等活地獄 17
幻葬王などと持て囃されるより以前、芥川九十九は数々の強敵を相手にその悪魔の如き異能を行使し、悉くを返り討ちにしてきた。
一般的に知られている事実はそこまでだ。ただ、彼女は違う。戦いの後、芥川九十九がどうなったのか。芥川九十九の傍に居たちりだからこそ、その先の話を知っていた。
場所は廃棄場。地獄の住人ですら寄り付かないゴミ溜め。体は治っても心までは治らなかった怪異の死骸が瓦礫のように積み上げられた、死体の山。そこを芥川九十九が好んで根城にしている理由は、誰にも会わないで済むからに他ならない。
もう百年以上前の話になるだろうか。その日、いつものように戦いを終えた九十九とちりは、共に廃棄場へふらりと訪れていた。
戦いの後、いつも九十九は決まってここに訪れる。まるで人目を避けるかのように、敢えてその場所を選んでいるような。当時のちりにその理由は解らなかったし、それ自体最近知ったことだった。そもそもちりが九十九と共に廃棄場に訪れること自体、稀である。今日はたまたま、そういう日だった。それだけのことだった。
ゴミ山の頂上、胡座をかいて。二人は隣同士、語り合っていた。今日の相手はどうだったとか、明日はどこの勢力に攻め込むだとか、そんな他愛も無い話。
いつもと変わらない一日だった。こんな日がこれからもずっと続いていくはずだった。そんな話をしていた最中に――
「――――、――――けほっ」
九十九は突然、ちりの目の前で何の脈絡もなく、口から血を吐いたのだ。
「…………は?」
ちりには目の前で起きている現象が理解出来なかった。あの無敵の芥川九十九が、吐血している。その事実を飲み込むまでに数秒のラグが発生し、ようやく事態を把握したちりは九十九の傍へ慌てて駆け寄ったのだった。
「九十九っ!? どうし……っ!? どこか、やられてたのか……っ!?」
先の小地獄連合軍との一戦は、芥川九十九の圧勝だった。数だけは多かったから、今日はいつもより少し長引いたけれど、それだけだ。九十九の身体のどこにも、目立った傷は無い。
それなのに、目の前の九十九は今、吐血をしている。何故。どうして。そんな言葉が次々と頭の中に出てきて、ちりは本人以上に、すっかり気が動転していた。
「…………ああ、やっぱりそうか」
一方で血を吐き終えた本人は、自分の掌の上に広がったそれをまじまじと眺め、しばらく考え込んだ後――なんでもないように、言ってのけたのである。
「ちり。私は多分、殺されたら死ぬぞ」
本来授けられるべきだった恩恵。本来有って当たり前の機能。それを芥川九十九は、与えられなかった。
否――正確には。無いはずのものが、芥川九十九にはある。取り除かれるべき欠陥が、芥川九十九には残っている。そう表現する方が正しいのだろう。
通常、怪異には死の概念が無い。それは地獄に堕ちる直前、怪異と成る過程で棄てられる要素。地獄においては必要の無いもの。芥川九十九には、それがある。
地獄で唯一、殺されると死ぬ怪異として、芥川九十九は産まれ落ちてしまったのである。
その日、ちりは知った。芥川九十九――『ジャージー・デビル』の怪異である、彼女の本質を。
規格外のその異能は、強靭な肉体と引き換えに、魂を蝕む。まさに悪魔と契約を交わしたように、チカラを使うと、芥川九十九は命を削られる。内臓は傷付き、筋肉は破裂し、骨は軋む。チカラを使う時間が長引くほど激痛が伴い、いずれは死に至る。
本来であれば。普通の怪異であれば。誰しもが享受して然るべき恩恵。しかし欠陥品である彼女は、死んだらそこまで。死んだ時点で、肉体がそれ以上再生することはない。完全に、死ぬ。
九十九はそのことを知っていた。現世の常識を何一つ知らず地獄に堕ちた彼女は、自分のチカラの正体についてのみ、漠然とではあるが直感的に勘付いてはいたと言う。事実、こうして戦いの後――ちりの知らないところで――九十九はチカラを使用した反動とでも呼ぶべき負傷に苛まれていた。
芥川九十九はこれを、誰にも相談することなく――この地獄という場所で、仲間の為に最前線で戦い続けてきた。常に自らの命を天秤に賭けてきたのだ。
「…………駄目だ…………」
それは無敵であるはずの、最強であるはずの、芥川九十九にとっての明確な弱み。ともすれば、屑籠の地位を揺るがしかねない――誰にも知られてはならない秘密。
「そのことは……誰にも知られちゃ駄目だ……! 解ったな……!? 九十九……ッ!!」
その秘密を知って、ちりの口から真っ先に出た言葉が、それだった。当然、葛藤はあった。けれど結論が出るよりも早く、思わず飛び出していたのは――今の自分達の立場を守る為だけの、保身の言葉だったのだ。
この先、一ノ瀬ちりはそれをずっと後悔し続けることになる。その選択に、言い訳をし続けることになる。
兎にも角にも、芥川九十九は殺されたら死ぬ。それが全てである。