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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第二章 黒縄地獄篇
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黒縄地獄 1

 窓際の座席に位置する、上下黒いジャージの上から黒い学ランを羽織る黒髪赤目の少女。彼女こそは地獄の第一階層、等活地獄の王、悪魔の如き幻葬王げんそうおう。名を、芥川あくたがわ九十九つくも

 そんな彼女に向かい合って座っているのが、黒いホットパンツと黒いタンクトップの上から赤いスカジャンを羽織る赤髪赤目の小柄な少女、彼女こそは芥川九十九に長年連れ添ってきた親友にして戦友。名を、一ノ瀬(いちのせ)ちり。

 そして、芥川九十九の左肩に頭を預け眠りこけている黒いセーラー服の黒髪黒目、美しいその少女こそは、この物語の中心人物トラブルメイカーにして幻葬王に匹敵する『ぬえ』の怪異。名を、黄昏たそがれあい

 八つの階層に隔たれた地獄を縦に繋ぐ猿夢列車、そこに搭乗する三人の少女。彼女達がこれから向かうは地獄の第二階層、黒縄地獄でありました。


「やあやあ、ボクはロア! キミの旅路をサポートするよ!」


 彼女達がボックス席で特に会話もなく列車の振動に揺さぶられていると、それはどこからともなく現れた。

 七色の布が幾重にも重ねられた分厚い虹色のフレアスカート。幾何学のまだら模様浮かぶパーティースーツ。白塗りの顔を左半分覆い隠す黒仮面。束感のある白髪。頭上には先が黒と白の二又に分かれた道化の帽子。性別不明、正体不明、神出鬼没、奇人魔人――

 自らをロアと称するその怪異は、今日もまたその姿を現して、ろくでもない冗談(ロア)を旅人達に嘯くのだ。


「ひい、ふう、みい……おやおや、随分賑やかになったじゃないか。いいね。旅は道連れ世は情け。三人寄れば文殊の知恵。姦しい、いや騒がしいのはボクも大歓迎さ。しかし奇妙奇天烈な顔ぶれだ、いやはや退屈しなくて済みそうな、楽しい旅になりそうだねえ!」


「ああ……お陰様でなッ!」


 狂言を回す道化師に、一ノ瀬ちりがその深紅の爪を剥き出して、有無も言わさず飛び掛かる。その道化は赤爪の軌跡を上半身のみ後ろに倒し紙一重で躱してみせると、そのままその場で宙返り。今度は宙にぷかぷかとその身を浮かせ、三人と大袈裟に距離を取る。


「元を正せばロアッ! テメーのせいでッ! オレと九十九がどれだけ苦労したかわかってんのかッ!」


「きゃははっ!」


 脇に固めてある番線の巻かれた薪の上で逆立ちをすると、トップコートの上を大きく跳躍しながらどこからかパンッとクラッカーのような音が鳴り響く。虹色のフレアスカートはためかせて、道化はけたけた笑っていた。

 第一階層、等活地獄における黄昏愛と芥川九十九の衝突――後に『怪異殺しの悪魔事変』と呼ばれるその顛末は、愛が誤解の末に九十九の仲間を傷付けてしまったことで、地獄中を巻き込む大騒動へと発展した。

 結果として誤解は解かれたものの、その爪痕は大きく、等活地獄の勢力図は大きく書き換わる事となる。果たして幻葬王のいなくなった等活地獄は、屑籠(ダストシェル)はその後、どうなっていくのか……それはまた別のお話。

 しかし愛の強い思い込みが主たる原因だったとはいえ、そんな彼女をはじめに唆した張本人こそが、この自称案内人である。そう言う意味では彼こそ真の元凶と言っても過言ではないだろう。


「なんだいなんだい、血気盛んな小猫ちゃんだなあ。そこでぐっすり夢の中の眠り姫を見習って、キミももっとお淑やかにしたらどうだい? 何? まだ眠たくない? よしわかった! 眠れない子供には子守唄だ。勿論ボクは唄なんて歌えないから、代わりにこんな噂話を聞かせてあげよう」


 案内人との問答に意味は無い。どこまでいってもアレは所詮、ただのロアなのだ。一ノ瀬ちりもそんなことは勿論解っている。腹いせに手を出してはみたものの、それ以上の追撃はすぐに諦め、溜息混じりに席へ戻りそっぽを向く。そんな彼女を尻目にロアは悠々と語り始めるのだった。


「黒縄地獄を統べる王――『神秘貪る開闢かいびゃくおう』。彼女は()()()()()()()()。何でも知っているから、どんな質問にも答えてくれるから、開闢王の周りは常に人で溢れている。なんとも人望の厚いことだね? 誰かさんと違ってさ!」


「テメェ……マジで殺すぞ……!」


「ちり。私は大丈夫」


「……チッ……」


 くつくつ嗤うロアに再び牙を剥こうとするちりだったが、それを九十九が咄嗟に制する。ちりはなんとか堪え、しかしせめてこれくらいはと大きく舌打ちをしてみせた。


「けれどその一方で、開闢王にはこんな噂もある。彼女は全てを教えてくれるけれど、その代わり、答えと引き換えに()()を求めるとか何とか。だいしょう。ダイショウ。代償って何だろう? 気になるねえ……気になるねえ……」


 途中まで意気揚々と語っていたはずのロアだったが、なぜだかここにきて、不意に大きなあくびひとつ。


「ああ……なんだかボクも眠たくなってきちゃった。もういいかい? もういいよね? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、詳しい案内も要らないだろう? それじゃあまあそういうわけで。ようこそ黒縄地獄へ、歓迎するよ旅人諸君……」


 自分で始めた話を自分で退屈そうにさっさと切り上げると、ロアの体は粒子の如く崩れ去り、唐突に姿を消していた。ちりと九十九は顔を見合わせ、ほとほと疲れ果てたように息を吐く。

 気付けば猿夢列車は音も無く()()へと潜り込んでいた。窓の外では紺碧の海の中をもうもうとしたあぶくが後方へ流れていく。水の中を自由気まま漂うレールに沿いながら海蛇のように泳ぐ列車。極彩色豊かな流石群が時折小気味よい音をカラカラと窓ガラスに当ててくる。


 八つの階層に分かれている今の地獄には、それぞれの階層を支配する八大王が存在する。そういう決まりがあるわけではないが、自然とそういうカタチになっていった。

 たとえば等活地獄の絶対強者として君臨していた幻葬王、芥川九十九のように。それぞれの階層に王と定められた怪異が居て、王を中心に秩序が生まれ、村が、街が、国が造られる。死の概念が存在しない地獄という異世界で、王は数多の怪異からその座を狙われる。そうして世代交代を繰り返し、王が変わる度にその階層は在り方を変えてきた。

 今の地獄も数年後、数百年後には、それぞれの階層が見る影もなく全くの別物になっていることだろう。破壊と創造が絶え間なく繰り返される終末世界、それがこの地獄という場所。

 とりわけ等活地獄という場所は、死ぬと最初に堕ちてくる第一階層であるが故、必然とヒトの出入りが激しい。誰しもが第一階層に留まり続けるわけではない。第一階層を抜けると、次は第二階層……つまり今の愛達が向かっている黒縄地獄に辿り着くわけである。


 さて、そんな流行り廃りの激しい地獄において長く王を務めるということは、それだけ並外れた怪物であるという証左でもある。百年を超えて王の座を守れたならば一時代を築いたと言って良いし、千年を超えればその王はもはやヒトではなく、その名残すら無い『本物の怪異』と呼んで差し支えないだろう。


 果たしての王がいつから王だったのか、誰も覚えていない。覚えていられない程に長く、永く、王を務めた者が今の地獄に実在する。

 それこそが黒縄地獄に君臨する怪異の王、ヒト呼んで『神秘貪る開闢王かいびゃくおう』。本名不明、正体不明、理解不能の黒い魔女。()()()()()()()()その存在は確認されており、しかし彼女について誰も詳しいことを知らず、故に様々な憶測や噂が語られる。

 地獄で()()()()()()()()()()()()()()()()()()人物である、はたまた現世においては誰もがその名を耳にしたことがある歴史上の人物であった、などと囁かれるが、どれも真偽は定かではない。

 とにかく彼女に関しては未だに解らぬことだらけで――ちなみに魔女などと呼ばれてはいるものの、誰も彼女の素肌を見た者はいないので、その性別も実のところ、定かではないのだが。


 そんな開闢王にまつわる最も有名な噂が、先のロアが述べた通り。()()()()()()()()()()()()。どんな質問にも答えてくれるが、しかし、代償として質問者は何かを差し出さなければならない。らしい。


「(……胡散臭ェ)」


 開闢王の噂はちりも知っていた。それはあまりにも有名な噂で、ちりでなくとも地獄の住人なら一度は耳にしたことがあるだろう。しかし、その真相を知る者は殆どいない。本当に何でも知っているのか。代償とは一体何なのか。開闢王はどんな怪異でどんな異能を持っているのか。そんな謎多き彼女について、何故だか誰も語ろうとさえしないのである。


 その性質上、怪異は永くを生きれば生きるほど、その手の内が周囲にバレていくものだ。どう足掻いても怪異は不死の存在であるからして、不死者同士の戦いとは即ち、報復合戦が永遠に続くということ。そして戦えば戦うほど手の内は知れ渡ってしまう。昨日殺した敵に今日あっさり負けるなんて事はざらにある。

 なのにどういう訳だか、開闢王の手の内――即ちその素性を識る者が表舞台に現れることは殆ど無い。まるで名前だけが一人歩きしている都市伝説のような。誰もが話題に上げることを避けているような。

 少なくとも等活地獄の住人は、九十九やちりを含め、誰も開闢王について詳しい情報を知らないのだった。


 とは言え、知らないからと言って困るものでもない。そもそも開闢王なんてものに会わずに済むのならそれに越したことはない。だって胡散臭いにも程がある。触らぬ神に祟りなしだ。

 だから一ノ瀬ちりはこう考える。黒縄地獄に黄昏愛をひとり置き去りにして、九十九と一緒に等活地獄へ引き返してしまおうか。そうだそれがいいそうしよう――


「なんでも知っているのなら」


 ――それが出来れば、どんなに良かったことか。


「花が咲いている場所も知ってるのかな。ね、ちり」


 呟く芥川九十九の、ほんの少しばかり綻んだ頬を目の当たりにしてしまっては、もう。一ノ瀬ちりに引き返すという選択肢は、もはや残されていなかった。

 ちりが溜息混じりに向けた視線の先には、自分達がこうなった諸悪の根源が眠っている。その頭を九十九の肩にあずけながら、静かに寝息を立てている少女、黄昏愛。最愛の『あの人』の形見、茜色のペンダントをしっかり握りしめながら。呑気に眠りこけている。この光景もまた、ちりが先程から苛ついている原因の一端を担っていた。


「……はぁ……クソ……」


 今すぐにでも九十九から引き剥がして車窓から放り出してやりたい衝動を必死に抑えながら、ちりは再び窓の向こうのコバルトブルーに視線をまどろませた。

 サッシにたっぷりと水を貯え、ジェットコースターの上りのように最後の馬力を見せる猿夢列車。海上へあがると車体全体から蒸気が吹き上がる。猿夢列車の窓から見える景色は、時間も空間も滅茶苦茶で、整合性がまるで無い。

 現世ではお目にかかれない、この世ならざる魔景の数々。これを観る為だけに、この列車に乗り込む者も少なくない。列車が減速していくと共に、窓の景色も地獄本来のそれへと移り変わっていく。川岸に沿ってゆっくりと駅のホームの中へ滑り込んでいく。


『――――ご乗車……次……終点……黒縄……お出口は……――――』


 ノイズ混じりの無機質なアナウンスが車内に響き、けたたましいブレーキ音と共に一際大きく車体が揺れて、それはようやく動きを停めた。


「愛、着いたよ」


 九十九が隣で眠りこける愛の膝を軽く揺すると、睫毛をたっぷり蓄えた瞼を眠そうに持ち上げながら、少女はようやく目を開けたのだった。

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