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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第五章 焦熱地獄篇
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焦熱地獄 29

 『工務店デウスエクスマキナ』の異能は、特殊な『部屋』を造る能力。その発動条件として『特定の材料』と『立地の条件』、そして『膨大な時間』が必要になる。


 こんな部屋が造りたいという明確なイメージさえあれば、必要な材料は直感的に理解出来る。材料を揃えた状態で異能を発動すれば、後は自動的に材料が分解、再構築されていく。

 そうして完成した部屋には、最初のイメージに沿った異常性が発現する。更にその異常性は追加の改築リフォームを重ねる毎に強化され、ゆくゆくは通常の異能を遥かに凌駕した人造呪物オブジェクトにまで変容を遂げる可能性すらある。


 悪魔のようなその女――物部天獄などという偽名を名乗り、その後にシスター・カタリナと呼ばれるようになる――彼女の助言の通り、如月真宵はまず『地獄のシステムを擬似的に再現した空間』を造り出そうとした。


 如月真宵にとっての最終目標は、羅刹王を完全に殺すこと。しかしその為の人員も材料も情報もまるで足りていない。かと言って、こちらの準備が整うまで敵が待ってくれるはずも無い。今の状況がいつまでも続く保証はどこにも無い。

 だからまず優先すべき目標は、確実に時間を稼ぐこと。羅刹王に勝手な行動をさせないこと。その為にはどうしても、羅刹王と直接交渉し、停戦協定を結ぶ必要がある――というのが、カタリナの提案した計画。


 しかし対等な交渉には力が必要である。長い目で見た場合、地獄間における怪異の流動の管理と、発生した規格外の異能にも対応出来る程の、大規模な組織の設立は必要不可欠だと言えた。

 それら全ての大前提として――組織の根幹となる自分達が酩帝街を自由に出入り出来なければ話にならない。


 その為に如月真宵が再現しようとした地獄のシステムというのが、人間が地獄に落ちて怪異に転生するあの瞬間、発生する『エンマ』と呼ばれる現象。地獄の胎盤とでも呼ぶべきあの空間そのものの再現を、如月真宵は人工的に造り出そうとしたのである。


 建築を開始した当初、その部屋の異常性は入室した者に酩酊の耐性を与えるだけのものだった。しかし改築リフォームの過程で、カタリナが自らの手足を材料として捧げたことにより――それをきっかけに『肉体を捧げる』という条件が加わって、部屋の異常性が大きな変容を遂げる。

 そうして建築開始から1000年後――肉体を捧げる事を条件に、理論上どんな能力でも獲得出来る人造呪物オブジェクト――『净罪』のシステムは完成したのである。


 そして『净罪』が完成したちょうどその頃、まるで示し合わせたように――あの女が酩帝街にやってきた。


「……成る程ナ。確かにコレを上手く使えバ、理論上どんな能力でも開発出来ル。酩酊への絶対的な耐性も手に入るシ、怪異を完全に殺せる方法すら見つかるかもしれなイ……」


 銀髪灼眼の魔女、初代開闢王、シスター・フィデス。後任にその座を譲った彼女は、願いを諦めて酩帝街に流れ着いてきた。そしてその出逢いすらも予期していたカタリナは、言葉巧みに彼女を仲間に引き入れたのである。


 出逢ったその日の夜、フィデスに実物を見せる為に、三人は『净罪』の地下室にやってきた。実物を目の当たりにしたフィデスは、その手に持つ黒い装丁の中身へ視線を滑らせると、暫し何か考え込むように口を閉ざす。


「でもこの『净罪』には幾つか欠点があってねえ。そもそも『净罪』をするには、立地の関係もあって、元からある程度の酩酊耐性を持つ『適合者』じゃないと駄目だし。仮に『净罪』が出来たとして、肉体のどこを捧げればどんな能力が得られるのかも解らないのよねえ」


「……だからアタシの異能に目を付けたんだロ。アタシの異能は心を読むだけじゃなク、肉体のあらゆる情報――レシピを読み取ることが出来ル。どこを『净罪』すればどんな能力が得られるのカ、文字通りの一目瞭然。カンニングし放題って訳ダ」


「その通り! まあとは言っても、同じ箇所を『净罪』しても手に入る能力には個人差があるみたいやから、結局は目当ての能力を持つ『適合者』を探す必要はあるけどね。でもそれだって、フィデスちゃんの異能があれば特定も随分楽になる。これならいつか、羅刹王を殺せる異能の開発だって夢じゃない。全てはあきらっきーを守る為に! ね、マヨイちゃん♪」


「あ……まぁ……はい……」


 事前に「全部うちに任せといて♪」と進言していた通り――『净罪』を造った張本人を差し置いて、カタリナは車椅子の上、得意気な顔で語り始める。

 この時の真宵は、完全に蚊帳の外。計画はカタリナとフィデス、この二人が具体的な方針を決めていく。両者の会話は矢継ぎ早に交わされ、そもそも真宵には入り込む余地が無かった。


「さて。この広い地獄でお目当ての『適合者』を探す為には、労働力となる人材の確保と、何よりも時間的な猶予が必要だよねえ。なのでまず、うちらはこれから羅刹王と同盟を結びます。そこに堕天王も加えた三竦の冷戦状態――『三獄同盟』を作ることが当面の目標やね」


「……羅刹王が今最も恐れていることハ、堕天王がある日突然心変わりをして第七階層まで攻め入ってくる可能性。同盟はその堕天王を第三階層に縛り付ける抑止力になル。しかも『净罪』は堕天王を殺せるかもしれない大きな手掛かリ。交渉材料としては充分過ぎる好条件。普通に考えテ、羅刹王がアタシ達と手を組む事を拒む理由は無いだろウ」


「流石はフィデスちゃん、勝手に心を読んでくれるから話が早くて助かるねえ。同盟を結んであげる対価として、羅刹王には『獄卒』をうちらに提供してもらう。『獄卒』という労働力を、各階層での『適合者』集めに利用させてもらうの。いずれ裏切るその時までね。どお? 悪くない計画だと思うんやけど――」


「足りないナ」


 そんな話し合いの最中、フィデスが早くも異議を唱える。そんなフィデスの視線は依然として、本の中身へと注がれたまま。気難しそうに眉間の皺を寄せていた。


「アタシには羅刹王の心が読めなイ。アタシが読めるのは人間の心だけダ、理解出来ないモノを読む事は出来なイ。羅刹王が本当は何を望んでいるのか解らない以上、普通なら充分過ぎる好条件でモ、奴がそれで納得するかと言われたラ……アタシには確信が持てなイ。むしろ足りないとすら思ウ」


「ふうん? まあフィデスちゃんがそう言うなら、そうなんやろねえ?」


「……それにダ。羅刹王側は同盟なんてそんな口約束、そもそも守る必要が無イ。精々が必要な情報だけを奪われテ、用済みのアタシ達は処分されるのが関の山。それどころかアタシ達の死体を解剖バラして独自に『净罪』の研究を始めるだろうゼ」


「だから組織を創るのよ。仮に羅刹王と戦争になったとしても、渡り合える程の武力を備えた、対等な交渉が叶う後ろ盾をね」


 フィデスにとって問答には意味が無い。心を読めば訊くまでもなく答えが解るからだ。それは相手がカタリナでも例外ではない。フィデスにはカタリナの心が読めている。


「……あの羅刹王と対等? 本気で言ってんのかヨ」


 それでもフィデスは、カタリナに対して言葉をぶつける事を止めなかった。疑問をぶつける事を止めなかった。

 ともすればそれは、カタリナの思惑に対するフィデスなりの反発だったのかもしれない。


「いやいや、本当はフィデスちゃんだって解ってるはずでしょ? それがあながち不可能でもないってこと。あの二人がいるじゃない。羅刹王と正面から渡り合える最凶の怪異と、口約束を絶対遵守の契約にしてしまえる詐欺殺しの怪異。お誂え向きの異能を持った、あの二人が。ねえ?」


「……オイ。テメェ、そこまでにしておけヨ」


 途端、灼眼が殺意に滲む。本の中身から離れ、真っ直ぐに向けられたその目付きは、傍から見ていた真宵が息を呑む程の威圧を放っていた。


「アイツ等はアタシの物ダ、テメェの駒じゃねェ。弁えロ。アイツ等を計画に巻き込むかどうカ、決めるのはこのアタシ。テメェはそれ以上アタシの前で妙な事は考えるナ」


「わかってるってえ、そない怖い顔せんとってやあ。でも実際、この計画を実現するにはあの二人の協力が必要不可欠だってこと、フィデスちゃんも解ってるよねえ?」


 当然、この時の真宵には何がなんだか解らない。開闢王のことも、歪神楽ゆらぎのことも、真宵には知り得ない情報で。話が進んでいくのをただ漠然と聞き、傍観することしか出来なかった。


「それに、開闢王あのコは『()()』を持っている。最終的に、うちらが願いを叶える為には……やっぱり、開闢王あのコの協力が必要でしょ?」


「チッ……」


「(……さっきから誰の、何の話をしてるんだろ……)」


 カタリナが何故そんな事を知っているのか、『資格』とは何の事なのか、そもそも本当に自分とカタリナ達の願いは同じなのか――そこに疑問を抱けていれば、彼女の運命は変わっていたかもしれないのに。


「……まァ、正直な所。開闢王アイツの異能を利用しない手は無イ。だがあのガキは駄目ダ。アレを羅刹王とぶつけるなんざ最終手段どころか博打もいいトコ。そもそもそうなった時点で計画は破綻だロ」


「それはそうね。今は最悪の事態を想定するより、交渉そのものの成功率を上げるほうが先決かな?」


「当然ダ。あの怪物相手に慎重になりすぎるって事は無イ。むしろ『净罪』を始めとする此方側が提供出来るメリットは全て前提だと考えロ。その上であの怪物が純粋に興味を惹かれるようなプラスアルファが必要ダ」


「う~ん……じゃあ例えば、今の地獄には無い物……現世の資源や科学技術なんかは交渉材料になりそう?」


「……そうだナ。本当にそんな物が用意出来たなラ、材料集めという意味でも大きなアドバンテージにはなるだろうガ……すぐに実現するのは難しいだろウ。まァ兎にも角にもダ。まずはこの話を開闢王アイツに持ち込んデ、組織作りの基盤を固めるゾ」


 話が一段落した直後、善は急げとでも言わんばかり、フィデスは早速動き始める。歩けないカタリナの身体を車椅子の上から片手で持ち上げ、荷物でも運ぶようにその肩に担ぎ上げた。


「わひゃっ。くすぐったいよお、フィデスちゃん。うち、脇腹弱いからあ」


「黙ってロ。オイ、如月真宵。オマエは此処で待機ダ。後の事は全てアタシ達に任せておケ。オマエは言われた通りに言われた物だけを造っていれば良イ。そうすればオマエの願いは必ず叶ウ。解ったナ」


「ほなねえ、マヨイちゃん。大船に乗ったつもりで、どおんと構えててよお」


 釘を刺すように言い残して、フィデスは梯子を登り地上へと向かう。その場に真宵を一人残して。


「これで……良かったんだよね……」


 そんな彼女達の後ろ姿を、真宵はただ黙って見送ることしか出来なかった。


 ◆


 こうして、三獄同盟の根幹となる組織『拷问教會イルミナティ』の基盤は創られた。物語はここから始まったのだ。

 後日、開闢王と顔を合わせた真宵は、既に粗方決まっていた三獄同盟の契約内容について詳細を聞く。その上で、羅刹王と交渉の場を設けたこと。そこに自分も立ち会うことになったと知らされる。


「如月真宵、貴女のことは『净罪』の開発者として紹介させていただきますが、貴女自身が何かを喋る必要はありません。交渉は全て我々に任せて頂ければ大丈夫です」


 この提案に真宵は心底安堵していた。正直な所、今の状況に対して真宵は完全に納得は出来ていなかったのだ。いざ羅刹王を前にした時、何を口走ってしまうか。怒りに我を忘れてしまうのではないかと、真宵は自分自身、予想が出来ずにいたのである。


 ◆


「――と言う訳で。ご紹介致します、羅刹王。彼女が、酩酊の耐性を後天的に獲得する技術を開発した――」


 そんな中、迎えた当日。如月真宵は羅刹王と対面する。


 艶めかしい金色の長髪、緋色の羽衣に包まれた白い肌の長身、溢れんばかりの豊満なバスト、引き締まったウエスト、妖艶に彩る紅いアイライン――およそ美女たる資格の全てを携えた、その絶世の魔女。


 彼女の、その燃えるような黄金の眼差しを受けて。その奥に秘めた、得も言われぬ輝きを垣間見て――


「(こいつが…………お姉ちゃんの敵…………私の敵…………ッ!!)」


 まさかこの時、羅刹王が人知れず一目惚れに胸を高鳴らせていたとは露知らず。憎しみをたっぷり込めた、射抜くような殺意の視線を真宵は終始、羅刹王に向けていた。


 そんな真宵の醸し出す、ヒリつくような雰囲気を当然、周りの者達は皆察していて――特にフィデスは、そのせいで交渉が破綻することを恐れ、気が気でなかったという。


 ◆


「フザケんなよテメェ……隠し切れてねェんだよ殺意ガ。ヤツの機嫌を損ねたらどうするつもりダ……!」


「あ……すみません、つい……」


 フィデスに咎められた真宵は反省し、次の交渉の場には参加しなかったのだが――その明くる日。


「羅刹王が……如月真宵が参加しないなら話を聞く気は無いと……駄々をこねているのですが……」


「……は? なんで……?」


 どういう訳か、羅刹王の命令によって真宵はその後も話し合いの場に参加し続けることになった。


 ◆


「…………」


「…………」


「……あの、失礼ですが羅刹王。僕の話を聞いていましたか」


「ええ、聞いていたわ。今日は良い天気ね」


「……聞いていませんね」


「(殺す殺す殺す殺す…………)」


「(……なんて美しいのかしら。はやくわたくしのものにしたい……でも、だめよ。まだだめ。こちらから求めてはいけない。はしたない女だと思われるのは嫌だわ……)」


 ◆


 しかし。真宵が参加したからと言って、羅刹王のほうから真宵に声を掛けることは無く。真宵もまた、隠し切れない殺意の視線を向け続けるだけで――両者の間で会話が発生することは無かった。


 今にして思えば、羅刹王は如月真宵とただ会いたいだけだったのかもしれない。しかし会ったところで何を話していいのか解らず、なのでだらだらと交渉を引き延ばして、話が出来る機会を窺っていたのかもしれなかった。


 このような調子で、羅刹王との交渉は難航した。結果として五百年もの歳月を費やす羽目になったわけだが――しかして幸運にも、その間に羅刹王を殺す異能『茨木童子』のレシピが考案される。


 まるで運命の悪戯か、他ならぬ如月真宵本人が『茨木童子』を造る材料の一部だった。ただし厄介だったのは、如月真宵だけが『净罪』をすれば『茨木童子』に成れるという話ではなく――そこに追加の材料として『赤いクレヨンの心臓』と『複数の怪異を融合させる異能』が必要だったこと。

 後者は運良く手に入ったが、前者は見つかる気配さえ無かった。赤いクレヨンという怪異自体はさほど珍しくも無いのだが、その上で適合者という条件が加わると、途端に見つからない。

 净罪の適正がある赤いクレヨンの怪異が地獄に落ちてきて、それが等活地獄の荒波に呑まれることなく生き残り、フィデスの目に留まる――なんて天文学的な確率に祈るしかないこのレシピは、一旦保留となった。


 羅刹王を殺す方法が他に無いか代替案を模索する日々を送りながら、交渉自体もまた根気強く続けられ――最期の会合の日。如月真宵のアドリブによる大胆な宣戦布告に興味を示した羅刹王は、同盟締結をようやく認めたのである。


 ◆


 三獄同盟締結の条件として。如月真宵、バルバラ、羅刹王。この三人の言動と行動範囲は契約によって縛られ、寝食を共にすることを義務付けられた。そんな奇妙な共同生活を、一万年。彼女達は強制させられたのである。


 不幸と呼ぶ他無いこの境遇を、如月真宵は割り切った。むしろ羅刹王の弱点を少しでも多く探れるチャンスだと――そう考えないとやってられないから――彼女は羅刹王と意識的にコミュニケーションを取るようにした。


 例えば、こんな風に。


 ◆


「おはようございます」


「んん……」


「……いい加減起きてください、羅刹王」


「んんん…………」


「…………せめて離してください。私を抱き枕にするのは止めろと何度も言っていますよね」


「うう…………いやよ…………あと五分…………あと五分だけ…………」


「(クソッ……この女、寝起きが悪すぎる。でもこれは何か、付け入る隙になるか……?)」


 ◆


 契約上、仕方が無い。全ては姉を守るため――とは言え。しかし殺したいほど憎い相手が常に傍に居る状況に、心が休まる訳も無く。やはりどうしてもストレスが生まれ、憂鬱な日々を過ごしていた真宵だったが――


 ◆


「クハハハハハハハハハハハハハッ!!!! 見ろッ、貴様等!!!! これをッ!!!!」


「……はあ、急に何ですか? それは……浮世絵……?」


「会ったのだッ!! 我が生涯の憧れ!! 葛飾北斎とッ!!! しかもッ!!! 描いてくれたッ!!! この俺の似顔絵をッ!!!!」


「へえ……よかったですね」


「我が王よ、いつの間にあの北斎を獄卒に加えていたのだッ!? いきなり廊下ですれ違ったものだから、驚き過ぎて心臓が止まったぞ!!」


「ホクサイ……? どんな怪異だったかしら……よく憶えていないのだけれど……」


「貴様等……薄過ぎるだろ反応がッ!?!? よし解ったッ、ならばこの俺が直々に教えてやるッ!!! 葛飾北斎という画家の素晴らしさをなァッ!!!!」


「えぇ……」


 ◆


 ――そういう意味で。バルバラの存在は、ある種の捌け口になっていた。暴走するバルバラの感情は、何を考えているのか解らない羅刹王とはある意味真逆。そんなバルバラに振り回されていると、今の状況にも気が紛れた。

 それはどうやら羅刹王も同じだったようで――三人で過ごす時間が長くなるにつれ、次第に調和が取れるようになっていった。


 ◆


「クハハハハハハハハハッ!! 見ろッ!!! これで俺のアガリだァッ!!!!」


「は? 貴女、アガる前にウノって宣言してませんでしたよね」


「ハッ!! 知らんなァ、そんなローカルルール!!!」


「ローカルルールではなく公式ルールなのですが」


「俺の知らんルールは全てローカルルールだッ!!!!」


「……あっそう。はいはいそうですか。なら開闢王を此処に連れてきましょう。それで不正を白日の下に晒した暁には、罰として……貴女が密かに描き溜めている羅刹王の似顔絵、この場に持ってきて差し上げますよ」


「貴様ッ!?!? こんな事でいちいちッ!!!! 恥ずかしくはないのかッ!?!?!?」


「……むつかしいわね。この遊び……」


「羅刹王……これは相手の手札にどんな色のカードがあるのか、自分の手札や場に出ているカード、山札の残り枚数から逆算して……最終的に自分がどうやって勝つのか、負けるとしたらどんな状況か、常に意識しながら立ち回るゲームです。さっきこのバカがやらかしましたがウノの宣言は忘れずに。可能であれば同じ数字のカードを複数の色でキープしておくのが理想ですね。それと……」


「如月真宵……よもや貴様……自分だけが熟知しているパーティーゲームで初見の相手に容赦なくマウントを取るタイプの人間……ッ!?」


「むつかしいわね……」


「(……羅刹王に、こんな弱点があったとは。……次は麻雀でもやらせてみるか……)」


 ◆


 次第に、砕けたやり取りが増えていく。もはや探すまでもなく、付け入る隙は日常の至るところで見つかって――

 段々と馬鹿らしくなってきた真宵は、やがて何も考えずただ一緒に過ごすだけの日々が増えていった。


 ◆


「マヨイ。今日が何の日か、憶えているかしら」


「……今日は、三獄同盟が締結した記念日、その百回目です」


「ふふ。そうよ。そう。今日はわたくし達が一緒になった、特別な日。お祝いをしなくちゃ」


「……まさか本当に、毎年祝うことになるとは。というか、よく憶えていられますね。怪異に成ってから永いでしょう、貴女は……」


「忘れないわ。こんな大切なこと。忘れるはずがない。そうでしょう?」


「(……怪異は、地獄で永くを過ごす内、記憶を失っていく。実際、自分の名前すら忘れてしまっているくせに……こんなどうでもいいことは、いつまでも憶えているなんて……)」


「今年はバルバラの部屋でお祝いしましょう。こっそり行って、驚かせてあげるのよ」


「……ああ、少しお待ちを」


「あら? どうしたの?」


「(そういえばあいつ、サプライズで羅刹王に肖像画を贈るとか言っていたな……どうせまだ描き終わっていないだろうし、時間を稼いだほうがいいだろう……)」


「マヨイ?」


「いえ……どうせ驚かせるのなら、こちらで何かサプライズを用意して行きませんか。例えば、そう……手作りのケーキ、とか……どうでしょう。貴女が作ったと知れば、あいつ、きっと泣いて喜びますよ」


「まあ……すごいわ、マヨイ。そんな素敵なことを思いつくなんて。貴女は天才ね。でも、わたくし……料理は苦手よ? ケーキなんて、作ったことが無いわ?」


「私がお教えします。地下に調理部屋の用意がありますので、今からそちらに移動しましょう」


「ええ。ふふ。楽しみだわ」


「(……………………)」


 ◆


 そうして、まるで嘘みたいに平穏な日常が続いて――いつの間にか三獄同盟から五百年が経過したある日のこと。如月真宵はふと気づく。


「……あれ? もしかして……今の状況が永遠に続けば……二大王の間で戦争は起こらない……?」


 しかし。それに気がついた時にはもう、何もかもが手遅れだった。


「このまま、何も変わらない日々が続けば……お姉ちゃんの夢は叶う。それに、羅刹王のことだって……もしかしたら、私が殺す必要も無くなるんじゃ……――」


 部屋で独り、今更そんな夢物語にうつつを抜かしていた彼女は――次の瞬間、両腕を強い力に掴まれた。真宵の腕を掴むそれは異次元の向こう側から這い出てきた契約の具現。『アンサー』と呼ばれる現象。空間の亀裂から伸びるその黒い腕は真宵がほんの一瞬、ほんの僅かでも三獄同盟の契約内容に反する考えを過ぎらせた刹那、発動していた。

 それ以上続けるなら、このまま容赦無く四肢を引き千切るとでも言わんばかり。『アンサー』は真宵の両腕を掴んだまま離さない。


「……駄目だ。何を考えているんだ私は。駄目、駄目、駄目……! 羅刹王は殺す……殺さなくちゃ……そういう契約なんだから……!」


 慌てて自分に言い聞かせる。愚かな夢想を頭の中から追い出そうと、何度も何度も首を振る。そうしていると、次第に黒い腕は真宵を掴む力を緩め、やがて空間の向こう側へと引っ込んでいった。


「馬鹿か私は……!? 絆されるなよ……勘違いするな……! 私達の関係は、あくまでも契約の上で成り立っているに過ぎない。私は、あいつを……騙して、裏切って、殺す。最初からそのつもりだったじゃないか……!」


 荒い息遣いが部屋の中で反響する。自分の耳に聞こえてくるのは、飛び跳ねるような心臓の音。粟立つ肌からは玉のような脂汗を滲ませて。血の気のない顔は、虚ろな目で天を仰ぐ。見えない星に向かって伸ばしたその手は、やはり何も掴めない。


「時間が無い……もう時間が無い……! 羅刹王のオーダー……堕天王を暗殺する方法は、もう見つかった……見つかってしまったんだ……! そっちが完成するよりも早く……私は羅刹王を殺さないと……『茨木童子』を完成させないといけない……!」


 互いの願いを並行して進める、それが三獄同盟の契約。少しでも手を緩めれば契約と見做される。予測では、あと九千年。このままでは九千年後、羅刹王のオーダーは如月真宵やバルバラの願いよりも先に完成してしまう。叶ってしまう。

 当然、それは止めなければならない。そしてそれを止めるということは、羅刹王を殺すということ。最初から解り切った話だ。今更悩む必要は無い。それなのに――


「…………お姉ちゃん…………っ…………」


 もしも助けてと言えたなら、何か違っていたのかもしれないけれど――後悔したってもう遅い。元よりそんな資格は無い。そんな諦めに、彼女の心は殺された。


 ◆


 まるで断頭台の上、ただその時が来るのを待つだけの日々が過ぎ去って――現在。


「最後の材料が見つかっタ」


 斯くして審判の日は、訪れてしまったのである。

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