マジで懲りねェな。お互いのシマは荒らさねーってことで、ひと月前に話はツケただろうが」
「……何言ってやがる……それを反故にして先に手ェ出してきたのはお前らの方だろーがッ!」
「あァ……? 何の話だそりゃ」
赤の少女が呆れたように吐き捨てた瞬間――男は目を見開き、傷だらけの体で再び少女の前に立ちはだかった。
「とぼけんなッ! うちの組のもんが殺られてんだよ……お前らの処のボスになァ!」
言いながら男が懐から取り出したのは、成人男性の物と思われる片腕だった。それは肩から滅茶苦茶な力で無理矢理に引きちぎられたような惨い切り口で、それを間近で見せつけられた少女達は咄嗟に眉をしかめていたが――ただひとり、最も先頭に立っていた赤の少女だけが、それを見て大きく目を見開かせていた。
「見ろ、歯形だ……痛めつけられた挙げ句に、喰われたんだよ……うちの仲間が……!」
瞬間、先刻まで気だるげな顔をしていた少女の表情が一変、額に青筋が浮かび上がる。その眼に燃えるのは、確かな怒りだった。
地獄に人はいない。地獄にいるのは全て、過去の記憶を依り代に造られた、死の概念を持たない怪物、『怪異』と成り果てた者ばかりだ。
怪異には共通して、細胞が一片でも残れば、時間さえ掛ければそこから元の形に完全に再生可能な程の自然治癒能力がある。だから死なない。正確には、何度死んでも蘇る。
極めつけにこの地獄という場所には、ヒト以外の動物が存在しない。
そんな経緯にある怪異という存在は、同族同士での争いが後を絶たない。死の概念を持たないが故に、終わらない餓えに苦しみ続けることになり、そんな苦しみから僅かにでも解放されるべく、同族間での共食いが発生する。
怪異には死の概念が無いため餓えこそすれ餓死はしない。それでも食人を行なうということは、それはもはや快楽殺人と大きな差はない。
しかし、赤の少女は知っている。『屑籠』の面々の中でも、芥川九十九と特に長い付き合いである彼女は、芥川九十九が他人に奇襲を仕掛け、ましてや食人行為に手を出すような輩ではないと、信頼故の確信を持っている。だからこその怒り。その疑いは自分達の大将、芥川九十九という存在への冒涜に他ならない。
「ナメてんのかテメェ……九十九が……オレらの大将が……ンな卑怯なマネするわけねーだろ! どーせどっか別の派閥にヤられたんだ、ヒトのせいにしてんじゃねえ!」
吠える赤の少女に、男も負けず劣らずの勢いで詰め寄る。
「生き残った仲間の一人がッ! 意識失う前に言い残したんだよ……全員、黒い学生服の女に殺られたってなァ……!」
――黒い学生服の、女。
それは確かに、『屑籠』全体の絶対的支配者として慕う芥川九十九の特徴に当てはまる。
「俺らだけじゃねえぞ……他の『十六小地獄』の連中も次々と襲われてるって話だ! 『怪異殺しの悪魔』の噂! お前も知らねーわけじゃねーだろ!」
等活地獄の中央区を占拠し、等活全体の実質的な支配権を獲得している屑籠、その頭である芥川九十九が絶対的な強者として君臨する現状を煙たがる者達が出てくることは必然であった。
そういった者達が独自の組織を立ち上げていった結果、数にして十六もの派閥が等活地獄にはひしめき合っている。それが十六小地獄。
組織としての規模や形態は様々だが、共通して戦闘に長けた強力な怪異が所属している武装集団である。
しかし、そんな彼らを次々と襲う、怪異殺しの悪魔の噂。等活地獄においてはここ数日、その話題で持ち切りとなっていたのだ。
「……ハッ。そんなもん此処じゃよくある話だろ。ちょっと強いだけ、ちょっと殺しが上手いだけの奴だ。そもそもテメーらが弱いだけ――」
「十二だ……ッ!」
「……あ?」
「小地獄、十六のうち、十二が既に壊滅した。被害者全員の証言が一致してる。たったひとりの、黒い学生服の女にやられたんだとよ……!」
学の無い彼女たちにも、その言葉の意味を理解出来ないほど浅はかではない。赤の少女含めた『屑籠』の彼女たちは、揃って眉をしかめた。
「そんなイカれたマネが出来る一騎当千の怪異なんざぁ、芥川九十九ッ! ここらじゃアイツしかいねーだろーがッ!」
一騎当千、その言葉で連想されるものを、等活地獄の住人達は身体で覚えている。等活地獄において、間違いなく最強の怪異は芥川九十九を置いて他にいない。ましてや群れを成した小地獄を相手に無双を為せる超人となると、芥川九十九以外に見当もつかない。
「ざけんな……九十九はそんな奴じゃねぇ……ふざけんなテメェ!」
「それはこっちのセリ――」
それでもと、赤の少女は叫ぶ。振り抜かれた赤の少女の拳が、容赦なく男の頬を打ち抜いた。勢いよく床に倒れ伏した男は、白目を剥いたままぴくりとも動かなくなる。
「……どうしますか? ちりさん」
『屑籠』の一人が、赤の少女――『ちり』の名を呼ぶ。その眼には、かすかな不安がよぎっていた。
地獄に落ちる時、人は人でなくなる。それは地獄という新たな環境へ適応する為の進化であり、ある種の転生とも言えるだろう。『声』は地獄で生きる為の新たな器を亡者に与える。幽霊、妖怪、妖精、未確認生命体、神格、都市伝説――総じて『怪異』と呼ばれる概念を依り代として、この地獄にヒトはカタチを成し、新たな性質――怪異としての能力、すなわち『異能』を獲得する。
怪異にとっての異能とは謂わば個性であり、全く同じものというのは地獄において二つと無い。そして、一騎当千の異能を有する芥川九十九。それに並ぶ者がいない以上、怪異殺しの悪魔の正体が芥川九十九である可能性は、客観的に観て――
「……クソが」
舌打ちを一つして、ちりは『屑籠』の面々を見回した。
「手分けして九十九探すぞ」
「ちりさん、それは……」
「勘違いするなよ。絶対に九十九じゃない、九十九なわけがねえ。だから、その証拠を押さえる為に、まずは九十九を探すんだ――散れッ!」
「お、おう……っ!」
掛け声ひとつで彼女達は蜘蛛の子のように散り散りになっていく。ちりは風穴の空いた教室の壁から飛び出し、漆黒の大地を駆ける。引き締まった脚が持ち上がるごとに、心臓の鼓動もまた短い間隔で跳ね上がる。汗が出る。喉が乾く――
それがただ運動に因るものだけではないということは、本人が一番よく解っていた。