表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第二章 黒縄地獄篇
26/188

黒縄地獄 2

 第二階層、黒縄地獄。正確な時間など地獄において把握できるものでなく、黒い空の上に赤い月が浮かび上がっている様子から夜であることだけはわかった。そして月の傾く方向からして、今自分達が居るこの場所が階層の最南に位置することも理解できる。


 三人が列車を降り、駅のホームへ足を踏み入れた瞬間――背筋を撫で上げられるような寒気が、風に乗って皮膚を刺す。等活とは空気からして別物で、まさしく異世界に迷い込んでしまったのだという実感を訪れた者に与える。

 これが等活地獄なら、駅のホームに待ち構え新入りを食い物にしようとする荒くれどもが大勢屯しているところだが――駅の改札を抜けた先には、ただただ暗闇と静寂だけが広がっていた。

 前方には赤い月光に照らされた、なだらかな坂道がどこまでも続いている。葉の付いていない枯れ木のような物(・・・・・)が風に揺れてさざめいて、その場所に淋しい印象を与えていた。


「此処に、あの人が?」 


「さあな。ただ、此処の王は何でも知っていて、どんな質問にも答えてくれるらしいぜ――」


 返事をしながら、ちりが後ろを振り向くと――其処にはいつの間にか、その両脚を飛蝗バッタのような異形に変貌させていた黄昏愛の姿があった。


「では、今直ぐ訊いてきます」


「いや待て待て待て!」


 彼女が今まさにその場から跳躍しようとしている事は一目瞭然で、気付いたちりは慌ててその右肩を掴む。


「闇雲に動き回んな! 等活とは違げーんだぞ!」


「どう違うって言うんですか」


階層くにが変われば法律ルールも変わる。等活いままでのやり方は他所じゃ通用しねーの!」


 声を荒げるちりに対し、愛は明らかに納得のいっていない表情を浮かべている。旋風がぴゅうと鳴って、枯れ木の間を吹き抜ける。ほんの一瞬、どこからか生臭い腐敗臭が微かに漂ってきた。


()()()()。それが黒縄ここ()()()だ。ルールを破れば当然制裁を加えられる。オマエだって面倒事は御免被りたいだろ。焦らなくてもヤツは逃げない。だから目立つようなことはするな。わかったな?」


「むう……わかりました……」


 不機嫌を顕わにしつつも、ちりの言いたい事は理解したのか、愛は自身の両脚の変容を解除していく。元のヒトの形へと戻っていく彼女の様子に、ちりは密かに安堵していた。目の前の女が一度暴れ出せばどうなるか身を以て思い知っているからこそ、安堵せずにはいられない。


「はァ……とりあえず……オレ達が今から向かうのは、()()()だ」


 そうして彼女の赤いマニキュア彩るその爪は、遙か前方――枯れ木の群れのそのまた向こう、なだらな坂の上に建ち並ぶ暗黒街を更に超えた頂上にて聳え立つ――()を指していた。炎のような灯りが城らしきそれの周辺を淡く照らしていて、遠くからでもぼんやりとそのシルエットが確認できる。


「あそこなら話せるニンゲンが棲んでるはずだ。多少歩くが我慢しろ」


 ちりは率先して先頭に立ち、軽快に歩みを進める。赤いスニーカーが泥濘んだ道を蹴る。


「…………」


 その後ろ、静かに顔を見合わせる九十九と愛。しかしそうしている間にも、ちりはずいずいと先へ進んでしまうものだから、二人は慌ててその背を追いかけ始めた。九十九はちりのすぐ後ろにまで駆け寄って、愛はそんな彼女達から数歩後ろに離れた距離感を維持し、ゆっくりと付いていく。


 駅から出て、ひたすら真っ直ぐ。泥濘に足を取られながら、三人は枯れた森の中を往く。密集する枯れ木、その蒼白い幹からは生気が感じられず、葉は元より付いていたという痕跡すら見られない。そもそも地獄の大地には植物が自生出来る程の栄養が全く無い。

 つまりこれは、()()()()()()()()()。ならば何なのか――それは誰にも解らない。ただ枯れ木のような姿をしている何かが、群れを成して、其処に静かに佇んでいる。ただひたすらに不気味なその場所を、ヒトは『魔女の森』と呼んでいる。


「……ちり、来たことあるんだね? 黒縄地獄」


 その道すがら、九十九は不意に声を上げた。口振りからして、どうやらちりは黒縄地獄に訪れた経験があるらしい。けれど九十九の知る限り、そんな話を彼女の口からは聞いたことがない。


 地獄においては最も古い付き合いの、言わば幼馴染と言っても良い彼女について。気付けば二百年もの永い時間を一緒に居た彼女について、まだ自分にも知らないことがあったという事実に、九十九は内心驚いていた。


「…………」


 その問いかけに対し、ほんの少しの間の後――どこか自嘲的な、苦い笑みを浮かび上がらせて。


「まァな。もう随分昔の話だよ」


 赤く濁った彼女の瞳は、ただ足下の泥をばかり見据えている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ