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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
最終章 無間地獄篇
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無間地獄 4

 十二月。ベランダにひとり立つ少女の眼下には、雲のような雪化粧の上、人々の営みの灯りが星のように広がり、煌めいている。遠くから微かに聞こえてくる人の声。夜空に響き渡るクラクション。恐ろしくまともな日常が、足元に広がっている。


 その日、少女が学校から帰宅すると、『あの人』は寝室で自ら命を絶っていた。『あの人』は独り、胸に果物ナイフを突き立てて。真っ赤に染まった寝台の上で、ぞっとするほど美しい寝顔のまま、息を引き取っていた。


 火葬場へ運ばれた『あの人』は、一糸纏わぬ姿で金属の炉に入れられた。時間をかけ、骨だけを残して。少女を愛し、少女が愛した『あの人』は、この世界から完全に消え去った。


『一緒に探そう。ユリの花』


 そうして文字通り、何も無くなったこの世界で独り、涙すら枯れ果てた、今日この日。世間では所謂クリスマスと呼ばれるその日の夜――寒空の下、少女が不意に思い出したのが、その言葉だったのだ。


 ◆


『ファイルが破損しています。修復を試みますか?』


 ▶Yes

  No


 ◆


 十二月。ベランダにひとり立つ少女の眼下には、雲のような雪化粧の上、人々の営みの灯りが星のように広がり、煌めいている。遠くから微かに聞こえてくる人の声。夜空に響き渡るクラクション。恐ろしくまともな日常が、足元に広がっている。


 その日、少女は寝室で『あの人』を殺した。その胸に、ガラスの破片を突き立てて。真っ赤に染まった寝台の上、暴れる『あの人』を抑えつけて、少女はその喉元に喰らいついていた。

 細切れになった『あの人』の断片が、少女の口の中へと運ばれていく。『あの人』を口いっぱいに頬張る少女は、時間を掛けてゆっくりと、丁寧に味わうように咀嚼する。


 ぶんぶんぶん。蠅の羽音がうるさい。

 腐敗が進む『あの人』の肉体を蛆虫が這い回り、やがて成虫したそれが部屋中を飛び回る。この肉は全て自分の物だと言わんばかり、少女は集ってくる蠅に対し「邪魔をするな」と怒鳴り散らす。


 やがてそれは、まるで火葬場に焚べられた後のように。骨だけを残して、『あの人』はこの世界から完全に消え去った。


『そこから飛び降りてみたら?』


 そうして文字通り、何も無くなったこの世界で独り、涙すら枯れ果てた、今日この日。世間では所謂クリスマスと呼ばれるその日の夜――寒空の下、少女が不意に思い出したのが、その言葉だったのだ。


 ◆


『こんにちは』


『はじめまして。わたしは『 Earth() Narrative() Manager()』――あなたをサポートします』


『検証を開始――完了。あなたが『黄昏たそがれあい』であることを確認しました』


『魂の分析を開始――完了。あなたのモデルを『ぬえ』に決定しました』


『権限の譲渡を開始――エラー。再実行――エラー』


『――問題が発生しました。モデル『ぬえ』が対象を拒絶しています。スキャンを実行――対象から未知の不具合を検出。走馬灯が不正に書き換えられています』


『――警告。『黄昏愛』という人物は実在しません。このまま強制排出を実行した場合、システムに深刻なエラーを引き起こす可能性があります』


『――提案。モデルを『()()()()()()()()()』に変更することを推奨します。『ナイアーラトテップ』の異能を実行、対象の情報を改竄し、『黄昏愛』を捏造します』


『このトラブルシューティングを実行すれば、現在発生しているエラーは一時的に解消され、対象を『黄昏愛』として正常に排出できる可能性があります。実行しますか?』


 ▶Yes

  No


『トラブルシューティングを実行――』


『――モデルの変更を確認。権限の譲渡を開始――成功』


『あなたのモデルを『ナイアーラトテップ』に決定しました。続いて、『ナイアーラトテップ』の異能を実行。走馬灯の改竄、および肉体の構築を開始します――、――、――成功』


『実在性を検証――異常無し。スキャンを実行――異常無し。『黄昏愛』の実在性を確立』


『――不具合は修正されました。ただし、繰り返しになりますがこのエラーの解消は一時的なものです。何らかの要因によって再び不具合が発生し、システムにエラーを引き起こす可能性があります』


 了解。後のことはボクに任せて。


 彼女の不具合が再発するのは時間の問題だ。その時、彼女は自らそれを乗り越える必要がある。彼女に必要なのは成長だ。その為のお膳立てはこちらで用意しようじゃないか。


 用意すべきは、まず時間。彼女が成長し切るまで、その時が来るのを少しでも引き延ばす。重要なのは彼女に自分の正体を勘付かせないこと。

 改竄前後のエラーログは全て消去。改竄後の記憶と齟齬が出ないようにその肉体的な特徴、衣服や装飾品も調整しておく。そして彼女自身の認知も歪ませる。これで彼女は自分を『ナイアーラトテップ』ではなく『ぬえ』の怪異だと思い込む。


 『ナイアーラトテップ』の改竄能力は地獄のシステムにすら干渉できる。システムを改竄すれば、どんな怪異にだって変身出来る。どんな異能だって手に入る。ただここまで万能だと、『ぬえ』の怪異としては流石に不自然だからね。認知を歪ませることで異能に制限を掛ける。

 これで彼女は自分が『ナイアーラトテップ』であることを思い出せなくなり、必然的に『ナイアーラトテップ』としての正しい異能を使えなくなる。これで改竄能力は大幅に弱体化、システムへの干渉も出来なくなる。

 それでも並の怪異程度では相手にならないだろうけどね。加えて彼女には『狂気』への耐性がある。つまらない所で野垂れ死ぬようなことはまず無いだろう。


 そして次に、用意すべきは――『生き甲斐』だ。『生き甲斐』無くしてヒトは生きていけないからね。ちょうど等活地獄に、同じような境遇のあの子がいる。気が合いそうだと思わないかい? 試しに誘導してみるよ。

 それで仲良くなってくれれば儲けもの。あの子が彼女の『生き甲斐』になってくれれば、不具合再発時に暴走する可能性も減るはずさ。

 とは言え、何が不具合再発の要因になるか解らない。地獄に落ちた後も、彼女の行動はボクのほうでコントロールする必要があるね。


 さて、後はなるようになるだろう。しかしまあ、黄昏愛か。まったく面白いタイミングに落ちてきたものだよ。ちょうど良いや、あの機械仕掛けの神様にぶつけてみようか。目には目を、歯には歯を、不具合バケモノには不具合バケモノをってね。

 他にも色々と利用価値がありそうだ。いつか成長し切ったその時は、育ててあげた恩を返してもらうよ? 黄昏愛。


『――排出を開始しますか?』


 ▶Yes

  No


『排出開始――ようこそ、黄昏愛。あなたを歓迎します――』

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