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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第二章 黒縄地獄篇

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黒縄地獄 14

 死の概念が無い地獄では、肉体より先に精神が限界を迎えてしまう。現世ほどの早いサイクルではないにしろ、地獄においても世代交代というものは発生し得る。そんな地獄で、彼女のことを――――『開闢王かいびゃくおう』と呼ばれるあの怪異のことを、その素性を知る者は誰もいない。


 世代交代を繰り返し、もはや自分を知る者がいなくなってもなお、開闢王は在り続けた。故に正体不明、理解不能の黒い魔女。開闢王を中心とした組織『拷问教會イルミナティ』の幹部シスター達ですら、彼女の素顔はおろか、実は女性であるということさえ知っている者は極々限られている。


 ある噂では、時代によって開闢王はその姿を変えて生きていたという。今の開闢王と言えば黒いキャソックにペストマスクが印象的だが、記録によれば漆黒のドレスを見に纏っていた頃もあったのだとか。

 例えば、当時『地獄の天下統一』に最も近かったと云われる怪異――自らを第六天魔王と名乗った大天狗――が地獄においてまだ現役だった頃から既に、開闢王と呼ばれる存在は確認されている。

 そしてそれも、今からおよそ()()()()()()の話である。


 この記録だけではない。地獄においてはあらゆる時代の記録に、開闢王はその痕跡を残している。開闢王の存在は、常に歴史の影に潜んでいた。であれば、開闢王に対してこのような疑問が出てくることは至極当然と言えるだろう。事実これまで幾度となく、彼女はその質問を受けてきた。


「あなたの名前はなんですか?」


 地獄と現世では時間の流れが異なっている。現世での有名人が時代を超えて集うことなど地獄においては珍しくもなかった。つまり本名さえ判明すれば、それがもし現世において名の馳せた者であれば、それだけで彼女が何者なのか、その正体が解るかもしれない。


 けれど、彼女はその質問に答えられない。今の彼女は自身の生前の記憶をまるで持ち合わせていないのだ。自分という人間がいつ、どこで発生し、終りを迎え、地獄に落ちてからはどれほどの期間在り続けてきたのか、それさえも定かではない。全てを識る開闢王は、その実、自分自身のことは何ひとつ識らなかったのである。


 生まれも育ちも解らない。自分がどういう怪異なのかすら定かではない。そんな彼女がどうして廃人になることなく、この地獄に在り続けることが出来たのか?


「何故なら彼女は自分の目的を、使命を、はっきりと覚えていたからなのさ」


 ――――それは、全人類の救済。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それさえ解っていれば、彼女に迷いは無かった。


 ◆


「やあやあ、ボクはロア! キミの旅路をサポートするよ!」


 揺り籠のように静かに揺れる列車の中、どこか粉っぽい空気に包まれてその男は目を覚ました。目の前には自らをロアと称する道化姿の案内人。男はカレに自分は地獄に落ちたのだと知らされる。

 男は納得がいかなかった。だって地獄といえば、罪人が落ちるところだろう。男は生前、思いつく限りのありとあらゆる善行を積んできた。その自負があった。だから自分が地獄に落ちるなどありえない、そう男は主張したのだ。


 バカだね。愚かだね。何の罪もない人間なんて、そんなのいるはずないじゃないか!


 あの道化のことだ、きっとそんなことを考えて胸の内でけたけた嗤っていたのだろう。けれどその時のロアは男の言い分を一蹴することなく、至って真剣な表情を作ってみせて、神妙に騙ってみせるのでした。


「キミが地獄に落ちた理由だって? それは難題だね。ボクにもさっぱりだ。きっと何か理由があるに違いない。そうだなあ――――黒縄地獄の開闢王なら、なにか識ってるかもしれないね?」


 かくして男はロアに唆され、地獄の第二階層、黒縄地獄へと落ちていったのです。


 等活地獄、未だ王の定まっていなかった時代の第一階層、混沌たる怪異の群れを突破して、男は命からがら、第二階層へと辿り着きます。漆黒の外壁で覆われた、地獄でも有数の建築物。黒縄地獄の大聖堂。その門を潜り抜けた男を待ち受けたのはやはり、我らが王、偉大なる開闢王グランドマスター、そのヒトだったのです。


「それは質問でしょうか。ならば答えねばなりません」


 開闢王は答えます。男の罪を。地獄に落ちるに足る理由を。しかし真実を知ってなお、男は認めようとはしません。なにかの間違いだと。


「であれば、ご教授願えますか。貴方の真実を」


 男は答えます。悠々と、自分がどれほど潔白であるか、その武勇伝を気持ちよさそうに語ります。けれど、ああ、やはり。それが最後まで紡がれることはありませんでした。

 僅かな間の後、男の絶叫が大聖堂内に響き渡ります。男の右腕は肩から先が引き千切られ、けれど傷口からは血の一滴も溢れぬまま。

 開闢王の前で嘘は通用しません。男が真実を語るまで、開闢王は何度も質問を繰り返します。何度も何度も何度も何度も。それは拷問のように、容赦なく、幾度となく。

 四肢が全て引き千切られて、男はようやく真実を述べ始めます。泣きながら。許しを請いながら。自分の犯した罪を語ります。


「そうですか。解りました――――それでは次の質問です」


 けれど開闢王の質問は止まりません。男の全てを識るまで、それが止まることはありません。神秘貪る開闢王。崇高なる目的の為ならば、それが砂漠の中から一粒の宝石を見つけんとするが如き難題であろうと、手がかりとなり得る可能性を僅かにでも秘めているのなら。開闢王は挑戦し続ける。その姿のなんと気高きことか。おお、偉大なる我らが開闢王グランドマスター――――


 無限に続く質問に、男はついに発狂して。


「俺に質問をするなァーーーーッ!」


 それが彼の、最期の答えとなりました。

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