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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第一章 等活地獄篇
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等活地獄 21

 飛び出したところで結局、今の彼女には行く宛など無く。ちりは彷徨った挙げ句、その足を校舎裏に引き返していた。壁を背に凭れ掛かり、顔を膝と膝の間に埋めて、その場に座り込む。

 今や寄る辺を失い、光を求める蛾にすら成れない少女。耐えに耐えて、久しく絶えたはずのその機能が、ちりの両目から静かに溢れる。それは生前以来の涙だった。


「ああ……クソ……みっともない……ッ」


 芥川九十九はこれから、文字通り未知の世界へ、ひとり旅立とうとしている。それを、そんなことを一ノ瀬ちりが、応援なんて出来るわけが無かった。

 芥川九十九がいたからこそ、今の自分がある。幻葬王がいたからこそ、今の『屑籠ダストシェル』がある。結局どこまでも、自分達は芥川九十九という存在に依存してしまっている。それが彼女の足枷になってしまっていたなんて、本当はずっと昔から解っていたのに。


「……つくも……」


 怪異となり寿命という概念を失って二百年、その背中を必死に追いかけてきたが、結局最後まで届かなかった。言いたいこと、言い足りないこと、言わなければいけないこと。それは山程あって、今なら無限に溢れ出してくるのに。言いたい相手は、もういない。後悔してももう遅い。

 いずれこんな未来が訪れることは解っていた。それでも、この選択を取ったのは――他でもない自分自身なのだから。今更、九十九の歩みを止める権利なんて、自分には無い。


「ちりさん」


 独り啜り泣く声が響き渡る校舎裏。不意に、そこへ投げ込まれた見知った声が、冷え切ったちりの身体に熱を取り戻させた。

 ちりが声のした方へ咄嗟に顔を上げると、そこには『屑籠ダストシェル』の幹部達が並び立っていた。これまで共に『屑籠ダストシェル』の運営を担ってきた仲間達である。

 皆、先の黄昏愛との戦闘で負傷していたはずだが、衣服も含めて完全に修復されている。いつの間にか黄昏愛は彼女らにも治癒を施していったらしい。


「……なんだよ。居たのかよ……」


 慌ててちりは涙を拭い、よろめきながらもその場から立ち上がる。今更になって取り繕おうとも遅い。もう百年近くちりのことを見守ってきた彼女達には通用しない。自然と笑いが溢れる彼女たちに、ちりはむすっとした表情を浮かべていた。

 とは言え、これ以上からかうように佇むだけでは、要らぬとばっちりを受けかねないのも彼女たちには解っていた。


「行ってください、ちりさん」


 特攻服を纏う金髪の女――双葉ふたば。長年ちりに寄り添ってきた仲間の一人が、群れの中から一歩前に出て、告げる。


「芥川九十九には、ちりさんが付いててやらなきゃ駄目ですよ」


屑籠ダストシェルのことはウチらにどーんと任せて! これからは自分のために頑張ってください!」


 青い髪をおさげにした少女、四条しじょう。八重歯覗かせる淡い朱毛の少女、五代ごだい


「こんなこと言える立場じゃねーけど……信じてください、ウチらのこと」


「……いい加減、わがまま言ったって良いんじゃないスか」


 パンクなファッションに身を包む黄色髪の少女、六海むつみ。パーカーフードを深く被り長い前髪で顔を隠す少女、八尋やひろ


「つまり……卒業おめでとう、というわけですよ。先輩。これからは私達が先輩方の分まで、その責務を全うする番です」


 そして、一つ結びの黒髪を足元まで垂らした長身の女、七瀬ななせ

 口々に言葉を投げかける彼女達。それらを一通り聞いてようやく、彼女達が言わんとしていることに一ノ瀬ちりは気が付き始めていた。


 自分達のために戦う王の姿を見て何を想ったのか。保健室での会話をどこまで盗み聞いていたのか。少なくとも彼女達は、それらを見て、聞いて――守られるばかりで、安全なところから文句を言う、いつまで経っても金魚の糞でしかない、そんな自分達のままでは駄目なのだと。

 こんなに弱くて卑怯な自分達でも、せめて最期くらい――仲間の望みを、その背中を後押しするのが、せめてもの筋であろうと。


 王が不在になるこれからの等活地獄は、より一層勢力争いが激化するだろう。当然それは『屑籠ダストシェル』の現幹部である彼女達が最も理解しているところである。

 それでも、全てを承知の上で、一ノ瀬ちりを。芥川九十九を。残された彼女達は、送り出す決断をしたのだ。だって本来、他人の自由を奪うことなど誰にも出来ないのだから。


「……あァ……情けねェ……」


 一ノ瀬ちりの強張っていた肩に、ようやく力が抜けていく。情けない。情けないったらない。九十九のことばかりに必死になって、周りが見えていなかったのは、自分の方だったのだ。


「…………ありがとよ」


 みっともなくたっていい。九十九あいつが素直になりやがるなら、オレだってなってやる。オレは九十九から離れたくない――その想いを自覚した瞬間、弾けるように。少女はその場から駆け出していた。


 ◆


「あーあ……行っちまったな」


「これからどうなんのかね、等活は」


「まずは他のメンバーにどう説明すっかだな……いやぁ荒れるだろうなぁ……」


「ま、なんとかなるでしょ」


「私達がなんとかするのさ」


「違いない」


「……え? 八尋? お前泣いてんの?」


「こいつ、ちりさんに片想いしてたんだよ。バカだねぇ、九十九さん相手に勝ち目なんかねーつってんのにさ」


「え、マジ? 知らなかったそんなの」


「五代ちゃん以外みんな知ってたよ」


「あたしだけ!? なんで教えてくれなかったんだよ八尋ォ!?」


「お前らうっさい……あっち行け……ッ」


 未来のことは誰にも解らない。解らないから、誰もが光を求めた。それが『屑籠ダストシェル』――棄てられた者達の居場所。外灯に群がる蛾などと揶揄される彼女達。


 そんな彼女達が、光を失って、今まさに。地獄に来て初めて、まだ見ぬ明日のことを想っていた。

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